第251話 いつまでも教え子
キョトン……。
研究室に入ると、お互いそんな顔を見合わせる。
なんだ、これ。
中に二十人くらいいるんだけど。
私は思わず
「し、失礼しましたー!」
と言ってドアを閉めてしまった。
「何してんのよ、セレナ」
「だって、なんか知らない人たくさんいたよ? ここきっと研究室じゃなくなったんだよ。あの陰険メガネ、退職させられちゃったに……」
そこまで話したところで、頭頂部にゴッ! という、なかなかの衝撃が走る。
「いったー」
「お前は卒業しても変わらず失礼なやつだな。こんなところで何をしてる」
私の後ろには緑の髪の悪魔の先生が立って、拳を握りしめていた。
目の前でマリーナが笑ってるということは、こいつ、気づいてて黙ってたな?
「あのさ、学生じゃないんだから、そうポンポン殴らないでくれない?」
「ふんっ、お前などいつまで経っても俺の教え子に変わらん。バカなことをしたら叱るのが教師の務めだ」
相変わらずの冷たさにちょっとムッとしつつ、同時に『いつまでも教え子』という言葉に、心が温かくなる。
「で、今日は何用だ? 貴族絡みは受けんぞ?」
「うん、とりあえず先生が私をどう思ってるかはよく分かったよ。いや、マルクスたちと会う約束したんだけど、どーせならここも見たいなって来たんだけど、知らない子ばっかりで」
「あぁ、だろうな。ティミナたちは卒業課題で来てないし、二年生は各課ともに職場見学会で終日外にいるからな」
「職場見学会? なに、それ?」
在学中、聞いたこともない単語が出てきた。
将来勤めることになるだろう職場を実際に見学させてもらい、職場理解を促進させようというものらしい。
高等学校が街に積極的に関わっていこうとする開かれた学校プロジェクト『学交街』の一環らしい。
「へー、そんなのやってんだ?」
「何を他人事のように。貴様が考えたことだろう?」
「へ?」
「企画としては成り立ってなかったが、湯畑の『寄り添う光』はまさに地域と関わろうというそれだったろう? あれを企画化して、今年の九月から始まったものだ」
あー、あれね。
そんなの言われなきゃ分かんないよ。
たしかにそういうことを願って作り上げた魔導具だったけど、まさか半年で企画化から実働までしてるとは。
これはもしかして?
「それさ、先生とブレヴィス先輩絡んでるでしょ?」
「ほぅ、よく分かったな」
「だって学校は学校自体を動かさないといけないから先生が分かりやすいけど、街全体を動かすとなると先生じゃ足りない。そうなると領主様のお付きになったブレヴィス先輩をこそっと抱きこんで、計画進めるのが一番簡単で速そうだからね」
「うむ、言い方以外は百点をやろう。抱きこんでという言葉が語弊を生むのと聞こえが良くないので十点減点、計九十点だな」
「もう学生じゃないから点数なんて気にしませんよーだ」
顔をしかめて舌を出す私を、先生は何故か微笑ましく見つめてきた。
「うわっ、気持ち悪っ! 先生何か悪いものでも食べた? 何ニヤニヤしてんのよ」
そう言うとすかさず頭に拳骨をグリグリされる。
「ふっ。そうやって逆らってくる学生がいなくてな。懐かしいと一瞬思ったが、どうやらイライラしていただけの勘違いのようだ」
「ちょっ、痛い、痛いって―の。みなさーん、ここに暴力教師がいますー!」
「人聞きの悪いことをぬかすなっ!」
脇に抱えていた教科書で頭を叩かれる。
っつー……グリグリするわ、叩くわ、バカになったらどーすんだ。
「ところでレオニス先生、研究室行くところだったんじゃないんですか?」
マリーナの冷静な一言にレオニス先生は我に返る。
「そうだったな。どうする、お前らも来るか?」
「今行って、見知らぬ人ばっかりで『失礼しましたー!』って逃げてきたのにまた行けと? どんな拷問よ、それ」
「まあいい。ティミナたちに会いたければ実習室に行けば会えるかもしれんぞ」
「そだね、ちょっと覗いてみるよ」
「帰る前には研究室に寄れよ」
「あいあーい」
私は軽く手を振って、マリーナとともに実習室に行ってみた。
だが今日はティミナもクーラもいないとのことだ。
どうも街に出て色々と情報収集や素材を吟味しているらしい。
「はー、なんかほんと成長したよね、あの子たち」
「先輩が頼りなかったからね、反面教師で育ったんじゃない?」
「マリーナ?」
研究室へは寄りづらくなっちゃったし、ティミナたちもおらず、研究室でマルクスたちと待ち合わせの予定がいきなり潰れてしまった。
仕方ないので行き違いにならないように、玄関でマルクスたちを待つ。
失礼なことを言い放ってくれたマリーナを捕まえて、久しぶりのくすぐり地獄を味わわせていると、校門からこちらに向かって歩いてくる人影が五つ。
……五つ?
「セレナせんぱーい!」
「マリーナ先輩っ!」
勢いよく駆けてきたのはティミナとクーラ。
待て待て、このパターンはもしかして?
こそっと私とマリーナの後ろに『風壁(やわらかめバージョン)』 を唱えて準備しておく。
「「せんぱーい!!」」
はい、きたー。
勢い殺さずそのまま抱きついてきたよ、この子たち。
私とマリーナは勢いそのままに後ろに倒され、風のクッションに包まれて難を逃れる。
「こらー! ティミナにクーラ。少しは加減を覚えなさいっての!」
「だって、だって……久しぶりに会えたから」
ティミナは涙を拭い、クーラも目が潤み決壊一歩手前だ。
そこへゆっくり歩いていたマルクスとリディアがやってきた。
「ははっ、さすがに元気だね二人とも」
「でもティミナもクーラも、もう少し女性らしく落ち着きを持ってもらわないと」
呑気に笑いながら感想を述べるマルクスに対して、在学中よりも少し大人っぽい雰囲気を身に着けたリディアがやって来た。
とりあえずパッと見た私の感想では、すでに尻に敷かれてるね、マルクスは。
で……問題なのが。
「カリウス! なんであんたがいるのよっ!」
「む? 俺は依頼で来たついでにマルクスに会いに来ただけだが。セレナたちこそなんでこんなところに? 辞めさせられたのか?」
そーだよね、マリーナが最初になっちゃったけど、やっぱりお前の出番はこいつだよね?
すかさずカバンからハリセン(四代目)を取り出してカリウスの頭めがけて振り下ろす。
ガシッ!
なんと、手首を掴まれハリセンはカリウスの頭の手前で止められてしまった。
「ははっ、セレナ甘いぞ。何度もくらったからな。もうタイミングはばっちり覚えているに決まって……」
スパーン!
カリウスの後頭部からなんともいい音を立ててくれたのは、ハリセン(五代目)。
みんな忘れているだろうけど、私のいるところにはキアネアちゃんがいるのだ。
私がしくじった時はすかさずお願いと伝えてある、頼れる子だ。
後頭部からの衝撃、しかもキアネアちゃんは何しろ身体能力が高く、自然と破壊力も上がる。
カリウスは上半身ごと前にたたらを踏み、そのまま私に抱き着く形となった。
「きゃー!」
思わず押し返すと、もはやバランスを保てなかったカリウスはそのまま地面にしりもちをつく。
「ぷぷっ、セレナが『きゃー!』だって」
「彼氏が出来て、ちょっとは女の子らしいところが出てきたみたいね」
マリーナのからかいはいつものこととしても、リディアはやっぱり落ち着いてるなぁ。
もともとお姉さん気質なところはあったけど、お母さん気質になったみたいだ。
って、え?
「リディア、もう子どもできてたりするの!?_」
「しないわよっ! 何言ってんのアンタ!」
あ、いつものリディアだった。
てっきり子どもでも出来て落ち着いたのかと思ってビックリした。
あー、あっちでマルクスがめっちゃ顔赤くしてそっぽ向いてるし。
ごめん、マルクス。
そっちを狙うつもりはまったくなかったんだけど。
そうだ、忘れないうちに。
私はカバンから化粧箱が三箱入った袋を取り出してマルクスに差し出した。
「あ、マルクスこれ。王都土産の魔導具用素材各種。たぶんウルヴィスではあまり見なかったもの揃えたつもりなんだけど、もしあったらごめんね」
「えぇ! なんで?」
「ずるいですー、先輩、私たちにお土産は?」
「ないわよ。これはマルクスっていうより『石のささやき』さんに対してのお土産だからね」
「『石のささやき』さん? あぁ、なるほど。そういう話をしに来たんだね、セレナさんは」
さすがマルクス、察しがいい。
「そ。だからそれは私からあなたじゃなくて、王都のベーネ工房からって思ってもらっていいよ」
「そういう時はもう少しきちんとした場で渡しなさいよ、セレナ」
「いやー、高等学校の関係性で甘えるんじゃないよって師匠には言われたんだけどさ、なんかうちらの間でそれはそれでおかしいよなって思って」
「ふふっ、変わらないね。僕は全然構わないよ。というか次からは手土産とかも不要だ。君が顔を見せてくれればリディアも喜ぶからね」
そう言ってリディアの顔を見るマルクスの眼差しは、学生の頃以上に優しい。
いいなぁ。
信頼しあってるって感じ。
私もレオンとこういう落ち着いた時間持ちたいなぁ。
……と思っていると、横合いからマリーナがすごい目で睨んできたから、妄想はここまでにしとこう。
マリーナの察知能力を甘く見ちゃいけない。
学生時代に何度それで痛い目に遭ってきたことか。
「じゃ、マルクスとリディアとは『石のささやき』で商談するとして、他のみんなは……今日いきなりはあれだから、明日でもいい? どこかで夕食一緒にしようよ」
「あ、セレナ、俺は今日戻らないと」
「何よカリウス。納期まで時間ないわけ?」
「いや、余裕はあるが早めに帰って修行もだな……」
「バカ言ってんじゃないわよ。みんな揃うなんてないんだから少しくらい付き合いなさい」
「む、むぅ。仕方ないな」
カリウスも捕まえて、明日はみんなで夕食が決まった。
とりあえずお店は私が決めることにして、夕方学校の校門に集合ということに。
その前にまずは今日の話をきっちりと片付けないと。
「さ、マルクス、リディア。よろしくね」
「ははっ、セレナさん相手の商談だと怖い気がするね」
「ふーん。そんなこと言うといいこと教えてやんないよ?」
「いいこと?」
「そ。またお店着いたら教えてあげる」
きっと王都の子どもたちからのアイロン人気は、マルクスが聞けば喜んでくれるだろう。
その傍らで一緒に喜ぶリディアの姿を想像し、私の胸は高鳴った。
「ねー、私忘れてなーい?」
そちらは怖いので振り向かない。
も、もちろんマリーナのことだってちゃんと考えてるからね。




