第250話 あの頃の空気に触れて
「いやー、しかしまさかマリーナが付いてくるなんてね」
「何よ。黙って一人でウルヴィス行こうとする方が悪いでしょ」
「だーって、この間体調崩したばっかりだし、悪いかなーと思ったんだもん。優しさよ、やーさーしーさ」
ウルヴィスまでの乗合馬車の中、私とマリーナはこんなどうでもいい会話をしながら揺られていた。
昔と違ってなんか微妙に揺れが少なく、お尻が痛くないのは、母さんが私が『魔法瓶』を作る時に送ってよこした衝撃吸収材が試験的に馬車に使われているから。
まだ全台というわけにはいかないが、たまたま乗り合わせた馬車には使われていたのだ。
正直これに乗っちゃうと、もういつもの馬車に乗りたくない。
少し割高にして新規路線作ればお金儲かりそうだけどな。
「それにしてもまさかマルクスくんのアイロンがお子様に大人気とはね。世の中何がどう受けるかなんて分からないもんね」
「ホントだよ。っていうかさ、マリーナ六歳の頃自分一人でハンカチにアイロンしたりしてた?」
「え? うちは、ほら。家政婦さんいるから高等学校行くまでしたことなかったよ。高等学校決まってから教えてもらったの」
「あー、貴族なの忘れてたよ」
そう、マリーナは北の都市『ボレリアス』の領主の娘。
フィデラ子爵家の令嬢だ。
高等学校ではしばらくそれを隠してたから知らなかったんだけど、一度理由を聞いたところ
「貴族扱いされるのイヤだったし」
という、マリーナらしい貴族らしからぬ答えが返ってきたので、それ以上の追及をやめた。
私にとってもマリーナはマリーナであればよかったし。
「あ、見えてきたんじゃない?」
マリーナがそういうので、窓の外に頭を出して先を見てみると、街のあちらこちらから煙が立ち上っている。
『温泉都市ウルヴィス』の湯煙だ。
卒業して半年以上経つが、みんな元気にしてるだろうか?
残念なことに今回はカリウスがいないので、仲間そろい踏みとはいかないが、それでも五人中四人が揃うし、下の世代の子たちは揃っている。
研究室には新しい一年生は入っているだろうか?
そんなことを考えていると、胸がきゅうっと絞られたような感覚になり、一気に高等学校生だったころの自分が戻ってくるような錯覚を覚えた。
乗合馬車から降りた私とマリーナは、まずは約束をしているマルクスとリディアのいる、『石のささやき』へと向かう。
まだ店はマルクスのお父さんのトニトルスさんと、お母さんのステラさんで切り盛りをしていて、二人はお店の経営のための勉強をしているはずだ。
ただ、どこで何をどう勉強しているか、詳しくは知らない。
そこでまずはお店に行って聞こうとなったのだ。
「ごめんくださーい」
「いらっしゃい……あら、たしかセレナちゃんよね?」
「はは、その節はご迷惑をおかけしました」
私とマリーナを迎えてくれたのはステラさん。
マルクスのお母さんだ。
彼女の顔を見た私は苦笑いを浮かべるしかない。
何せ昔に、カリウスへの恋心を断ち切り失恋した私は、マルクスとリディアがお店の事情で好き同士なのにくっつけないのがイヤだという理由だけでこのお店に乗り込み、父と息子のプライベートな話し合いに横入りし、マルクスをさらってリディアの元へと連れて行ったことがある。
うまくいったから良かったけど、ダメになってたらリディアから死ぬほど恨まれてたろうな。
というかうまく行ってもリディアにめっちゃ怒られたし。
うーん、今さらだけど反省……。
「マルクスとリディアに会いに来たんですけど、二人って今日はどこにいますか?」
「あらー、ごめんね。二人とも今外に出ちゃってて、夕方まで戻ってこないのよ。良かったらお店で待っておく?」
「いや、そうしたらそれまで学校で遊んでるので、終わったら研究室に来るよう伝えてもらえますか? ……っていうか、来れますかね?」
「えぇ、今日はそれで予定終わりなはずだから、二人でデートでも考えてなければ大丈夫なはずよ」
ニヤッと笑うステラさん。
……親は怖い。
どこの親も、子どもの成長を心配しながら、同時に酒の肴くらいで見てるところがあるような気がする。
ま、二人のことだからいいけどさ。
「それじゃあまた遊びに来ますね」
「あら、ゆっくり見て行けばいいのに」
「いやー、なんか今見るとあれこれ作りたくなりそうで。すでに面倒なの二つ抱えちゃってるんですよね」
「ふふっ、他所の工房のことだから詳しくは聞かないけど、応援してるわよ。頑張ってね」
「ありがとうございます!」
こうして私たちとステラさんは別れる。
そっか、マルクスたちはデート中か。
すると、マリーナが私の袖をくいっと引っ張る。
「ねぇ、セレナ。時間に余裕あるよね?」
「え、うん。今から学校行っても授業中だと思うし」
「あのさ……二人で、まわりたいな。こんな機会、もうないだろうから」
いつものマリーナからは信じられないほどに弱々しく、小さな声でのお願い。
彼女も分かってるんだろうな。
自分のお願いがどれだけ未練がましくて、自分勝手なことなのかってことは。
それでもお願いをしたかったのだろう。
はぁ、この親友は……。
私はマリーナの背中を大きく叩く。
突然の衝撃に、マリーナはたたらを踏む。
「ばーか。いつも通り言いなさいよ。『一緒にいこっ!』ってね。そんなかよわい声、出会った頃のティミナくらいしか出してないわよ?」
ニヤリと微笑む私に、一瞬だけ呆けたように私を見ていたマリーナは、次の瞬間、私に抱き着いてくる。
「だってぇ、セレナにはレオンくんがもういるから。私とのことも距離取ってたから」
「違う違う、マリーナと距離取ったんじゃなくて、キスみたいなのはダメってことだよ? それはさすがにレオンに悪いもの。でもね、あなたはレオンと出会う前からずっと親友だったじゃない。そこは変わらないよ」
「それじゃあ、これからも普通に声かけていいの?」
「当たり前でしょ。何、そんなこと気にしてたの? 都合が悪ければそう言うから、今まで通り声かけなよ」
そう言うと嬉しそうに胸の前で手を組む。
そして、あろうことか
「そうだよね、この前はほっぺまでしてくれたから、また……」
「マリーナ、あぶなーい!」
ウルヴィス高等学校専用ハリセン。
きちんと持ってきてるよ。
まさかマリーナに最初に使うことになるとは思わなかったけど。
なんとも小気味良い音を立ててマリーナの後頭部をはたいていく。
うーん、四代目。
いい仕事をしてくれる。
「あ、あんた、それまた作ったの?」
「うん。王都でも流行らそうと思ったんだけどさ、こんなの師匠やクラリスさんに使えないし、エミリアにやると販売戦略の話してる時に、専門知識でいじめられるから、なかなか使いどころなくてねー。ティミナあたりに使う機会がありそうと思って持ってきたんだけど、まさかマリーナが最初とはね」
「ちなみにマリーナさん?」
「は、はい?」
私の久しぶり――ウルヴィスの入寮の時以来じゃなかろうか――さんづけで呼ばれたマリーナは顔を強張らせて私の顔を見上げる。
「あの日のことは忘れよーねー? じゃないと記憶なくすまで叩くことになるけど?」
「わ、忘れた。忘れたから、もういい。大丈夫!」
「そう? 残念」
そう言ってハリセンをかばんにしまったのを見て、マリーナは心底ほっとした顔をする。
さすがに悪かったな。
少しだけサービスしてやるか。
私はマリーナと腕を組んで、少し腰をかがめて上目遣いになり、
「で、どこから遊び行く?」
と聞いてあげた。
ポッと顔を赤くしながらもマリーナは『やすらぎの甘み』を口に出した。
私たちが何かしらある時に、よく使っていたカフェ。
全校集会での校長を糾弾する相談に始まり、黎明祭の情報をティミナたちへ教えるかどうか、マリーナと二人ならブレヴィス先輩たちへの贈り物も考えてたっけ。
そして私にとっては何よりもカリウスと別れを決めた場所として、強く思い出に残っている。
そして、『やすらぎの甘み』から始まり、中にこそ入らなかったけどみんなで学内競技会を頑張った後に来た温泉施設、マリーナに男装させられて回った街の北側。
そーいえばそれがきっかけでマリーナ、私に惚れ始めちゃったんだっけ?
黎明祭や卒業式の後で使わせてもらってグレッダさんの別荘に、マリーナにカリウスとの抱擁を見られていたパスタ屋さん……
こうして見ていると、本当に自分が高等学校生のように思えてきてしまう。
まだ半年ちょっとだからなぁ。
鮮やかによみがえりすぎる。
「やっぱり、色々思い出あるね」
「そーだねぇ。なんだかんだ三年もいたからね。特に私とマリーナは故郷が別にあるのに、ここで学んでたから、余計に印象深いのかも」
ふと、建物の間から見える太陽を見ると、中天から次第に傾き夕方への軌跡をたどり始めている。
「そろそろ、行こっか?」
「……」
私の呼びかけにマリーナはとても悲しそうな顔を見せる。
今までは私の前のマリーナで良かったけど、これからはみんなの前のマリーナ。
とても頼れる、しっかり者の先輩というイメージにならないといけない。
そんな寂しさからだろう。
仕方ないなぁ。
私はマリーナをそっと抱きしめた。
「セ、セレナ?」
「こうするのは、二人の時だけね。それ以上はなしだよ?」
そう言って彼女の髪を撫でる。
私が出せるギリギリのラインだ。
それをマリーナも分かってくれたみたいだ。
「うん。……ねぇ、セレナ」
「なーに?」
「たまにさ、辛くなったら、こうしてもらってもいい?」
「先は期待しないでよ?」
ピクッと、マリーナの体に力が入る。
それが受け入れてもらった喜びなのか、先がないことへの失望なのかは分からないけど。
「うん。セレナの前だけでは弱い私も出したいから」
「ふふっ、いつからこんなに甘えん坊になったのかね、マリーナは」
しばらく言葉もなく抱き合ったあと、私たちはウルヴィス高等学校の研究室へと足を向けた。
レオニス先生にティミナにクーラ、一年生――おっと今は二年生か――も。
みんながどれだけ成長してるだろう。
まだ見ぬみんなの成長に心が踊り、自然と足も軽くなっていくのだった。




