第247話 私らしさの還る場所
「まったく、わざわざ呼びつけるかね、ふつーさ」
「ごめんね、セレナ。まだ慣れなくて」
ベッドの上で弱々しくつぶやいたのはマリーナ。
どうも意地っ張りは無理して倒れるものらしい。
結果的にマリーナの方が私よりも少しだけ意地っ張りなことが判明したわけだ。
まあ季節柄、夏も過ぎて秋にさしかかった頃。
体調は崩しやすい時期だ。
うちの工房でも今まで何人か風邪で休んでるし。
ちなみにスパルタで知られるベーネ工房だけど、実は体調不良での休みを怒られることはない。
もちろん休み明けには師匠から「気をつけな」の一言はあるけど、これは本当に体を大切に働いてほしいからだとクラリスさんから聞いた。
私は今日はたまたま休みの日だからよかったけど、マリーナのところは休んで大丈夫なのかな?
「マリーナ、職場は休んで大丈夫なところ?」
「大丈夫。もう掴んであるから」
この親友は相変わらず腹黒いな。
いや、貴族っぽいというか、立ち回りが上手すぎる。
そのくせ私やリディア、最近ではアミーカにまで、当たり前のように素の姿を見せる。
なんか、ズルいな。
「えいっ」
マリーナの額をペシッと叩く。
ついでにそのまま手を当てて熱を図ると、まだかなり熱そうだ。
すると、病人とは思えない素早さで手を掴まれた。
「少し、このままで」
「あんた、仮病じゃないよね?」
「熱かったでしょ? 仮病なわけないじゃない」
どーだかね。
マリーナの場合はここから盤面をひっくり返しても不思議ではないところがあるからなぁ。
とは言え今日くらいは優しくしてやるかな。
「白湯は? 喉乾いてない?」
「ん、少し」
コップに白湯を注ぎ、マリーナを起こそうとしたら抵抗された。
「セレナ……」
「やらないからね? 自分で飲みなさい」
ふくれっ面をされたが、構わず抱き起こす。
誰が口移しなんかするもんか。
白湯を一口飲んだところで、マリーナがわずかに顔をしかめた。
「喉痛いの?」
「それもあるけど、結構喉乾いてたみたい」
そう言うとゴクゴクと白湯を飲み干し、空っぽにした。
コップを受け取り、再び背中を支えながらベッドに寝かす。
「ご飯は食べたの?」
「うん、朝は研究所の同僚が作ってくれた」
「へー、いい人?」
「女の子だよ?」
「じゃあいい人じゃん」
「私は、そっちはセレナだけなの」
ふふっと力なく微笑む。
あー、ツッコミづらい。
いつもなら強めにツッコむところだけど、こうも弱々しいと躊躇してしまう。
「まあいいわ。とりあえず寝ときなさい」
「手、握ってくれる?」
「はいはい、仕方のない子だね」
マリーナの手を握ると、彼女の顔がわずかに緩む。
そのまま目を閉じて、ほどなく静かな寝息が聞こえてきた。
望んだわけではないけど、この前私が体調不良で休んだ時、マリーナは途中から手を握って隣にいてくれたからね。
お返しくらいはしてあげないと。
マリーナの顔を見つめる。
少し、髪伸びたな。
体調を壊すほどだ、きっと髪を切るヒマも惜しんで仕事に励んでるのだろう。
高等学校の頃は、あんなに髪にも気を使えと怒ってたのにね。
そっと髪を撫でる。
「セレ、ナ……」
起こしちゃったかな?
顔をのぞき込んでみると、すやすやと寝息を立てているから、寝言みたいだ。
学生の時間が終わって、責任ある立場を求められ、望んでその場に立つようにもなった。
けど、やっぱりたまには息をつきたい。
そんな時にマリーナやアミーカみたいな親友がそばにいてくれる。
その恵まれた環境に、つい何かに感謝したくなる。
「ふふっ」
思わず笑いが漏れた。
何かじゃないよね。
あなたたちに感謝だよね、マリーナ。
私は椅子から腰を浮かして身を乗り出し……。
◇◆◇
「……ん、んん?」
「あ、マリーナ」
「セレナ。私どのくらい寝てた?」
「うーん、二時間くらいじゃないかな」
「そんなに! せっかくセレナと過ごせる時間なのに」
私はマリーナの額をぺちぺちと叩く。
「人の休みを削らせて何言ってんのよ。そう思うならさっさと治しなさい」
「ぶー、冷たいぞ、親友」
「愛のムチだよ」
マリーナの熱をはかろうと額に手を伸ばすと、するりと手が絡みつき、私はベッドに引きずりこまれる。
マリーナの胸の上に乗っけられ、彼女はにやにや笑ってる。
「セレナ」
「な、何してんのよ」
「さっき私が寝てるときにさ……」
コンコンコン、ガチャ。
ノックの後そのままドアが開き、アミーカが姿を見せた。
マリーナの上に覆いかぶさったままの私と目が合い、すごく怪訝な視線を向けられる。
「お邪魔だった?」
「わー! バカバカ、アミーカ。マリーナに引きずりこまれただけだよ。いつものやつ!」
「その割には顔真っ赤だけど?」
「あれ、熱うつったかな?」
冷静に額に手をやって誤魔化す。
マリーナ、怖いこと口走りそうになってた。
あいつ、起きてたのかな。
油断大敵だ、うん。
そこからはアミーカの持ってきてくれた昼ごはんを三人で食べる。
さすがアミーカ、病人のマリーナと私たちのメインはおかゆで合わせながら、私たち用の具とマリーナ用の具を別で添えてきてくれてる。
こういう心遣いを当たり前に出来るアミーカには、素直に尊敬の念を抱く。
「セレナぁ、それ一口ちょーだい」
「だ、駄目だよ。マリーナは消化にいいもの食べておかなきゃ」
「本人が食べれそうなら一口くらい大丈夫だよ。私も食べてくれたら嬉しいな」
おい、アミーカ。
私を追い込んでどーするの。
これを天然でやるのが、アミーカの怖さでもあるんだけど。
「ほらね、アミーカもそう言ってるし」
「仕方ないなぁ、はい」
マリーナのお椀に具を分けると、とても不機嫌そうに頬をふくらませる。
「ふふっ、まるで恋人同士だね。レオンくんいたら妬いちゃうかも」
「アミーカ!」
もー! 顔熱いし。
渋々マリーナのお椀からおかゆごと具をすくうと、彼女は顔をほころばせて口を開けた。
そこにスプーンを運ぼうとすると、
「あれ、セレナ。『あーん』は?」
と、アミーカの茶化しが入る。
この二人、裏で手組んでたりしないよな?
「もー、はい、あーん」
「ん」
口を開けて待つマリーナに『あーん』もないもんだけど、彼女は嬉しそうに口を閉じて咀嚼する。
アミーカはそれを微笑ましく見守ってるし。
……ま、いっか。
今日だけ特別ね。
ご飯を食べて少しだけ話した後、風邪薬の切れたマリーナのために、私はパステルさんのところで風邪薬をもらいに、アミーカはお仕事に戻り、また夜に様子を見に来ることに。
「マリーナ、夜まで大人しく寝てなさいよ?」
「分かってるよ。あ、セレナ、ちょっと」
「ん?」
「あ、ごめん、私そろそろ急ぐから先行くね」
アミーカだけ先に帰り、私はマリーナのそばへ。
「どうかした?」
「あのね、次はちゃんとここにね?」
そう言って唇を指さして笑う。
やっぱり起きてたぁー!
くっそー、熱だからってほだされた私がバカだった。
「セレナ」
「な、何よ?」
「やっぱり、好きだよ?」
「バカ。そーいうのはちゃんと男に言ってやんなさい」
私はマリーナの頭を叩いて、扉に向かう。
背中から、
「夜、逃げないでよ?」
と、声をかけられたので、振り返らずに手を振り外へ出た。
はーあ。
助かったような、困ったような。
何にせよあの二人がいれば、私が私らしくいられるのは間違いなさそうだ。
心のくすぐったさにふと笑みを浮かべ、私はパステルさんの元へと向かった。




