第246話 繰り返す過ち
応接室……という名の尋問部屋。
私は難しい顔をしているパステルさんを目の前に、ただうつむくしか出来なかった。
「無我夢中でやったらああなってた……ねぇ? セレナ、私たちに求められることは?」
「地道な実験と漏れない記録、それに基づくたゆまない考察です」
入所初日に口酸っぱく言われたものだから、つい覚えてしまった。
「そうよね。私の記憶が間違ってなければ、あなたは作業に入る前からある程度の確信を持っていた。違う?」
「そ、その通りです」
「なら、無我夢中っておかしいわよね?」
気まずい沈黙が流れる。
言いたくない。
けどパステルさんはすでに隠し事には気付いている。
あとは私が口を割るか割らないか、もし割ったとしたらどこまで話すか。
それだけの話にシフトしている。
(澪ぉ、どーしよう?)
(んー、私は大丈夫な気もするけど、判断は任せるわ)
(なんで大丈夫だと思うの?)
(理系同士の勘かなぁ)
(そんなもんに人生かけらんないよぉ〜)
私がますます口を固く結ぶと、パステルさんが膝を打った。
「よし、言いたくないならいいわ。一つだけ答えて。あれ、再現性はあるの?」
「パステルさん」
「何?」
「それに答えると、言ったも同然なんですけど」
「そう答えちゃう時点で自覚あるってことよね?」
ぐはぁっ!
ハメられた。
もーいいや、どうにでもなれ。
「えーと、再現性はないです。今までも片手で数えるほどですけど、こんなことはありましたが、狙って出せたことはないです」
「片手でというのは?」
「えーと、今日が四回目です」
「それぞれの時の発生状況……」
「パステルさんっ!」
強めの声で質問を遮った。
「ご、ごめんなさい。私、つい次々と……」
「いえ、いいんです。パステルさんの仕事上の性質を考えたら仕方ないかなって。けど、一つだけ言っておきますね」
軽く目を閉じ、大きく深呼吸を一つ。
目を開いた時、パステルさんの目にまた怯えの色が見えた。
「これ、まだ初等学校の頃に父さんと母さんが、私のために必死に隠してくれてたことなんです。もし、広く知られたり、研究したりってすることになれば……私は消えますから」
深呼吸で覚悟したことはこのこと。
もちろん手品じゃあるまいし、雲のように消えるわけじゃない。
その意味を目から一瞬で正しく読み取ったパステルさんは凄いと思う。
けど、ここからがわたしの想定外だった。
パステルさんはわたしの言葉を聞いたあと、おもむろに立ち上がり、手近にあった書類をくるくると巻いて棒状にした。
え、まさかとは思うけど……。
バシィ!
「いったぁーい! 何すんのよ、パステルさん」
「何すんのはこっちのセリフよ、セレナ!」
そう言って再び寸分違わぬ場所へ書類の棒を叩きこむ。
あまりの痛さに、今度は声も出せずにうずくまる。
「大人をなめんじゃないわよ。あんたはルキウスが目に入れても痛くないほどかわいがってる娘で、私の技術の結晶を渡す後輩。そんなアンタを誰が売ったりするもんですか!」
「い、いや、あくまで念のためってやつで……」
顔を上げると、パステルさんが必死に涙をこらえた目で見下ろしていた。
「あんなの誰が見ても異常よ。習ったばかりのことを熟練者の私よりも早く、正確に仕上げて。私は研究したくて聞いてるんじゃない、あなたの体が心配だからっ」
そこまでだった。
目にパンパンに溜まった涙が、パステルさんと一緒に床に落ちてゆく。
崩れ落ちたパステルさんは両手を床につき、ただ下を向く。
はぁ、やっちゃった。
私のことばかり。
パステルさんの想いに考えを巡らせられず、ひどく傷つけた。
まるで、高等学校の時にマリーナにしてしまったように。
成長出来てないなぁ……。
自分がイヤになる。
でも、今は私に落ち込む権利はない。
謝らなくちゃ。
立ち上がり、パステルさんの隣にしゃがみ込む。
まだ嗚咽している背中をやさしくさする。
「ごめんね、パステルさん。私、自分のことばかりで。気持ち分かれなくて」
するとパステルさんが涙を拭い、ようやく顔を上げてくれた。
「私こそごめん、二回も殴っちゃった。しかも同じところ」
「うん、すごく痛かった。頭と……何よりも心が」
服をぎゅっと掴む。
そんな私にパステルさんは優しい笑みを浮かべて、頭を撫でてくれた。
「セレナちゃん。私じゃなくてもいいわ。きちんと相談出来る人を見つけて、詳細に記録をとっておきなさい。いつか訪れるかもしれない、異変のために」
「なら、お願いします」
私の言葉に目を大きく開けるパステルさん。
そりゃそうだ。
さっきまで『消えます』とか言って脅してたやつの言うことじゃない。
「思ったんです。この件、多分誰に話そうとしても難しすぎるって。一番確実なのは父さんや母さんだけど、そばにいないから」
「で、なんで私なの?」
「魔導具師と薬師、分野は違いますけど、同じ研究者同士の勘、ですかね」
(それ、私が言ったやつー!)
(はいはい、後でね)
抗議してくる澪を無理やり黙らせて、私はパステルさんに手を差し出した。
「まあもう少し理由をつけるなら、パステルさんが私のことをどのくらい大切にしてるかは分かりません。けど、自分の研究へのプライドは見ていて分かります」
周りの書棚、奥の調合室や作業場を見回す。
ここに詰まってるのは、薬師ギルドじゃ出来ない『魔力酔い止め』を、自分一人でも作り上げると誓った、パステルさんのプライドそのもの。
「そんな研究を引き継がせようっていう私に対して、パステルさんが変なことをするわけがない。そう思えたんですよね」
「何よ、しっかり理由あるじゃない」
「へへっ、一応駆け出しですけど研究者ですから」
微笑む私に、やれやれといった顔のパステルさんだったが、その顔からはもう悲しみも消え去り、晴れやかな笑顔が生まれていた。
「なら、きちんと聞かせてもらうから、覚悟しなさい。隠したらヒドイからね?」
「うっ、やっぱりやめようかな」
「ダーメ、女に二言はないのよ」
それって男だったような?
そんなことを思いつつ、私はあらためて席について、今までの発生状況と起きた内容、その後の体への影響について、覚えてる限りを話した。
あ、もちろん澪と調律者のことは伏せてね。
すると、意外な方向に話が転がった。
「うーん、セレナちゃん。高等学校でどういうことをしてきたか、大まかにでいいから教えてくれる?」
「えーと、今の現象と関係なくですか?」
「うん、そう」
こちらもまぁ仲間のプライベートに踏み込まない範囲で内容を伝える。
すると、パステルさんは天井を見上げて一言、
「選択と集中……かなぁ?」
とつぶやいた。
「選択と集中、ですか?」
「うん、今ある資源をどこに注ぎ込んで最大化したら、いち早く目的を達成できるか? セレナちゃんの考えってそれに近い気がして」
あー、そう言われるとそうかも。
ちまちま考えるよりは、何したら出来るのか? から物事を考えるクセはあると思う。
「だから今回の現象もそれの延長なのかと思ったんだけど、なんかまだ足りない気がするんだよね、それじゃ」
そう悩むパステルさんを見ていると、お調子者が声をかけてきた。
(ふーん、やっぱりすごいね、パステルさん)
(ん、何が?)
(『選択と集中』も最適化の一つなんだよ。だから間違いじゃないけど、それだけだと足りない。そこまで分かってるから、すごいなって)
そっか、この世界でも一つ分かってるんだ。
それならいつかは最適化の考えも当たり前になって、私の能力も目立たなくなるかな?
そうなればいいな。
ふと、そんなことを考えた。




