第245話 調律者の弱点
「セレナ、違うって言ったでしょ!」
「ひいっ!」
突然何事かと思うだろうが、今私は『ミレンツィア薬学研究所』でパステルさんに調合の基礎を習ってる。
ん?
『降り注ぐ光』はどーしたって?
そっちはそっちで進めてるけどさ、一日でビューンって出来上がるもんじゃないんだよね。
何せまずはテスト用の薄型魔導回路を組むための図面を組む。
で、同時にグレッダさんやレオンと一緒に鍛冶屋さん巡り。
それを決めたら今度はテスト用の回路を実際に組んで、どのくらいの出力が出るか実験。
……ね、まだまだ動けなさそうでしょ?
だから、出来るところは他の人にお願いしつつ、私は私のすることをしに来てるんだけどさ――。
「何をボーっとしてるの!」
「ひゃいっ!」
いざ調合の学習に入った瞬間、パステルさんが豹変したんだよぉ。
「一応あなたは教え子になるわけだし、もう『ちゃん』付けじゃなくて『セレナ』って呼ぶけどいい?」
この一言を最後に優しいパステルさんは消え去った。
「あ、もちろんです」
「違うでしょ。返事は『はい』ね?」
「あ、はい」
「『あ』はいらないわね?」
「……はい」
こういっちゃなんだけど、これが本当のパステルさんだとしたら、父さんと別れてくれて助かった。
たぶん私はこれには付いていけない。
……でも、最初からこれならこれできっと違和感抱かないのか?
案外母さんのことを適当すぎると非難してたりしてね。
そんなことを考えていたら、思わず笑いがこぼれた。
「セレナッ! あー、もういいわ。ちょっと休みましょう」
休みの時間と普段はパステルさんも優しいパステルさんに戻ってくれるので、助かっている。
「ふぅ。どう、セレナ。原材料を素材にする作業は?」
「うーん、パステルさんが言ってることは理解してるつもりなんです。でも、なんか頭と手が繋がらないというか。手の動きを追い越して頭が考え始めちゃうんですよね」
私はついさっきまでにらめっこしていた木の根っこをテーブルに放り投げる。
そう、子どもの頃魔導具の焼き付けを始めた頃のように、頭の中ではこの原材料をどうしたらいいという手順がきれいにまとまっているのに、手だけが置いてけぼりになっている。
「聞いてるわよ、子どもの頃の話。たぶん魔導具の練習の最初みたいなんじゃない?」
「そうなんです。ただ、その時と違ってもう一つ違和感があって」
こちらは今回気づけたことだけど、今思い返すと子供の頃にも無意識にそう思っていた気がする。
簡単に言えば、
『これ、何してんだろ私?』
そういう感覚が頭から離れないのだ。
もちろん分かってる。
原材料を素材に加工することで、その先様々な薬や魔導具のための薬剤を作ることに繋がるし、回路の焼き付けだって、練習したその線が様々な魔導具で使われていく。
分かってるんだけどさ……。
(ねー、ねー)
(何よ澪?)
私は顔に出ないよう、澪を睨みつけるような気持ちで返事をする。
我ながらなんとも器用な真似をしてるなとは思う。
(おぉ、ささくれ立ってるね)
(当たり前でしょ! なんでこんな初歩でつまづいてるんだか分かんないのよ)
(それね、初歩だから)
(はっ!?)
澪の何とも人をはぐらかしたような答えに、ついイラっとした声――もとい心の声が出てしまう。
(まぁまぁ怒らないの。ミルク飲んどけば?)
(そーいうのはいいのっ! で? なによ、初歩だからって)
(セレナ、調律者漏れ気味でしょ?)
(あぁ、まあね。なんとか出ないで済んでるけど)
澪が持っているプログラミングの最適化の知識と、私の魔導具の焼き付けの能力が一定水準を超えた時に結びつき、現れた調律者の能力。
魔導具の焼き付けのみならず魔法まで、状況に最適なものを見出し組み立ててしまうというこの反則級の能力は、十二歳で顕現し、澪が封じてくれていた。
しかしつい最近になってレオンのピンチに私が思わず力ずくで解除してしまい、それ以来封印はがばがばになってしまった。
今やいつ漏れ出てもおかしくない。
(でさ、原材料の最適化の先って何?)
(え、そりゃ薬とか薬剤とか)
(いや、それはその先の可能性でしょ? 例えばそこの木の根っこ。最終的には何になるものなの?)
…………。
あーーーー!!
そういうことか!
私は飲んでいたミルク(ってホントにミルク飲んでたね)を置いて、テーブルに放り投げた木の根っこを取り、調合室へと戻る。
「パステルさん、もしかしたら分かったかも!」
「え、何のこと?」
この木の根っこ、結局は粉末にするんだけど、外の皮は傷の炎症を抑える薬に、根っこそのものはごく少量の魔力回復薬になる。
根から伸びたひげは……まあいいだろう。
な、なんか夜のなんとかで使うしか、使い道がないらしい。
いいのっ!
これはパステルさんにお願いするから。
もちろん外の皮や根っこは別のものにも転用できる。
私の作業の手が進まなかったのはたぶんそのせい。
最初から決め打ちで作ってしまえば、きっと。
ゆっくりと私の隣に歩いてきたパステルさんは、用意された機材などを見て、不思議そうな顔をする。
それはそうだろう。
だってさっきまでと何も変わってないのだから。
「セレナ、何が分かったの?」
「んーと、意識みたいなものです」
「意識一つで作業が早くなるなら、私は今ごろ国中の薬を一晩で作れるようになってるわよ」
パステルさんは呆れたようにそう言って近くの椅子に腰を下ろした。
とりあえずさっき思いついた通り、皮は炎症薬、根っこは魔力回復薬を着地点としよう。
ひげはパステルさんに渡すとして。
私は手早く皮と根っこ、ひげを切り分ける。
さっきまでは皮と根っこの間はどのあたりまで削ればいいんだろうと迷いながらやっていた手つきは、まるでパステルさんが見せてくれたお手本のようにスピードが上がっていた。
「へっ?」
続いて乾燥の手順。
天日で乾かしてもいいんだけど、火魔法で無理やり乾燥させても効能に大きな差はないそうだから、ここは火魔法で乾燥を選択する。
皮なら三十秒、根っこは二分といったところかな。
それぞれじっくりと熱をかけて水分を追い出し、乾燥させ終わる。
さっきまでは焦がしたり、水分を残してしまったり。
ここが一番手こずっていた部分を、私はなんなく終わらせる。
「ちょ、ちょっと、セレナちゃん?」
パステルさんが『セレナちゃん』呼びに戻ってることにも気づかず、私は最後の製粉の作業に入る。
普通ならナイフやトンカチを使ってそれぞれ細かくして、すり鉢に入れてすりつぶしていく作業。
けど、私の目にはすでに違う世界が見えてしまった。
私は保存容器を手元に用意し、手のひらに木の皮を乗せる。
そしてそこから少し手を離して上からもう片方の手をかざす。
ちょうど人の頭くらいの大きさを包み込むように。
「『風砕刃』
やさしくそう唱えると私の手と手の間に風の結界が広がり、木の皮はその中に閉じ込められる。
結界の中では次第に風が吹き荒れ、木の皮はその風を受けて次々と折られ、砕かれ、切り刻まれ……。
一分経たずにサラサラの粉へと変貌する。
私はそれをそっと保存容器の中に入れて蓋を閉じた。
「待って、セレナちゃん!」
パステルさんが私の肩を掴み、大きく揺さぶる。
そこで、ようやくハッと意識を取り戻した。
あ、あれ、私またやっちゃった?
私の肩を掴むパステルさんの目は、とても心配そうで、そして同時に怯えの色が瞳の奥に隠れていた。




