第244話 責任を担う意味
王都、貴族街。
フォルティウス邸のとある会議室。
黎明祭の時にも使った、懐かしい会議室だ。
大きなテーブルを挟んで奥にはカイル様とテレージア様、グレッダさんが座っている。
こちらは私の左にレオン、右にエミリアだ。
「さて、それでは話を始めようか」
粛々と話を進めようとするカイル様に私は待ったをかける。
「なんだい、セレナ嬢?」
「まずこの話し合い、貴族対庶民の工房という認識ですか? それとも、今までの付き合いの延長ですか?」
その質問にわずかに「ほぅ」と声を漏らして、カイル様は質問で返してきた。
「君ならすでにその答えも持っているんじゃないか?」
「ええ。そもそも庶民の工房相手なら、話し合いの場なんか持つ必要はない。まして次期当主が出てくることなんかね。だから、いつもの話の延長でしょ?」
「もちろんだよ。レオンに伝えたのは、あくまでも立場としての話で、付き合いをよそよそしくしようという話じゃない。まあレオンが少し勘違いをしてたようだけどね」
そう、これは私もついさっき気付いたんだけど、もし貴族と庶民で立場を明確に分けるつもりならカイル様がいるのがおかし過ぎる。
だから、おおかたいつもの悪ふざけか、社会人として最初の出会いに対して、軽く注意喚起をなのだろう。
レオンが「えっ? えっ?」と驚いてるのがちょっと面白い。
「なら」
私は少し姿勢を崩していつも通りちょっと椅子に寄っかかるような感じで座る。
それを見て、エミリアが慌てて叩き、小声で注意してくる。
「ちょっと、セレナ。次期当主さまの前で失礼すぎる。ちゃんとしなさい」
「あー、いいのいいの。かれこれ……五年? の付き合いだから」
「そうだね、もうそのくらいになるか。最初の二年くらいは顔も見せてくれなかったがね」
ザクッと嫌味を混ぜてくるあたりもさすが次期当主様だ。
いいじゃん。
たかだか十二歳の女の子に、本来持ち得るはずもない生活用魔力網のことが詳細に書かれた本とか与えて、手紙でプレッシャーまでかけてくるような人には会いたくなくなっても仕方なくない?
「エミリアもかしこまってても疲れるだけだよ? この人、能力さえ示せばきちんと評価してくれるし、そうなったらあんまり貴族とか庶民とかはこだわらない人だから」
ブチッ!
ん?
最近どこかで聞いたような音が聞こえたような……。
すると、突然横のエミリアから胸倉を掴まれて吊るされる。
「あんたねぇ、侯爵家の方目の前に失礼だっつってんの! しかもさっきは人のこと伯爵家に放り込んで放置するし、何考えてんのよっ!!」
「ま、まあ落ち着け、エミリア。本当に兄上は何も気にしてないから大丈夫だ」
「なんなのよ、あんたも。兄上って……えっ、兄上?」
ちょんちょんと私はエミリアの腕をつつく。
エミリアは固まった表情のまま、ギギィと音でもしそうな感じで私へと顔を向けた。
「あのね、ルーカスって冒険者の時の偽名で、本名はレオン。カイル様の弟で、侯爵家の一人なの」
私の手からパッと手を離すと、エミリアはこの世の終わりのような表情で椅子に座る。
もはや視点は定まらず、口からは「終わった……」という言葉を繰り返すのみ。
「ほらね、レオン。突然バラされた時の庶民側の反応ってこんなもんだよ」
「ま、まぁセレナが大げさでなかったことは分かった。マジで悪かったよ」
「セレナ……あんた、侯爵家の人と付き合ってたの?」
「それ、私も告白して付き合うの決まった後にバラされたんだよ。ホントひどいよね。その時なんて父さんと母さんの命は助けてーなんて、土下座してお願いしちゃったよ」
今となっては笑い話だけど、グレッダさんとは違ってカイル様は、付き合い方を間違えたらそれくらいのことは簡単にしかねない人だと思っていたから、本気であの時は心配した。
カイル様も意外と踏み込めることが分かった今、過去の自分に言ってやりたい。
先に言えって言って、ハリセンで突っ込んでも問題ないよって。
「カイル様」
「なんだい、セレナ嬢」
「なんか今になって悔しいから、弟の責任取って殴られてみる気ありません?」
「ふふっ、その時に言ってくれれば殴られてあげたんだけどね」
ぜーったい嘘だ。
しかしまあこんなやり取りでエミリアにも分かったろう。
あんまり緊張しても、するだけ損だぞと。
エミリアの顔にもまだ緊張は残っているが、先程までの極度の緊張感ではなくなっていた。
ようやく、話しやすくなったかな。
「とりあえずグレッダさんからおおまかに話は聞きましたけど、カイル様の中では今後どこまでやったらひとまずの終了を考えてるんですか?」
私がそう聞くと、レオンが大きな地図を広げる。
これは……王都の地図!?
初めて見たな。
こういうものは都市の防衛的な観点から、あまり全体のものは出回らないようになってるはずなのに。
あ……でもちゃんと貴族街は抜けてるから、配慮した地図なのかな?
地図を眺めていると、カイル様がチェスの駒を置き始めた。
最初の一手が高等学校の位置に置かれたところを見ると、どうやら駒の置かれた場所がターゲットとなる施設らしい。
高等学校、図書館、調理師ギルド、冒険者ギルド。
まあこの辺は自分たちの息のかかった施設だから分かりやすいね。
図書館はよく分かんないけど。
しかし続いて置かれていく駒の場所に私は目を疑った。
ベーネ工房にパステルさんの研究所や、ラティオ研究所、薬師ギルド、居酒屋『金の太陽』。
これって私に絡んだことがある、もしくは絡んでいる場所ばかり。
ちなみにラティオ研究所はマリーナの就職先で、ウルヴィス高等学校でお世話になった、レオニス先生の元勤務先でもある。
「こんなところかな」
置かれた駒を見ると、王都の庶民街の中心部ばかりに集まっている。
「まあ関連するところを大まかに挙げていったら何故か固まっていてね。さすがにこんなところまでは私は考えて仕組んではいないけど」
カイル様は手を口にあててクスリと笑うと
「貴族と関連する施設が中心に集まるのは分かるが、セレナ嬢と関連する施設をそこに加えると、それがさらに強化される形になったのは、果たして偶然なのかな?」
「偶然に決まってるでしょ。私、地図なんて今日初めて見たんだから」
とはいえ、まあ言いたいことは分かる。
何かしらの力が動いているような、妙な気分になってくる。
「まあどうせだからしっかりと利用させてもらうとしよう。点在する施設で照明設備が導入されるよりも、王都の中心部に来ると、最先端の技術をいち早く取り入れている。そういう見せ方もできるわけだからね」
「観光に来る人とか、他国から来る人に見せつけるにはピッタリってことですね?」
「もちろん、王都に住む皆にもさ。彼らにうらやましいと思わせれば、きっと少しずつ広がっていくはずだろうからね」
「あとカイル様。これ、カイル様の名前で動かしてるプロジェクトってことでいいの?」
「あぁ、その認識で構わない。だから高等学校の注文にも別添えで私の名前があったろう?」
ほんと、心臓に悪いああいうことはやめてもらいたいところだけど、きちんと事情が詳らかになった今、これでようやく動ける。
「なら、私にこのプロジェクトの現場責任の役職をちょうだい」
「ふふっ、黎明祭の時のようにだね?」
「そそ。のんびりやっていいならいらないけど、早くやりたいんでしょ? 他の業者との交渉をさっさと進めるならそっちの方が早いしさ」
私の言葉に、カイル様は少し目を細める。
まるで子どもの成長を見て微笑む父親のように。
「セレナ嬢、変わったね。昔ならそういう貴族の力を借りるのは嫌っていたろう?」
「昔どころかつい最近までそうですよ。でもね、それを借りることで王都のみんなの生活がちょっと良くなる。そんな図が見えちゃったんですよ。この地図のせいでね」
そう、今までは「みんな」と言っても自分の知ってる地域、見たものでしか想像しきれなかったけど、地図で範囲を見てしまうとさっきの施設すべてを埋めても、すごくちっぽけな範囲でしかなかった。
なら、もっと早く、もっと大きく行動するために、借りれるものは借りないとダメだ。
……ま、対価求められたらその時考えよう。
幸い、王都にも頼れる人たちがいる。
商売の話だから、困ったらエミリアだけに相談じゃなくて、マルクスとリディアに手紙を出したっていい。
そうやって頼って行こう。
その代わり、彼らが困ったら迷わず手を貸してあげればいい。
人に「協力しろ」と言っておきながら、自分一人で動きがちだった私。
けれど、だんだんと協力することの大切さを身に染みて分かってきた今、なんか少しだけ嬉しかった。




