第243話 担当者たちの憂鬱
既視感
澪から前に聞いたことのある言葉。
それは、実際には体験したことがないのに、まるでどこかで体験したかのように強く感じられること。
そう、今の私のように。
(ってかさ、今朝全く同じシチュエーションあったよね?)
(黙ってて、澪。それを考えたくないから現実逃避してるんだから)
(無駄だと思うけどなー)
師匠がメガネをクイッと上げて迫ってくる。
そう、それこそ既視感のように。
「で、説明してもらおうか?」
……。
はいはい。
話は少し前に戻る。
お腹を押さえてゆっくりと工房に戻る途中、グレッダさんが後ろから追いかけてきた。
道すがら聞いたところによると、今回のカイル様の話は、初等学校の頃の照明革命の話を聞いた三組で進めるらしい。
つまり、グレッダさん、カイル様、オーギュスト様だ。
民間に下げ渡した照明の技術が、全く広まってない。
これはカイル様からすると、自分の影響力が薄いことを証明してしまうようなもの。
幸い王城のシャンデリアや、すでに取り入れられた貴族の家では高評価をいただいてるので、今すぐどうこうではないが、庶民の方でも早めに広げておきたい。
そこで、薄型魔導回路との組み合わせで、より効果的な拡散を図りたいそうだ。
そんなところにこれ幸いと飛び込んできたのが、初等学校の『降り注ぐ光』の話。
これと合わせて一気に王都に広めたらどうか? という提案に、グレッダさんもオーギュスト様も乗っかり、今回の話になったそうだ。
グレッダさんは断れないにしても、オーギュスト様は断りそうなもんだけどな。
よっぽど王城のシャンデリアが気に入ったようだ。
「ということでな、俺もベーネ工房の説得は手伝うぞ」
「あれっ、グレッダさん、師匠と面識あったっけ?」
「いや、ないが。言葉を尽くせば分かってくれる方だろう? それに、昔のこともあるしな」
昔のこと?
まあ二人とも王都は長いからな。
もしかしたらどこかで付き合いがあったのかもしれない。
そんな感じで少し気楽に構えていた私がいた。
――からの、師匠からのさっきの一言だ。
あの一言は私個人に向けたものじゃない。
一緒に座ってる私とグレッダさん両方に向けて言われたものだ。
冒険者としていくつもの過酷な現場を乗り切り、魑魅魍魎が住んでいると言われる貴族の世界すら乗り切っているグレッダさんが、身を震わせたのを見逃さなかった。
ほらね、言葉じゃどうにもならない相手がいるんだよ。
師匠とかうちの母さんとかね。
「師匠。いいですか?」
「ああ、あんたから話すのが筋だろうね」
「いや、私も巻き込まれたパターンですって」
失礼な。
ちゃんと説明したのに、なんで私から話すのが筋になるんだか。
まずは情報整理から。
高等学校にどのように照明を設置し、適切な灯りを届けるか。
これは私たちベーネ工房の仕事になる。
一度薄型魔導回路で作った照明を一つ作って試していく必要があるだろう。
その情報を元に、どういう回路がどのくらい、魔石がどのくらい必要かを弾きだしていく。
その際薄型魔導回路をそのまま使うのではなく、『並列処理』を使って必要な魔石のサイズも出来るだけ小さくする必要があるだろう。
次に必要な回路が決定するので、鍛冶師に薄型魔導回路の設計・製作依頼。
これがたぶん師匠が一番引っかかりそうな場所。
魔導具師が回路の焼き付けを、よりにもよって鍛冶師に任せるとかふざけんじゃないとか言われそうだ。
最後に工房で組み合わせた照明を工事業者に頼んで、落下しないよう厳重に取り付けてもらう。
その際もちろん取り換えもしやすいような工夫を頼むことになるだろう。
つまり、工房、鍛冶師、工事業者の三者が手を組んで計画にあたることになる。
「ここで一つ大切なことが出てきます」
「誰が計画のリーダーを務めるか……だね?」
エミリアの指摘に私は頷いた。
そう、この計画は貴族から落ちてきている計画だ。
だからこそそういう覚えをめでたくしたいところは、是が非でも目立ちたがるだろう。
「で、どこにそのリーダーを任せるつもりなんだい?」
師匠からの質問に、私は首をかしげる。
「そんなの私以外にいます?」
「ほぅ、そう言い切る根拠は?」
「まず侯爵家次期当主なんてのと直接やり取りできる人がいない。そもそもこの計画は薄型魔導回路ありきの計画で、その開発者が私。それ以上のメリット出せるなら喜んで譲りますけど……」
「うん? まだ何か言いたいことが?」
「まあ、師匠が珍しく貴族と関わることを良しとしてるみたいだし、エミリアもグレッダさんのところで頑張ってくれたし、どうせなら少しでも報われる方に着地させたいじゃないですか」
すると師匠がさらに私へと詰め寄ってきた。
あ、あれ?
なんかマズいこといったかな?
私の目の前で止まると、ゆっくりと手を上げた。
叩かれるっ!?
――しかし衝撃は訪れず、代わりに頭にやさしく手が置かれた。
「みんなのためって考えはいいね。てっきり目立ちたいがための立候補かと思えば、少しは成長したもんだ」
「師匠……」
「ついでに言っとくと、貴族と関わるのはゴメンだけどね、フォルティウス伯爵にはちょっとばかり恩があってね。断りにくいのさ」
「恩?」
「そうさね、ヴェルダに里帰りした時にでもマリーに聞いてみるといい」
母さん?
……ロクな話がなさそうだ。
そういえば母さんの『台風娘』の異名はグレッダさんが付けたって言ってたっけ。
もしかしてそのあたりと関係あるのかもしれない。
これまでずっと黙っていたグレッダさんが、ここに来てようやく口を開いた。
「では、ベーネ殿。今回の件にベーネ工房は協力をしてくれる。そういう認識でよろしいかな?」
「あぁ、それで構わないよ。ただし、ベーネ工房じゃなくて、セレナとエミリア。この二人が『降り注ぐ光』の責任者だからね。この二人以外とは絡ませる気はない。そう心得ておいてくれ」
「分かった。協力、感謝する」
そう言うとグレッダさんは椅子から立ち上がって師匠に対して深く一礼をする。
本来貴族だから庶民にこんな丁寧な礼をする必要なんか全くない。
だから、私はこの人が好きなんだ。
「さて、セレナ嬢とエミリア嬢。早速で悪いがカイル様のところに一緒に行ってもらってもいいか?」
「えっ! だってルーカスにここでの話がまとまったらって伝えさせてるのに?」
「カイル様が、そんなことを悠長に待つタイプだと思うか?」
「……思わない」
私が諦め顔でうつむくと、今度はエミリアが大慌てだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよセレナ。私、侯爵家に来ていくような服もないし、礼儀作法だって全然知らないよ。あんた何言ってんの!?」
パッとエミリアの服装を見てみる。
うん、今の私よりは多少マシな格好だ。
「グレッダさん、どうせグレッダさんの屋敷で話すんでしょ?」
「あぁ、うちの方がオーギュスト様も近いからな」
「良かったね、エミリア。公爵様にも会えるよ」
「あ、あんたね、何言って。ちょっと、師匠、クラリスさん、助けてくださいよっ!」
助けを求められた二人は、話がまったく聞こえないかのようにお茶を飲みながら談笑している。
うん、エミリア。
次はこういう面を一緒に磨いていこうか。
うちの母さん含め、ベーネ工房の女はみんな怖いからね。
泣き叫んで工房のドアに掴まるエミリアを引きずり、私はグレッダさんと一緒に屋敷のある貴族街へと向かった。
勤め始めて初めてのカイル様だけど、学生の時の私と今の私。
どう態度が違ってくるんだろう。
楽しみであり、不安でもある再開に、私は思わず胸に手をあてた。




