第242話 変わるものと変わらないもの
ギルド長室に入った私とレオン。
とりあえずレオンを引きずってきた私が、そのまま奥の席に。
レオンは自然と手前の席に着く。
貴族と庶民。
本来ならおかしなこの座り位置。
けど、今の力関係からすると、正しい位置だ。
「さて、説明してもらいましょうか?」
「そうだな。まず言っておくと、別に俺が兄上に入れよーぜって言ったわけじゃないぞ?」
「ってことはカイル様の情報網か。まったく、ほんと地獄耳よね」
「あー、それで言うと話自体は先月には掴んでたそうだぞ?」
先月って、商談が破談になったばっかじゃん。
やっぱり貴族って凄いな。
しかしそこから一ヶ月って、カイル様にしてはえらくのんびりしてたと言うか。
私のそんな疑問が顔に出てたのだろう。
レオンがズイッと前に寄ってきた。
「それが、俺がこの前呼ばれた理由だよ。あのな、兄上の力の及ぶ範囲で、あー、あの、照明?」
「『降り注ぐ光』ね」
「そうそう、それを広めたいと。ついでに薄型魔導回路と組み合わせて、変な横槍も入れさせないほど圧倒的な差をつけて広めたいんだとさ」
ってことは、あれは単なる注文じゃなくて、カイル様の立てた計画の第一歩ってことか。
……私にことわりもなく?
「どーいうことよ、それ!」
思わずレオンの首を絞める。
いや、貴族だし?
照明も、薄型魔導回路も権利は渡してるし?
私が文句言える立場じゃないのは分かってるけどさ。
けどさ……。
私がレオンの首から手を離すと、ポンと、頭に手を置かれた。
「だからな、兄上からお前とその話を詰めたいと。俺にその仲立ちをしてくれと頼まれたのさ」
「レオンに?」
「お前はもう単なるセレナじゃないだろ? ベーネ工房の従業員だ。だからこの件については俺もお前の恋人じゃない。アドルフォス家の使者として、ベーネ工房の窓口たるお前と調整を図ってもらいたいんだとさ」
たしかにこの件は私本人にとどまらず、工房にまで影響が出る問題だ。
その意味でカイル様の提案はとてもまともなものだと言える。
でも……。
「なんか、寂しいね」
「何がだ?」
「言ってることは理解できるんだけど、今までは私的な関係性で話を進められたからさ。そういうつもりじゃないのは分かってるけど、なんかそこを否定されてるような気がするっていうか」
「セレナ……」
レオンは私をそっと抱き締める。
私も彼の背中に手を回した。
泣くようなことじゃない。
けど、彼の温かさに、思わずひとすじの涙が流れる。
「こういうもんさ、社会に出るってのはな。俺なんかもっとガキだったからな。何回グレッダさんにあたったことか」
「レオンも?」
「あぁ。しまいには俺のこと嫌いになったんだろ! って言ったらぶん殴られてな。その後、こうして抱きしめてくれたよ」
そうなんだ。
私だけじゃないんだ。
そう思うと、少しだけ。
ほんの少しだけだけど、心が落ち着いてきた。
「レオン」
「なんだ?」
「ちょっと、もう少しだけこのままで」
抱き締める力がほんの少し強くなった。
うん、彼がいてくれる。
ちょっと強引なところもあるけど、最後にはこうして隣りにいてくれる。
おかしいね。
こういうの苦手だったはずなのに、抱きしめ合ってることで、次第に心が落ち着いてくる。
また、頑張ろうって思えてくる。
……レオン、ありがとう。
「さーてと、じゃあ頑張らなきゃね!」
「おいおい、ここから甘い時間じゃねぇのかよ」
「あんたね、こんないつグレッダさんがくるか分からないような場所で何言ってんのよ」
すると、前触れもなくキィッとドアが開き、タブラさんとグレッダさんが現れた。
「セレナ嬢の言うとおりだな。勝手に人の部屋を使ってしかも甘い時間だと? レオン、また特別訓練が欲しいようだな?」
「げっ、グレッダさん。何でここに」
「俺の部屋に俺が来るのが何が不思議だ?」
私はグレッダさんの側に歩いて、脛を蹴り上げてやる。
鎧をつけてるから痛くはないだろう。
「ねぇ、いつから聞いてた?」
「『お前はもう単なるセレナじゃない~』あたりかな」
ニヤリと笑ったグレッダさんとタブラさん。
要するに甘い時間のところは全部聞かれてたってことね。
「グレッダさん」
「なんだ?」
「タブラさんの分も含めて覚悟しといてよ?」
そういう私の顔に一歩後ずさりをするグレッダさんだが、もう遅い。
あそこの屋敷ならセレスさんにアミーカ、執事のフィディスさんにと巻き込める人が多いから、なんでも出来そうだ。
「まったく、落ち着ける場所はないのかな」
「そういうなら、今度二人で旅行でも行って来ればいいじゃないか?」
「旅行?」
「あぁ。この間ギルドの依頼はこなしたんだろ? 今度は依頼関係なしに二人で遊びに行って来ればいい」
あー、そういうのは全然考えたことなかったな。
でも確かにこういう変な横やりを入れられるくらいなら、旅行行くのはいいアイデアかもしれない。
……絶対に部屋は二つ取るけどね。
「じゃあ今度セレスさんと二人で行って楽しかった場所教えてね」
「うっ、お、おう。セレナ嬢、そういうのはもう少しこっそり聞いてもらえるとだな」
「人の話盗み聞きしたバツだよね」
顔を見合わせて笑い合う。
そんな姿を見て、タブラさんは頭の後ろに手を回し、
「あーあ、俺も彼女欲しいですねぇ」
などと宣った。
「タブラさん、ギルドで長いこと働いてるし、治癒使えるし、頭の回転も速そうだから、案外簡単に見つかりそうだけどな」
「それがな、こいつは――」
「おっと、グレッダ様。それは言いっこなしですよ。セレナちゃん、またいずれ話してやるからよ」
なーんか怪しいなぁ。
もしかしてセレスさんだったりしないよね?
ま、いっか。
とりあえず私は、私のやるべきことに目を向けよう。
「で、レオン。カイル様が話したがってるんでしょ? いつならいいの?」
「兄上も早く話したがってたから、たぶん行けば優先的に予定を開けてくれると思うぞ」
「そうしたら、明日の午前中でお伺いするって伝えてもらえる? 私は一度工房に戻って、師匠たちと話詰めてからにしたいから」
「ん、分かった。もしどうしても予定合わない場合は、俺が工房に伝えにいくさ」
そういえばカイル様との予定とかって今まで何故かレオンが間に立って連絡役してるけど。
「それ、前から疑問だったんだけどさ、侯爵家のくせにそういう使用人とかっていないわけ?」
「俺が走りゃすむんだから、そういう無駄遣いはしないでいいんだよ」
「なんか、倹約家というか、ケチというか……」
「その積み重ねで『降り注ぐ光』みたいな大きな事業への足しに出来るんだから、悪い話じゃないだろ?」
まあいっか。
私がしっかり稼げば問題ないわけだし。
……。
いやいやいや、違う、そういう話じゃない。
レオンのケチと私の稼ぎは今のところ関係ない。
関係ないったらない! ……はず。
こうしてギルドでレオンと別れ、私は工房に戻……りたくないなぁ。
なんか師匠って意図的に貴族との付き合い絶ってる気がするんだよな。
とは言え話さないわけにもいかないし。
私はお腹を押さえながらゆっくりと工房への道を歩いていくのだった。




