第241話 動き出した歯車
師匠がメガネをクイッと上げて迫ってくる。
まるで緑色の髪の誰かさんみたいに。
「で、セレナ。説明してもらおうか?」
私は絶対悪くない。
私だって知らない。
っていうか地獄耳過ぎるでしょ!
エミリアを見ると、間違いであれと何度もつぶやきながら、注文書を見直している。
クラリスさんは諦めたように、額に手をやりうつむいていた。
エミリアが見ているのは『降り注ぐ光』の注文書。
注文者の名前自体は知らない名前だった。
けれど添えられた名前が爆弾過ぎる。
『アドルフォス侯爵家 カイル・アドルフォス』
私がギルドで恋の鞘当て大騒ぎをしている間に、工房に高等学校から使者が来ていたらしい。
こうなるとギルドに来る前に、レオンがカイル様と会っていたという用件に、俄然不審さが増した。
あいつ、まさか私の失注の話知って、カイル様に働きかけてないよな?
……いや、名前を売るにはとてもありがたい。
王都の高等学校は貴族の子弟も通う場。
ここで成功をおさめれば、あっという間に貴族間で私の名前は広まることだろう。
その広げ方は果たして大丈夫なのかという心配はあるけれど。
あともう一つ気にかかってることがある。
私の中の名の広め方は、庶民層から広がって、次第にそれが全体へと広まる方法だった。
それがこういうコネを使うかのような売れ方は、何か違うというか。
「師匠、私がいない間のことですよ? こっちが聞きたいくらいです」
「ハンッ! お前のことだから、上手く活用して広めてやろうと考えたんだろう?」
バンッ!
机を叩いて立ち上がる。
いくら師匠でも聞き捨てならない。
「師匠、私はねっ――」
「そういうことはしてないんだね?」
視線がひときわ鋭く私を射抜く。
けど、そんなことは一切していないし、そんなつもりもない。
胸を張って口を開いた。
「当たり前でしょ!」
それを聞くと、師匠の表情はいつも通りのやわらかさを取り戻し、椅子に腰を掛けた。
その代わり、近くにいたエミリアから頭をはたかれる。
「あんた、師匠に対してなんて口の聞き方よ。働かせてもらってる恩を忘れんじゃない!」
魔導具の腕では一切負けるつもりはないけど、ちょっぴり年上で真面目で誠実。
強いて言えばアミーカに近いけど、アミーカのほうがもう少し柔軟性は高い。
つまり反論しづらい面倒な先輩。
しかも蒸気のゆりかご制作者への尊敬は、こうした普段の私の行いで次第に消えていってるらしい。
なんて面倒なのと組んでしまったのか。
「師匠、細かいことを考えなければ、ベーネ工房とセレナの名を上げ、最初のビジネスの先駆者として動くのに、これ以上の機会はないと私は考えます」
エミリアの言葉に私も含めて師匠、クラリスさんの三人はうつむき考える。
たしかにビジネスチャンスとしては大きいんだろう。
エミリアが珍しく手放しで評価しているから。
とは言えネックとなる部分はここで考えていても分からない。
とりあえずレオン経由でいったん確認を取ってみよう。
あとは、初等学校の時にやらかした、決裁権の裏取りかな。
カイル様の名前があるから大丈夫とは思うけど、あの人のことだから何か仕込んでそうで怖い。
「エミリア、決裁権がどこにあるか調べておいてもらえる?侯爵の面倒な方は調べとくから」
「えっ、私そんな情報の伝手なんかないよ」
「んー、面倒くさいなぁ。グレッダさん繋いであげるから」
「誰、それ?」
「伯爵」
私の言葉に、「何言ってんだ、コイツ?」という表情を向けてきたエミリアだが、まあ私と関わった以上諦めてもらおう。
ほら、師匠もクラリスさんも聞かなかったフリで逃げてるし。
……あれ?
もしかしなくても私、十分波乱に満ちた人生になっちゃってる?
「やめなさいよ、貴族相手の交渉なんて私には無理!」
「あー、大丈夫。グレッダさんなら庶民感覚で付き合ってくれるから」
言うが早いか私はエミリアの腕を掴んで、グレッダさんの屋敷に連れて行く。
「こっ、こら、セレナ。あんた、放しなさいよっ!」
「えー、なに?聞こえないよー」
ふん。
さっき叩いた仕返しだよ。
◇◆◇
エミリアをグレッダさんの屋敷に放り込んで、私はレオンに会うために冒険者ギルドへ。
さすがにエミリア一人っきりはかわいそうなので、アミーカについていてもらうようにお願いをしておいた。
優しいよねぇ、私って。
ギルドに着くと、いつも通りタブラさんが出迎えてくれる。
「おうっ、セレナちゃん。ルーカスか?」
「うん、そう。今日はいる?」
「あー、今奥の工房の方で話をしてるみたいだが。行ってみるか?」
奥の工房はなんかお調子者というか変な奴というか、そんなのが工房長を務めてる。
私のことを忘れてなければ、きっと姐さん呼びをしてくるような奴だ。
うん、ここは何も聞かなかったことにしてここでジュースでも飲んでよう。
そんなことを考えていた矢先。
「イグ、それじゃダメだって何度言ったら分かるんだ」
「あぁ? ルーカス、魔導具のことなんざ何も分かっちゃいねぇてめぇが、生意気抜かすんじゃねぇぞ!」
そんなケンカの声がだんだんと近づいてきた。
あー、これはきっと逃げた方がいいんだろうな。
でも、さっさとルーカスをつかまえて確認したいしなぁ。
そんなことで迷っていたら結局つかまったわけだけど。
「あ? セレナ、今日は工房の日じゃなかったか?」
「セレナ? ……あ! 姐さん、久しぶりっす!」
覚えてたか……。
面倒な。
「ちょっとね、ルーカスに聞きたいことがあってさ」
「なんだ? 今ヒマだから大丈夫だぞ」
「なんだとルーカス! 俺との話がまだ決着ついてねぇだろ」
んー、面倒だな。
たぶんルーカスがしたアドバイスを……えーと、なんだっけ、この人?
まあこの人が受け入れられないみたいな話で、魔導具分かってねぇのにってことだろうね。
つまりルーカスと魔導具の繋がりを見せてやればいいわけで。
「ところでそこのあんたさ、私、ルーカスの専属魔導具師なんだけど、なんか文句があるわけ?」
「専属魔導具師? 姐さん、なんすか、そりゃ?」
ぐわー!
そうだった、こいつとは共通言語がないから話すの苦手だったんだ。
軽く内容だけ説明したが、レオンとの間で五分で終わった話が十五分かかったよ。
「なるほど、内容はわかりやしたが、それって姐さんがここで働けば済む話とは違うんすか?」
エラく鋭いことを言ってくれる。
けど、その場合工房長の座は奪っちゃうけどいいのかな?
それに……。
「私は戦うための魔導具を作るよりは、日常生活を豊かにするための魔導具を作りたいの。ルーカスのやつは特別だよ」
「ははぁ、愛する人のために信念を曲げてまで協力とは。姐さんも女なんですねぇ」
…………。
こいつ、鈍いのか鋭いのかよく分かんないな。
とは言え愛する云々は結果であって、最初はなんとなく面白そうが理由だったんだけどね。
「で? もういい? ルーカスと大切な話があるんだけど」
「えぇ、えぇ、もちろんです。恋人との逢瀬を邪魔する程野暮じゃありませんよ。どうぞごゆっくりお過ごしください、姐さん」
そういってイグは工房に去って行った。
……あ、イグだ!
やっと名前思い出した。
「で、セレナ。俺に話ってなんだ?」
「うん、ちょっと『降り注ぐ光』の件で聞きたいことあってね」
そう伝えると、レオンは少し申し訳なさそうな顔でそっぽを向いた。
やっぱり、コイツか。
「ちょっと詳しい話聞かせてもらうわよ?」
「あ、ああ。お手柔らかにな」
そう言うレオンの首根っこを掴んで、私はギルド長室へと足を向ける。
グレッダさんはさっき屋敷にいたからいないはず。
なので活用させていただこう。
そして、レオンから聞いた話は、単なる注文にとどまらない。
もっと大きな流れの言ったんだということを知った時、私は思わずレオンの首を絞めるのだった。




