第240話 ぶつかり合う想い
「ちょっとアンタ! ルーカス先輩とどういう関係よ!?」
いつも通り冒険先の話を聞こうとギルドを訪れ、様々な人と話していると、突然そんな難癖をつけられた。
振り向くと、魔導師っぽい格好――つばの広い三角帽子に紺色のローブ、杖だけない――の女性冒険者がそこにはいた。
歳の頃は私と同じくらい、十五、六歳だろうか。背が少し低め、下のスカートはやけに短めだ。
少し激しく動いたら下着見えちゃうんじゃないかな。
あれ、この子たしか私が放り込まれた冒険者初心者講習の時に一緒だった子だ。
実は初めてギルドに話を聞きに来た時、レオンが講師をする初心者講習があるから出とけと言われ、ヒョイと首をつかまれ連れて行かれたのだ。
確か私を一番前の席に座らせたんだけど、その隣ですごく真面目に講習を受けてた子なんだけど……。
なんだ、色恋絡みの真面目さだったか。
「グレッダ様やタブラさんとも仲良くして。
たかが魔導具師のくせに偉そうにすんじゃないわよ!」
カチン。
ほぉ〜、魔導具師ひとすじの人生を送ってきてるこの私に対して『ごとき』とは、言ってくれる。
「あんただってド新人のくせに、よくそんな偉そうだね。私は冒険者じゃないけど、魔導具師の世界ならその辺の奴らには勝てる自信あるからね?」
「私だって、その辺のやつらなんかまとめて吹き飛ばせるわよ」
売り言葉に買い言葉。
しかしそれをやっていい場所と悪い場所がある。
彼女の言葉にギルド内の何人かの男女が、厳しい視線を送る。
そりゃそーだ。
彼らは少なくとも彼女なんかよりよっぽど経験を積んで、実力を磨き、生き残った。
いわば冒険者のエリートだ。
そんな彼らも一緒くたにして『やつら』だの『吹き飛ばす』だのと、決しておもしろくはないだろう。
案の定その中の一人が、立ち上がろうとしたところを、隣の仲間がおさえる。
不満げにしていた彼に向けて、私はこそっとハンドサインを送る。
拳を握り、人さし指を立て、手を広げてすべての指を曲げて見せる。
念のため声を出さず、口だけでごめんねと見せておく。
それで、なんとかおさめてくれた。
「あんた、何やってんの? 手遊びなんかしなきゃいけないお子様?」
このバカ、初心者講習でレオンがやってたことをまったく覚えてない。
今のは握り拳がジョッキを持つ手、人さし指が一杯、指を折り曲げるのが頭を下げることの代わり。
要するにあとで一杯おごる、ごめんの意味だ。
講習の時はアイスブレイクとしての話だろうと軽く聞いてたけど、まさか実践するとは思わなかった。
さすがにこれはお遊びだけど、冒険の最中は声を出せないシーンも出てくる。
そういう時にこういったハンドサインが役立つそうだ。
……ん? これ用に指先が光る手袋とかあると便利かも。
よーし、メモメモ。
「今度は突然お勉強? お嬢ちゃん、ここは荒事専門の冒険者ギルドよ。学校ならここ出て右へまっすぐ進みなさい」
そこは初等学校だっ!
失礼な。
さて、このおバカさんはどうしてくれようか。
ちょうどそんなことを考えてると、レオンがギルドに帰ってきた。
今日はカイル様のところに行くと行ってたから、遅かったんだろう。
別に待ち合わせをしてたわけじゃないけど。
「ルーカス先ぱぁい!」
私を全力で横に押しのけて、女魔導師はレオンに飛びつく……寸前で頭を押さえられてる。
私は思いっきりバランスを崩して尻もちをついているわけだけど。
器用に片手で女魔導師を押さえつけ、レオンは私に視線を向けた。
「おう、セレナ。また聞き取りか?」
「あんたこれ見て最初に言うことがそれ? 心配くらいしたらどうなの」
そう伝えると、頭を押さえられていた女魔導師がクルッと振り返り、ツカツカと歩み寄る。
私の前にしゃがんで目の前に顔を寄せて、
「アンタ、ルーカス先輩になんて口聞いてんのよ。魔導具師なんてゴミが調子に乗るんじゃないわよ」
と言い放つ。
ブチンッ!
ふっ、ふふっ。
なんか、もういいやぁ。
ギルドには教わりに来てる身だから大人しくしてようとしたけど、ゴミとまで言われて引き下がる筋合いないもんねぇ?
私は立ち上がり、右手に風の魔力、左手に火の魔力を集め始める。
さすがに冒険者は素人とは言え、魔導師。
何をしようとしてるか、すぐに察したようだ。
「やっ、やめなさいよ。こんな室内でそんな魔法使ったら……」
「うふふ。そうさせたの、あなただからね。たっぷり謝ってね?」
「な、なんでアタシ――やめて、ごめん! ごめんなさいっ!!」
女魔導師が座ったまま後ずさりをし、手をこちらに向けて顔を引きつらせる。
もっと早くにそうすべきだったね。
その時、手を掴まれる。
レオンだ。
「セレナ、また俺の腹に食らわせるか?」
それは高等学校の時の苦い記憶。
私がカリウスとレオンの戦いをどうしても止めたくて、自滅するために生み出した全力の風の魔法。
レオンはよりによってそれを自分のお腹に当てて防ぎ、一時生死の境をさまよった。
私の手から魔力が霧散していく。
「ごめん……」
「ん、分かってくれりゃいいさ」
レオンは私を抱き寄せる。
いつもの体温に、思わずホッとする。
「ちょっ、ちょっと、ルーカス先輩! なんでそんなヤツに!?」
あ、忘れてた。
さっきまで浮かべてた恐怖はどこへやら。
レオンの方が気になるらしい。
「なぁ、もしかして俺のせいか?」
「はっきり言っておいてもらえたら、起こらなかったかもね」
「ならこうすりゃいいだろ?」
言うが早いか、こんな無数の視線が注がれる中、このバカ、私に口づけてきた。
「ヒィッ!」
これは女魔導師の悲鳴。
私はレオンの鎧の隙間、みぞおちをめがけて拳を押し込む。
「ぐはっ!」
私から一瞬で離れ、みぞおちを押さえてレオンは床にうずくまった。
まったく、人の唇何だと思ってんだ、こいつは!
私はレオンの前にしゃがんだ。
そして、小さな声で
「レオンくーん。次やったら、お兄様のところに襲われたって、泣きつきにいくからね?」
と言っといた。
サァっと彼の顔が青ざめる。
「あ、もちろんテレージア様も一緒でね」
今度は白くなった。
なにこれ、楽しいかも。
「す、すいませんでしたぁっ!」
うずくまった体勢から、そのまま土下座に移行したレオンを見下ろす。
「恋人の仲にも礼儀ありよ。覚えときなさい!」
すると女魔導師が
「こい、び、と?」
呆けた顔で力なく私を指さした。
そうね、最初からそう言っておけば良かった。
きっと信じなかっただろうけど。
「アミュラ、お前も聞いたことくらいあるだろ? 国内初の大イベント、黎明祭の初代学生責任者で、初代魔導具部門優勝者だよ」
レオンがやけに丁寧に私を紹介すると、
「あなた、まさかセレナ・シルヴァーノ!?」
まさかのフルネームで呼ばれたよ。
そんなに凄いの、黎明祭って?
「まあ、そのセレナだけど」
「ウソー! 言ってよ。私めっちゃファンなのに!」
「顔も知らなかったくせに!?」
「あんな遠くちゃ顔なんか見えるわけないじゃん」
ってことは、見に来てたのか。
その割には魔導具師を相当馬鹿にした発言してたけど。
「ねぇ、アミュラって言ったっけ? なんで魔導具師あんなに嫌ってるのに黎明祭なんか見に行ってるのよ」
「いや、嫌いじゃなかったんだけど……」
そう言うと、建物の奥の方に一瞬目線を送る。
たしかその先は訓練場と、魔導具工房が。
……あー、思い出した。
アレがいるわ。
エミリアよりも前に『光るオルゴール』で勝負を仕掛けてきた、初代おバカさんが。
名前なんだっけか?
私はアミュラの肩に手を置いた。
「ごめん、さすがにあんなのと一緒にしないでほしいの」
「えぇ。でも、その……強烈過ぎて拒否反応が出てしまって」
まあ気持ちはわかる。
たしか初対面のところに、庶民のくせに男爵を名乗る大嘘つきをかましてくれるような人だ。
本人はお調子者なだけだとは思うんだけど。
「とりあえず、落ち着いたってことでいいのかな?」
「うん、ごめんね。私てっきりルーカス先輩はフリーだと思ってたし、あなたがあのセレナさんって知らなかったから」
落ち着いたら意外と素直な子だったな。
「アミュラ、魔導師としての腕は知らないけどさ、ハンドサインも分からないようじゃ、たぶんみんなあなたと組みづらいと思うよ。もっと学んだほうがいいと思う」
私はさっきのことを話すと、ようやく彼女も講習会のことを思い出したらしい。
「……そうね。ごめんなさい」
とことんまで落ち込んでしまった。
あー、そんなつもりなかったのにな。
「仕方ないなぁ。私がここに来て、あなたがいる時だけ、少し一緒に学ぼう。私も冒険にまたついていくのに学んでる最中でもあるからさ」
「えっ、いいんですか?」
「なんで突然敬語なのよ。冒険者同士ならタメ口ききなさい。相手に侮られるわよ?」
「セレナ先輩……」
うるうるとした目で見つめられる。
うっ、なんか嫌な関係を増やしたような気がするけど……仕方ないか。
こうしてギルド内に、何故か『後輩』が出来てしまった。
私が行くたびに犬が尻尾を振って駆けてくるように寄ってくる。
まあ、冒険者のことを一緒に学んだり教えたりする代わりに、魔法のことも教えてもらってるから、損ばかりじゃないのが唯一の救いかな。
レオン?
レオンはこの日以降は少し大人しくなったよ。
結局自分からカイル様に相談して、きっちり怒られたらしい。
女性はもっと大切に扱い、自分のもののように振る舞うなと。
それを伝えたカイル様も、黙ってられたのに自分から相談しに行ったレオンも、どちらも少し見直したのは、まだ内緒だ。
こんな感じでギルドに、調合にと忙しくなった私だけど、工房ではいよいよエミリアと組んで動き出すこととなる。
そう、『降り注ぐ光』の計画がいよいよ本格化するのだった。




