第239話 女子会での収穫
「それじゃ、久々の再開を祝してカンパーイ!」
私の音頭に、アミーカとマリーナもそれぞれ杯を掲げた。
隣に座るキアネアちゃんもそれを真似する。
ここは王都で以前アミーカに紹介してもらったカフェ『至福の甘み』。
『至福』の名前を冠するだけあって、ウルヴィスにあった『やすらぎの甘み』よりも、段違いにケーキやお菓子が美味しいんだよね。
今日は天気がいいから、外のテラス席で食べることにした。
王都は石畳だから、多少の風が吹いても砂が舞ってケーキに付く心配がほとんどないのが助かる。
私のお気に入りはチョコケーキ。
なんていうんだろ。
最初の一口は、すっごく甘いの。
それでこっちが『甘いっ!』って体が構えた時に、ふっとその甘みがほどけて、香りがふわっとやさしく甘みを洗い流すかのように広がって、ちょっぴりの苦みがピシッと口を締めたかと思うと、最後に舌の一部に適度な甘みが残る。
こんなの何回も味わったらもう虜になっちゃうよね。
「セレナまたそれ頼んだの?」
アミーカが少し呆れたように聞いてくる。
彼女は王城料理人を目指すだけあって、一回の食事、一回のおやつでも、常に毎回違う味を選んで、自分の味の世界を広げることに余念がない。
「いいじゃん、美味しいもん、これ。冒険心出して失敗するよりもよっぽどいいよ」
「セレナって魔導具は無謀なくらい冒険するクセに、食のこととなると意外と保守的よねー」
マリーナにそんなことを言われるが、マリーナだって私と同じタイプのはず。
そんなことを言って責めると、
「私はあなたほど魔導具で無茶しないもの」
とサラっと返されてしまった。
魔導具の無茶についても文句をいいたいところだが、ウルヴィスで三年間横で私を見続けてきたマリーナだ。
きっと何を言っても言い返されてしまうだろう。
「ふふっ、二人とも相変わらず仲いいのね」
「でもさー、アミーカ聞いてくれる? セレナったらこんなに仲のいい私には何も言わなかったくせに、高熱出して倒れた時はしっかり彼氏呼んでんのよ。ひどくない?」
「あれは呼んだわけじゃなくて、たまたま来ただけだって」
「へぇ、いつも勝手に来る仲なんだ? セレナの初めてはもう――」
「こらっ、マリーナ。昼からはしたないこと言わないの! それに……ま、まだだもん」
あー、顔が熱い。
なんでこんなこと話させられてるんだか。
隣のキアネアちゃんは、いつも通りマイペースにケーキを一口食べては幸せそうに目を閉じて味わっている。
「キアネアちゃん、美味しい?」
「うん、美味しい。私も作ってみたい」
おっと、そうだそうだ。
キアネアちゃんの会話訓練もそうだけど、大切なこと忘れてた。
「ねぇ、アミーカ。少し料理を教えてもらうような時間、作れたりする?」
「えっ? うん、大丈夫だけど。もしかして、セレナが?」
「今は少し慣れてきたんだけど、工房初日のお昼ごはん。いきなり担当させられて、そりゃもうひどいものを作っちゃってさ。キアネアちゃんにケーキ作りを教えてもらいたいのが優先なんだけど、私も教えて欲しいなーって」
「まあいいけど」
アミーカが了承すると、突然マリーナも手を挙げて自分もやりたいと言い出した。
こいつ、私目当てだな?
まあいいけどさ。
「じゃあ毎週日曜日にやりましょ。んーと、どこでやろうかしら?」
「あ、じゃあうちの工房使っていいよ。どうせ日曜日も師匠たちのご飯作らなきゃいけないから、それ作るついでにってことで頼めばきっと大丈夫」
「セレナ、あなた私に作らせようとしてるでしょ?」
「あれ、バレた? アハ、アハハ……」
アミーカはまったくもう! と顔をふくらませたが、それでも快く了承してくれた。
マリーナもOKだ。
「ところでさ、キアネアちゃん。二人とは話せるの?」
「……うん、少しなら大丈夫」
「そっか。ちょっと話してみない? 二人とも私の大切なお友達なの」
そう言うとキアネアちゃんはケーキを食べる手を止めて、手を膝の上に置き、二人の顔を見比べる。
膝の上の手が若干固く握られているような気がする。
まだ早いかな?
私がそう感じた時、アミーカが話しかけてくれた。
「キアネアちゃん、私はアミーカ。アミーカ・ルナリスよ。セレナと同じヴェルダの街の出身なの。よろしくね」
そう言って手を差し出してきた。
キアネアちゃんはボーっとそれを見ていたので、
「キアネアちゃん、こういう時はこっちも手を出して握手するんだよ?」
と教えてあげる。
キアネアちゃんは膝に置いた右手を浮かし、一度手のひらを見つめた。
少しだけ不安そうに私を見てきたので、笑顔を浮かべながらうなずいてあげる。
すると、ちょっとずつ手を前に出して、アミーカの手のひらの前で止まる。
自分からはまだ難しいよね。
そう思って口を出そうとしたところで、アミーカが
「握っても大丈夫?」
とキアネアちゃんに声をかけてくれた。
さすがアミーカ。
キアネアちゃんも少しびっくりした顔をしたけど、次の瞬間には顔を少し赤らめながらも、うなずいてくれた。
そっとアミーカがキアネアちゃんの手を握る。
キアネアちゃんもほんのわずか、手を握り返す。
はぁ……。
私にしか聞こえないくらい小さな吐息がキアネアちゃんの口から漏れる。
まだ、怖かったかな?
心配をして顔を少しのぞき込むと、少しだけ安心をした顔をしていた。
その顔を見た瞬間、胸に迫るものを感じ、私は思わず空を見上げてしまった。
じゃないと、零れてしまいそうだった。
「今度の日曜日、ケーキの作り方教えてあげるからね」
「うん。楽しみ……」
そう言ってわずかに微笑むキアネアちゃん。
あぁっ! かわいいな、もう!
すると今度はマリーナが手を差し出す。
「キアネアちゃん、私はマリーナ。マリーナ・フィデラね。セレナと高等学校一緒だったから少しは知ってるかな?」
キアネアちゃんはアミーカから手を離すと、マリーナの手の前に自分の手を持ってくるが、そこではたと止まる。
「セレナのこと、好きな人」
ちょっ!
キアネアちゃん何言ってくれてんの!!
ほら、私の顔も熱いし、あのマリーナも顔赤くしてうつむいちゃってるじゃん。
あぁ、もう。
素直なキアネアちゃんに言われるからこその恥ずかしさってあるんだなぁ。
マリーナにレオンとのことをからかわれた時も、ここまで恥ずかしいと思ったことはない。
……いや、さっきのは別だよ?
テーブルに顔を伏せてダウンしたマリーナの手を、自分から取ってキアネアちゃんは握手した。
うん、なんかこの二人相手なら大丈夫そうかな?
っていうかマリーナ、ごめん。
あとで何かお詫びするからね。
そこからは、少しだけキアネアちゃんを交えて四人で話をして、そのままお開きとなった。
女子会が終わってキアネアちゃんに今日のことを聞いてみた。
「キアネアちゃん、今日大丈夫だった? 無理しなかった?」
「無理? したよ」
けれど、そう言うキアネアちゃんの顔は、ほんの少し笑っていて。
「でも、楽しかった。二人ともいい人。また、行きたい。今度は……自分から話せるといいな」
っ……!
キアネアちゃんがすごく長く話してくれた。
いつもは多くても単語三つとかなのに。
ダメだ、こんなの聞かされたら。
私はハンカチを出して目元を拭う。
せっかくキアネアちゃんが話してくれたのに、泣き顔は見せたくなかった。
「セレナ、泣いてる?」
――あっさりバレたけど。
私はキアネアちゃんを抱きしめる。
「キアネアちゃんが、楽しかったっていうのが、嬉しかっただけ。また、絶対に行こうね」
「うん。楽しみ」
また次も長く話せるとは限らないけど、それでもキアネアちゃんが一歩前進してくれたことは確かだ。
焦らずやっていけば、きっとこの子はもっとたくさん話せるようになる。
と、ここまで思って大切なことを聞いてないことを思い出した。
澪から言われたあのこと。
(あんたねぇ……)
(ちゃ、ちゃんと思い出したからセーフだもん!)
(十分アウトよ。一ヶ月近く経ってるじゃない。ほら、また忘れないうちに聞いちゃいなさい)
ふぅ、危ない、危ない。
私はキアネアちゃんに確認する。
「ねぇ、キアネアちゃん?」
「ん?」
「私は、キアネアちゃんに、普通に話せて、笑って、楽しく過ごせるような、そういう子になってほしいなって思って、勉強とか今日のお話とか誘ってるんだけどさ、キアネアちゃんはどうかな? 迷惑だったりしない?」
そう聞くと、だいたい即座に反応をするキアネアちゃんが、珍しく少し考え込む。
しかしすぐに返事は返って来た。
「迷惑じゃない。セレナが私のこと考えてるの、よく分かる。でも、私まだちゃんと出来ない。だから……頑張ってみたい」
……よし、頑張ろう!
キアネアちゃんに出来るだけ負担のないよう、けど必ず私たちといつか笑って話せる関係になれるよう協力していこう。
「キアネアちゃん、頑張ろうね?」
「うん、頑張るよ」
そこからは下宿へ手を繋いで一緒に帰った。
繋いだ手から伝わるキアネアちゃんの温かさ。
この暖かさがあれば、きっと大丈夫。
そう、確信できた。




