第238話 癒す粉《プルヴィス・サナンス 》
「あ、セレナちゃん。待ってたわよ」
ドアを開けると、ワクワクが止まらないといった顔のパステルさんが出迎えてくれた。
思わずレオンと顔を見合わせてしまう。
パステルさんって、普段はもっと落ちいた感じの人だと思ってたから、こうも落ち着きのないパステルさんを見てると、こっちも落ち着かないのだ。
「パステルさん、こいつ、どこ置きますか?」
レオンが三代目落華摘粉を抱えて見せる。
この子、ちょっとワケあり魔導具になってしまったのだ。
というのも実は……。
調律者、使っちゃった。てへっ。
過去二回、調律者を使う前は、頭の中で『ガシャン!』という音がして、目が熱くなって、それから使えてた。
けど、今回は違う。
普通に焼き付けをしようとしたら、頭の片隅でチリッという音がしたかと思ったら、次の瞬間には発動してた。
……キアネアちゃんがリオと散歩に行ってる時でホント助かった。
液体を冷凍する装置の焼き付けをやろうとしてたところで、ちょうど魔力を出した瞬間だったから止めようもなく。
『いつまでも共に』を作った時のように、素材のまわりに回路図の完成図が展開された。
……十秒くらい固まったもんね、さすがに。
でも十一秒後に諦めてそのまま焼き付けたよ。
だって、見たかったから。
どれだけ違いが出るのか。
結果は、ひどいことになった。
通常氷の魔石で凍らせるのに、私がある程度効率よく組んだ回路でも三時間はかかる。
この子、一時間で凍らせたからね。
とりあえずしれっと氷の魔石を直列で繋いでるように見せかけただけの、ダミー回路とダミー魔石を用意して、コストかかるけどパワーアップ説で誤魔化すことにした。
ま、バレたらバレたで、適当にごまかそう。
ってことで曰く付きの魔導具は、パステルさんの研究所の片隅に置かれることになった。
さっそくそれにポーションをドバドバ注ぎ込み、スイッチを入れる。
あとは勝手に凍って、削って、粉にしてくれる。
我ながら便利な魔導具作ったな。
一時間後、凍らせ終えた落華摘粉は、低温に保った内部の刃を回転させて削り始める。
「なあ、セレナ。えらく凍るの早くねぇか?」
「三時間も待ってらんないでしょ? 氷の魔石を直列で繋いで、パワーアップしといたの」
「あぁ、なるほどな。そうか、魔導具だとそういうアプローチも出来るのか」
私の嘘にまんまと騙されてくれるレオン。
うんうん、そのまま何も確認せずに騙されててちょうだいね。
そしてポーションの粉が完成する。
緑色のサラサラとした粉。
へー、こんな色になるんだな。
いわば『癒す粉』といったところか。
隣を見ると、パステルさんの目がキラキラと輝いている。
新しいこの素材で何が出来るか、きっと頭の中はいろんな想像で溢れかえってるんだろうな。
「じゃあ、これを水に溶かすのよね?」
「そうですね。それがうまく行けば、『魔法瓶』と『癒す粉』の組み合わせで、今まで以上にポーションを楽に持ち運びできるようになると思います」
「よし、じゃあ少しずつ混ぜて、適正値を出してみよう!」
いそいそと計測器と水を用意し始めるパステルさん。
レオンと顔を見合わせる。
思わず二人とも苦笑してしまった。
そこからは地道なテスト作業。
粉に対して水を少しずつ増やしていき、その比率をメモする。
都度、計測器でポーションと近しい値になるよう図っていく。
あー、なんかこっちの作業はちょっと楽しさ分かるなぁ。
魔導具の開発をする時も、予測した回路の曲げ方とかでは足りない時があったりする。
そういう時は少しずつ曲げ方を変えて記録をとり、正解を探していくから。
意外と調合も向いてるところがあるようで、少しホッとした。
「出来た! これよ、この比率」
パステルさんが叫ぶ。
私とレオンが手元を覗くと、だいたい粉と水の割合が三対七くらいの割合だ。
結構粉使っちゃうな。
これ、金額大丈夫か?
「パステルさん、これ、粉末作るのに何本ポーション使いましたっけ?」
「ん? 二十本は使ったかな」
「二っ……二十本ですか?」
「うん。満杯にしようと思ったらそのくらい必要だったわよ?」
テストだって言ってるのに、この人いきなり全量いったのか。
かなりはしゃいでるな。
「これ、金額って大丈夫ですかね?」
「うーん、たぶんこれだけだと赤字になっちゃうかもね」
「ですよねぇ」
それでは困る。
いくら冒険者のためといっても、パステルさんのところに迷惑をかけてまで、こんなものを広める気はないんだ。
「けどね、そんなの考え方一つよ」
「どういうことですか?」
「例えばこのまま売っちゃえば赤字になるけど、粉状ってことは例えば薬草や油と混ぜ込んで塗り薬タイプも作れるでしょ? これなら保存がききそうだから少し高めの値段設定にする。で、携帯用の液体のものも既存のものよりほんのわずか割高にしてあげる。そうすれば既存の薬師の仕事を直接奪うこともなく、少しずつ広めていけるわ」
おっと……。
どうやらはしゃいでるだけの人じゃなかった。
すごくしっかり先々の販売方法まで見据えてた。
さすが、この道が長いだけはある。
パステルさんからも学ぶことはたくさんありそうだ。
良かった、私はまだまだ成長出来る、教わることができる人たちがいる。
そんな環境にいられる今が、とても嬉しかった。
「ってことで、塗り薬タイプも試しちゃいましょ。こっちなら神殿にも売れるかもしれないわよ」
「え? 神殿なんて魔法一つで治せちゃうからいらないんじゃ?」
「セレナちゃん、もっと先を見なさい。例えば今日突然大地震が起きて、誰もかれもが怪我をしたとして、それらが一斉に神殿に押し寄せたら、どうなると思う?」
「……困る」
「ね? 塗り薬タイプなら誰だって使えるわ。治癒では神殿には劣るかもしれないけど、それでも私たち薬師が存在する理由って十分あるんだから」
まいったな。
私はパステルさんの一面だけ見て、軽々しく考えていたみたいだ。
やっぱり父さんの後輩だけはあるや。
「パステルさん……」
「ん、何?」
「これから、よろしくお願いしますね」
そっと手を差し出した私の手を、パステルさんは勢いよく握り返してくる。
「ええ、お願いね。今回なめられた分、きっちり指導で返してあげるからね?」
そういうといたずらっぽい笑いを私に向けてくる。
……やっぱ、大人って怖い。
分かってて全部流してたんだな。
「もちろんです。私だって『我道』ルキウスの娘ですからね。そうそう簡単に参ったなんてしませんから」
「それ言うと、ルキウス不機嫌になるわよ?」
「大丈夫、父さんは私には甘いですから」
こうして私はようやく、ベーネ工房、冒険者ギルド、ミレンツィア薬学研究所の三か所で学び、作る生活をスタートすることが出来た。
もう王都に来て一ヶ月以上が過ぎた。
それが早いのか遅いのか分からないけど。
でも、私はようやく自分を成長出来る環境が整えられたと、一つの区切りを迎えた気持ちになれた。
ってことで、そろそろ一回息抜きしてもいいよね?
私はアミーカとマリーナに声をかけて、軽いお茶会をすることにした。
キアネアちゃんの会話練習も兼ねてね。




