第234話 過去が結んだ縁
「師匠、お金の計算に詳しい人とかいない?」
私の質問に苦笑する師匠。
「出来るようになっておいた方がいいとは思うけどね。それならエミリアを貸してやるよ」
「えーーーー! エミリア先輩?」
あまりに意外な名前が出てきた。
私の人生でうかつにも『光るオルゴール』で勝負を仕掛けてきた、おもしろキャラの二人目。
一人目は名前忘れたけど、たしか冒険者ギルドの人だ。
「あぁ、あいつは珍しい経歴でね。高等学校の商人科を修めたくせに、突然魔導具師になりたいってここに来たのさ」
「ちょっと斜め上すぎない、その動機。さすがに何かあるんだよね?」
「それがねぇ、美味しい肉を食べたからだそうだ」
ちょっと意味がわからない。
そんな理由で大きく進路が変わるなら、私なんて性別が変わって男になってそうだ。
「低温でじっくり蒸された『岩猪』だそうだ。どこかで聞いた話だね?」
そう言って師匠は人の悪い笑顔を見せる。
「それさ、まだ本人に言ってないでしょ?」
「当たり前さ。お前がここに来るのは分かってたからね。目の前でバラしてやろうと思ってね。さて……」
師匠はクラリスさんに伝えて、エミリアを呼びに行かせる。
あーあ、私しーらない。
開発した事実ごとグレッダさんに譲ってるから……って、
「ちょっと師匠、それ言っちゃっていいわけないでしょ!」
「なんでだい?」
「だって、それグレッダさんに……」
「あぁ、またマリーだね。まったく仕方ないね、あの子は」
なんのことだろう?
すると師匠は棚からやけに分厚い本を取り出してきた。
「これは?」
「これは魔導具と、その魔導具が誰に権利があるかを示した辞典さ。王城が毎年更新して出版してるんだよ。こういうのがないと、頑張って開発したのにすでに誰かが作ってた、なんてことになりかねないだろ?」
え……?
私、生まれて初めて見たんだけど。
それを師匠に伝えると、
「マリーのところは工房って言っても開発をするわけじゃないからね。いらなかったんだろ。学校ならたぶん教師が持ってたはずだよ」
レオニス先生……。
今度会ったらこの本で殴ろう。
「で、これだ。蒸気のゆりかご。見てごらん」
師匠が指し示す権利者の欄にはセレナ・シルヴァーノ、私の名前が書かれていた。
「なんでっ!? こんなの聞いてないよ!」
「だからマリーのいたずらだよ。一応聞いちゃいるが、世間に公表して発売してから三年も経っていて、他の類似品も出てきたから、権利を戻したらしいよ。一度はフォルティウス伯爵家の名で出た魔導具。今さら変わったところで誰も気にやしないよ」
あぁ、そういうことか。
当初の危険性、話題性だけをグレッダさんは背負ってくれたのか。
私に直接言ってくれればいいのに。
一応未成年だったからちゃんと気を遣って親経由で知らせようとしてくれたのかな。
うちの親の適当さ知ってるくせに……。
「ま、だから言うのは全然問題ないさ。おぉ、来たね、エミリア」
「はい、師匠。どういったご用件でしょうか?」
「お前、魔導具師を目指したきっかけは?」
「はい。『蒸気のゆりかご』で調理された岩猪のお肉を食べて感動したからです。調理法といい、それ専用の魔導具を作ることといい、世の中には何て凄いことを考える人がいるのかと」
そんな褒められると照れてしまう。
アミーカと一緒にやったことだし、魔導具自体は加熱鍋をちょこっといじっただけの、大したものじゃないんだけどな。
えへへ……と頭をかいていると、エミリアが怪訝そうな表情を向けてくる。
「なんであんたが照れてんのよ。私は『蒸気のゆりかご』と調理法を生み出した人を褒めてんのよ」
「エミリア、その当事者だよ、セレナは」
「えっ、ちょっ、だって、この鍋、三年前には発表されてますよね? しかもたしか発表は伯爵家だったはず」
すると師匠は悪い顔で私に聞いてくる。
「セレナ、あれはいつの頃だったかねぇ?」
知ってるくせに。
私がジト目で睨み返しても、師匠はピクリとも表情を変えない。
面の皮がだいぶ厚くていらっしゃるようだ。
「んーと、初等学校二年生の冬だったから……四年半くらい前ですかね」
「――ちょっと待ってよ、初等学校なんてまだ魔導具とか習わないはずよね。あんたがそんなの出来るわけないじゃない」
「うち、スパルタだったんですよね。師匠が手を焼くくらいの弟子で、それが母親だったもので」
今思い出しただけでも寒気がする。
魔法を暴発させて延々と怒られ、その先の焼き付け修行では、本来焼き付け初心者が使うはずの魔導ペンすら持たされずに練習させられ、回路がぐねぐねすれば笑われ、焼き付け過ぎて机を焦がせば頭をはたかれ……。
あれ? よく私家出しなかったな。
「まぁ、お前が信じられないのも分かるがね。これについては私と、当初公開した伯爵、王城料理長の公爵が証人さ。私の名前なんて霞んで消えちまうくらいのね」
「……伯爵……公爵?」
何が何やら分からないといった顔で後ずさるエミリア。
まあね、私も今考えると何がどーなってそうなったのか謎だ。
王城の料理を食べたいとか暴走したアミーカと、それ受け入れて王城料理長のオーギュスト様を巻き込んだグレッダさんの二人が悪いと思ってるけど。
「一応、初等学生がこんなもの思いついたとか言ったら攫われるリスクもあるってことで、グレッダさん――あー、フォルティウス伯爵ね――が開発したみたいにしてるんで、一応秘密でお願いします」
「何よそれ。最初から、適うわけがなかったんじゃない……」
「ってか商人科卒で適うわけないと思いますけど」
すごくもっともな意見を言ったつもりなんだけど、エミリアからはすごく睨まれた。
「私はね、あの魔導具を開発するのが夢だったの!」
「そんなんでいいんですか? じゃあ教えますよ。そんなに難しくないし」
「何軽々しく教えようとしてんのよ。魔導具開発ってそういうものじゃないでしょ!」
「私はね、正直思いついたら無料で作り方を配ってもいいんです。でも、そんなことするとめっちゃ怒る人がいるんで」
師匠の方を見ると、「当たり前だ」と言いながらうなずいていた。
「でね、私はどこでお金を儲けて、誰に広めたらいいとかがさっぱり分からないんです。そこをエミリア先輩に教えて欲しいんです。その代わり私からは魔導具のことをなんでも教えますよ」
「なるほど、取り引きみたいなことね」
「取り引きって言われると素直に頷けないですけど、まあそうです」
しばらく考え込むエミリア。
すると、黙って手を差し出してきた。
「分かったわ。その条件で手を組みましょう。この先はパートナーみたいなものだから、私のことは呼び捨てでいいわよ」
心の中では常に呼び捨てだったとは言えず、私はお礼を伝えて手を握る。
まさか初等学校の頃の魔導具が縁でこんな結ばれ方をされるとはね。
なんか無駄なものってないんだろうなぁって、ふと思った。
この、先の不安な凸凹コンビの手によって、王都の各所に『降り注ぐ光』が広まり、ベーネ工房の名が売れていくのは、もう少し先の話となる。




