第233話 緊張に満ちたタネ明かし
「うーん、それは難しいぞ、セレナ嬢」
幸い冒険者ギルドにいたグレッダさんを捕まえて、一通りの事情を話すとそんな返事が帰ってきた。
「なんでよ! せっかく現場が進めてた話を、校長の勝手で潰してるのよ。おかしいじゃない」
「そもそもランタン百個という初期の条件は変わらないだろう? それをベーネ工房のところと校長のところ、どちらでやるかだけの話だ。それに初等学校の最終決定権は校長にある」
分かってる。
分かってるけどさ……。
「私は照明を使ってもらいたかったの。使えば絶対にこっちがいいって分かってもらえる。なのに、なのに……」
真新しいスーツのスカートに、悔し涙が染み込んでいく。
私の夢を詰めこんだ袋が、偉さというナイフで切り裂かれていくようで。
ただただ悔しかった。
「今回の話に最初から俺が加わっていれば、まだ力の貸しようもあったがな」
そこに、タブラさんが入ってきた。
「グレッダさん、調べましたよ。あの初等学校の校長と商会の経営状況」
「やはりか?」
「やはりですねぇ。今回のランタンの売上がないと、それきっかけに潰れかねませんな」
やっぱり!
「そんな商会を残す必要なんかない。潰しちゃえばいい!」
「セレナ嬢、それは何故だ?」
「どうせ殿様商売でもしてたんでしょ? 自業自得だよ!」
「らしくないな。調べたのか?」
ぐっ! それは……。
「それに、自分と関係のあるところならば、救えるなら救いたい。そう思うのは多少は仕方ないと思わないか?」
「そんなの、公私混同じゃんか」
「分かった。なら、落華摘粉の工場は、より最適なところを調査し、仮にボレリアスが外れても仕方ないのだな?」
ぐぅっ!
なんでよ、グレッダさん。
味方じゃないの?
私はグレッダさんをキツく睨みつける。
しかしグレッダさんは、私の目を涼しげに受け流していた。
そして席を立ち、私の隣に来ると目の高さを合わせるようにしゃがみ込む。
私の肩に手を置いたグレッダさんは、優しく諭すように話す。
「セレナ嬢、勘違いしてはいけない。我々はあくまでも君たちを貴族の横槍から守るためにある。積極的に他の貴族へ喧嘩を売るためではないのだ」
「けどっ、現場のあの人達の顔を見たら……」
三人とも個別の話し合いに入る前は、顔に希望を浮かべていた。
その後、戻ってきた時の申し訳なさそうな顔が、私の脳裏から離れない。
私は肩に置かれたグレッダさんの手を取り、その手を額に当てた。
「期待させちゃったんだよ。私のせいで。すごく、残酷なことをした。だから、だから……」
「そうだな、それさえ分かっていれば、次は気をつけられるだろう? 王都は一にも二にも貴族の存在ありきだ。次からは動く前にそこを必ず調べるようにするといい」
グレッダさんの手を離し、私はハンカチを取り出して涙を拭う。
「グレッダさん、そういうことに詳しい人を教えて。もう二度と繰り返したくない」
「ははっ。それでこそ、だな。そうだなぁ。商売的なところを知れればいいのだろう?」
「とりあえずは。いきなり全部は無理だし」
本の読みすぎで倒れたのは記憶に新しい。
出来る範囲のことから手を付けていかないと。
「それなら、ちょうどいい方がいらっしゃるじゃないか」
「え、誰?」
「テレージア様さ。ご実家が商会を持っているから、そのあたりは詳しくていらっしゃるぞ」
少し前までテレージア嬢だったのが、『様』付けに変わってる。
こういうことがスムーズに出来ることも、これからは求められるんだろうな。
それなら。
「あとグレッダさん、貴族の振る舞い的なのを教えてくれる人いないかな?」
「なんだ、もう結婚するのか?」
「違くて! 情報を知っても使い方を知らないんじゃ宝の持ち腐れじゃない。魔導具的に言うなら、素材を手に入れるなら、きちんと焼き付けも出来るようになりたいの」
そう言うとグレッダさんは立ち上がり、優しい視線を投げかけてくる。
「セレナ嬢、あなたの仕事は何だ?」
「……魔導具師」
「もう、言わなくても分かるな?」
「だーってさぁ、誰に頼んだらいいんだよぉ。わかんないよ、グレッダさん」
「うわははっ、そんな言い方だと初等学校の頃のようだぞ、セレナちゃん」
むぅ。
子ども扱いされたし。
「セレナ嬢、もうあの初めて王都に来た頃とは違うだろう? 王都で経験を積んだ友も、貴族の令嬢の友も、それにレオンや俺だっている」
しれっと自分を混ぜ込む辺りが、グレッダさんの優しさだよなぁ。
「優先順位をつけなきゃだね。何を重要とするか」
高等学校入学の時には、どちらが大切かだけを見ていた。
それを今度はいくつもの出来事に対してしていかなきゃいけない。
人、モノ、状況。
その中で自分が動かないといけないこと。
人に任せられることの選択をしていく。
社会で働くということが、こんなにも難しいなんて。
けど、グレッダさんが言った通り、周りにはたくさん頼れる人がいる。
もっと頼っていこう。
私一人じゃ足りない。
それがよく分かった。
私は椅子から立ち上がる。
「グレッダさん、タブラさん、忙しいのにありがとう。おかげで、少し目が覚めたよ」
「役に立てたなら何よりだ」
「とりあえず師匠に謝ってこないと。失注したとか知られたら、死ぬほど痛いお尻叩き食らいそうだけど……」
「なーに、その時は治してやるさ、無料でな」
タブラさんが右手を上げて薄く魔力を張る。
レオンの深手のケガさえ治したタブラさんなら楽勝だろう。
けど……。
「それって治癒は無料だけど、お尻お触りも無料ですよね?」
「ちぇっ、気付いたか。さすがレオンの連れ合いだけはあるな」
そう言って笑ってくるタブラさん。
元より本気でないのは一目瞭然だった。
レオンは明るい職場で働けてるな。
なんか、それが妙に嬉しかった。
「タブラさんのえっち! また来ますね!」
手を振り、ギルドの一番奥の部屋から、冒険者が集まる酒場に出ると、何か強い視線を感じた。
辺りを見回してもみんなこっちは向いてない。
気のせいだったかな?
私はそのままベーネ工房へと急ぐ。
しかし、工房が近づくにつれて、さっきまでの気分はどこへやら。
次第に足が重たく、気分も沈んでいった……。
◇◆◇
「聞いたよ、セレナ。ランタン百個、失注したそうじゃないか」
工房の別室。
師匠の部屋で、私はクラリスさんとともに師匠の前の椅子に座っていた。
もちろん顔なんて見れない。
「さて、どう落とし前をつけてくれるのかねぇ、このバカ娘は」
もはやこめかみからか、顔からか分からない汗がポタリ、ポタリとスーツのスカートを濡らす。
スーツデビュー戦なのに、汗に涙に、たくさん吸わせてごめんよ。
私は椅子から降りて、床に土下座の体勢を取った。
「師匠、すいませんでした! 今回私がさっさと進めていれば、もしかしたら失注しなくて済んだかもしれません。責任は取りますので!」
そう言って頭を床につける。
すると、クスクスという音がした。
それは次第に大きくなって、すぐに大きな笑い声に変わる。
「あーはっはっはっ! ひー、笑わせてもらったよ」
「ふふっ、セレナちゃん、安心して。今回のこと、うちはそれほど損はしてないから」
「え、は?」
理解の追いつかない私の前に、師匠が紙切れを投げてよこした。
それは、初等学校とのランタン百個を作るという契約書。
目を通していくと、受注から二週間以降に取りやめの通達をする場合は、受注金額の半分を支払うこと。
納品の三日前以降の取りやめは、受注金額の全額を支払うことと書かれている。
受注日は……十五日前。
つまり受注金額の半分を、初等学校は支払わなければならない。
「幸いうちはまだ素材も仕入れてないし、手配した人材もセレナ、お前ひとりさ。つまりうちは大きな売り上げ予定は失ったかもしれないが、十分な利益を確保できた。これを元手にお前の歓迎会でも開こうか?」
「ししょー!」
私はそのまま床に寝転がる。
スーツごめん、ちゃんと洗うからね。
「もー! グレッダさんのところ行っても味方してくれないし、それの理由聞いたら納得しちゃったし、帰ってきたらこれだし、もう、もうっ、もうー!!」
「だがね、セレナ。お前の考えたこと自体は良かったと思うよ。今回は縁がなかったけど、いつ同じような注文が来ても、即座に返せるように今のうちにしっかり準備しときな。分割払いの件もお前に任せてやる。まぁ、取りっぱぐれたら、お前の給料から引きゃいいしね」
……なんとも怖いことを言ってくれる。
そもそも最初の話だと下宿とご飯代さえ稼げばいいって言ってたから、それ通りに働いたら分割金取りっぱぐれは、すべて私の借金だ。
ちょっとそこの補強はしたいかも。
私は恥を忍んで聞いてみた。
「師匠、そういうのに詳しい人とかいない? お金の計算弱くてさ」
「あぁ、それなら……」
師匠が紹介してくれた人。
その意外すぎる名前を聞いて、思わず私は
「えーーーー!」
と、叫んでしまった。




