第232話 王都ならではの軋轢
「説明は以上となります。もしこちらが受け入れられない場合でも、当初のご注文通りでランタンは作成させていただきます。いかがでしょうか?」
今日わたしはベーネ工房に依頼のあった初等学校に来ている。
さすがにいつもの作業着じゃ失礼なので、ちゃんとスーツ姿だ。
就職するために王都に来た瞬間に師匠に買いに行かされたけど、今まで一回も来てないから邪魔だなぁと思っていたら、ようやく活躍の出番が来たよ。
しっかし、さすが王都の初等学校だよね。
広い、きれい、いい匂い。
庶民だけじゃなくて、それなりの身分の人の子たちも通ってるから、支援がしっかりあるらしい。
支援とか聞くと、高等学校の時の寄付金を思い出してちょっと複雑な思いだけど、まぁ当事者でもあるまいし、私が口を挟むのも違うだろう。
それに初等学校生が稼ぐって現実的に無理だろうし。
目の前の初等学校の担当者たちは、かなり迷っているようだ。
メリットは分かる。
でもねぇ……。
そんな思いが顔にはっきりと出ている。
これは、もう一押しすれば実績作れそうな気がするけど。
私は一緒に付いてきてくれているクラリスさんに小声で確認を取る。
「クラリスさん。これ一括支払いがもしネックになってるなら、初回支払いはランタンの分と同額を支払ってもらって、残金は分割払いみたいなのってありかな?」
「分割払い!?」
クラリスさんがビックリしてそこそこ大きな声で口にしてしまった。
あ……。
初等学校の担当者たちが少し希望の見えたような顔を見せてくる。
「分割での支払いというのが可能なのかね? もしそうであれば検討のテーブルに乗せるに値するのだが」
「ちょ、ちょっと待ってください。うちの工房でもそういった例はなくてですね……」
珍しくクラリスさんが大慌てだ。
そっかー、そういう方法はないのか。
たぶん澪との無駄話でいろいろ変な知識をつけてるのもいけないんだろうなぁ。
(ちょっと、人のせいにしないでよね。私の知識使いすぎると大変だよって五歳の頃に伝えてあるでしょ)
(そんな大昔のこと忘れたよ。十一年も前のことじゃんか)
(十一年かぁ。そりゃセレナも大きくなるはずだよね)
(今はそんな話じゃないの!)
無理やり澪との会話を終了して、私は少し考えてみる。
そもそも王都の初等学校なんだから、ある日逃げて消えましたなんてことはないだろう。
何せ国のお金で運営されているのだから、そんなことをした日にはきっちり罪に問われる。
とすると、懸念点としては支払期日になっても払わないこと。
ここだけをしっかり詰めておけば、大丈夫そうな気がする。
「分割払い、いいですよ。ただ、今回のお話とは別の話になるので、毎回いくらずつを何回に分けて支払うかというのは、別途相談させてください。その代わり、照明については今決めてもらえると助かります。私たちもランタン百個の製作はそれなりに時間がかかりますから」
「少し、待ってもらえるかい。我々だけで話し合ってこよう」
担当の三名は別室に移動した。
するとクラリスさんが厳しい顔で私に文句を言ってくる。
「ちょっと、セレナちゃん。勝手に分割払いなんか認めちゃって。師匠に叱られても助けないわよ、私」
「いや、ここは少し無理してでも注文してもらえた方がいいんですよ」
私はクラリスさんにその根拠を説明していく。
この話、ベーネ工房と初等学校で考えたら無茶をする必要なんかどこにもない。
ランタン百個を作って、そのお金をもらえばいいのだから。
けど、照明に切り替える事例を作ることで、ベーネ工房なら今までどこもが尻込みして手を出してこなかった技術を扱ってくれる。
そして初期費用がかかっても、分割払いでの対応もしてくれる。
それなら注文をしてみたい。
そう考えるお客さんはきっと出てくるはず。
それに、初等学校なら半年に一度『報告会』という、生徒の成績や学校での様子について親へ報告する機会がある。
六百名の生徒の親が、学校の照明がガラッと変わるのを見たらどう思うか。
照明、『降り注ぐ光』を頼むならベーネ工房という先行者利益が出てくる。
私はそこを狙いたいということを話した。
すると、クラリスさんは大きなため息をつく。
「セレナちゃんって、こういうのどこで覚えてくるの?」
「たぶんね、めんどくさがりなんです、私」
「めんどくさがりが立てる企画じゃないと思うけど……」
「出来るだけ私たちの手を動かさないで、しかも生活が楽に、みんなに広がっていくのってどうやったらいいかな? って考えちゃうんですよ」
そう言うと、クラリスさんも少しわかってくれたようだ。
「あぁ、それで言うとマリーがそうだったわね。それこそ大量の注文が来た時に、何度も同じ手を動かして面倒だ! って、あの昔に見せた三人での焼き付けを考えたりしたから」
「これ、工房のみんなには内緒ですよ? 私自身はここの商談さえうまく行ったのなら、もう『降り注ぐ光』なんてどうでもいいんです」
「……ま、黙っておくわ。セレナちゃんのいいたいところも何となく分かったし。要するに次々と考えを出して、次々と仕事を投げたいわけね?」
そう言うとクラリスさんは出された紅茶を一口。
クラリスさんはスタイルがいいし、所作もきれいだから、紅茶を飲むのもサマになる。
「えぇ。私は誰もかれもが考えられるようになれとは思わない。うちの母さんみたいに、作ることが好きな人だっているし。でも作るためにはまず考えないと進めない。なら、私はその最初の一歩を担当する人になればいい。ちょうどそういうのも好きみたいですから」
「セレナちゃんさ、マリーナちゃんと同じ研究所の方が合ってたんじゃない?」
「あそこも正直惹かれました。けど、あそこだと考えるだけでその先が見られないじゃないですか。私はその先も見たいんです。私の考えた魔導具が、みんなにどういう顔で使われているのかも」
「よくばりねぇ」
けど、言葉とは裏腹に、微笑みながらクラリスさんは私の頭を軽く撫でてくれた。
「どういう顔で使われてるかを気にすることはとても大切だからね。いいと思うわ」
そこでようやく初等学校の担当者三名が別室から戻ってきた。
「ベーネ工房さん、本当に申し訳ない! 校長が今回の注文とは別ですでに他の工房に依頼していたということでして……」
聞いた内容もショックだが、担当者の人たちの青ざめた顔にもびっくりだ。
これは……王都ならではのあれかな。
「ここだけの話として聞きます。貴族の誰かが出てきましたね?」
私の言葉に三名ともがビクッと肩を動かした。
そしてこちらにしか聞こえないよう口元に手を当てるので、私は机の上に『沈黙の箱』をスイッチを入れておいた。
「それは!」
「これで聞こえませんよ。さ、遠慮なく話してください」
「実は、うちの校長自身が貴族でして。商会も営んでいるため、そこで注文を受けると。今までは初等学校の照明など貧乏くさいものは受けられんと、断っていたのでこうしてお願いをしていたのですが」
どうせそういう殿様商売をしていたせいで売り上げが落ちてきているんだろう。
自業自得でしかない。
「校長は伯爵? 侯爵?」
「いえ、子爵です」
「子爵ね。ところで校長の件をいったん忘れるとして、あなた方の中では結論がどうだったかだけ教えてもらってもいいですか?」
「私たちは分割が許されるのであれば、新しい方を入れたい。何より王都の初等学校は国の最先端を走らないといけないんです。そのための提案としてはこれ以上のものはない」
「分かりました。ちょっと一日だけください。分割の件も含めて考えてきます。明日、また会っていただけますか?」
私とクラリスさんは明日の午後の約束を取り付けて、この日は初等学校を後にした。
「……頑張って期待に応えようとしてる人がいるのに、それを潰すなんて、許せない」
「セレナちゃん、落ち着いてよ? 校長がどうして自分のところで引き受けるようにしたのかも、私たちの想像でしかないんだからね?」
「分かってます。だから、ちょっと聞いてきます」
「どこへ?」
その質問には答えず、私は一目散に駆けていく。
まずは冒険者ギルド。
あの人なら、やりすぎずにしっかりと仲介に入ってくれるに違いない。
頼むよ、グレッダさん――。




