第230話 必要に迫られた開発
翌日。
企画書の続きを一時間ほどで書き上げて私はクラリスさんへ提出をした。
とは言ってもそれほど難しいことは書いていない。
まずはランタン。
初等学校は全校生徒六百名。
一学年五十名が四クラスで二百人、これが三学年だ。
ヴェルダの初等学校の四倍ほど。
さすが王都、スケールが違う。
各クラスランタンは四個、廊下ごとに八個、階段で五個、職員室で六個、体育館で十七個。
これで計百個だ。
何が大変かって、これ全てが独立タイプのランタンなので、先生たちは百回スイッチを押さないといけないこと。
私なら毎日そんなのやりたくない。
なので下方照射型にして、まず個数を減らす。
階段は最低限だから変わらないけど、廊下以外はいったん半分。
廊下は廊下の天井に一本の回路を折り曲げる形で廊下の両端に通す。
で、ここが重要だけど、それぞれに魔石を組み込むのではなく、壁に並列処理で小さな魔石から魔力を吸い上げる装置を設置。
吸い上げた魔力を一つの大きな流れにまとめて灯りへ流す。
クラスごと、廊下ごとでスイッチを一つにする。
体育館は広いので二つに分けたほうが良さそうだけど。
大きく変わってくるのは、灯り同士を繋ぐ回路を通さないといけないこと。
あとポイントごとに設置していたランタンと違い、全面に耐火付与をしないといけない。
最後に、天井に設置になるため、職人さんに設置をお願いしないと危なくて仕方ない。
この辺がコストがかかるところだ。
さて、どう判断されるか。
クラリスさんは真剣な目で企画書に目を通していく。
そして全て読み終わると、大きくため息を付いた。
「セレナちゃん、いくらなんでも高すぎるわ。ランタン百個の倍の費用がかかってしまう。これは学校側が了承するわけがないわ」
「あー、その見方をするからいけないんですよ」
「どういうこと?」
私は入れ替えた後に起こることを説明した。
まず点灯の手間が減るから人件費が浮く。
次に魔石の数が少なく済む。
しかも一つあたりの魔石は今のものより小さくていいので、単価も安い。
魔石は小さく、数も少ないので、魔力が切れたときのチャージを依頼する料金も安く済む。
魔石を買い替える余分なお金はかかってしまうけど、その分今使っている魔石はこちらで多少安めに買い取れば、まるまる損をするということは防げる。
「ってことで、目の前の金額だけでなく、変えたあとのメリットが大きいんです、この照明」
「なるほど。なら、その計算をしっかり行って示せばいけるかも」
「まさかこうするとは思わなかったんで、人件費やチャージ料までは聞いてなくて。あとは工事のお金は概算なので、ズレが出てくることはあり得ます」
クラリスさんはうなずくと、最後に師匠へ確認を取りに行った。
私が少し手持ち無沙汰にしていると、目の前に若い女の子がやってきた。
たぶん私より少し上くらいかな。
二十歳にはなってなさそうな気がする。
見かけた記憶がないから、比較的新しい人かも。
「ちょっとアンタ。新人のくせに暇そうじゃない。魔導具師の仕事なめてんじゃないの?」
「はぁ? ってか誰、あんた」
「エミリア。エミリア・リヴェラよ。セレナ・シルヴァーノ」
「フルネームやめてくんない? で、何がいいたいわけ?」
するとエミリアはポケットから見覚えのある魔導具を取り出した。
ちょっ、ダメ、それは!
「これの焼き付けの時間で私と勝負なさい!」
彼女が手に持っているのは『光るオルゴール』。
もう三年も前に作った魔導具だ。
しかも私相手に魔導具勝負を仕掛ける人は全員、これで仕掛けてくる。
もう勝負が見えた……。
「セレナちゃん」
クラリスさんが騒ぎを聞いてこちらを見ている。
「やるなら全力で。手抜いちゃダメよ」
どうやら完膚なきまでに叩きのめせという指示らしい。
それやって恨まれるの私なんだけど……。
「ねえ、それのキットちょうだい」
「は? 勝負なんだから渡すわよ」
エミリアは『光るオルゴール』のキットを投げて渡してきた。
私はそれの中から魔導回路を焼き付ける板を取り出して机に置いた。
「エミリア、これ見て勝てるって思うならやりなさい」
私のセリフに首をひねりながら、それでも黙って見てることを選んだようだ。
意外と物わかりはいいのかもしれない。
「さーてと。同時制御」
私が手をかざした下に、複数の魔力線が浮かび上がる。
それをそのまま板に降ろす。
悪いが高等学校一年生の頃から、授業以外の焼き付けは基本これを使ってたんだ。
もう息をするように焼き付け出来る。
そして、ものの数十秒で焼き付けが終わった。
「ふぅ、まあまあかな」
「なっ、何よアンタ、それ! なんで!」
「んー……才能?」
「バカにしてんの!」
疲れるなぁ、こういうヤツ。
なんかレオンに無性に会いたくなった。
とことん愚痴ってやりたい。
「で、勝てるわけ? あぁ、言っとくけど深さも幅も揃ってるからね、それ」
「か、勝てない……わ」
ん、素直でよろしい。
そこにクラリスさんと師匠がやってきた。
「セレナ、なかなか面白いことを考えるね」
「師匠」
「よし、みんなお聞き。これからうちは新しい事業を始めるよ。『降り注ぐ光』事業部だ」
そこからはクラリスさんが説明を始める。
特定の業者と提携を組み、下方照射型照明の『降り注ぐ光』を提案していく事業部だそうだ。
そのテストケースとして初等学校を使う。
そのためにこれについてはあらゆる記録を取っておくことという指示が飛んだ。
「そして、この事業に関して、責任者はセレナ、アンタがやんな」
「はーい」
「ベーネ師匠、なんでこんな新米に!」
「黙ってなエミリア。初日からこんな企画を描き始めたセレナは、作らせるだけじゃもったいなさすぎるのさ」
エミリアは唇を噛み締めて、すごく悔しそうにしている。
んー。
師匠のいうことは分かるけど、エミリアの不満ももっともなんだよな。
別にあの子を爪弾きにしたいわけじゃないし、ちょうどいい妥協点が何かないかな。
「エミリア」
「なによ、呼び捨てにすんな!」
「エミリア先輩、新人のやるべきことって何?」
「朝の工房の清掃に、その日使う素材を並べて、みんなが来たらすぐ作業に入れるように準備よ」
「そんだけ?」
「そうよ。そんだけって言うけど、それなりの労働量になるんだからね」
まあたしかに広いからな。
でも毎朝そんなに隅々まで掃除をするものでもなさそうだし。
「掃除ってどこまでしてんの?」
「朝は窓を開けて床の掃き掃除、営業終了後はテーブルの拭き掃除。週に一回棚のホコリ払いね」
「ししょー、今年の黎明祭の優勝魔導具って見ました?」
『ししょー』呼びに、一瞬眉がピクリと動いたが、諦めてくれたようだ。
「あぁ、見たよ。なかなか楽しい魔導具だったね」
「あれで床掃除しちゃダメですか?」
そう聞くと師匠はニヤッと笑みを浮かべる。
「いいけど。作れるのかい、アンタに?」
「まあ、先輩ですから、一応。あと掃除用に限らず、便利そうな魔導具は作っていいですか?」
「……ちゃんと事前許可はとりなよ。アンタは何しでかすか分かんないからね」
ちょっと嫌そうな顔でそう答えられた。
私、ここではそんなに問題起こしてないはずなんだけどな。
「みんな、聞いたかい? こういうのをお前たちは持たなすぎる。アタシらは魔導具師だ。人のための魔導具を作るのが第一義。ただね、その『人』に自分を入れないでどうする。うちらは歯車じゃないんだよ。そのことをよく覚えておきなっ!」
そう言うと師匠はまた席に戻っていった。
クラリスさんはそのまま私のところに来て、
「さっきのベースで構わないからやっていいって。人材選びとかは任せるけど、誰が適してるとかの相談には乗るから、いつでも声をかけてね」
そう言ってくれたクラリスさんは本当に優しいと思う。
師匠の厳しさとクラリスさんの優しさ。
ベーネ工房はこの二人がいるからうまく回ってるんだろうね。
するとエミリアが私の近くにおずおずと、声をかけづらそうに近寄ってくる。
はぁ、面倒だけどこんなのでも先輩だからね。
仲良くやらなきゃ。
「エミリア先輩、さっきの掃除用の魔導具、私が設計書書きますから、一緒に作りません? あと、棚のホコリ払いも、人いなかったら、こんな感じの棒から風をビューって出して……」
そこからは照明の企画書の細部を詰めたり、エミリアと掃除用の魔導具について話し合ったりと、二日目はとても忙しく過ぎ去っていった。
しばらくはこんな感じで忙しいんだろうな。
ちょっと今週は工房メインで動こう。
休みになったら冒険者ギルドに顔出して、専属魔導具師としての活動方針を決めないと。
そしてそこでも勉強漬けの日々が始まるとは、思いもよらず、私の部屋には次々と参考書が溜まり、キアネアちゃんよりも自分が勉強を頑張らないといけないハメになるのだった。




