第228話 名を売る覚悟
初等学校用のランタン百個。
その図面を書いていて、ふと気になることがあった。
「ししょー、うちってどこかと提携してたりします?」
「ちゃんと『師匠』って言いな。提携? 特にはしてないよ。都度依頼する形さ」
「あと、新街灯って今どうなってます?」
「どうって。どうもないさ。考えとしては公表されたけど、取り組もうって物好きはそうそういないからね」
よしよし、好都合。
私は図面を書くのをやめて、紙にさらさらと悪巧みを書き始めた。
書き上げると、それを師匠にそのまま渡す。
紙に目を通した師匠はクラリスさんを読んで、私を別室へ呼んだ。
「で、どういうことだい、これは?」
「え、見たままですけど。初等学校に下方照射タイプのランタン――というか照明ですね――を取り付けよっかなって」
「そんなの……いいんですか、師匠?」
師匠はそれには答えず、メモ書きの一箇所を指さす。
「で、この指定業者ってのは?」
「毎回うちの作業を都度頼むって、面倒くさくないです? もうここ!って決めたら、うちの仕事のやり方も知ってもらえるから、楽かなーって」
「なるほどね」
そしてまた黙る。
私とクラリスさんは目を合わせるが、私たちにどうこう出来ることはない。
すぐに困り顔になってお互い苦笑いしてしまった。
「セレナ、なんとなくは聞いちゃいるが、お前が高等学校で何をしてきたか。あらためて説明しな」
私は最初からすべてを話した。
寄付金制度の指摘から、最近のウルヴィスの湯畑の『寄り添う光』や『魔法瓶』のことまで。
話終わると、師匠は深い溜息をついた。
「なるほどね。セレナにとっては高等学校の延長にしか過ぎない提案というわけかい」
「うん。もしかして、ダメだった?」
ちゃんとした工房に勤めるのはこれが初めて。
高等学校も口うるさくはあったけど、レオニス先生が私たちのすることに反対することは、ほとんどなかった。
まだ、工房の『当たり前』が分からない。
「セレナ、先に聞いときたいんだが、将来どうなりたい? 何を目指す?」
「将来? うーん、自分の工房を建てて、好き勝手にやりたい」
私の答えに二人は目を丸くする。
あれ?
そんなに変なことは言ってないと思うけどな。
「好き勝手ってのは?」
「あ、例えばここで働いてて、自分のやりたいようにしたら、もしかしたら迷惑かけることがあるかもしれないでしょ? だから、やりたいことはきちんと自分の責任でやりたいの」
「なるほど。多少は自分のことは見えてるってわけだね」
なんか、失礼なことを言われた気がする?
そんなに迷惑かけてきたかな。
「あとはね、偉くなりたいの」
「ほう、それはどうして?」
「やりたいことをしようとして、変な貴族とかに抑えられたりするの嫌じゃない? だからそういうのをはねつけたい」
「お前はカイル様がいるから大丈夫だろう?」
「そのカイル様が味方になってくれなかったら?」
そう、今はたまたまカイル様と考えが合致してるから進んでこられてるけど、それだって中には説得してどうにかなったものだってある。
カイル様の力はとてもありがたいけど、逆に言えばあの人の意に沿わないものは出来ないとも言える。
「だから、侯爵になりたいってわけじゃないけど、そこからの反対が届かないような位置に立ちたい。この二つが、わたしのしたいことかな」
そう言うと、師匠が少し難しい顔になる。
一瞬口を開きかけ、やはり閉じ、そして再び口を開いた。
「オススメはしないが、そのためにはお前の名前を売っていく必要がある。その覚悟はあるかい?」
「名前を売る?」
「例えばこの企画」
今渡したメモを指し、
「責任者には本来私の名前を載せる必要がある。それを、うちの工房に所属していることを明記した上で、お前の名前にする。そうすれば、ベーネ工房の名前ではなく、お前の名前が広がるだろう」
「それって師匠的にアリなんですか?」
「別に構いやしない。けどね、名前が広がるってことは、それだけ危険も呼び寄せるよ? それは初等学校時代に思い知ったろう?」
今回の企画の軸となる照明の件。
まさにこれのことだ。
グレッダさんに相談し、オーギュスト様とカイル様を巻き込んで、私の名前を出さないことで守ってもらった。
誰にも頼らずあの考えを公開していたら、もしかしたら貴族からの勧誘、ヘタをしたら強引な手段も取られたかもしれない。
けど……。
「師匠、今は守ってくれる人がいます。カイル様たちもそうですし、護衛としてキアネアちゃんや、それにレオンも……」
「レオン?」
「あっ! しまった。えーと、いっか。ルーカスのことです」
「ルーカスがレオン? どういうことだい?」
私は仕方なくレオンの正体のことを話す。
うぅ、ごめん、レオン……。
「まったく、とんでもない大物を捕まえたね、アンタも」
「付き合うの分かってからバラされたんですから、ズルいと思いません?」
「それでも黙ってるやつは黙ってるさ。それだけ誠実ってことだろ。安心しな、ルーカスとしてのアイツは知ってるが、まともなやつだよ」
なんか師匠からそう言ってもらえると、すごく嬉しい。
私のことではないのに、とても胸が温かい。
「よし、分かった。その覚悟があるのなら、協力してやろう。クラリス、あとは任せるよ」
そう言って師匠は立ち上がる。
私も慌てて立ち上がり、
「師匠、ありがとうございます!」
そう言って頭を下げた。
師匠はこちらを振り返ることなく、ただ右手を軽く上げて工房へ戻っていった。
「さ、それじゃ具体的な話をしましょ。私の考えを言うわね。セレナちゃんは人と関わるところを担当して。実際の手を動かすのはうちの工房のスタッフに任せること」
「私は作らないほうがいいんですか?」
「違うわ。作る時間があるのなら、新しいものを生み出し、人と会い、名前を売りなさい。人は一回や二回じゃ名前なんか覚えないわよ?」
あぁ、そういうことか。
たしかにそれなら分かる。
「あと、使えるものは使いなさい。例えば黎明祭の優勝とかね」
「え、でも去年の実績ですよ? 価値なくないですか?」
「ふふっ、あなた自分のしたことの凄さ分かってないのね」
「どういうことですか?」
聞けば、そもそも国で初めてのイベント。
侯爵家の名前と並ぶ一学生の名前。
そしてその当人が変装してまで出場して優勝し、貴族からの保護まで受けた。
発表された技術も画期的で、今すぐ使ってみたいのに、使えなくて皆うずうずしているという。
さらにティミナが優勝したことで、あの学生のいたところがまた! と、私の名を思い出すきっかけになっているそうだ。
「えぇ……そんなの今まで感じたことないよ」
「あなたは王都ではない、しかも学校の世界にいたからね。感じにくかったでしょうね。ここはお膝元よ。思った以上にその名は効果があることを覚えておきなさい」
これ、ティミナの優勝魔導具のきっかけが、私のお遊び魔導具でしたとか言ったら、よりひどくなるんだろうか?
よし、この件は黙っておこう。
「あと、人と会う時は、必ずうちのスタッフを一人連れてね」
「危険だからですか?」
「それもあるけど、あなたがいなくなって仕事を回せる人がいなくなったら困るでしょ?」
おっと、それはそうだ。
私だって別にここを利用してどうこうしてやろうなんて気はさらさらない。
むしろ何かを残していけるなら、願ったり叶ったりだ。
すると、クラリスさんが突然口を押さえて笑う。
「なんかおかしいわね。今日から働き始めたのに、もういなくなった時の話をしてるなんて」
「あ、そう言えば。でも母さんやクラリスさんの思い出の工房ですから、私も出来るだけ何かを残しておきたいです」
「あれ、セレナちゃん。マリーのこといつから『母さん』って? 前まで『ママ』だったわよね?」
「いや、なんか社会に出て『ママ』も子供っぽいなと思って直したんです。だからまだ呼び慣れなくて」
まあ実はアミーカに指摘されたんだよね。
卒業後にヴェルダに戻った時に、王都でママ呼びをしてるのは子どもくらいだったから、直したほうがいいって。
「ふぅん? なんか大人になっちゃったみたいで寂しいわね」
「一応もう十六歳ですからね。少しはしっかりしないと」
私がそう言うと、クラリスさんにまた笑われた。
なんで?
「さて、それじゃあこの先の計画をきちんと立てて、その上でまた見せてくれる? 初等学校にも、業者にも、きちんとメリットを示して説得できることを心がけてね?」
「はい、分かりました!」
こうして私の初の企画がスタートした。
私の未来の夢へ向けて、『旅立ちの筆』が走る。
まだ見ぬ自分の工房、そこで働く私。
先の早すぎる想像へ、心を飛ばしながら。




