第227話 新天地での試練
王都、セントーレ。
このセントーレ王国の中心地。
王城にはこの国の国王、レクス八世がいる。
王の提唱した『未来を担う人財』を元にした、様々な手厚い教育施策のおかげで、この国の教育レベルは格段に上がったらしい。
その恩恵を受けてきた私。
これからは下の子たちへ受けた分を返していってあげないと……。
◇◆◇
「ってことで、みんなよろしく!」
バチンッ!
お尻にとんでもない痛みが走る。
思わず背筋が伸び、つま先立ちになる。
それからようやくお尻に手を当てることが出来た。
「最初くらいちゃんと挨拶しなっ! このバカ娘」
「師匠、いくら何でも痛いよ。口で言えばいいじゃん!」
「ふんっ! 子どもには体で分からせたほうが早いのさ」
私の高等学校卒業後の初めての職場の朝は、こうして始まった。
ここはベーネ工房。
王都にいくつかある魔導具工房の一つだ。
母さんがここで昔働いていた縁で、私も子どもの頃から何回もお世話になっている。
おかげで全員とは言わないけど、ほとんどのスタッフと顔見知りだ。
あ、自己紹介遅れたね。
私はセレナ・シルヴァーノ。
森の都ヴェルダ出身の魔導具師。
この春からここで働くことになったんだ。
よろしくね♪
「ふふっ、朝から災難ね」
そう話しかけてきたのは母さんの親友で、ここで一緒に働いていた職場仲間でもある、クラリスさん。
一見真面目で気のつく大人の女性だけど、母さんの親友だけあって、腹黒い一面も持ち合わせている。
「クラリスさーん、師匠がいじめます」
私が抱き着くと頭を撫でてくれる。
うん、やっぱり優しくはあるんだよね。
しかし次の瞬間凍りつく。
「そうね。師匠にさせちゃダメよね。私がたっぷりお説教しなきゃ」
……そうだった。
師匠大好き度では母さんと一、二を争う人なのを忘れてた。
見上げると、天使の微笑みをした鬼がいた。
終わったな――。
今日はクラリスさんに付いて、工房の中の説明や、仕事の受注などの仕組みについてレクチャーを受ける。
実家も小さいながらも工房を持っていたので、この辺はそう変わりなく、すぐに覚えられた。
たぶん母さんがここでのシステムを真似たからだろう。
午前中はそのレクチャーでおしまい。
お昼休みに入る。
ここでは外食に行ってもいいけど、中で食べる人は当番制でみんなの分を作ることになっている。
今日は私がクラリスさんと一緒に当番なんだけど……まずい。
これ忘れてた。
料理、今までちゃんとやってきてないぞ?
「ちょっと、セレナちゃん、それ塩よ。砂糖はこっち!」
「あー、それはこの後に入れないと煮えすぎちゃうのに!」
クラリスさんの悲鳴と、不安そうなみんな。
……ご、ごめん。
早く頑張って覚えます。
クラリスさんのサポートで、なんとか形になった昼食。
味は……まぁ、贅沢は言えないね。
あれだけ失敗して食べられる形に持っていったクラリスさんが凄すぎる。
クラリスさんと一緒に食べていると、朝の話に。
「しかし、さすがセレナちゃんね。師匠のお仕置きを食らった最短記録じゃないかしら?」
「そんな記録はいりませんよ。それに、それ言ったら二年前にすでに食らってますから」
懐かしい高等学校の思い出。
仲間たちと本気の諍いを起こしたあの夜。
そして……。
ほんの少し顔が温かくなる。
「ん? その顔、まさかルーカスくんを思い浮かべてるな? この、このぉ、生意気ぃ」
クラリスさんが肘でつついてくる。
「ちょっ、ちょっとクラリスさん。や、やめてくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」
「ふーん、まだまだ純愛って感じなのかな? でもそういう人がいるのは力になるからね。仕事も恋もどちらも大切になさい」
「クラリスさんは、そういう人はいないんですか?」
ピシッ!
工房の空気が固まった。
そんな雰囲気。
ベテランのスタッフさんはそそくさと一番遠い席へ移動したり、食事を終えたりしている。
ん?
これは、やらかしたっぽい。
「聞いてくれるっ!? あのね、結婚の約束までした人がいたのに――」
そこまで話したところで、師匠が後ろから杖でクラリスさんの頭を軽く小突いた。
「クラリス、そういうのは終わってからにしな。セレナには明日から本格的に動いてもらうからね。準備不足なんてなったら――分かってるね?」
「いてて。大丈夫ですよ、師匠。料理以外は必要なことは教えてあるので。午後から動かします?」
「そうかい。ならセレナ、最初のテストだ。午後に一般的なランタンを百個作りな」
百個とはまた無謀な数字を出してきたな。
一般的な駆け出し魔導具師なら一日で二十個がせいぜいだ。
ベテランでも五十いけば相当優秀な方だろう。
その倍。
だからこれはきっと数を作るテストじゃない。
そう、思った。
「ねぇ、師匠」
「なんだい?」
「誰向けで、どういう場面で使われるんですか? あとどのくらいの広さを照らしたらいいのかとか、価格帯はどの程度に抑えるべきなのかとか、情報足りなすぎですよ」
この答えに師匠を始め、周りのみんなも目を見開いた。
そして師匠が口を開く。
「ふふっ、さすがマリーの娘だね。合格だ」
やっぱりか。
まあ、あの指示で作り始めたら、私だって止めるに決まってる。
高等学校二年生の頃に、ティミナに同じようなことを言ったら、即座に作ろうとしたから頭叩いてやったし。
「でも、それはそれとして、何か作らせてくれません? そろそろ腕がうずいてきちゃって」
「頼もしいね。なら、ランタン百個、どこまでいけるかやってみな。仕様はそこの紙に書いてあるよ」
あ、百個の作製は本当だったのか。
師匠が指さした先の壁。
ここには今工房が受けている仕事の詳細が貼られている。
みんなは毎朝ここを確認して仕事に入るそうだ。
ランタンは……まだ担当が決まっていないから、これから割り振る予定だったんだろう。
私は昼食もそこそこに切り上げて、さっそく仕様書を確認する。
やけに数が多いと思ったら、初等学校からの依頼か。
老朽化に伴う入れ替えね。
ふむふむ……。
「師匠、ちょっと初等学校行ってくるね」
「はぁ? 何をするのさ」
「どう使われてるのか分かんないのに作れるわけないじゃん。すぐ戻るからー」
「セレナっ、ちょっ――」
言うが早いか私はカバンを掴み、外へ飛び出す。
私が駆け出すと、すぐにキアネアちゃんが隣に付いた。
「キアネアちゃん、初等学校行くからよろしくね」
「ん、分かった」
前より少しスムーズに返事をしてくれたキアネアちゃんの横顔に頬が緩む。
私とキアネアちゃんは、そのまま王都を駆け抜けて行った。
◇◆◇
「ただいまー」
「遅いよ、セレナ。どこで油売ってたんだい」
「あ、ちょっとキアネアちゃんとケーキだけ。私は食べてないですけど」
時刻はすでに十四時半。
工房の営業終了まであと三時間半だ。
「納期一ヶ月後だから、まだ余裕ありますよね? 今日は設計図だけにしときます」
「設計図? そんなにかからないだろう?」
「ちょっと見せてもらって大変そうかなと思って。まあ、作る前にちゃんと見せますよ」
私はニヒッと笑いながら、さっそく席に座り、紙を広げ、カバンから『旅立ちの筆』を取り出す。
使わせてもらうよ、レオニス先生。
私は紙に一本の線を走らせた。
これが私、セレナ・シルヴァーノの魔導具師としての初めての仕事。
そして忘れていた第一回黎明祭、魔導具部門優勝者の名声を再認識させられる出来事でもあった。




