第226話 同じ空の下で
「んしょっ」
私は大きなリュックを背負った。
卒業式から二日後。
寮の部屋を片付けて、私とマリーナはいよいよウルヴィスから去る。
いったんどちらも故郷に帰って、また王都だ。
「なんかスッキリしちゃったね」
「まあね。ぜーんぶ王都に送っちゃったし」
「結局師匠のところの部屋は借りないくせに、荷物は置かせてもらうとか、なかなか図々しいことしたよね、マリーナも」
「だってボレリアスに送ってまた王都だと送料かかるもの。もったいないじゃない」
なんとも庶民的な子爵家息女だ。
さて。
「……行こうか」
「そうね、立ってたら、いつまでも足が動かなくなっちゃいそうだし」
私たちは手を取り合い、部屋を出て、一階へ向かった。
下には同じような寮生たちが溜まって、すごい混雑状態。
いつもならこんなのを見たら怒るヴァレリアさんも、さすがにこの日はずっとハンカチで目元を拭っていた。
「ヴァレリアさん」
「ん、あぁ、セレナにマリーナかい。問題児二人とは言え、いなくなると思うと寂しいねぇ」
「えっ、問題児だっけ?」
「許可は取ったとは言え、寮の庭で魔力制御の訓練だの、失恋でぶっ倒れるだの、他にもいろいろしてくれたからね。あんたたちのことはしばらく忘れそうにないよ」
そう言って私とマリーナをまとめて抱きしめてくれた。
私もヴァレリアさんの背中に手を回す。
「ヴァレリアさん、三年間、本当にありがとう」
「どんな道に進んでも、負けずに頑張るんだよ。辛くなったら顔を見せにおいで」
「へへっ、その時はよろしくね」
「ああ。じゃあ。またね」
「うん、また!」
私たちは手を上げてヴァレリアさんと別れる。
「さよなら」は言わない。
必ずまた会えると信じて、「またね」と言うようにしている。
ヴァレリアさんから以前聞いていた通り、私たちにもそうしてくれたのが嬉しかった。
外に出ると、マルクスにリディア、カリウス、レオンにアミーカ。
さらにティミナとクーラと一年生たちまで。
「ふふっ、これじゃ卒業式の日のあれなんだったの? って感じだね」
「いいんじゃない? もう今日は本当のお別れなんだから」
「えっ? 私時々ウルヴィス戻って二人のことからかいに来るけど?」
「このっ!」
リディアが私の頭を抱えて、ぐりぐりしてくる。
「いたっ、ごめん、ごめんってば」
「……なさいよ」
「え?」
「ホントに来なさいよ。待ってるからね」
上を見上げると、涙目になったリディアが口を引き結んで、それ以上泣かないように必死な顔になっていた。
私はリディアの頬を撫でる。
「大丈夫。結婚式、呼んでくれるんでしょ?」
「来なかったら許さないからね」
「特大の花束持って駆けつけてやるわよ」
ここからはレオンとカリウスとマリーナが北口の馬車から王都方面へ、私とアミーカが南口の馬車からヴェルダに向かう。
「じゃあレオン、二人のことよろしくね」
「おう、任せとけ」
「えー、セレナ寝とったこの男といくのぉ?」
「寝とってねぇ! 俺たちはまだ健全な付き合いだ!」
あーあー、レオンってばマリーナにいいように遊ばれてるなぁ。
マリーナの口の端が上がってるから、冗談言ってるってすぐ分かるのに。
っていうか、マリーナも一年生とかいるところで寝とったとか言わないで欲しいなぁ。
「何を道の途中で騒いでいる?」
突然背後から声をかけられたが、この聞き方は。
「見送りしてもらってるんですよ。遅かったじゃないですか、先生」
振り返ると、やっぱりレオニス先生がいた。
「遅い? 俺は来るなど言っとらん」
「あー、それもういいよ。来るつもりだったんでしょ?」
「ふん、知らんな」
先生は顔を少し赤くして、そっぽを向いてしまう。
ったく、素直じゃないなぁ。
「ま、来てくれてあんがとね」
「お前らに伝えるべきことはもう伝えた。あとは各々努力しろ」
「はいはい。頑張りますよっと」
私はアミーカのそばに駆けてゆく。
さてと、いつまでいても別れられないし。
みんなとはちゃんとお別れも出来た。
思い残すことはあるけれど。
もう……行く時間だ。
私は口に手を当て叫ぶ。
「みんなー、またねー!」
ヴァレリアさんからもらったこの言葉。
今度は私がつないでいこう。
また必ず会えるように。
会いに来るように。
みんなに手を振り、振り返る。
下を向いていた顔を上げ、真っ直ぐ見据える。
グッと口を引き結ぶ。
そして、右足を一歩踏み出した。
離れた。
これで、もう本当にお別れだ。
つぅと頬に熱い雫が垂れていく。
その時、ガシッと腕を掴まれた。
「ふふっ」
アミーカが隣で微笑む。
そして、何も言わずに手をつないできた。
「馬車乗るまでには拭いといてよ?」
優しいあたたかさが手を通して伝わる。
あぁ、きっと私は一人じゃダメなんだろうな。
初等学校の時はアミーカが、高等学校ではマリーナをはじめ、みんながいてくれたから走ってこれた。
今、崩れそうな足を、またアミーカがこうして引っ張ってくれて歩けている。
「はー、弱虫で嫌になっちゃうな」
「今さら気付いたの?」
「ちょっと、ひどくない?」
「セレナはね、一人じゃだめなんだよ。誰かがいないとね」
そう言うと手をギュッと握ってきた。
「でも、私は知ってるよ。誰かがいた時のセレナの強さも大きさも。だって、私が最初に見つけたんだから」
「アミーカ……」
「たくさんの人に知られて、ちょっぴり悔しいけどね」
そう言っていたずらっぽく舌を小さく出す。
この子は……もうっ!
「王都行ったらレオンさんもいるし。私だって、マリーナさんも。キアネアちゃんの教育もしたいんでしょ?」
「そう、そうだね」
「なら、また頑張らないとね」
「ありがと、アミーカ。ちょっとだけ、貸してね」
「私も、高いからね?」
いつの間にかマリーナとそんなことを話してたのか。
マリーナ、王都で怒らなきゃ。
そんな思いとは裏腹に、頬が緩んていくのが分かる。
アミーカの胸にもたれかかる。
もう涙は止まっている。
今はただ、彼女の優しさに深く触れていたかった。
後日。
王都で私、アミーカ、マリーナでお茶をしている時にこの話題になった。
「ちょ、ちょっと待って、アミーカ!」
「それがねー、信じられる? この子、そのまま寝たのよ。道の真ん中で」
「本当に!? セレナ、あんたね……」
えーん!
だから話してほしくなかったのにぃ。




