第225話 最高の教え子たち
「それでは、ウルヴィス高等学校三年生、レオニス・フェルディナルト研究室の諸君の卒業を祝い、乾杯」
「「乾杯!」」
ん?
みんなは静かに杯を傾ける。
飲んだ量は様々だけど、杯をテーブルに置くと、温かな拍手が私たち五人に向けて送られた。
んん?
なんでこんなに静かなの?
まあ理由は室内に入ってすぐに分かったんだけどさ。
今日の参加者は研究室の学生、総勢十二名とレオニス先生、それに卒業式に来ていた私たちの両親計十名。
これだけでも多いのに、レオンにアミーカ、セレスさんと……。
「セレナ嬢、卒業本当におめでとう」
まあ、分かるよね?
弟バカの恐妻家、カイル様だ。
「ねぇ、侯爵家次期当主って、そんなほいほい出歩いていい身分なの?」
「ははっ、そんなわけはないさ。当主交代前にどうしても最後にと、父上に頼み込んでの最後の遊びだよ」
「なら、テレージア様と二人でどこか遊びに行けばよかったのに」
「それも行くよ? 今日はここというだけさ。感謝してくれたまえ。君たちの卒業に合わせて日程を組んだのだから」
頼んでないんだけどなぁ。
ほら、うちはともかく、他の保護者の面々が恐縮してるじゃん。
リディアのところのお父さんなんてガタガタ震えちゃってるし。
「じゃー、分かりました。せっかく来てくれたし。その代わり、この場は何があっても無礼講。文言書けます?」
「もちろん。この場の誰からどのような発言、行動をとられても、一切不問に処すよ」
カイル様は紙とペンを受け取ると、さらさらとメモを書き上げる。
「これでいいかい?」
「レオン、チェック」
「なんで俺が兄上のを……」
「ぶつくさ言わないの。みんなが気持ちよく過ごすために必要でしょ?」
「……あぁ、大丈夫だ」
よし、ひとまず貴族チェックはこれでよし。
あとは。
「ねぇ、オーギュスト様はなんでいらしたんですか? 王城の料理、誰が作ってるんです?」
私の質問に、いつもの朗らかな笑みを浮かべ、
「おや、前にも言いませんでしたか? 後進の指導のために出ない日もあると。いると頼りたくなりますからな。ちなみに私も書きましょうか、無礼講?」
「いえいえいえ、オーギュスト様は大丈夫です。なんせ昔、グレッダさんに怒鳴った私を怒るどころか味方してくれましたからね」
「ほほっ、古い話を持ち出しなさる。では、私は奥でアミーカ嬢と作ってまいりましょう」
そう言って席を立ち、調理場へと行ってしまう。
もしかしてアミーカに料理を教えるのが楽しくて来たんじゃないか、あの人?
「えーと、グレッダさんはいいよね?」
「一応伯爵なんだがな、これでも」
「最初の出会いで冒険者の格好してて、しかもパパの友だちだったからね。今さらなんですよ」
「まあ、セレナ嬢には、もうそこの期待はしとらんからな」
少しガクッと肩を落としながら、セレスさんがフォローするように肩を叩く。
「もうっ!」という顔をしてくるが、すぐに幸せそうな笑顔を見せてくるあたり、お付き合いは順調そうで何よりだ。
他は……。
ふと、マリーナのお父さんと目があったが、パタパタと手を振り、口に指を当ててシーッとされた。
どうやら触れないでほしいらしい。
カイル様にも後で言っておかなきゃ。
私は今度は調理場に顔を出しに行く。
アミーカの顔を見つけて、手を振り、片手でゴメンと謝っておいた。
彼女はニコッと笑いながら、シッシッと追い払ってきた。
もうっ!
もうちょい優しくしてよね。
せっかく気にして顔見に来たのに。
……まあ、今はオーギュスト様に色々教われて楽しいんだろうなぁ。
私はみんなのもとに戻る。
「あら、セレナ嬢。ご挨拶回りは終わられたのですか?」
「ちょっとマリーナ、変な言葉やめてよね。そういうの疲れるんだから」
「でも、本当にこの先覚えておいた方がいいわよ? 彼との先を考えてるならね」
チラリと視線を送った先には、カイル様ととグレッダさんと話しているレオンの姿。
この先……結婚かぁ。
なんかなぁ、まだ付き合って三ヶ月くらいだし、まだまだ遠い未来な気がする。
「ちなみに、私はいつでも待ってるからね?」
「あんた、この間で終わりって言ったでしょ」
「私が待つ分には勝手でしょ?」
マリーナが諦めの悪い発言をしてきたが、表情を見る限り、それほど思い込んでの発言ではなさそうだ。
そのことにホッとしながら、頭を撫でる。
するとリディアが近寄ってきた。
「ねぇねぇ、たぶんマルクスと来年あたり結婚するんだけど……」
「えー! ほんと? おめでとう!!」
「ふふっ、おめでたいわね」
「うん、ありがと。それで、実は、あの……」
リディアがとても言いづらそうにしている。
もしかして?
「ねぇ、リディア。恋の橋渡しをした私を結婚式に呼ばないなんてこと、まさかしないわよね?」
「私だってたくさん相談乗ったんだから、呼ぶくらいはしてよね?」
その言葉にリディアの顔が一気に明るくなる。
「いいの? 二人とも」
「当たり前じゃない。っていうか、三年生は全員出席。これ元部長命令ね」
「何よそれ。でも、ありがとう」
目の端に浮かんだ涙を拭いながら、リディアは笑顔で答える。
そっかぁ、リディアが結婚ね。
仲間内では一番早いと思ってたけど、実際の話題に出されると、何故だか焦りを感じてしまう。
……いや、まだまだ。
まだ、早いよね?
そんなことを考えていると、パパとママがやってきた。
「セレナっ、卒業おめでとう!」
目の前にワイングラスを置き、ドボドボとお酒を注ぐ。
「ちょっと、私まだ……あ、いいのか」
この国は十五歳で成人だけど、学生のうちは飲酒禁止。
けど、卒業式を終えた今ならもう飲んで構わない。
「おう。ほら、マリーナちゃんにリディアちゃんも」
パパは次々とお酒を注いでいく。
「まだ加減が分からんだろうから、一口、舐める程度な? お、マルクスくん、カリウスくんもこっち来い!」
離れた席で話していた二人も呼び寄せ、あっという間にいつものメンバーだ。
そして二人はいつの間にやらお酒を嗜んでいた。
「よーし、集まったな。五人とも卒業おめでとう! それぞれ進む道は違うと思うが、ここで培った関係を忘れず、たまには集まってこうして飲むんだぞ? それじゃ、かんぱーい!」
パパの音頭に合わせて、私たちは杯を上げる。
そして、軽く喉に通すと、意外と飲みやすいお酒だった。
まるでジュースみたいに。
しかも、これどこかで飲んだことがあるような?
「美味いか、セレナ。お前の大好きな『月の葡萄』のワインだ。お前を拾った年に買ってな、こうして一緒に飲めるまで大切に保管してたんだぞ?」
「えっ、どこに? こんなの家で見たことないよ」
「ははっ、そりゃセレナにも知られてない秘密の隠し場所があるからな」
意外すぎる話を聞くと、今度はママがもたれかかってくる。
「セレナちゃーん。卒業式で下着サービスとか、なかなかやるじゃない?」
「マ、ママっ! あれはマリーナが。そうだ、マリーナ、ちょっと!」
隣を見ると、さっきまでいたはずのマリーナが、すでに自分の両親と楽しく話していた。
あ、あいつぅ。
後で絶対に泣かす!
「まったく。いいこと言ったのに締まらないんだから」
「うぅ。しょーがないじゃんかぁ」
「ま、まあまあ、お母様、セレナもよくやってましたよ」
「そうですよ、あれだけの生徒や保護者の中、すごくいいスピーチでしたよ」
「ピンク……」
まだ言うか、この男は。
マルクスとリディアのフォローが台無しだ。
スッと、右拳を構えた私にすぐさま防御姿勢を取るカリウス。
ほう、そういうことをするなら。
私は構えを解いて、カリウスに近寄り、両手を彼の胸に置いてしなだれかかる。
「ねぇ、カリウス。あのね……」
「セ、セレナ、近いぞ」
ドンッ!
近距離からみぞおちめがけて拳を振るう。
これはカリウスも予想外だったらしく、身を折って膝から崩れ落ちた。
「ふんっ! さっさと忘れなさい」
あー、顔が熱い。
こんなやつが何人いるのか。
本当に恥ずかしくてたまらない。
結局クラスで見たやつにはお仕置き忘れてたし。
するとマリーナがいつの間にか戻ってきて、私の肩を叩く。
「あ、マリーナ。あなたにも……」
「セレナ、そんなことよりさ、五人でちょっと外出ない?」
「うん? まあいいけど」
私たちはマリーナに誘われて外に出た。
春先の旅行で訪れる貴族たちも多いようで、この前来たときよりも人が多く、また、その分衛兵も多くいる。
近くにある公園の高台に立ち、ウルヴィスを見渡しながら話す。
「あー、なんかウルヴィスじゃなくて王都にいるみたいよね、こっちのエリアは」
「まあね。別荘だらけだからそうなるよね」
マリーナの言葉に私はうなずく。
ある意味王都の貴族街に似ているといえば似ている。
湯けむりがあちこちに上がっていなければ、きっともっと間違えるだろう。
「そういえばみんなは四月からはどういう風に動くの?」
「私は四月八日から王都の研究所ね。でも少し早めに行って住む場所探さないといけないから、来週には出るつもりよ
「師匠の下宿使えるか聞いてあげよっか?」
「イヤよ。私は私で探すの。じゃなきゃセレナにいつまでも頼ることになるじゃない」
そういえばマリーナはそういう子だった。
それに……そうだね、マリーナは一人でやっていける子だ。
「ま、寂しくなったら声かけに来なさい。遊ぶくらいなら付き合ってあげるからさ」
「え? 夜の遊び?」
「何でよ!」
そんなやり取りにみんなが笑う。
楽しいはずなのに、胸が痛い。
けど、それを隠して私は話を振った。
「マルクスとリディアは卒業したらすぐお店?」
「ううん。しばらくは父さんの人脈とかを繋いでもらったり、商売の勉強をしたりとかになると思うよ。僕もリディアも、まだ何も出来ないからね。しっかり学んで、一日も早く力になれるようにしないと」
「まだまだ勉強の日々ってことね。頑張ってよ、二人とも」
「うん」「えぇ」
まあこの二人は正直心配はしてない。
何かあっても支え合ってやっていくだろうし、両家族とも二人に対して協力的だから、きっと困ったことがあるなら手を差し伸べてくれるだろう。
「で、カリウスは?いつセプテントリオ行くの?」
「俺はレオンが帰る時に一緒にいく。明後日とか言ってたか」
「えー!! すぐじゃん!」
「一日たりとも無駄にはしたくないからな」
「はぁ、まああんたらしいっちゃらしいけど」
なら本当に今日がみんなで集まれる最後の機会なんだろうな。
そう考えると、鼻の奥がツンとしてきた。
私はみんなから前に一歩出て、高台の柵に寄り掛かる。
「ちょっとさ、そのままで聞いて」
私は少し上を向いて、星を眺めながら話し出す。
「みんな、三年間ありがとう。色んな事があり過ぎて……うん、みんなとだからどれも楽しかった。辛いことも悲しいことも、今となっては全部が私を成長させてくれた、そう思える。最初さ、学校ってなんてつまらないんだろうって思ってた。でも、マリーナが声をかけてくれて、リディアがケンカを売ってきて、マルクスとカリウスが話しかけてくれて、私は一人じゃない、そう……あー、もうダメだ。ごめん!」
涙が止まらない。
三年間、どこを切り取っても思い出にならないところなんかない。
マリーナに信頼をあらためて教えてもらったあの時、リディアが後輩への想いを誠実に伝えてくれたあの時、マルクスが入学式で一緒におばあさんを助けてくれて、寄付金問題解決のきっかけを作ってくれた時、そして……カリウス。
私が魔導具師として迷った時に、迷いを晴らし、そして、初めて教えてくれた。
誰かを好きになるっていうことを。
五人誰が欠けてもダメだ。
私は、この五人でいることが好きだった。
イヤだ、別れたくない。
このまま、ずっと……。
その時、私の背中に優しく手が置かれる。
少しだけ振り返ると、マリーナがやはり涙を流している。
「ねぇ、マリーナ」
「何?」
「みんなと、別れたくないよ。ずっと一緒にいたいよぉ」
彼女の胸に顔をうずめて、ひたすら泣きじゃくる。
子どもみたいだっていい。
大人じゃなくていい。
みんなと一緒が、一緒が……。
「セレナ、私だってそう。でもね、学校卒業しちゃったんだよ、私たちは。もう、次は大人として頑張らなきゃいけない時間なんだよ。大丈夫、私たちはあなたの味方だし、あなたも私たちの味方でしょ? それはずっと変わらないわ。怖がらないで」
「うわぁぁぁぁん! マリーナぁっ!」
見えないけど、私とマリーナ以外からもすすり泣く声、抑えきれない涙声が聞こえる。
みんな泣いてる。
別れがこんなにも辛いなんて。
どれだけみんなに甘えて過ごしてきたのか。
今ようやくはっきりと分かった。
しばらくして、ようやくみんなと、私も落ち着く。
私はあまりに泣きすぎて、恥ずかしくて顔を上げられない。
「ねぇ、セレナ? 私の胸、高いって言ったわよね?」
「いくら?」
「一晩かな?」
ズザッ!
後ろに慌てて引く。
この子ならやりかねない。
その姿を見て泣いていたみんなも、笑い泣きになってる。
ふふっ、なんか、やっぱり笑ってる方が私たちは似合うかな。
「私、決めたよ」
「何を?」
「卒業式で言ったじゃん?『私はこの国の誰より、世界の誰より先に行く』ってそれやってみるよ」
「ん。いいんじゃない、セレナらしくて」
微笑みを向けてくるマリーナを、私はやさしく抱きしめる。
「マリーナ、本当にありがとう。あなたが支えてくれなかったら私はダメになってた。黎明祭前に、みんなを巻き込んだことに気付かず本気で叩いてくれた時、キアネアちゃんへの態度を本気で叱ってくれた時。あなたのおかげで道をそれずに済んだ」
「セレナ、それを言ったら私の『太陽の恵み』は、あなたの薄型魔導回路の発明がなければ完成に至らなかった。あれが出来たことで故郷を救う道筋も出来たし、私自身を救う道筋も。あなたは私の人生そのものを救ってくれたのよ」
「じゃあ、お互い様だね」
「そ、そういうことにしておきなさい」
へへっ、と笑って私はマリーナから離れようとすると、急に手を引かれる。
すると、マリーナが私の頬に口づけをしてきた。
「ちょっ、マリーナ、あれで最後って」
「唇はね。頬は胸の貸し賃だから」
くぅ~、ああ言えばこう言う。
まったく、この悪友は!
私もマリーナも、同時にふっと頬が緩む。
うん、きっとこんな感じにいつまでもバカなことをするんだろうな、この子とは。
私はマリーナから離れて、今度は寄り添っていたマルクスとリディアの真ん中に飛び込み、そのまま二人の首に手を回す。
「ねぇねぇ、お二人さん」
「な、なんだい、セレナさん。ちょっと近いかな?」
「もう、したの?」
「セレナっ!」
リディアが手を上げたので、そのまま私はぎゅっと二人に抱き着く。
「ほんと、頑張ってね。私たちよりも早く社会に出なきゃいけない。私にはその大変さは想像がつかないけど。学校の時からずっと大人の態度だったふたりなら大丈夫って信じてるよ」
私の言葉に、リディアが私の背中に手を回し、抱きしめてくれる。
マルクスは……まぁ、さすがにね。
こういう時でも男女気にしちゃうのは、彼の美徳でありもったいないところでもある。
「リディア、一つだけお願いしてもいい?」
「ティミナたちのことでしょう? 気にしなくていいわよ。定期的に遊びにいって、様子みてくるから」
「っ……! 分かってたの?」
「魔導具のことならともかく、セレナの考えなんて分かりやすいんだから。ちゃんと面倒見るから、あなたは世界一の魔導具師目指しつつ、ちゃんと女性らしさも忘れないようにね。そのうちマリーナと一緒に抜き打ち検査に行ってやるんだから」
「うっ! ぜ、善処します」
なんか墓穴を掘った気がする。
でも、私に女性らしさを覚えなきゃダメ! と、マリーナと一緒にスパルタ教育をしてくれた。
おかげで前よりはファッションやメイクなんかも少しは分かるようになってきた。
それに、リディアは後輩に接する時みたいに、頼られるといきなりお姉さんっぽくなるから、実は女性らしさの授業はリディアといた方が安心出来た。
マリーナは……怖くてね、いろんな意味で。
ギロッ。
マリーナの方から睨みつけるような視線が飛んできた。
ほらね?
二人から離れると、残るはカリウスだ。
とりあえず彼の前に立ってみるが、なんか男子一人に抱き着くのはちょっと抵抗があるというかなんというか。
「んー、えーっと。また、キスでもしとく?」
スパーンッ!
後頭部に重い衝撃。
マリーナがいつの間にかハリセンでもって私の後頭部を打ち抜いたみたいだ。
はいはい。
真面目にやりますよ。
「カリウスさ、本当にありがとう。黎明祭の予選後に、魔導具師について迷ってた私の背中を押してくれて。それに、何より私に対して嘘をつくことなく、正直に応えてくれて。あなたがあそこであれ以上気を持たせるようなことを言ってたら、私はきっとどこにも進めなくなっていた」
「おかげで俺は彼女候補が一人消えたがな」
そう言って苦笑する。
カリウスらしくない……いや、成長したカリウスらしい、そんな言葉に私も心が温かくなった。
「セプテントリオの修業、厳しいんでしょ? やっていけそう?」
「セレナ、やれるかやれないかじゃない。やると決めたらやるだけだ。俺はそれをお前に教わった」
「私? そんな大層なことしたっけ?」
「黎明祭がいい例だな。全国の競技会が無理と思えば魔導具だけの品評会へ、そこから競技会への目が出てきたと思ったらまた多種目に戻して黎明祭へ。お前は多少形を変えようと、絶対にやると決めて進めていた」
「あ、あー。そういえばそうかも」
あの時はやるだけなんて重たく考えてたわけじゃなくて、決めちゃったからやらなきゃなーっていうのと、アミーカにも言っちゃってたから、やらないっていう選択肢がなかっただけなんだけど……。
まぁ、カリウスが誤解してるなら、そのままにしておこう。
「まあお前とのことは残念だったが、初恋は実らないというしな」
「お互いダメだったってことだね」
「ん? 俺は初等学校ですでに経験している」
「にゃー! にゃんで……なんですと?」
「いつか言ったろ? 俺も泣いたことがあると。それだよ」
あー、そういえばそんなことを言ってたな。
しかしカリウス。
まさか高等学校入って変に性格ねじれてたのは、それが原因だったりするのか?
思わずマルクスを見ると、コクンとうなずいていた。
卒業して初めて明かされる、カリウスの真実!
いや、まぁどうでもいいか。
今は多少マシになってるしな。
「で、いつまでそんなとこ隠れてるんです? 陰険メガネせんせ」
すると近くの木の陰からレオニス先生が出てくる。
実はさっきマルクスたちからカリウスのところに動いた時に、ちらっと姿が見えてたんだけど、とりあえず私の都合を優先させてもらった。
「お前は最後まで先達への口のきき方が直らなかったな」
「まあわざとやってますからね。直らないですよ」
「ふぅ……終わったか?」
「待っててくれたおかげでね」
ちなみに四人もまったく驚いてないところをみると、それぞれ気付いていたようだ。
だとしたら隠れてる意味なかったよね?
「使えん連中が入ってきた。最初のお前らへの感想だ。焼き付けひとつにまだ魔導回路を書いて、焼きつけてるのかとな」
あー、そんな時期もあったなぁ。
仕方ない。
そのやり方しか習ってなかったんだから。
「この程度では私の技術を教えるという目的が、まったく達成できない。一年が無駄になる。そう、思っていた。だがな、魔導具の技術、開発力、それ以外に企画力に交渉力、お前らはセレナを中心に、目覚ましい成長を遂げた」
卒業だから盛ってんのかな?
レオニス先生がこんなにストレートに人を褒めることなんかないはずなのに。
「マリーナ」
「はい!」
「貴族で、かつ難しい立場にも関わらず、それを押し殺して常に周りに目をかけていたな。悲願の融雪装置と、自らの身の自由を勝ち取った今、お前を邪魔するものは何もないはずだ。研究所はお前に合っている職場だと俺は考えている。そこで力をつけることだ。お前はもう籠の中の鳥じゃない。どこまでも自由に羽ばたいていけ」
「……はいっ!」
「マルクス」
「はい!」
「黙っていれば寄付金制度の中、卒業まで良い目を見られたろうに、貴様が皆をまとめ、自分にとっての有利さを真っ先に壊しに行ったな。だが、それでいい。魔導具の商売なぞやろうと思えばどこまでもずるいことが出来る。だが、お前ならそういうことに手を出さず、常に困っている人に向けての魔導具が作れる。それは黎明祭、卒業課題を見れば明らかだ。お前はそのまま進め」
「はいっ! ありがとうございます」
「リディア」
「はい」
「結局付与の腕はずっと一番のままで維持したな。その努力は敬意に値する。だが、同時に腕が良ければいいわけではないことも学んだな。それは卒業課題の『魔導指圧椅子』を見れば分かる。マルクスと二人、力を合わせて、さらに人のための魔導具作りに励め」
「はっ、はい!」
「カリウス」
「む?」
「お前はもっと柔軟になれ……と言いたいところだが、最後の最後に少しは変われたようだな。魔導具作りと冒険者の二足のわらじは、聞く限りでもかなり苦難の道だ。いいか、死ぬな。そしてくじけたならこの仲間でもいい、俺のところでもいい。一休みをすることも覚えろ。あと、俺はいまだにお前に魔導具研究の後進を譲ることを諦めておらんからな」
「先生……はいっ!」
「セレナ」
「はいはい」
「お前はいいだろう」
「ちょっと、なんで私だけ!」
みんなからクスクスと笑いが漏れる。
レオニス先生は眼鏡を外し、やさしい笑みを見せて私を向く。
「お前は、仲間を引っ張ることを覚えた。自分がやりたいこと、友のために貴族との交渉を覚えた。人と協力して作ること、それを自分だけでなく周りへ伝えていくことを覚えた。そして黎明祭でセレナ・シルヴァーノという名前を世に示した。お前がこれの効果を知るのはおそらく勤め始めてからになる」
先生は私に近寄り、頭にポンと手を置いた。
「あと、これは俺だけでなく、お前の仲間共通の心配だと思うが、生き急ぎすぎるなよ? お前は情け深すぎる。元校長のために本気で怒っていたこともあったな? その程度の関係性でもお前は危険性の高い選択肢を迷いなく選びかねん。だが、お前が大切だと思うのと同じくらいに、周りもまたお前を大切に思っている。それだけは、決して忘れるな」
「先生……」
思わず私の頭に置かれた、先生の手に手を重ねる。
あらためて先生は微笑みを見せて、ゆっくりと手を引き抜いていった。
そして私たち五人から少し離れたところに立ち、手持ちのカバンから何かを取り出し、振り返る。
「学校の卒業式は終わったが、これは俺から最後のお前らへの手向けだ」
一人一人に細長い箱を渡していく。
「開けてみろ」
中に入っていたのは、見た感じただのペン。
ただし普通のペンと違うのが……。
「先生、これ、インクないけど?」
「セレナ、薄く魔力を流して、その状態で書いてみろ」
えっ、まさか!
言われた通り魔力を薄めに流して箱の裏に軽くペンを滑らせていく。
すると、薄い線が見事に描かれていく。
えーっ、すごい!
これ魔力で書けるペン?
どうなってんだろ、めっちゃ分解したい!!
「おい、もらったその場で分解するなよ?」
しっかり見抜かれた。
すると次に紙を手渡される。
これは……ペンの仕様書!?
「そのペンの名前は旅立ちの筆 だ。お前らがどんな道に進もうとも必要なもの、そして、きちんと俺の研究室の出身者と分かるようにな」
ペンのカバーを見ると、確かに『レオニス研究室』と書かれている。
「いいか、お前らはこの先どういう職に就こうが、俺の研究室で学んだことは二度と消えはせん。そして、学校に赴任して初めての研究室メンバー。……一度しか言わんぞ? 最高の教え子たちだった。しっかり活躍してこい!」
言うが早いか、レオニス先生は振り返って去っていこうとする。
おっと、今度はそんなわけにはいかせないよ?
カリウスとマルクスに目くばせをすると、二人はレオニス先生を羽交い絞めにして、こちらへ持ってきた。
「こらっ、貴様ら、何をする!」
その目からは涙が流れている。
最後くらいは素直に泣けっての、この最高の先生め!
私は真っ直ぐに先生に抱き着く。
するとみんなも四方八方から抱き着き、先生はどちらにも動けない。
「こ、こら、貴様ら」
「先生、ありがとね。今まで本当にありがとう。忘れないよ、言われたこと、導いてくれたこと」
「セレナ……ふっ、当たり前だ。忘れたら王都まで怒鳴り込みに行ってやるから覚悟しとけ」
私たちはいつまでもこうして抱き合っていた。
ウルヴィスの、湯気立ち昇る夜空に輝く星たちが、私たちの輝かしい未来であれと願いながら、いつまでも、いつまでも……。




