第223話 道の途中
卒業式はお別れの場でもあったけど、教室に戻ると、それがより一層強まるみたいだ。
式では一滴も涙を流していなかった男子が、教室に入るなり号泣しだしたり、女子はそもそも教室に入る前に泣き崩れる子までいた。
そういった子を落ち着かせて席に座らせるのに、しばらくかかってしまった。
みんなで担任からの話を聞く。
高等学校は、専門授業や科目ごとの先生ばかりで授業が進むため、正直担任の先生との関連は薄い。
そのためみんなもどこか上の空で話を聞いていた。
すると、レオニス先生が突然入ってきた。
たぶん担任よりもこちらの方が縁は太いと思う。
私たち研究室メンバーに至っては、残念ながらここが一番太い。
「すまんな、卒業式にも関わらず。しかしこのタイミングを逃すと渡せなかったのでな」
渡せない?
何のことだろう?
カバンから大きな袋を取り出す。
ジャラジャラしてるけど、お金?
先生はそれを持って、真っすぐ私の前に歩いてきた。
ドンッ!
ジャラジャラ。
袋と先生を交互に見比べていると、先生の口の端が上がる。
あ、これマズイやつ。
きっとマズイやつ。
私はその場に伏せて寝たフリをする。
もちろん襟を掴まれて起こされるわけだけど。
「セレナ、言い訳はあるか?」
「えーと、記念だからよくない?」
「馬鹿者! そんなワケに行くか!」
「じゃあ『高貴さは義務を伴う』ってことで」
「いつから貴族になった、お前は」
もー、しょうがないなぁ。
せっかく黙っていい気持ちのまま終わらせようとしたのに。
「ちなみに何で知ったか聞いてもいい?」
「真っ先に気づいたさ。あの夜、ソルム氏と翌日会う約束をして、次の日各所を回り確認。その後は学校との交渉だ」
「はぁ、それは手間を掛けさせました」
私が軽く謝ると、先生はみんなに向けて質問をする。
「お前らの中で、湯畑の魔導具の材料、ガラス細工、それらを埋め込んだ木枠との交換。これらの費用について疑問を持ったものは?」
誰も手を挙げない。
ちなみに研究室メンバーが挙げないのは、私が先に伝えたからで、疑問ではないからだ。
「ふぅ、そうか。貴様ら、最後の授業だ。魔導具を作る、人に何かを頼む、社会に出たらその一つ一つに金が必要だ。お前らもそれは分かるな?」
何を当たり前のことを、といった顔が半分。
そろそろ気づいた子が半分。
ま、こんなもんなのかな。
「ならば聞く。今回の湯畑の件。どこから金が出た?」
「え、学校から出てたんじゃ」
「俺からお前らへの課題だ。ましてや学校があんなに大きな額をポンと出せるものか」
「なら、いったい?」
クラスメートの迷う顔。
すると、みんなの視線が一気に私に向く。
ま、目の前にお金あるしね。
わかるか、そりゃ。
「はいはい、私ですよ」
観念して手を上げて立ち上がる。
「いーじゃん。黙ってれば学校が出したって勘違いしてたのに」
「違う、セレナ。それではコイツラが、正しい自分の腕の価値を知る機会を、奪うことになるんだぞ?」
「そんなの社会に出てからいくらでも分かるでしょ。そんなことよりあの経験こそが必要だった。だから私は喜んで出せた」
レオニス先生は大きくため息をついた。
「そんなに黎明祭に出られず、期待を裏切ったことが辛かったか?」
「は、はぁ? 何言ってんの? 関係ないし、そんなの」
「気持ちは分かるが、それではダメだ。お前が出ると期待を煽ったのは俺だ。そこの責任は俺にある。お前が負担に思うことはない」
「だから、関係ないって!」
思わず強い声が出てしまった。
だって、言い当てられちゃったから。
出られなかったこと自体は別にどうとも思ってない。
元々嫌々参加させられた側だし。
けど、私の活躍を期待して来てくれたクラスのみんなを裏切った。
そんな気持ちがしこりのように心に残っていた。
「いいか、今回の件。お前らが作ったもの、したことは、たしかに素晴らしかった。認めよう。だがもう少し金のことにも頭を回せ。せっかく腕はあるのに、金が原因で身を持ち崩す魔導具師だって、毎年少なからずいるんだ」
そう言うとレオニス先生は、下を向き、呟くように話し出す。
「俺の学生時代の仲間がそうだった。人が良すぎてな。安い作製、修理を引き受け、儲けも出ず厳しい暮らしを送り、同じ街の魔導具師からは不当に安く商売をしていると爪弾きにされ、最後は自ら命を絶ったよ」
目の前の拳がギュウッと強く握り込まれる。
ギリッと奥歯を噛み締める音も聞こえた。
「お前ら誰にもそんな目にはあってほしくない。だから、常に考え続けろ。そして目立たずとも構わない、いつまでも魔導具師であってくれ。それが、俺からお前らに最後に送る言葉だ」
そう言って教室を去ろうとするので、私は声をかける。
「なんだ?」
「後で聞かせてよ、これの出どころ。受け取るにしても、それ聞かなきゃ気持ち悪いじゃない」
「あぁ、後でな」
ドアが閉まる。
去り際の目尻に涙が浮かんでいたような気もする。
よほど辛い記憶だったんだろうな、さっきの話。
ま、じゃあせっかく見せてくれたなら私も素直になっておこうかな。
「みんな」
私が声を上げると、少しうつむき気味だったみんなが顔を上げる。
「ごめん! レオニス先生が言う通り。正直黎明祭自体はどうでも良かった。でも、みんなのやる気に繋がるなら、頑張ってみたい、そう思ってたんだ」
私は正直に話した。
レオンの話がなければ、ティミナとクーラを締め上げてでも、私の出場は却下させてただろう。
私があの大会に求めたものは、新しい交流。
いつまでも同じ人物が居座っていい場所じゃないんだ。
「でもさ、あんなんなっちゃって。みんなに悪くてさ。ならせめて、お金の心配のないところで、精一杯チャレンジをして、自信をつけて欲しかった。それで勝手しちゃった。ごめんね」
すると、クレストくん――卒業課題発表会で私に文句をつけ、その後味方に回ってくれた――が、立ち上がる。
「なんて自分勝手なんだ、君は」
「そうだね、本当に……」
「違う! ともに話し合い、作り上げるのがさっき君が伝えた夢だろう? ならばなんで僕たちを外した。話し合う相手から」
あっ……!
そ、そうだ。
私個人の考えで、研究室メンバーにもお金を払った後の事後報告しかしていない。
「君もまだこうして間違える。僕らもさらに頑張らないといけないだろう。けど、たった一回や二回の失敗で諦めるようなクラスじゃないだろう、俺たちは」
彼の言葉はいつしか私だけでなく、みんなに向けられていた。
「ほら、みんなで一つの輪になろう、肩を組んで。卒業したとて僕たちは一つだ」
あ、意外と暑苦しいやつだったのね、クレストくんって。
ちょっと苦手かも……。
まあ彼の言葉にみんなで肩を組む。
「みんな、今までありがとう! 卒業しても僕らは仲間だ、忘れるなよ」
「「オー!」」
ここからはそれぞれ分かれていった。
私たちは研究室があったし、部活に入ってる子はそちらへと。
この後親と過ごす人もいるだろう。
暑苦しいのは好きじゃないけど、クレストくんが最後にくれた、『たった一回の失敗で諦めるようなクラスじゃない』の言葉は、しっかりと胸に残った。
次の研究室が終われば、学校とはいよいよさよならだな。
グッと胸を掴まれるような痛さを覚える、
私は胸に手を当ててそれをおさめるように大きく深呼吸をした。
まだだ。
さっき式で話した通り、私はティミナたちの前では強い先輩として立っていないと。
あと少し、頑張ろう、私。
地味に誰も気づいていなかった湯畑改良の資金問題。セレナはこっそり逃げるつもりでしたが、さすがレオニス先生、きっちり気づいてお金を差し戻しましたね。良かれと思ってやっても、今回はちょっとやりすぎのセレナでした。
次回、第224話「私を育ててくれた場所」
最初に謝っておきます。すいません、卒業式以上に長くなりました。だって、研究室でのお別れシーンなんですもん。ティミナたちとのお別れに、学校内で最後のシーンなので、セレナたちの振り返りもあって、いろいろ入れたら7,000字弱に……。ま、まあゆっくりお読みください。




