第222話 大騒ぎの卒業式
三月十五日。
さてさて、いよいよ今日は卒業式なわけで。
学校の一番大きな講堂には、各課の学生全員と、二階席に保護者たちが座り、気のせいか息苦しさを感じる。
窓は開いてるから、もしかしたら少し緊張してるのかも。
ウルヴィスの卒業式は、今年だけ他の高等学校よりも一週間ほど遅いんだけど、どうやら私のせいらしい。
「貴様が寝込むから、念のために遅らせたんだ。感謝しろ」
とは、レオニス先生の言だけど、そんなの私のせいじゃないし。
あの蛇に言ってほしい。
あ、ちなみにあの蛇は高く売れたらしい。
レオンから手紙が来ていて、王都に来たら報酬渡すって言ってた。
しかし、いつもは面倒で開けてるブレザーのボタンを、今日は閉めてるのでちょっと窮屈だ。
ま、しゃーないよね。
そういう場だし。
何より私とマリーナ、リディアは卒業課題の優秀賞発表がある。
せっかくなのでと、レオニス先生から贈られた、黎明祭用のローブとブローチを持って。
で、予想通り、
「ふん、そんな着古しを他の奴らにやれるか。責任を持って持ち帰れ」
と来たもんだ。
この間の湯畑の時みたいに素直になればいいのに。
壇上にレオニス先生が上がる。
そして拡声の魔導具を持ち、
「それでは、これより第三十七回、ウルヴィス高等学校卒業式を執り行う」
お偉いさんの祝辞に、校長からのお祝いや激励の言葉……。
ウトウトしていた私を、隣のマリーナが肘で突いたところで、ハッ! と目覚め、突然立ち上がり大声で
「ありがとうございました!」
と叫んでしまった。
やばっ!
やらかした。
慌てて座る。
壇上で話していたのはどうやらレオニス先生。
ポカンとした顔をしてこちらを一瞬見た後、
「話は以上だ」
と、話を切り上げて降りていく。
心なしか足音がいつもより強く、こちらを見ている気がするが、私は視線は前に固定し、決して見ないよう気をつけた。
「何してんのよ」
「いやぁ、何だろね。つい」
マリーナにツッコまれて苦笑いを浮かべる。
「それでは次は魔導具科の卒業課題優秀作品の発表を」
遠くから「セレナー!」と声が聞こえた気がするが、きっとパパだろう。
無視無視。
「セレナー!」
ん?
女の子の声?
思わず後ろを振り向くと、なんとアミーカが卒業式場に乱入してきた。
「ハァッ、ハァッ、む、無視しないでよね」
「ちょっ、アミーカ、今卒業式よ。何してんの?」
「これから発表なんでしょ? これも使って」
アミーカが渡してきたのは、粉末飲料に使ってる瓶。
蓋を開けると……。
おおっ!!
すぐに蓋を閉める。
「出来たの?」
「うんっ、フローラとオーギュスト様のおかげ。きっかけはセレナだから、あなたが最初に発表しなさいって、オーギュスト様が。フローラもぜひって」
「そう。……ありがと。アミーカはそこで休んでて」
「ありがと、戻ってくるまで借りる」
ヨタヨタの足でアミーカは私の席へ。
この発表があるからと、端っこの席に配置されてて良かった。
「オホン。それでは魔導具科三年生、リディア・ヴェルティナ、マリーナ・フィデラ、セレナ・シルヴァーノ、壇上へ」
レオニス先生の冷ややかな視線をなんとか受けとめつつ私は壇上へ。
壇上で私たちは例のローブを羽織り、リボンタイを外してブローチを留めた。
先生がギョッとした顔を見せ、私たち作戦成功と、手を叩き合う。
魔導具の説明自体はレオニス先生がして、私たちは最後に頭を下げるだけ。
なんとも楽な立ち位置だ。
リディア、マリーナの魔導具が発表され、いよいよ私の番。
「最後、セレナ・シルヴァーノ。皆様、こちらの魔導具が、本年の最優秀魔導具となります。ここは本人から説明をしてもらいましょう」
レオニーース!
仕返しか?
仕返しだよね?
二人のは先生が説明したじゃん!
私聞いてないし、最優秀とか、自分で話すとか。
キッと睨むと、拡声の魔導具を外し、私たちだけに聞こえる声で、
「新しい何かも届いたのだろう? 何、難しく考えるな、いつも通りでいい。好き勝手話せ」
これは信頼なのか、諦めなのか?
釈然とせずに、私は拡声の魔導具を借りて、一歩前に出る。
演台に、『魔法瓶』、『落華摘粉』、『粉末飲料』が並べられている。
なんかここでお店出来そうだな?
ちなみにリディアの『魔導指圧椅子』と、マリーナの融雪装置『太陽の恵み』は床に置かれている。
大きすぎるからね、どっちも。
「えっと、話すなんて聞いてないのに、突然の意地悪を言う教師のイビリに耐え続けた、魔導具科三年生のセレナ・シルヴァーノです。よろしく」
これには魔導具科は大爆笑。
他の科からもクスクス笑いが漏れ聞こえる。
先生は私を睨みつけてるが、甘い甘い。
黎明祭でカイル様へ同じようにやり返してるんだ。
覚えてなきゃダメだよ?
演台から発表魔法瓶を取り上げ、みんなに掲げてみせる。
「これ、見た目は単なる水筒です。これが私の作った『魔法瓶』。これ一本で、冷たい飲み物から温かい飲み物までいけます」
そこからは『魔法瓶』の機構の説明と、『落華摘粉』、『粉末飲料』の説明。
あ、すでに使ってて、問題なく使えてることも言わなきゃ。
あー、忙しい!
で、さっきアミーカが持ってきてくれた『粉末飲料』を取り出す。
「今、『粉末飲料』は、お酒や具材入りのスープみたいなのはダメって言いました。けど、私の親友が作ってくれました」
『粉末飲料』を掲げる。
「ミネストローネの『粉末飲料』です。『魔法瓶』にこれを入れて、水を入れる。後はスイッチを入れて、お湯が沸いたら少し混ぜてやれば……」
私は『魔法瓶』を見せ付けるように横に動かす。
「あら不思議。どこでもミネストローネが飲めるようになります」
ザワザワ。
どよめきが起きる。
そんな中、よりによって保護者席から声が上がる。
「セレナー、酒はー?」
パパっ?
しかもなぜか拡声の魔導具持ってるし!
私は拡声の魔導具を構え直して言い返す。
「娘の晴れ舞台でくだらない質問してんじゃないわよっ! どこでも飲めたらどこでも潰れるでしょ、パパは。そんなの作んないからねっ!」
はい、撃沈。
しょんぼりした顔で座っていじけて、ママに叩かれてる。
私は切り替えて、みんなに向けて拡声の魔導具を向け直した。
「長々と説明しましたけど、実はこの『魔法瓶』自体は大したものじゃありません」
そう話すと、どよめきは収まっていき、また静かな空間を取り戻した。
「これを作るのに、薬師、鍛冶師の手を借り、中身を作るのに料理人の方に力を借りて、実地の試験では冒険者の力も借りました。私一人じゃ作れなかった。たくさんの人と協力したから作れました」
私は外に手を向ける。
外見えないけどね。
「ウルヴィスの人なら夜の湯畑のことを知ってる人もいますよね。あれは私たちのクラスのみんなが、領主様を始め、地元の皆さんの協力を得て作り上げました」
そして、さらに一歩前に出る。
「人の願いを形にする。それが私たち魔導具師です。でも、それは一人で作れってことじゃないはず。それぞれの道のプロがいる。私たちはそんな人たちと手を携えることで、もっといいものを欲しい人に届けることが出来ることを知りました。」
ここで魔導具科以外の人たちにも拡声の魔導具を向ける。
「魔導具科だけじゃない、調理科だって、商人科だって、他のいろんな科のみんなも、絶対に誰かの助けを借りてますよね? 他の人の力を借りることは恥じゃない。むしろ力なんです」
そしてさらに一歩前へ。
壇上ギリギリに立つ。
一度大きく息を吸い、吐いた。
拡声の魔導具を構える。
全員の心に届け!
それだけを思いながら。
「これから社会に出る私たち、どうかこの発表をきっかけに、人と手を携えること、その大切さを少しでも考えてほしい。そして、もっといいものを、人のためになるものを考えてほしい。私は、そう思います」
深々とお辞儀をして、あいさつを締めた。
あいさつ?
ん、私何話してたんだっけ?
そんなことを考えていたら、一瞬遅れて会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
何百という手が鳴らす音が、心地良く体を叩く。
少しは、受け入れてもらえたかな?
「お疲れ、セレナ」
バンッ!
マリーナが背中を叩く。
ちょっと、ここ壇上ギリギリなのに!
私はバランスを崩し、ほんの少しだけ耐えたが、足を滑らせて落ちてしまう。
くっ!
「『風壁!』」
慌てて床に風の壁を作る。
ボヨンと、間抜けな音をさせて跳ね返り、私はなんとか床に尻もちをついて止まった。
マリーナに文句を言おうと振り返ると、そのマリーナが壇上から慌てた声で、
「セレナっ、前、スカートっ!」
ん?
前を向くと、スカートがめくれ上がり、完全に見えてる状態だった。
慌ててバッとスカートを直して、足を閉じ、正座状態に。
キッと目の前に座る魔導具科のクラスメートを睨むと、男子が即座に目をそらす。
そらしたやつ、覚えたからね!
後で覚えとけ!!
あと、マリーナもね。
「あー、なんだ、少しトラブルはあったが、いずれ劣らぬ優秀な魔導具を作ってくれた。皆さま、どうぞこの三名に、あらためて盛大な拍手をお願いします」
鳴り響く拍手に、いっそこのまま消えてしまいたい思いだ。
恥ずかしい。
顔を両手で覆う。
そこへマリーナとリディアが駆け下りてきた。
「セレナ、大丈夫?」
「あ、あの〜、ごめんね?」
私はリディアへ大丈夫と答えながら、マリーナの両肩を強く掴み、正面から見据える。
「夜、たっぷり話しましょうね、マリーナ?」
コクコクと、珍しく怯えた表情を見せたマリーナの手を借りて立ち上がり、私たちは席へ戻る。
途中、カリウスの隣を通りかかった時、
「ふむ、ピンク」
というつぶやきが聞こえた。
こいつっ!
胸ぐらをつかみ上げる。
「カリウスくん? 忘れようか?」
「なんでだ? かわいかったぞ?」
ぼっ!
燃えるように顔が熱い。
カリウスのくせに可愛いとか!
気が付けば私の右手は勝手に動いていた。
「正直者に、ごほうびーー!」
胸ぐらをつかんだまま、放った右のパンチは、カリウスの顔の中心を的確に打ち抜き、彼はそのまま沈む。
隣のマルクスが慌てて抱き起こし、近くにいた保健のミリア先生が駆け寄る。
「ふんっ、忘れなかったらまた殴るからね」
私は席へ戻り、アミーカに声をかける。
「アミーカ、ありがと。助かったわ」
「ふふっ、災難だったね。それじゃ、私はヴェルダに戻るから」
「えー、いればいいじゃん」
「もうお母さんたちと約束してるんだ。ごめんね。またヴェルダで会いましょ?」
「むー、分かったよ。じゃあまたね」
アミーカはカリウス騒動が起きているうちにそそくさと去っていった。
もしかしてこれのためだけに寄ってくれたのかな?
悪いことしたな、そうしたら。
なんかお礼考えとこ。
はぁ、それにしても疲れたよ。
去年はもっと粛々と進んでたはずなのにな。
そこからは別の課の優秀賞の発表、卒業証書の授与とつつがなく進み、いよいよ送辞と答辞だ。
在校生代表はティミナ。
黎明祭優勝のせいで、代表じゃなかったのに無理やりさせられたと泣いてたっけ。
「先輩方、卒業おめでとうございます」
なんだかんだと文句を言ってた割には落ち着いてるな。
黎明祭の効果かな。
「私には尊敬する先輩がいます。黎明祭を立ち上げ、みんなを引っ張ってどこまでも高いところへ連れて行ってくれる、そんな先輩が」
周りの何人かがこちらをチラチラと覗き込んできた。
いやいや、私知らないよ、こんな挨拶。
ティミナめ、ひと言ちょうだいよね。
心臓に悪いじゃない。
「先輩はとても厳しいです。泣きそうに……いや、泣いたこともあります」
ティミナ!
わざわざ言い換えたな、あの子。
後で叱る、うん、決めた。
「でも先輩のすごいところは、自分はそれ以上に厳しいことを自分に課してること。だから私たちは文句なんて言えません。だって、先輩が頑張ってるんだから」
…………
「皆さんにもきっとそんな後輩がいると思います。その後輩からのお願いです。どうか、いつまでも尊敬できる先輩でいてください」
……あの子。
私はハンカチを取り出し、目元を拭う。
「そして誓います。私たちも先輩に負けないような先輩になり、後輩たちを導いていくことを。三年間お疲れ様でした。そして、二年間ありがとうございます。在校生代表、魔導具科二年、ティミナ・スペラ」
お辞儀とともに沸き起こる拍手の中、私は拍手も出来ずに、泣き出しそうになるのを我慢するので精一杯だった。
自分のことばかりで、ろくに導いてあげられなかった。
なのに、それでも『尊敬している』と真っすぐな思いをぶつけてきたティミナ。
送辞の最中、あの子はずっと『先輩』と言ってた。
『先輩方』じゃなくて。
あれは送辞に見せかけた私へのメッセージ。
自分も負けないように努力を続けるという誓い。
それに気付いてしまった。
……はぁ、なんて後輩を持ったのか。
最初は調子乗りの内気な子だったくせに。
いつの間にこんなに大きく。
ポンと肩を叩かれる。
マリーナだ。
「先輩冥利に尽きるわね。このあとの研究室、泣かないでいられる?」
「ぐすっ、わた、私を誰、ヒック、だと思ってるのよ」
「はいはい、今は落ち着きなさい」
優しく静かに背中をさすってくれる。
「それでは、卒業生答辞、魔導具科三年、セレナ・シルヴァーノ」
「はあっ!?」
思わず立ち上がって大声を出す。
涙は裸足で逃げ出した。
だって、魔導具科ばかりはおかしいからって、私じゃなくなったはずだし、そう聞いてる。
たしか騎士科の三年の男子のはずだ。
「本来別の生徒が答辞を行う予定だったが、卒業式が延期になったせいで、参加できなくなってな」
「先生、一応聞いとくけど、急遽っていつ?」
「……ほんの五日前だ」
「もっと前に言えたよねっ!」
「いいから来い!」
全く納得のいかない顔で、私はブツブツ言いながら壇上に登る。
「セレナ」
拡声の魔道具を渡しながら、先生が話しかけてきた。
「ティミナの気持ちにきちんと答えてやるといい」
……ほんとに答辞担当の子いないんでしょうね?
なんかこの場でハメられてるだけのような気もしてきたぞ。
「えー、お聞きの通り陰険メガネに騙された、またセレナです」
もう手心なんて加えてやるもんか。
好き勝手やらせてもらうかんね。
「えーと、じゃあ私からもある後輩の話を。その子は寮の同室の子が私を見たいからと、同郷だからと私に近づき、その子の機嫌を取り、ぬけぬけと友達になりました。ね、ティミナ?」
直接指名してやる。
ティミナの目は見開かれ、そのままうつむいてしまう。
クーラがちょっと非難めいた目を向けてきてるが、まあ聞きなさいって。
「魔導具の腕はそんなでもない、内気でしっかり意見も言えない。こんな子が魔導具師になれるのかと不思議で仕方なかったです」
クーラの目がいっそうきつくなる。
ふふっ、その仲の良さ、忘れないでよ?
「けれど、今見た通り、こんな大勢の前で、私向けに隠れてメッセージを送るほどの大胆なことをしでかす胆力を身につけました」
ティミナの顔が上がる。
クーラと二人して口を開けた間抜けな顔になってる。
けれど、それがなぜか愛おしい。
「魔導具の腕では黎明祭優勝というこの上ない結果を残してます。人はいつからだって変われるんです。あの子は、それを証明して見せてくれた」
「遅すぎる、自分なんかには。そんな言い訳は今日ここに置いていきましょう。そして三年生。あんな後輩に、負けないようになんて言わせちゃダメです。いつまでも越えられない壁として立ちふさがってやりましょう。それが、私たち先輩の責任です」
早く終われよという熱のない目。
その三年生たちの目に、わずかに熱がこもる。
「一年生、二年生、超えられるもんなら超えてみなさい。私はこの国の誰より、世界の誰より先に行って、背中も見せてやらないんだから。追ってくるなら覚悟するのね。以上!」
レオニス先生に魔導具を返す。
「こんなんでいいんでしょ?」
「式典ということを考えた言葉は欲しかったがな。まあいい。お疲れ」
思わぬ言葉が飛び出した。
先生の顔を下から覗き込む。
「な、なんだ?」
「いや、『お疲れ』とか、熱でもあるのかなーって」
「馬鹿なことを言っとらんで戻れ。もう終わるぞ」
「はいはい」
席に戻ればあとは締めの言葉だけ。
ようやく長い式が終わった。
このあとは研究室、その後なんでかグレッダさんが別荘を開けて待ってるそうなので、そこできっと夜通し騒ぐんだろう。
体力持つかな……。
長過ぎましたね、すいません!けどセレナが止まらなかったんですよ。セレナが止まろうとしたらレオニスが、カリウスが燃料を投下ふるから、どこまでも走ってしまいました。
次回、第223話「道の途中」
研究室に行く前にクラスで最後の問題をクリアにするタイミングです。この時点で気づいてる研究室メンバー以外のクラスメートはいませんが。




