第221話 つなぎ、残す
「さて、卒業まで残り一週間となったな。以前出していた課題について聞かせてもらおうか」
そっか、もう一週間なんだ。
そりゃそうか。
黎明祭が2月の中頃にあって、私が帰ってきた頃にはもう下旬になってて、そこからはひたすら魔導具作って設置してをしてたもんなぁ。
「……レナ、セレナ」
ん?
声がしたので横を見ると、マリーナが前を指している。
見ると、レオニス先生がいつもの冷たい笑顔を浮かべていた。
「セレナ、ボーッとしとらんで発表しろ」
「えっ、なんで私?」
その一言に、周りのみんなが振り返り、「逆になぜそう思った?」と言いたげな視線を向けてきた。
なんだろ、リーダー運みたいなものでもあるのかね?
「えっと。完成しましたよ」
「ほぅ、では見せてもらおうか」
「あー、無理」
「何だと?」
「夜見せてあげますよ。今日はみんなで残業といきましょう」
私の一言にクラスのみんなも楽しそうな笑顔を浮かべる。
みんなも頑張ったもんね。
主に、私のせいで。
「よかろう。しかし、つまらんものを見せるならば……」
「はいはい、留年でもなんでもしてやるわよ。マルクスがね」
「な、なんで僕さ!?」
突然のとばっちりを受けたマルクスの慌てっぷりに、クラスみんな大爆笑。
おぉ、そういう道を目指してみてもいいかも?
(あんたにお笑い芸人が勤まるわけないでしょ。せいぜいが一回戦落ちよ)
(ん、一回戦?)
(こっちの話。夜、頑張りなさい)
(あんがと、またね)
澪は、あっという間に去っていく。
それこそ『つむじ風』のように。
何の用だったんだ?
レオニス先生はクイッと眼鏡を上げて、あらためてわたしを見つめながら、最後通牒を突きつけてきた。
「よかろう、お前ら研究室メンバー全員留年だ」
「いいよ。たぶん大丈夫だから」
マリーナが横からジト目で見てくるが、そちらへは視線を向けず、ただ前をまっすぐ見る。
……一応後で謝っとこ。
こめかみから冷たい汗がひとしずく伝った。
夜に学校に集合し、目的地へ向かうことに決まった。
◇◆◇
そして夜。
私たちは約束通り、学校の門の前に集まる。
魔導具科総勢三十名、レオニス先生とプラシナちゃん。
――プラシナちゃん!?
「先生、なんで娘さん連れてきてんの?」
「ローザが友達に呼び出されてな。急用だ」
プラシナちゃんは前に一度研究室に遊びに来たことがある、先生の娘さん。
あの時五歳だったから、今は六歳かな?
私をお婿さんにしてくれるらしい。
……ま、いっか。
「みんな揃ったわね。じゃあ行きましょう!」
私たちは街の人や観光客の邪魔にならないよう、横二人一列で目的地に向かう。
私の隣?
そりゃもちろん、
「人の留年を勝手に賭けるとは、いい度胸してるわね、セレナ? また殴られたいのかしら?」
頼りにもなるし、恐怖も運んでくる親友、マリーナだ。
今日は恐怖の運び役らしい。
王都で平手打ちを食らわされたことのある私は、思わず頬に手を当ててしまう。
「ま、まあまあ。マリーナだって大丈夫って分かってるでしょ?」
「まあね。じゃなきゃ教室でひっぱたいてたわよ」
そう言いながら私の手を握ってきたマリーナ。
「うまくいくといいわね。みんなにとって」
「そこは心配してないよ。マリーナたちが頑張ってくれたからね」
顔を見合わせて笑えば、その思いは確信へと変わってくる。
春先だと言うのにまだまだ寒い夜。
けれど繋いだ手の温かさが、じんわりと身体を温めてくれた。
私たちは街の北側にある湯畑へとやってきた。
ウルヴィスの源泉を組み上げ、各施設へと送る、ウルヴィス観光でも屈指の人気スポットだ。
今は夜なので、ぼんやりと光る街灯に照らされてはいるものの、湯畑自体は目を凝らしてなんとか形が分かるかな? といったところだ。
私はそのそばに立っていた数人の大人のうち、最も大柄な男性に声をかけた。
「あ、ソルムさーん!」
「おお、嬢ちゃん。よく来たな、準備はできてるぜ」
「へへっ、楽しみにしてるよ」
「任せとけ! おたくらの頑張りは無駄にしねぇさ」
ソルムさんは隣にいた男性に何かを指示して、湯畑の奥へと走らせた。
「先生、プラシナちゃん、それにみんな。いよいよだよ」
私は一度振り返って呼びかけ、また前を向き、固唾を飲んで見守る。
遠くから「いきまーす!」という掛け声が届いた。
次の瞬間。
パァァァァッ。
湯畑を囲む道の両端が、源泉を湛えた水槽の縁が、きらびやかに光り、夜のウルヴィスにその姿をくっきりと浮き上がらせた。
私の後ろから一斉に歓声が上がる。
振り向くと手を大きく挙げて喜ぶ男子たち、抱き合って涙する女子たち。
足元ではプラシナちゃんがあんぐりと口を開けて「きれーい!」だけを繰り返してる。
前を向けば、目の前にいたソルムさん達も満足そうに湯畑を眺めている。
その瞳が少し潤んで見えたのは、きっと蒸気のせいだろう。
今まで見たこともない、光り輝く湯畑の絵に、近くを歩いていた人たちも次第に集まり、ちょっとした騒ぎになっていた。
そうだ、見たかったのはこれだ。
この絵だったんだ。
黎明祭なんてものを立ち上げて、魔導具師同士の交流を呼びかけ、さらにその先へ。
その姿が今、ここにある。
やっと……届いた。
私は心の中で、一つの区切りを感じた。
高等学校でするべきこと、したかったことは十分できた。
胸が熱くなり、自然と涙があふれそうになる。
けど、まだ最後に説明をしなきゃいけない。
拳を握りしめ、袖口で涙をぬぐった。
振り返ってレオニス先生を見る。
なぜかとても優しい目で光を見つめている。
口元には笑みを浮かべて。
今までそんな表情は見たことがない。
ずるい。
ずるいって!
今、そんな目を見たら……。
私に気づき、その顔のまま語りかけてきた。
「セレナ、学外でどこと協力をした?」
うん。
きっと気付いてると思った。
その質問は意外でも何でもない。
想定内の質問だ。
良かった、おかげで涙も引っ込んだ。
「ブレヴィス先輩を通じて領主様、観光協会、温泉の管理事務所、木工ギルド、ガラス細工ギルド、あとは近隣のお店に事前説明かな」
「お前たち、研究室メンバーはどの程度噛んだ?」
「手は動かしてないよ。連係は領主様だけ私。他、製作も協力依頼も、全部クラスのみんな。私たちは絵を描いただけ」
「そうか……」
レオニス先生は振り返ってみんなを見た。
騒ぎも落ち着いてきたみんなは、そのまま急に黙り、静寂が戻る。
「見れば分かる。よくやった」
短いひと言。
けど、万の言葉よりも重く、深く心に残る。
言葉を聞き逃すまいと、みんなは口を引き結びながら、それでも中には耐えきれず涙する者も。
「忘れるな、この夜を。お前たちが学校では教えきれない、『人のため』に動いた証を」
それだけを伝えて、レオニス先生はそのままソルムさん達へ挨拶だけをして、帰って行った。
帰り際にプラシナちゃんの「パパ、泣いてるの?」のひと言のせいで、しんみりした空気が大爆笑に変わってしまったけど。
それでも価値は変わらない。
いや、むしろさらに輝きが増した気がする。
ウルヴィスの空に浮かぶ星々が、ほんのわずかに薄くなった夜。
私たちは、この街に、後輩に、何より自分の心に。
大切なものを残せたという気持ちでいっぱいだった。
セレナが考えている『協業』が、クラスとして形になりました。この意識を持った魔導具師たちが各地に散り、それぞれで芽を出していけば、いつか国中でそれが当たり前になるでしょう。
次回、第222話「大騒ぎの卒業式」
卒業式といえば、しんみり、しくしく。とんでもない、セレナは泣きもしますが、暴れもしますよ(笑)




