第219話 一人きりではない私
た、助け……。
ドサッ。
制服のままベッドに倒れ込む。
ひ、ひどい目にあった。
もう、ダ……メ。
私はそのまま眠りについた。
◇◆◇
今朝、ウルヴィスに帰ってきた。
これから学校が始まる、平日の時間帯。
それにも関わらず、乗合馬車の受付所には、レオニス先生を始め、研究室の面々がズラリと並んでいた。
あぁ、さすがに一年は授業に行かせたみたいだ。
事の顛末はレオニス先生、ティミナたちから聞いてるのだろう。
三年生の仲間たちも思い思いの表情をしている。
一番目が吊り上がっていたのは、これまた親友のマリーナだ。
うぅ、アミーカみたいにぶたれないよね?
そのマリーナが、誰よりも早く一歩踏み出しこちらへ近づいてきた。
ズカズカ……。
踏みしめる一歩一歩が、まるで地響きを立てるかのように力強い。
しかし、私の予測とは裏腹に、マリーナはレオンの前で止まる。
そして、私も聞いたことのないくらい、とても冷たく鋭く、
「別れなさい」
そう、言い放った。
レオンが息を呑む。
私はどうしていいか分からず、マリーナを見つめていると、
「セレナは口出し無用よ」
と、介入を防がれてしまった。
レオンは唇を噛み締め、何も言えずにいる。
いや、言わないんだろうな。
こいつのことだから、今回のことは全て自分の責任だと思ってるだろうし。
「はぁ、つくづく分かった。セレナを冒険者なんかのそばには置けない。この子のことだから抑えきれずに行動する」
「マリーナ、私は……」
「黙ってと言ったわよ!」
いつになく強い口調。
それがマリーナの怒りを如実に示している。
「はい、そーですかと聞くわけにはいかねぇんだ、俺もな」
「はんっ、新米どころか冒険者でもない女の子に救われた男が何言ってんのよ。そんなにセレナに未練があるわけ?」
さすがに言い過ぎだ。
マリーナのレオンへの言葉は、同時に私の胸を突き刺している。
私がもっとうまくやれていれば。
もっと冒険に役立つ魔導具を作っていれば。
もっと、もっと……。
ぎゅぅっと拳を握りこみ、唇を噛みしめる。
悔しくて、悔しくて。
噛みしめた唇から、鉄の味がした。
するとマリーナが気づいた。
「セレナッ!」
私へ駆け寄り、両肩を持って揺さぶる。
「やめなさいっ! 傷がつくわよ」
「いいの。ごめん、マリーナ。私が軽々しく付いていくなんて言ったから」
「違う、あなたのせいじゃない。守れなかったあの男の……」
「違うよ、マリーナ!」
私の強い声に目を見開いて、マリーナは一歩下がる。
「冒険に行く以上、腕の良しあしはあっても、命の危機への意識くらいはちゃんと持ってなきゃいけなかった。こんな目にあって初めて気づいたよ。私に、その意識がなさすぎた。レオンもキアネアちゃんも持っていたのに」
「セレナ……」
「だから、そんなに彼を、レオンを責めないで。その分、私も辛くなる」
その場に膝をつき、泣き崩れる。
そう、結果的に私が助けたけど、もっと私が事前に魔導具師としての準備をしていれば、もしかしたら防げたかもしれない。
防げなかったかもしれないけど、そういう意識をしなかった自分の甘さにつくづく腹が立った。
「分かったわ、セレナ。もう責めないから。だから、泣かないで。あなたが泣くと、私……」
「泣いちゃう? マリーナはそんな弱い子じゃないでしょ?」
泣き顔のまま顔を上げて私はマリーナへいたずらっぽく微笑んだ。
その顔を見たマリーナは私を抱きしめ、
「もう! やめてよね、その私を全部分かったような言葉。私だって泣きたい時だってあるし、寂しい夜だってあるの。もう、もう!」
ギュウッっと抱きしめる。
「ちょ、マリーナ、苦しいって」
「ダメ。私を怖がらせた罰。きっちり受けてね」
「ちょ、何してんの、こらっ、顔近づけんな。みんないるでしょ、やめっ、やめて!」
そのまま頬にキスをしてきた。
「あらら? みんないなかったら口でも良かったのかな、セレナちゃん?」
「……マ、マリーナっ!!」
しばらくの追いかけっこが終わった後、先生が呆れたような顔でみんなと近づいてきた。
「お前ら天下の往来で何をしているんだ。まったく」
そう言いながら、私の頭を撫でる。
「お前の無茶は知っているが、あまり心配をかけさせるな」
「だ、ダメだよ。先生」
「ん、何がだ?」
「私には、レオンが……」
ぶちぃっ!
何かが切れる音がした。
「ほぅ、そういう冗談を言う元気があるなら大丈夫だな。お前はこの先、謝罪行脚に出てもらおう」
「謝罪行脚?」
「そうだ、貴様を心配してるもの、期待していたのに姿を見られなかったクラスメート。あぁ、あとお前を理由に今回の黎明祭見学を立てた俺と、それを許してくれた教頭に校長、ついでだ。領主からも見舞いの手紙が来ていたぞ。領主にも面会の予約を取らねばな」
「え、え、いや、そんな……」
「良かったな、きっちり謝る場があって。とりあえずはこいつらだな。もういいぞ。好きにしてやれ」
……そこから私はティミナとクーラから抱き着かれ、リディアに叩かれつつ、マルクスからは質問攻めにあい、そこにマリーナまで戻ってきて、ぐちゃぐちゃにされた。
ん? カリウス?
そりゃレオンがそこにいるんだもん。
今回の件含めて色々と教えを乞うてたよ。
彼のそういう変な一途さは全く変わってない。
もちろん、クラスの方も似たようなもの。
女子のみんなにもみくちゃにされ、男子からはわくわくした目で冒険のことを聞かれたり、レオニス先生が授業をまるまる一つ潰してまでもそんな時間を作らせた。
そして、教頭、校長と謝罪をし、領主との面会予約の手紙を出し、くらくらする中教室で座っていると、レオニス先生に捕まった。
「まだ俺への謝罪がないようだが?」
「そだね。先生にはグレッダさんにまで掴みかかってもらったんだっけ?」
「ちっ、誰だ余計なことを」
「そういえば結局聞けなかったけど、黎明祭誰が優勝したの?」
「ティミナが優勝、クーラは三位。二位は他の学校のやつだ」
「そっか、ティミナが優勝できたんだ。クーラも三位って、褒めてあげなきゃ」
ホッとして胸に手を置く。
彼女たちの頑張りに少しだけ涙が出てきた。
「セレナ、お前のおかげでみんなはしっかりと成長してきている」
「へ?」
「だから、お前はもう少し自分自身のことを労わってやれ。今回のことで分かったろう?お前に何かあった時に悲しむものは大勢いると」
「先生……」
「俺からはそれだけだ。気をつけて帰れ」
そう言って先生は教室を去っていった。
何かあったら悲しむもの……か。
そうだな、私の体は私だけのものじゃないんだ。
もう少し考えて動くようにしよう。
誰も泣かさないために。
そして、冒頭に繋がるわけだ。
ひたすら謝罪ともみくちゃにされて終わった一日。
でもまるで自分がそれだけ大切にされているということを分からせてくれた一日でもあった。
この後、ふと目を覚ますと、なぜかパジャマに着替えてベッドで寝ていたのだが、マリーナの寝顔がやけに満足そうにしていたのと関係があるのかは、怖くて聞けなかった。




