第218話 譲れない信念
カイル様、グレッダさん。
レオン、私。
二組はテーブルを挟んでソファに座っている。
セレスさんが一度お茶を運んで来てくれたので、パジャマと着替えのお礼だけ伝えると、とても上品な微笑みが返ってきた。
……頑張ってるんだな、貴族教育。
「さて、いくつか話すことがあるが、何よりもまずこれからだね」
カイル様は席を立つと、私の前まで歩いてきて立ち止まる。
な、なんかしたかな?
私が少し身構えていると、ひざまずき、私の手を取り、手の甲に口を寄せる。
うわっ!
手を引きたいけど、ダメ……だよな、きっと。
そのまま両手で私の手を握り、
「アドルフォス侯爵家三男、そして大切な我が弟、レオンを助けてくれて、本当にありがとう。セレナ嬢には感謝の言葉もない」
そう言って頭を下げる。
心なしか体が震えている気がする。
「あ、兄上……」
「ボロボロになって帰ってきたお前を見て、心底冒険者などやめさせたい、そう思ったよ」
「すみません、俺が未熟なばかりに」
「セレナ嬢も、レオンを助けるために魔力を使いすぎてか、目から血が出ていたと聞く。もう、大丈夫なのかい?」
これに関しては澪も言ってたけど、なにせ私に記憶がない。
今がなんともないから、たぶん大丈夫。
……だと思う。
「たぶん。何も痛みもないし、いつも通り見えるし。レオン、ほんと?」
「俺が嘘言うかよ。特に冒険の現場でな」
「それもそっか」
「ここに運ばれてきた時には血もおさまっていたからね。一応治癒だけは施させたが、もし何か具合が悪いことがあったら言ってくれ。いつでも対応しよう」
今回の件でかなりの貸しをカイル様に作ってしまった気がする。
目の前のニコニコ顔が、逆に怖い。
明日には家一軒プレゼントとか言い出しかねない勢いだぞ、これは。
「ま、まあほら、冒険の現場は助け合って当たり前ってレオンも言ってたし。私も最初はレオンに助けてもらってたから、お互い様ってことで。ね? は、はは……」
私の言葉に崩れないカイル様のニコニコ顔。
……はぁ、諦めよう。
「まあそれはいいとして、あともう一つ大切なことを話しておかないといけない」
「何ですか?」
「黎明祭だが、二日前に終了した」
私は驚きのあまり立ち上がってしまう。
こめかみを冷たい汗が伝っていった。
「二日前……? 私は、何日寝てたの」
「今日で四日目だな。みんな君のことをとても心配していたよ。学校もあるので帰らざるを得なかったが、グレッダ殿はしっかり先生にお願いをされていたね」
「そんな……アミーカは? アミーカはどうしたの」
「彼女は出場を辞退した。君がこんなことになっているのに一人出ていられないとね。私が特別に許可をした」
その時、ドアをノックする音がした。
カイル様が「どうぞ」と声をかけると、部屋の扉が開く。
そこにはアミーカが。
たぶん泣き続けていたのだろう。
目がとても腫れてしまっている。
私が起きている姿を認めると、急に駆け寄って抱きついてきた。
「バカッ! バカバカ、セレナのバカッ! 何してんのよ。危険なことしてたっていうし、全然目覚めないし。もしかしたら……なんて話まで出てたのよっ!!」
「あー、ごめん。私だってまさかあんなのに襲われるとは思ってもなくて」
「言い訳しないっ! もう絶対、二度と、危ないことしちゃダメ! 分かった?」
「……ごめん、それは約束出来ないな」
パシンッ!
頬を打たれる。
アミーカの目からは涙が流れていた。
「あなたは魔導具師でしょ! 領分をわきまえなさいよ」
「違うよ、アミーカ。魔導具師……だからなんだ。今回一緒に行動させてもらって分かった。いくつか、あったら便利とか、あった方がいいっていう魔導具。でも、レオンからも、冒険者ギルドの誰からもそのアイデアは聞けなかった」
私の言葉を静かに聞いてくれている。
たぶん、すでに諦める準備をしているのだろう。
ごめん、アミーカ。
「私が行かなきゃ分からない。そうしないといつまで経っても良くならない。だから、私はこれからも何度か同行させてもらうつもり」
「おい、セレナ。俺は認めないからな? お前を二度と危険な目に合わせるつもりはねぇ」
まあ、レオンならそういうだろうと思った。
けどね。
「レオン、『過ぎた干渉はしたくない』っていうあなたの信念を曲げる気?」
「くっ! つまらねえことを覚えてやがる」
「セレナ、そんな二人のことはどうでもいいの。私は『行くな』と言ってる」
「私は行くよ、アミーカ。あなたならどう? そこに一緒に行ったら、素晴らしい料理の素材、レシピがあるかも? ってなったら行くでしょ?」
「そ、それは……」
分かってる。
アミーカなら絶対に行く。
悪いけどお互い手の内を知り過ぎた同士の親友だ
「分かってる。アミーカの心配も、レオンの心配も。だから、私も今すぐ一緒に行くとは言わない。今回みたいに勝てない敵と遭遇した時に逃げるための手段。それをきちんと用意してから行くようにする。これは絶対に約束する」
レオンとアミーカが顔を見合わせると、お互い同時に息を吐く。
おいおい、なんか気が合ってないか?
泣くぞ? 泣いちゃうぞ?
「どうせ何言ったって聞きゃあしねぇんだろ? わーったよ。その代わり、お前は必ず俺と行くこと。他の頼りない連中に任せておけねぇ」
「セレナ、行く前にちゃんと説明しに来なさい。私が納得しなかったら許さない。分かった?」
「二人ともちゃっかり条件出してきたわね。いいわ、もちろん。必ず守る」
ひとまずこちらの話が終わった。
そして私は一応伝えておかないと。
「カイル様」
「なんだい?」
「あの、黎明祭、結果出せなくてすいませんでした」
私が頭を下げようとしたら、手で制された。
「セレナ嬢、確かに期待していたことは事実だ。だがね、君はレオンを救ってくれた。それで十分さ。黎明祭優勝よりも、よほど価値のある……いや、比べようもないものを君は守ってくれたのだから」
「はい、私もそう思います。あと、今回大会に出す予定だった落華摘粉なんですけど、グレッダさんにあげてもいいですか?」
「あぁ、その話は聞いたよ。構わない。とは言え今回君たちが考えていた、新しい料理を開拓するという使い道を考えたら、飲料用とそれ以外で事業を分けて、飲料用をグレッダ殿主体、それ以外の調味料などはオーギュスト様へと分割した方がいいと思うよ」
あぁ、確かにそうだ。
一手に引き受けたらギルドがパンクしかねないもんね。
「あと、これは完全に私のお願いなんですけど……その落華摘粉の工場計画、北部の都市に建設出来ませんかね?」
「北部? それはまたなぜだい?」
「そもそもあの魔導具って、一度液体を凍らせなきゃいけないんですね。暑い気候の場所だと凍らせるまでに時間かかるし、魔石もたくさん必要です。逆に北部の都市、例えばマリーナのボレリアスのように長い冬で雪に悩まされるくらいに寒いところなら、そこの経費が浮くと思うんです。ここは輸送のコストと比較してもらう必要はあると思いますけど」
「ふむ。雪国は雪深い季節は出来る仕事も減ると聞いている。そこの需要も掘り起こせるならば、試す価値はあるかもしれないね。で、ボレリアスでいいのかな?」
くすくすとカイル様は笑って聞いてくる。
それはもちろんそうだ。
マリーナにはまた勝手にと怒られるかもしれないけど、三年間故郷のためにと頑張ってきた彼女を、私は誰よりも近くで見てきた。
だから、出来ることがあるならサポートしてあげたい。
彼女が余計なことを心配せずに、未来を見れるようにしてあげたい。
「ま、あの子も親友なんで」
「分かった、確定とは言えないが、候補地の最優先として検討していこう。グレッダ殿、それでいいかい?」
「もちろん、異論ございません」
こうして話はまとまり、私は二日後の馬車でウルヴィスに戻ることになった。
レオンも心配して一緒に付いてきてくれたが、ちょうどいい。
あのカリウスの作った災害兵器を見てもらおう。
とはいえ、今回の件、あれくらいの威力のものがあれば、逃げようがあったのかもしれないと思うと、ちょっとカリウスにひどいことをしたかな? と思う。
「ま、いっか」
研究室のみんなから取り囲まれ、もみくちゃにされる未来まであと二日。
私はそんなことを露とも思わず、馬車の心地いい揺れに身を任せ、目を閉じた。




