第213話 覚悟を試す契約書
王都に着いた私たちは、乗合馬車の受付近くで待ってくれていた、グレッダさんの家の執事さんと合流する。
セレスさんにプロポーズする時に、宝石の原石を急いで持ってきてたあの人だ。
「お嬢様方、遠路はるばるようこそ王都へ」
そう言うと執事さんは胸に手を当て、スッと腰を折り曲げ綺麗に頭を下げる。
セレスさんの時は友だちみたいに挨拶してたから、こんなマトモな挨拶は久々で、なんだか緊張してしまう。
「フィディスさん、でしたよね? 丁寧なご挨拶、痛み入ります」
私もカーテシーをしながら、そう挨拶をすると、ティミナとクーラもそれにならう。
キアネアちゃんは、いつも通りのピースサインだ。
「ほっほ、このような爺になんともありがたいことです。それではお屋敷までご案内いたしましょう。こちらへどうぞ」
フィディスさんの案内に従い、少し先に停められていた、フォルティウス家の馬車に乗り、屋敷へと向かう。
「セレナ先輩は、今回アミーカさんとの調整がメインですよね? 泊まりはどこで?」
「んー、グレッダさんのところが近くて助かるんだけど、今回伝えてないのと……セレスさんに絡まれそうで怖い」
「絡まれる? 何故ですか、お二人はとても仲が良さそうに見えましたが?」
クーラがとても不思議そうに聞いてきた。
まあ、そうだよね。
別にセレスさんと仲が悪くなったわけじゃない。
むしろ仲がいいからこそだ。
「あのね、伯爵夫妻になるわけじゃない、セレスさん。だから、今必死になって貴族としての立ち居振る舞いを教えられてるそうなの。王都でも有数の厳しい方に来てもらってね」
「うわぁ、それは……泣きつきに行きたくなりますね」
ティミナが呻くかのようにそう言うと、クーラも首を縦に振る。
「でしょ? だから師匠……えーと、ベーネ工房にまたお世話になろうかなって」
「えー、レオンさんのところに泊まればいいじゃないですかぁ」
悪い顔でニヤニヤしながら、ティミナがそう言ってきたので、軽く小突いてやる。
「あのね、あんなのでも貴族なの。卒業前の学生を引き込んだなんて噂でも立ってご覧なさい。私もレオンも揃ってカイル様に怒られるわよ」
「つまり、卒業すれば構わないと?」
クーラが的確に追撃してきたので、こちらも小突いておく。
そりゃ、寝るところさえ分けてくれるのなら、別に一緒でも構わないけど、あいつ、絶対一人部屋とかに住んでそうだからなぁ。
だいたい、私はもうベーネ工房に部屋を借りると決まってるし。
……いや、ごめん、ウソ。
恥ずかしいって、そんなの。
いくらレオンたって、男の人と二人で暮らすとか、結婚じゃないんだからさ。
そんなバカな話をしていると、フォルティウス伯爵邸に到着する。
馬車から降りて、私はティミナとクーラにいったんお別れ……え?
屋敷の中にもう一台馬車が見えた。
あの紋章は、アドルフォス家の馬車のはず。
ってことは、カイル様が来てるっ!?
私が回れ右をして駆け出そうとした、まさに一歩目で、
「やあ、セレナ嬢。待っていたよ。遅かったじゃないか」
部屋の窓から顔をのぞかせ、カイル様が満面の笑みでこちらへ呼びかけてきた。
私は苦笑いを隠して振り向くのが精一杯。
「お、お待たせして申し訳ございません、カイル様。ハ、ハハ……」
カイル様の後ろに立つレオンが、両手を合わせて口だけで「スマン」と伝えてきた。
あぁ、いつもの急なやつね。
もういいや。
諦めよう。
私はティミナたちと共にフォルティウス伯爵邸へと足を踏み入れた。
部屋のドアを開けると、そこにはカイル様、テレージア様、レオンの三人がいた。
そういえば先日結婚したはずだよね。
「カイル様、テレージア様、この度はご結婚、おめでとうございます」
私がそう告げると、テレージア様が口元に手を当てて笑い、私へ御礼を告げてきた。
「ありがとうございます、セレナさん。あなたが私の義妹になる日を、心待ちにしておりますからね」
それはとりもなおさず、レオンとの結婚を心待ちにしているということなのだが、どうなんだろね。
最近付き合ったばかり。
デートらしいデートもちゃんとはしてない。
貴族としても庶民としても、まだ結婚は早いんじゃなかろうかと思うんだけど。
「は、はは。そうですね、頑張ります」
とりあえず私はそれだけしか言えなかった。
そしてカイル様に向かって話を振る。
「で、カイル様、なんでまた突然? 今回お会いする予定なかったですよね?」
「まあ確かに予定はなかったがね。ほら、君がこの前私に聞いてきたキアネアの件さ」
っ……!
その件のお話なら、むしろこっちからお願いしたいくらいだ。
結局どうなったんだろう?
「あれからウルヴィスにアトラ以外のものも向かわせ、セレナ嬢の護衛をしつつ、その間さまざまな聞き取りを行った。その結果……」
私はギュッと手を握る。
キアネアちゃんの未来が、これで決まるかもしれない。
「アトラの言う通り、本当に覚えてないようだ。というか、最初から覚えるつもりがないという方が正しい。これではたしかに言われたことしか出来ない、つまらない人間になってしまうね」
「でしょ? だから私はキアネアちゃんにちゃんと一人の女の子として考えて、動けるようになってもらいたい。もしかしたらそれが今までの仕事とは違うことに繋がってしまうかもしれない。けど、それでも……」
「あぁ、分かった。もしセレナ嬢にキアネアを任せることで、彼女の未来が輝くのならば、私とてそちらの方が嬉しいさ。だがね、やはりアドルフォス家の情報を深く知っている可能性が捨てきれない以上、そのままセレナ嬢に引き渡すわけにはいかない」
……もー、これ以上何が必要なのよっ!
覚えてない、覚えるつもりがない。
なら安全。
それでいいじゃないの。
「だが、キアネアの将来を憂うセレナ嬢の気持ちは嬉しく思う。そこで、君が卒業後については、キアネアを専属の護衛役として、正式にアドルフォス家から貸与する形とする。どういう形で過ごしてもらっても構わないが、週に一度はアドルフォス家に戻り、状況を報告すること。これについての料金は、レオンの専属魔導具師の契約と相殺することとする。どうだい?」
どうだいも何も、破格の条件だ。
唯一気になる点としては専属魔導具師をする中で、一時的に材料費が突出した時くらいだけど、まあそこはなんとかしよう。
キアネアちゃんの未来のために、私が少し頑張ってどうにかなるなら頑張りたい。
「大丈夫です、その条件でお願いします」
「よし、それではテレージア、契約書を」
すでに作ってあった契約書。
まるでカイル様の手のひらの上で踊らされただけのような気もするが、まぁいいだろう。
私はテレージア様から渡されたペンで、迷いなくサインを入れる。
「……うん、これでいいね。それじゃあレオン、お前がサインを」
「はっ? キアネアの貸与なんて俺がサインしていいわけないだろう? 父上か、少なくとも兄上のサインじゃなきゃぁ」
「構わない。これは内々の話として留めておいてほしいが、父上からはもう家の決定権については渡されている。もう対外的な引き継ぎの話だけなのさ。だからレオン、お前も少しはこういう責任を負うことを覚えなさい」
カイル様に促され、しぶしぶサインをするレオン。
まさかキアネアちゃんの貸与契約書のフリして、結婚の契約書とかじゃないよな?
もしそうならひと暴れして逃げることにしよう。
カイル様は契約書の隅々まで目を通す。
「……うん、よし。ではこれで契約成立だね」
そういうとカイル様は契約書をビリビリと破いて丸め、火魔法で火を点け、テーブルの上に置いてあったガラスのボウルの中に放り込んだ。
契約書はあっという間に燃え上がり、ボウルの底には黒い煤だけとなる。
なんでガラスのボウルなんかあるのかと思ってら、これのためだったわけ?
「……あのさ、最初から引き渡してくれるなら面倒なことしないでくれるかな?」
「ははっ、二人の覚悟を見たくてね。セレナ嬢の考えは私の考えでもあるし、何より王の教育重視の理念とも合致する。断る理由がないんだよ」
「だが兄上、アドルフォス家の情報については?」
「アトラをはじめ、どれだけ皆で丹念に調べても何も出てこないんだ。もう信じるしかないさ。いいよ、私はレオンとセレナ嬢を信じている。その二人が見るのなら、きっと大丈夫だ」
この、たまーに人情派になるカイル様はなんなんだろうね。
出会った頃はもう少しドライな感じだったんだけど。
歳とともに少しは丸くなったのかな?
「ということで、二人の結婚にも期待しているよ。テレージアがセレナ嬢のドレスを選びたいとどうしても言うのでね」
なーんだ、尻に敷かれてるだけか。
訂正。
丸くなったんじゃなくて平べったくなっただけだ。
こうしてキアネアちゃんは四月から私と一緒に住むこととなった。
伝えたら喜んでくれるかな?
一緒に生活する中で、キアネアちゃんが少しでも普通の女の子らしく戻れるといいな。
そんな願いを込めつつ、私はレオンとともにベーネ工房へと向かうのだった。




