第208話 苦笑いの友情
会場を見ると、騒いでる組と寝始めた組で明確に分かれてきた。
大人はだいたいみんな元気。
アミーカのママのフローラさんが少し眠たそうにしてるのと、テレージア様がちょっと目をこすり始めたくらい。
マルクスとリディアはだいぶ眠そう。
カリウスは……うん、放っておいていいや。
この時間に庭で素振りしてる人は大丈夫だろう。
隣で指導してるレオンもたいがいだね。
ティミナとクーラは……あらら、テーブルに突っ伏して寝ちゃってるな。
私は庭に移動することにした。
「レオン、カリウス。ちょっと体力的にきつい人も出てきたから、一度締めよう。ティミナたちが可哀想だわ」
二人ともガラス越しに室内を見て、納得してくれたようだ。
二人に中に入ってもらい、私はティミナたちを起こしに行く。
「二人とも、起きて」
「うっ、ん? セレナ……先輩?」
「ごめんね、こんな時間まで。一度会を締めるから、それ終わったら部屋戻って寝ていいからね」
時計を見ると、すでに深夜の一時過ぎだ。
私だってあまり起きてるような時間じゃないけど、今日は色々あったせいか、目が冴えてる。
会場の中央、みんなから見える位置に立って、大きく手を叩いた。
「はーい、皆さん注目! もうこんな時間だから一度締めましょう。じゃあ最後は……オーギュスト様?」
「私は今日はただのコックで来てるからね」
……王城料理長が何いってんだか。
「じゃあカイル様?」
「私は飛び入り参加だからね。その資格はないよ。それより今回の首謀者が挨拶すべきじゃないかい、セレナ嬢?」
首謀者って、人聞きの悪い。
せめて企画者と言い換えてもらいたい。
っていうか、私、乾杯のあいさつもしたんだけど……ま、いっか。
「えー、じゃあ手短に。今回は私の思い付きで沢山の人に急にスケジュール調整させちゃってすいませんでした。……でも、こうして私の人生を形作ってくれたみんなと、年の終わりを一緒に過ごせたことはすごく嬉しかった。本当にありがとうございます」
みんなに向けて数回に分けてお辞儀をする。
一部心無いヤジ(ママだよ?)もあったけど、温かい拍手で応えてくれた。
「ってことで、まだまだ飲みたい方はこのまま、もう寝たい方は部屋行って寝てもらうってことで、いったん会は締めたいと思います。ちょうど新年も迎えたことです。皆さんの一年がいい年でありますように。寝る人はいい夢見てね。じゃあ、解散!」
挨拶の終わった私のところにマリーナが近付いてきた。
「セレナ、もう少しマトモな挨拶覚えないとね。あんなの貴族の前でやったら、放り出されるわよ」
「ぐっ……! だって、知らないもん、そんなの」
「レオンさんのために覚えなさいって言ってんのよ。まあ、いいわ。少し時間取れる?」
チラリと横を見ると、再びカリウスとともに庭に出ていくレオンの姿が見えた。
ありゃ今晩はもう無理だな。
「うん、いいよ。ほら、あの調子だし」
私が指を指すと、マリーナはクスッと笑う。
「せっかくお付き合い始まったのに、相変わらずね。二人とも意外と淡白よね」
「なんか、相手を縛り付けたくないとは言ってたね。ギルドでそういうのよく聞いてて変に思ってたとか言ってたよ」
その時、マリーナの目が一瞬光ったことに、私はまったく気づけずにいた。
気づけていれば……いや、変わらなかったかな。
「セレナ、ちょっと部屋来てもらっていい? あげたいものがあるの」
「あげたいもの? うん、まあいいよ」
ボレリアスに帰郷していたから、そのお土産かもしれない。
そう軽く考えて、私はマリーナの後ろをついて行った。
「はい、ここね。さ、入って」
マリーナに背中を押されて、先に部屋に入る。
なんだろう?
今日はいつもよりやけに強引な気がする。
「セレナ、少しだけ窓開けてくれる? 空気の入れ替えしたいから」
「……? うん」
私が窓に近づき、ほんの少しだけ開けようとしていると、続いてカーテンを閉めるようにお願いされた。
そのままカーテンも閉め終わり、振り返ろうとした時に『ファサッ』と、何かが落ちる音がした。
床に目をやると、さっきまでマリーナが着ていた服がそこに落ちている。
……ってことは当然。
そのまま目を上に上げると、下着姿になったマリーナが。
「えーと……うん、なんか、分かったような気はする。気はするから、いったん服着ようか?」
「それは、分かってないってことよ? セレナ」
「分かってないというか、分かっちゃダメというか」
お互いに言葉が止まる。
マリーナは両腕をおろし、堂々と私の目を見つめる。
私は気圧されそうになりながら、それでもここは逃げちゃダメと感じ、マリーナの視線を受け止め返した。
「ふふっ、強くなったじゃない。前までならアタフタしてたはずなのに。さすが、男の力は偉大ってことかしらね」
「たぶん、私の……せいだよね?」
「人のせいにするのは嫌いなの。こんなの私自身の選択よ。で、どうする? 私は堂々でも、こっそりでもいいわよ?」
「しないよ」
ハッキリと告げた私の言葉に、マリーナの右手がピクッと動く。
余裕を見せていた顔がほんの少しだけ歪みを見せ、声が低くなっていた。
「そんなに、私は異常かな?」
「マリーナ、正常とか異常とかじゃないの。私はあなたと、カリウスのおかげで、恋という感情を知り、今、レオンと付き合うことが出来た。ここであなたを選んだら、それはあなたに対する……」
「うるっさい! 異常なら異常って言いなさいよ! 分かってんのよ、私だって、こんなのおかしいって。でも、だって……仕方ないじゃない。あなたを、セレナを好きになってたんだからぁっ!!」
肩で息を切らせ、マリーナはその場にしゃがみ込んでしまう。
一応誤解のないよう伝えておくと、別に男同士、女同士のカップルだっていなくはないし、認められてる。
ただ、絶対数としては少ないし、奇異な目で見る人だっていないわけじゃない。
たぶんマリーナみたいに家柄を繋ぐ義務のある貴族なら、なおのことその傾向は強いんじゃないだろうか。
私もそれに対して変な感情があるわけではないけど、私は女の子とそういう仲になりたいわけではない。
本当に、それだけなんだ。
少しとは言え窓だって開いている。
いつまでもあの格好だと風邪をひいてしまう。
私は自分の上着を脱いで、マリーナの体にかけようと近寄った。
上着をかけ、マリーナの前にしゃがみ込む。
すると、彼女は床についていた両手を上げて、私の頬をしっかりと挟み込み、強く、強くキスをぶつけてきた。
その勢いに抗うことが出来ず、私は後ろに倒れ込む。
この間、マリーナは絶対に唇を離そうとしない。まるでそれだけが私との繋がりとでも言うかのように。
でも、唇を合わせるだけ。
それ以上攻めてこようともしなかった。
それがまるでマリーナの迷いのようにも私には感じられた。
だから……
マリーナの両肩を掴み、少しだけ押し返す。
それだけで、マリーナはゆっくりと唇を離し、体を起こした。
「あーあ。結局ダメか。一応理由だけ聞いてもいい?」
「たぶんね、この前のキス未遂? あそこでマリーナが本気で来てたら分からなかったかも。でもその後にもらっちゃったからさ、レオンから本気のやつ」
「弱気になってた私のせいってことね」
「誰のせいってことじゃないの。タイミングだと思うよ」
そう言うとマリーナに頭をペシッと叩かれた。
い、痛い。
「何よぉ」
「セレナのくせに偉そうなのよ。誰があなたを……」
「マリーナのおかげだよ。じゃなきゃきっと私の目は、まだ魔導具だけを追いかけてたから」
マリーナの目が驚いたように見開かれる。
そして、優しい目に変わり、私の右手を両手で包みこんできた。
「……そうね。あなたはよく頑張ったと思う。私は、これからどうしようかな」
「いないの? 好きな人」
「死ぬほど嫌いなやつならいたんだけどね」
あの元婚約者のことだろう。
そんなのはどうでもいい。
マリーナがもっと未来に向けて頑張れる男性。
まぁ、女性でもいいかもしれないけど。
そんな人が必要なのだろう。
「貴族がいいわけ?」
「そうね、出来れば家を残したいから。他家からうちにお婿さんとして来てくれる人で、私を束縛しなくて、魔導具に理解がある人だといいかな」
「そんな人……」
そこまで言ったところで、私を指さされた。
いやいや、お婿じゃないし、マリーナを束縛……はしないな、たぶん。
魔導具に理解なんてありまくる。
……あれ?
「……それで、どういう人がいいかしらね」
「逃げたわね? まあいいけど」
そんな候補を許してたまるかっ!
今までの時間は何だったんだって話になるでしょうに。
「まあいいわ。修行先で見つかるかもしれないし、王城魔導具部門なら貴族って条件ならみんなクリアしてるでしょうから、のんびり探すわよ」
「結婚式は絶対に呼びなさいよ?」
「もちろん。セレナだって呼んでくれるんでしょ?」
「まあ、このまま順調にいけばね」
そう言うと、マリーナの悪い顔が出てきた。
「じゃあセレナ、レオンさんとうまく行かなかったら、私と結婚ね。よし、決定。それなら頑張れそうだわ」
「はっ、えっ、何? 私とマリーナが結婚?」
「うん、レオンさんとダメだったらって話よ。あー、ごめん、セレナ。もしかしたら、私の手や足が色々勝手に動いちゃうかも?」
ククッと笑うマリーナ。
なるほど、冗談としてでも希望は残しておきたいわけか。
それくらいなら、受けておいてもいいだろう。
どうせこの親友が、私のためにならないことをしたことなんてないのだから。
「わたしとレオンの仲を引き裂けるものなら、やってみればいいわ」
「へぇ、言うじゃない。私の貴族仕込の仕掛け、どれだけかわせるかしらね?」
「マリーナこそ忘れてない? あんなのでも一応侯爵家の三男だからね?」
と、ここまでやり取りしていて、大切なことを思い出す。
私が表情を整えて息を吸うと、マリーナもそれに気付いたように手のひらを自分の膝の上に置いて姿勢を正した。
「マリーナ、卒業したらどうするの?」
「あぁ、セレナが王都に出掛けた、ちょうどあの日に返事が来てね。レオニス先生から勧められた、王都の研究機関に就職することになったわよ」
「あぁ、あの。……だから先生、私にも話持ってきたのかな?」
「あの人がそんな情に任せた進路指導するわけないでしょ。ちゃんと実力よ。セレナも、私もね」
ふふんと、偉そうに鼻で笑うマリーナ。
下着の上に上着っていう変な格好のくせに。
「ところでセレナ。私はこんな格好だっていうのに、なんであなたはいつまでそんな格好のままなの? 親友なら合わせないと」
「はえっ!? マリーナ、その話は終わったよね?」
「あれはあれ。これはこれ。新年最初のこんな時間、大切に使わなきゃね」
「や、やめなって。私にはレオンが――あっ、バカ、スカートに手かけるなっ! あっ、あーー!」
……一応、無事に生還出来たよ。
何をもって無事というかは、人それぞれってことで。
次の日、あらためてマリーナに文句を言ったら、母親のお酒をジュースと間違えて飲んで、それ以降あまりよく覚えてないとか言ってたけど――。
マリーナがそんなわけがない。
いつでも冷静沈着で、計算高い彼女。
私がノッてこないと見るやいなや、お酒説に切り替えて無茶することにしたのだろう。
だって、私は聞いたから。
マリーナのご両親、昨日はお酒なんて一滴も飲んでないって。
親友にしては甘い対応だったなと思いつつも、こういうすぐバレる嘘に、自分の本気度を分かってもらいたいという気持ちも透けて見えてしまい、私は思わず苦笑いを漏らすのだった。
はい、マリーナ決着回です! ……って言いたかったんですけどね。カリウス以上にしつこく残りそうです(笑)
そしてセレナがいつの間にかすごく大人になってて驚いたのは、私も同じでした(^_^;)
次回、第209話「立場ごとの常識」
ウルヴィスに帰り、卒業課題の追い込みです。なお、1月課題発表会、2月黎明祭、3月卒業で、意外とこの先忙しく話が展開します。




