第207話 新しき年への祈り
「で、どーしたのよ、こんなところに連れ出して」
王都の中で一段高い場所にある高台。
ここからは王城と王都を一望出来る、観光スポットとしても有名な場所だ。
私も初めて王都に来た時に、ここから景色を眺めたことがある。
今は夜だけど、今日は一年の終わり。
まだまだ色んな家やお店から明かりが漏れており、王城も明るく照らされている。
年末で皆、色々な付き合いで忙しいのだろう。
この高台にはほとんど人がおらず、私たちの他にはもう二組くらいのカップルがいるくらいだった。
私とレオンは展望エリアに二人で並び、なんとなく王都の夜景に目をやっていた。
「んー、ほら、付き合ったとは言ったけどよ。なんかそれっぽいこともしてなかったからな。デートだよ、デート」
「みんな置いて?」
「だからいいんだよ。少なかったら抜けられねぇが、今日なら俺たちがいなくても他に誰かしらいんだろ。大丈夫だって」
「まったく、適当なんだから」
彼の肩に頭を預ける。
いつもの軽装で革の鎧を装着した恰好とは違い、今日は仕立ての良い服の上から、毛皮仕立ての暖かそうなコートを着ている。
まるで枕みたいに心地のいい頭の感触に、思わず頭を上げて毛を確かめてしまう。
「なんだ、寒いのか?」
「寒いのは寒いけど……どこ行ったらこんな高級品が買えるのかなぁって。すっごく触り心地いいわよ、これ」
「これは、去年の誕生日に兄上――真ん中のセシル兄上だな――がくれたんだ。なんでも王城の御用商人に薦められたとかでな」
そう言うとレオンはコートを開いて、私を後ろから包む。
レオンの香りと、コートの暖かさ、何より初めてパパ以外の男性からそんなことをされた恥ずかしさで、頬が火照ってくる。
幸い彼の顔は後ろにあるので、見られてないことを祈りつつ、私はそのまま会話を続けた。
「へー、セシルお兄さんは王城勤務なんだ? カイル様と違って忙しそうだね」
「お前、カイル兄上をヒマ人だと思ってねぇか? 二人とも王城勤務だからな? カイル兄上は財政部の副部長、セシル兄上は第二騎士団の副団長だ」
「なんかよく分かんないけど、二人とも偉い人?」
「そうだな、一番上ではないが、まあまあ偉いぞ。セシル兄上に関しては属性が風しかないのに、魔力強度も魔力量もSで、精度も半端ないからな。剣術も俺なんかまだまだ敵わねぇ」
マリーナもSなら、レオンのお兄さんもS。
もしかして私が知らないだけで、意外といるのかな?
「貴族だとSって珍しくないの?」
「いや、さすがに珍しい方さ。Aであれば、まあ貴族として次代に繋ぐのに十分。Bだと結婚相手はA以上でないと許されないとかな。まあ面倒なもんだぞ、貴族なんて」
「ふーん。私たちどっちもBじゃない? この場合は貴族の基準で言うと結婚は許されない感じ?」
「んー、まあ例がないわけじゃねぇんだが、好まれないのは確かだな」
「そっか。いざとなったらレオンをグレッダさんの養子にまわすって手もあったのにな」
コツッ。
レオンが私の頭を軽く叩く。
振り向くと、困ってる感じの顔を浮かべていた。
「ま、その話は実は出たことあるんだ。グレッダさんの結婚相手の幅を広げるために、俺を養子にとってしまって、魔力強度関係なく相手を探せるようにしたらどうか? ってな」
「なんでなくなっちゃったの?」
「お前がグレッダさんの立場に立ったら分かるんじゃねぇか?」
私がその立場に立ったなら……。
自分はレオンのおかげで結婚出来るようになる。
でも、レオンは今よりも一段落ちた伯爵家の所属になる。
でも、伯爵家当主が約束されるから、侯爵家に居続けるよりは爵位的には結果として上になるし、同派閥だから仲良くも出来るよね。
「えっ、ごめん。本気で分かんないんだけど」
「俺と兄上たちの仲を書類上とは言え、切るのが嫌だったんだとさ。俺からすれば伯爵位をもらえるチャンスだったんだけどな」
そう言いながらも、全然悔しくない表情のレオンは、きっとその心遣いが嬉しかったんだろうな。
すると、レオンはふっと優しい感じの目になり、私の頭を撫でた。
「あのな、さっきカイル兄上を激励してくれたよな。本当は俺やテレージア様がやらなきゃいけないことだったのに、お前にさせちまった。すまなかった」
「別に。激励っていうかそのままよ。普段庶民を脅かしておいて、自分の番になったらグジグジ言ってんじゃないわよって思っただけ」
そう言うとレオンは小さくため息をついた。
ほわっ、と白い息が夜景に浮かぶ。
「まあ、言い方は酷すぎたがな。お前、俺と付き合うって話の時に、侯爵家と知って土下座までしてたのはどこにいったんだ?」
「あれは黙ってたレオンが悪い。で、カイル様も今回に限っては情けない。それ以外の時はきちんと敬意を払ってるつもりよ? グレッダさんと違ってね」
「グレッダさんにも払ってやってくれ。おかしいだろう」
レオンはそう言うが、私の中では明確に区別がある。
グレッダさんはパパの友達。
だから伯爵だとか冒険者ギルド長だとか言われても、根っこはパパの友達。
だから私の態度の入り口は庶民から始まる。
対してカイル様は最初から貴族。
しかも侯爵家。
付き合う中で納得いかないことなどはしっかり反論させてもらうけど、その根っこには貴族への警戒や、尊敬の念は持っているつもりだ。
……最近だいぶ薄まってきてるのは否めないけど。
そういうことを説明すると、レオンは全く納得いかない顔をしていたが、諦めてくれたようだ。
だいたいさっきパパと肩を組んで飲んでいたグレッダさんを、レオンだって見たはずだ。
あれを見てグレッダさんを貴族と思えって方が無理だろう。
「まあいいか。セレナにそういうのを求めた俺がバカだった。じゃあそれはそれとしてだな……」
レオンが私から離れる。
すると、温かかったところから一気に寒いところに戻り、さらに冷たく強い風が私の体から体温を奪うように撫でつけて行った。
さっむっ!
「セレナ、カイル兄上の……」
「ちょっと待った! またお礼言おうとしてる?」
「ああ、ちゃんと……」
「いいっ、いらない。寒いから中いれて!」
私はレオンの上着を開いて、今度はそのまま彼に抱き着く形で中に入れてもらう。
おでこにレオンの息がかかり、妙にくすぐったい。
上着の中で彼の背中に手を回すと、じんわりとした温かさが手の平に伝わってきた。
そのまま彼の胸に頭を預ける。
「お、おい、セレナ」
「あー、あったかー。このまま寝ちゃいたいな」
「……お前ってやつは」
そう言うと、レオンは辺りを見回す。
すると、私の顎に手を当てて、クイッと持ちあげた。
辺りを見回してこの行動ってことは、もう誰もいないんだろう。
まったく、わざわざ確認してまでしたいかね。
そう思いながらも、私の体が熱く感じたのは、レオンの上着のせいだけではないだろう。
彼に導かれるままに顔を寄せ、私はゆっくりと目を閉じた。
彼の髪と私の髪が触れあい、互いの息をくすぐったく感じる距離。
そして……。
年の終わりを告げる、一回だけの花火。
それは王都の空を明るく照らし、二人の重なりを一瞬、浮かび上がらせた。
◇◆◇
屋敷に戻ってくると、会場ではみんなが同じ食べ物を手にしていた。
近くにいたアミーカへ声をかける。
「アミーカ、ただい……うわぁ、なにそれ、細くて、黒い? パスタじゃないよね?」
深めのボウルを手に持ち、アミーカはそこから黒っぽい麺を持ちあげる。
「あ、セレナおかえりー。これね『年越しそば』っていうんだって。オーギュスト様が全員分作ってくれたの。そろそろ新年の鐘が鳴る時間でしょ?」
壁にかかっている時計を見ると、確かにそんな時間だ。
しっかし、『年越しそば』ねぇ……。
これはまさか。
(うん、アリーチェ様案件だね。私の世界の食べ物だわ)
(だよねぇ……ねぇ、アリーチェ様、どんだけ残していったと思う?)
(ここまでローストチキンにひな祭り、バレンタインにホワイトデーと年越しそばでしょ? たぶん自分が思いつく限りの全部残していってるんじゃないかな? 絶対に確信犯よ)
澪に確認を取ると、やはりあっちの世界の食べ物らしい。
いいなぁ、こうして三百年経っても自分の名前と共にメニューが残せるなんて。
私も将来、何か残したいなぁ。
「おっ、早く食わねぇと、一年が終わっちまうぞ。セレナ、急ぐぞ」
「あっ、待ってよ。こら、待てってば!」
レオンを追うと、オーギュスト様が『年越しそば』を配膳していた。
さっき奥でなにかしていたのは、この準備だったのか。
そりゃ、誰も手伝えないよね、こんな特殊な料理相手じゃ。
「おお、レオン殿にセレナ嬢。すまない、二人がいないのに気付かずに、配ってしまったので、もう一人分しか……」
「大丈夫です、こんなの縁起物なんですから。量じゃなくて食べることに、意味があるので、一人分で大丈夫ですよ」
「縁起物……はて、縁起物とは?」
(ははっ、バーカ、バーカ)
(うっさい! 私も迂闊だったわよ!)
つい澪の世界の食べ物と聞いて、澪の世界の言葉を使ってしまった。
「え、えーと、縁起物、というのは……なんか節目に使う、願掛けの品のようなものです。無事や平穏を願って、口にしたり、身につけたり、飾ったりするものって、何かで読みました」
私は必死になんとか誤魔化す方向へと話の舵を切る。
なんとかうまくまとまってくれたようで、オーギュスト様はそれを疑うようなことはなかったんだけど……。
「ほう、そのような話があるのですな。面白い、年明けの王城の席で王に話の種として伝えてみましょう」
「はっ!? いやいや、そんな出典とか聞かれても分からない話を」
「いいのですよ。めでたい席の話ですので誰も気にしません。それに……内緒ですよ? みんな飲んでばかりですぐ忘れてしまいますから」
ホホッと軽やかに笑い、『年越しそば』をレオンに渡して、オーギュスト様は片付け始めた。
王城にいる人たちもこれまた人ってことね。
「ほれ、セレナ、食べるぞ」
「あ、うん」
私たちは椅子に並んで座り、レオンが器を持ってくれて『年越しそばを』二人で食べる。
私は一口だけ。
あとはレオンにあげた。
「なんだよ、もう食わねぇのか?」
「あー、うん。さっきいっぱい食べたしさ。レオンは体も動かすでしょ? ちゃんと食べておいてよ」
「そうか? じゃあ遠慮なく」
フォークで少しずつ蕎麦を口に運ぶレオンを眺めていると、澪が話しかけてきた。
(年越しそばは今年あった悪いことをスパッと断ち切って、来年に持ち越さないって意味があったはずよ。セレナも、レオンくんも、いい年になるといいわね)
(それは澪もね)
(私は……ほら、二人が上手くいけばいい年になるから。うへへ)
(よし、年明け早々に遊びに行くから覚悟しといてよね)
(あ! じゃあおせち用意して待ってるねー)
そーいう遊びに行くじゃなくて、『うへへ』の想像をした澪を懲らしめに行くと分かってるはずなのに。
なんとも緊張感のない返事が返ってきた。
まあ彼女が喜ぶなら私も嬉しいけど。
しかし、こうしてみんなで一つのところで同じ空気の中、笑いあって、しゃべって……。
少しずつ難しくなっていくんだろうけど、少なくとも今日は、今日だけはそういうことが出来たっていうことをしっかりと覚えていよう。
(みんなが幸せになりますように……)
窓から空を見上げ、わずかに見える星の輝きに、私はそう祈る。
遠くから聞こえてきたゴーン、ゴーンという鐘の音に耳を澄ませ、私は窓縁に寄りかかり目を閉じた。
なんかもっと素直な恋愛を描きたいなと思いつつ、セレナの性格が邪魔をしてきます(笑)
そしてオーギュストが出てくると名前が出がちなアリーチェ。セレナの話に混ぜてるからか、話を書く前から相当破天荒な性格が見えつつあります……。
次回、第208話「苦笑いの友情」
新年を迎え、そろそろ限界な人たちも出始める中、一度会を締めることに。セレナによる締めの挨拶にケチを付けたマリーナは、渡すものがあると、セレナを部屋へと誘います。




