第206話 心からの激励
あの後アミーカと、アミーカの両親のバルドさん、フローラさんと話していると、バルドさんがパパに連れて行かれてしまった。
アミーカはめっちゃ怒ってたけど、パパのバルドさんへの気遣いのことを話すと、しぶしぶ納得していた。
卒業して王都に来たら、パパみたいにアミーカを誘って、各地の美味しいもの巡りとかも楽しそうかもなぁと、ふと考えていると、カイル様たちが戻って来る。
私はアミーカたちに挨拶だけして、近くでカリウス、マルクスと話していたレオンを引っ張り、カイル様のもとに向かう。
「カイル様、まあまあ絞られましたね」
「……あぁ、おかげさまでね」
「でも自業自得ですからね? みんなを回ってちゃんと紹介しようとしてたのにバラしちゃうから」
「それは済まなかったね。でもあれで『ルーカス』なんて偽名じゃなくて、レオンとしてみんなの前で話せるだろ?」
……おかしいな。
結婚の報告と言い、これと言い、カイル様がやけに私に気を遣ってる気がする。
まあこの前の、報酬の天秤が傾き過ぎという話の反省という可能性もあるけど、それにしたってらしくない。
「カイル様、なんか私に悪いことしました?」
「どうしてだい?」
「なーんか、らしくないというか、殊勝というか。次は何の悪巧みを考えてるのかなぁって」
「おいおい、ひどいな。そんなに君に対して悪だくみをしてきたかね?」
「えっ? 自覚なかったんですか?」
私の驚いた表情と答えに、カイル様は落ち込みの表情を見せる。
どうやら本当に自覚がなかったようだ。
なるほど、テレージア様が言っていた、楽しさで判断してしまうというのはこういう弊害があるわけだな。
テレージア様がカイル様のそばに寄り、その背中をさすりながら私に向けて少し真面目な顔で話してきた。
「実は……カイル様との式が終わると、今度は当主交代が控えているのです」
「当主……交代?」
「ええ。現在のアドルフォス家当主、カイル様の父上のセヴェルス様が領地に戻り、代わりにカイル様がアドルフォス侯爵家当主として立つことになるのです」
うわぁ、ついにカイル様が侯爵様になるのか!
それは……大変、なのか?
今までと違いがよく分からない。
「まぁお前は分からんだろうが、要はこれからアドルフォス家の最終責任者は兄上になるんだ。口からうっかり出た一言、つい動かした手や足に文句を付けられかねない。そんな日々が始まるんだぜ」
「セヴェルス様も交代当初は年齢も若く、相当侮られたとか。故にカイル様の交代にも心配をされておられるのです」
レオンもテレージア様もカイル様を心配そうに見つめている。
カイル様も、ちょうど会場に背を向けていることも手伝い、普段見せない弱気な顔のままだった。
その姿を見た私は……。
「はぁぁぁぁ……情けない」
深い溜め息とともに失望の言葉を投げつける。
「セレナっ! 兄上に向かってなんて口を」
「あのね、こちとら庶民でまだ学生。そこに今まであれだこれだと、プレッシャーのかかることを投げつけてきたカイル様が、当主交代ごときでこのザマよ。こっちが泣きたいわよ」
すると今度はテレージア様が立ち上がり、少し睨むような目つきで私を見つめる。
「セレナさん、あなたは貴族の、まして侯爵家当主の重みというものを……」
「テレージア様も黙ってて。今は私とカイル様の話です」
話を遮り、カイル様の目の前に立ち、しゃがみ込む。
そして胸元のポケットから沈黙の箱を取り出してスイッチを入れた。
「あんた、私になんて言った? 貴族制度を撤廃したいって。あれはその場限りのカッコつけ? そんな大改革を目指そうってヤツが、当主交代にビビってる? はんっ、笑わせんじゃないわよ」
カイル様は私の強い言葉に、少し顔に怒りの表情を浮かべるが、まだ言い返せるほどではないみたいだ。
私は続ける。
「あのね、報酬の天秤なんて問題はあったけど、私にも、アミーカにも、マリーナにも手を伸ばしてくれたカイル様に、私は感謝もしてるのよ。何かあったら出来る範囲のことは力になる。だから、いつも通り偉そうに、変わらないカイル様で侯爵を継ぎなさい。あなたにはこんなに頼れる人たちがいるじゃない」
テレージア様、レオン、そしてグレッダさんやみんな。
「貴族のことは知らないけど、人生経験ならカイル様より上なのだっているんだから、困ったら頼ればいい。身分の貴賤なく、それが出来るのが、カイル様の強いところでしょう」
そこまで言って沈黙の箱のスイッチを切る。
「期待してるよ、カイル・アドルフォス、侯爵家当主様」
そう言って私は立ち去ろうと振り返る。
すると、手首を摑まれた。
この距離だ、一人しかいない。
見ると、カイル様がいつもの悪い笑顔を浮かべている。
「まずはお言葉ありがとう、セレナ嬢。たしかに私らしくなかった。自信を持って引き受けたいと思う」
「良かった。それじゃ!」
手首を握る力が増してくる。
そろそろ私の力じゃ逃げられなさそうだ。
「で、だ。ずいぶんなものの言い方をしてくれたね。アンタ、ヤツ、笑わせんじゃない。ふふっ、なかなか言われたことのない言葉だね。少しそこについて詳しく話をしようじゃないか」
マズイ。
ハッパをかけるつもりだったけど、効きすぎたようだ。
矛先がこっちに向いてしまった。
レオンを見ると、諦めろと言わんばかりに首を振られる。
テレージア様も、さっき言葉を遮ってしまったため、少し怒り気味だ。
逃げ場が……ない。
その時私たちへ近付いてくる一団が。
マリーナのご両親とマリーナだ。
「カイル・アドルフォス様、ボレリアス領を預かっております、ウルザス・フィデラ子爵にございます。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。もちろん構わない。では個室へ移ろうか。その方がいいだろう?」
「過分な配慮、痛み入ります」
マリーナたちは頭を下げると、グレッダさんの屋敷の執事さんの案内で、テレージア様も共に別の部屋へと移動していった。
去り際にマリーナの唇が「貸しだからね」と、そう見えたのは気のせいではないだろう。
「ふー、助かったぁ」
「セレナ、ちょっといいか?」
レオンが指で外をさす。
外で話したいということか。
会場を見ると、みんな談笑している……おっと、あそこだけどうにかしないと。
「ちょっと待ってて、すぐ戻るから」
私はレオンにそう告げて、パパたちの席へ向かう。
何故か真ん中にレオニス先生が座らされ、グレッダさん、パパから交互に注がれる酒に、もう完全にダウン寸前だった。
「ちょっと、パパもグレッダさんも、飲ませ過ぎ!」
「んあ? おお、セレナぁ。一緒に飲むかぁ?」
手元にハリセン四号がないのが悔やまれる。
私は平手で軽くパパの頭を叩いた。
「パパ、先生は奥さんとお子さんの相手もあるんだから、そろそろ解放してあげてよ。どうせ酔い覚ましのポーションもあるんでしょ? ほら、出して」
「んー、まだまだこれからだってのに……なぁ、グレッダ?」
「おうともさ、ルキウス!」
ちょっとこの二人は明日説教だな。
「分かった、後でレオン持ってきてあげるから。あいつなら学生じゃないからお酒飲めるし」
「なにっ! ホントかっ!! よし、じゃあ許してやろう」
まあ連れてくる気など毛頭ないけど。
今はレオニス先生を回復させないと。
パパからポーションを受け取り、意識朦朧としているレオニス先生の手に、それを握らせる。
「先生、これ、酔い覚まし! ちゃんと飲んで。奥さんたち寂しがってるよ!」
なんとか力を振り絞ってポーションを口に運ぶ先生を見ていると、「グハアッ!」と叫んでテーブルに突っ伏した。
あ、たしか死ぬほど苦いんだっけ?
まあいいや、これで大丈夫だろう。
私はグレッダさんの前に行き、
「ねえ、結婚のお話で場を乱したのは私だけど、ティミナとクーラを放っておいていいとは言わなかったわよね?」
「あっ……」
「あっ、じゃないの! ほら見てよ、二人ともいつこっちに話しかけに来ていいか分からなくて困ってるじゃない! 飲むのは黎明祭の話が終わってから! ほら、早く行って!」
私が送り出すと、途中でセレスさんに止められ、何かを口に入れていたので、たぶん消臭的なものだろう。
さすがセレスさん。
酒臭いおじさん相手の話とか、やってやれないもんね。
グレッダさんが来てくれたことで、二人の顔もようやく安心した喜びが浮かんでいた。
頑張ってね、二人とも。
心の中でエールを送ると、私はレオンのところに戻る。
「お前はあれやこれやと忙しいな、本当に」
「へへっ、ごめんね。それじゃ、行こう」
私はレオンと共に夜の王都、貴族街へと出ていった。
それは、去年のような絶望に身を任せた外出ではなく……。
空に浮かぶ星が、いつもよりも綺麗に感じられる夜だった。
いよいよ、カイル・アドルフォス侯爵誕生も間近ですね。当主引き継いだら、少し今までみたいには気軽に動けなくなりそうですが、どうなるんでしょうか。
次回、第207話「新しき年への祈り」
レオンに連れ出されたセレナ。王都を見渡せる高台にやってきましたが、果たしてレオンの目的とは?




