第205話 本質を掴む
「おお、セレナ嬢。よく来てくれた」
私はオーギュスト様にカーテシーをしながら、
「お久しぶりです。いつもアミーカを気にかけてくれてありがとうございます」
と伝えた。
「ほっ、さっきグレッダに叫んでたのとはまったく違うな。切り替えが上手いのは貴族として必要な技術だ。成長しているな」
そう言って微笑んでくれる。
うん、やっぱりオーギュスト様が一番貴族っぽいね。
「ところで来てもらったのは他でもない、粉末の件なのだが、あれは酒はできるのかね?」
「お酒は……魔導具で凍らせられなくて。何か別のアプローチが必要みたいなんですけど。ほら、私学生だからあまり出来なくてですね」
「そうだったな。いや、済まない。王が好きな酒を粉末にして、料理に使えればと思ってな」
あ、あっぶなぁ。
出来てたら王様案件だったよ。
「い、いやー、残念だなぁ。お役に立てなくて」
「ふふ、嘘はまだまだだな。そういう時は黙っていることも一つの手だぞ?」
「なーんか沈黙苦手でつい……」
「さて、では二人へのヒントだな。アミーカ嬢、現段階で構わない。これをどう使おうと考えてる?」
アミーカは少し考えて
「例えばセレナと話してたのは、生姜焼きのタレの代わりに粉末をかけることで、タレまみれにならずに、肉と味付けが均等に味わえるかと思います」
と答える。
オーギュスト様はその答えに目を閉じて、一つ頷くと、私に向けて聞いてきた。
「セレナ嬢も同じ考えか?」
「はい。……とは言っても私は生姜焼きのアイデア以降は、基本的にアミーカにお願いしてたので」
「ふむ、そうか。では一つ。その方法はソースでもさほど変わらないのではないか? 大切なのは粉末だからこそ活きてくる味。ソースにはない粉末の利点。それを考えてみるといい」
オーギュスト様はそう言うと、エプロンを外して会場へと向かった。
「ソースにはない、粉末の利点?」
「うーん。たぶん水分があるかないかだと思うんだけど。水分がないからこそいいものって何だろう?」
「アミーカは学校で料理してて、そういうのなかったの? 水分がなければ出来るのになぁって料理」
するとアミーカは調理場の脇に置いてあったカバンから、学校の教科書であろう本を取り出して、机に広げた。
パラパラとめくられていくページを隣で見ていると、教科書に書き込まれたメモや赤いラインなど、アミーカの努力の跡がうかがえた。
初等学校の頃、王都で経験したことを何一つ漏らすまいと、必死にノートをとっていた彼女の姿が重なった。
そして、サラダのページを開いた時に、アミーカの手が止まる。
「セレナって、サラダ食べる時何で食べてる?」
「え、フォークだけど」
「違うっ! 味付け」
「あぁ。でも寮ならオリーブオイルとハーブ塩。お店ならドレッシングじゃないかな」
「そうよね。それなら……」
アミーカが突然動き出し、大きな平皿を置き、そこに葉野菜や生ハム、チーズやローストされたクルミを砕いたものを、お皿の外周に沿って配置していく。
まるで葉野菜で作られたリース型のベッドで、チーズや生ハム、クルミたちが寝てるようだ。
そこに霧吹きを持ってきて数回噴射し、胡椒を振る。
「セレナ、今ハニーミルクの粉末って持ってる?」
「あ、ああ。レオンが持ってるかも。ちょっと待ってて」
私は急いで会場に戻り、レオンに確認すると、部屋にあるとのことなので、調理場に持ってきてもらうよう伝える。
調理場で待つと、ほどなくレオンがやって来た。
「これでいいか?」
「うん、ありがとう、ルーカス……あ! レオン様、でしたね」
「やめてくれ。セレナの親友だろ? レオンでいい」
「じゃあせめてさん付けさせてくださいね、レオンさん」
「ああ、それで構わねぇ」
アミーカは先程の皿の上からハニーミルクの粉末を振りかけていく。
なるべく全体に、でも厚くなり過ぎないように。
皿を見つめるアミーカの視線は真剣そのものだった。
むくり。
私の胸の中で『魔導具を作りたい!』という欲が湧き起こる。
何を、というのは特にない。
ただ、プロの目で手を動かすアミーカに触発された。
やっぱり、アミーカには負けたくないんだな、私は。
初等学校の頃から変わらない青さを感じて、思わず笑みがこぼれた。
「出来た! 二人とも試食してくれる?」
葉野菜を包む生ハムを噛み締めると、ハニーミルク粉末が口の中の熱で溶け、甘みがふわりと広がる。
生ハムの強い塩気と旨味が絡み合い、最後に葉野菜の苦味が全体を上品に引き締めた。
一つ一つの味が絡み合い、最後に全体としてまとまり、胃の中へと落ちていく。
食べた途端に私のお腹がぐぅ、と鳴った。
「うっ! ご、ごめん、食べた後に」
「ふふっ、いいのよ。コース料理のサラダは胃を刺激して、食欲を高める役割があるの。セレナ、まだどうせ何も食べてないんでしょ? だとしたら、このサラダは役割を果たしてるってことよ」
そこへオーギュスト様が戻ってきた。
調理台の上に置かれたサラダに視線を向け、ふっと微笑む。
そしてエプロンをして、調理場の奥へと戻っていった。
「ひとまずは……ってとこかな?」
「だね。セレナ、私は来月いっぱいかけて、これの完成度を高める。だから年明けはもう大丈夫だよ」
「分かった。まだ調理残ってるの?」
アミーカは調理場を見渡す。
奥で何かの作業をしてるオーギュスト様以外は、みんな少しずつ周りを片付け、最小限の準備だけを残しているようだ。
「ううん、もう大丈夫。あとはしばらくして料理が減ってきたら、都度動けばいいから」
「じゃさ、バルドさんたちのところ行こう。せっかく来てくれてるのにアミーカいないんじゃつまんないよ」
「ふふっ、そうだね。行こう」
私たちは手を取り合い、会場へと小走りにかけていく。
……後でレオンに俺を置いてくなと、少し怒られちゃったけど、ま、仕方ないよね?
お酒の粉末が出来たら、それだけを舐めちゃう人も出てきそうですね(笑) そしてアミーカの姿にやる気を触発されたセレナ。やはり二人は「コンビ」だなぁと思わされます。
次回、第206話「心からの激励」
バルドさん、フローラさんを交えてアミーカと話していると、会場に戻ってきたカイルを見つけ、セレナはレオンを連れてカイルのところへ。沈んだ表情は怒られたからばかりではないようで……?




