第204話 宴の人々
「セレナ嬢」
乾杯のすぐ後、私はグレッダさんに呼ばれる。
まあ、勝手に話しちゃったし、謝らなきゃいけないと思ってたから、ちょうど良かった。
「グレッダさん……」
「ありがとう、セレナ嬢」
「へっ?」
予想外の感謝に、間抜けな声を上げてしまった。
怒られこそすれ、感謝されることはないと思うんだけど。
「俺はセレスに怖くて尋ねられなかった。仕事に支障がでるやもしれん、下手をしたら辞められてしまうかもとな。そこをいとも簡単に乗り越え、こうして幸せな時を迎えられたのは、セレナ嬢のおかげだ。本当にありがとう」
グレッダさんは深々と頭を下げ、セレスさんまでもがそれにならう。
あまりに予想と反した出来事が続き、私の頭はパニック状態だ。
「ちょ、ちょっと、やめてよ。私が勝手に……」
そこまで言ったところで、後頭部にスパーン!という音とともに、衝撃が走る。
「あいたっ! 誰よっ!」
振り向くと目をつり上げたリディアと、ニヤニヤ顔のマリーナがいた。
「セレナ、あんたうちらだけじゃなくて、伯爵様にまで公開処刑みたいな真似して、何してんのよぉっ!」
再度振り下ろされたハリセンを何とか避け、私はそのまま逃げ去ることにした。
追いかけてくるリディアに向かって手を伸ばした。
「風壁」
「風解除」
なっ!?
リディアとの間に風のバリアを入れて、足止めするつもりが、瞬時に破られた。
動揺してる隙に、リディアからの渾身の一撃が頭頂部を襲う。
バゴッ!
激しい痛みに私は頭を抑えて、そのまましゃがみ込んだ。
「いったぁーい!」
「セレナ、ワンパターン過ぎ」
リディアの後ろからひょこっと顔をのぞかせたマリーナの手元に、緑色に輝く風の魔石が握られていた。
「マリーナ、いつの間にあんな魔法を?」
「ん? ちょっと前かな。セレナよくあの手で逃げるし、捕まえる時に使えるなーって思って」
「親友捕まえるために魔法覚えないでよねっ!」
「お前ら。グレッダの屋敷であまり騒ぐな。迷惑だ」
いつの間に近寄っていたのか、私の後ろからレオニス先生がそう注意してきた。
そう言えば先生には伝えておかなきゃいけないことがあったな。
「あ、先生。私、卒業したらベーネさんの工房で働くことにした」
「そうか。まあ侯爵家との繋がりも強まったようだしな。お前がそう決めたなら、あとはその道で頑張れ」
言葉短くそれだけを言って、去っていく。
先生……。
――そんなんじゃ誤魔化されないよ?
朝さっさと逃げた恨みは。
「パパー、レオニス先生が今日は朝まで飲みたいってさー」
ママとパステルさんの間で板挟みになり、肩身狭そうにしていたパパに声をかけると、一気に元気になった。
「おおっ、レオニス! グレッダ、お前も来い! 祝い酒だ、飲み明かすぞぉぉっ!」
席を瞬時に立ち、レオニス先生へと迫るパパ。
こちらへ逃げてくるレオニス先生の袖を掴み、私は先生を止める。
「セレナ、貴様ッ!」
「朝、逃げてくれたよねぇ? だから罰として朝までコースでよろしくね」
その隙にパパが追いつき、レオニス先生の手を引き連れて行った。
「お達者で〜」
ハンカチをひらひらと振って先生を見送った私は、ママたちのところに遊びに行く。
「おもちゃ取っちゃってごめんね〜」
「まったくよ。せっかくパステルさんと楽しく追い込んでたのに」
「はは、マリエッタさん、だいぶ楽しそうでしたもんね」
本気で残念そうなママに、どこかホッとした表情のパステルさん。
これは、パパの過去えぐってたな?
昔は気にしてないとか言ってたけど、やっぱりママ、嫉妬深い?
「あ、パステルさん。ちょっと勤め始めてからになると思いますけど、調合の件、お願いしていいですか?」
「ホントっ!? ありがとう。いつでも連絡待ってるから。あ、住所書いておくわね」
「なーに、あんた師匠とパステルさんと……レオンくん、だっけ? 初仕事で三股とか生意気じゃない」
拳で私の頭をグリグリしてくるママの手を払う。
「ママだってパパから少し習ってたでしょ? 一緒じゃない」
「へ? 私習ったことないわよ?」
「は? だって昔パパに習った時に、ママにも教えたって言ってたよ」
ママは目線を上げて人差し指を顎に当てて考え込む。
あれ?
これ本気で覚えてなさそう?
その時、ポンと手を叩いた。
「ああっ! アンタ拾った日よ。その日から習うってなって、朝調合だけして、昼から森で素材採集。そしたらアンタ拾ったから、そのままなし崩しで習うヒマなくなったの」
「えっ、じゃあ調合は?」
「出来ない、出来ない。いくら私でも一回やったくらいで覚えらんないわよ」
えぇー!
せっかくママみたいに……とか思ってたのに。
すると空気を読んだパステルさんが、残念そうな声で聞いてきた。
「セレナちゃん、やっぱりやめとく?」
うーん。
でも出来たほうが楽なのは確かだし、それに……作れるようになったら、完全にママを超えられるよね!
「いや、やります! ママを超えられるチャンスだもん」
「ほぉ〜、言うようになったじゃない。パステルさん、知ってる? 初等学校の時、この子博物館で友だちと大泣きしてたのよ」
「かっ、関係ないじゃない、そんなの」
「『アミーカが私の何を知ってるのよ!』とか被害者ヅラしてさ。あー、あれは見てらんなかったわ」
「もー!!」
ママの膝を叩くと、ちょうどそこへクスクス笑いながらアミーカがやってきた。
「懐かしいですね。あの時は私も泣いちゃって恥ずかしかったです」
「ほら、これが余裕ある大人の女よ。やっぱりアミーカちゃんには敵わないのかしらね」
「マリエッタさん、セレナはセレナでいいところいっぱいありますよ」
「……アミーカ、なんか悲しくなってきたからやめよ」
私の表情に色々と悟ったアミーカは苦笑いを浮かべる。
なんか、いいもん。
頑張るもん。
「あ、セレナ。オーギュスト様が呼んでるから少しいいかな?」
「オーギュスト様? うん、分かった」
私はアミーカとともに調理場へと向かう。
そこで私たちは黎明祭に向けたヒントとなることを聞くことになるんだ。
グレッタに感謝され、リディアに殴られ、レオニスをハメて、ママにからかわれ、セレナは大忙しでしたね(笑)
次回、第205話「本質を掴む」
オーギュスト様に呼ばれたセレナは、落華摘粉の相談を持ちかけられますが……。




