第203話 始まりの合図
夕方、そろそろ始まるぞ? という時間になって、グレッダさんが帰ってきた。
直前まで採集の仕事を引き受けていたらしい。
「なんでまたこんな日に?」
「こんな日だからだよ。休みなしのギルドとは言え、多少は家族と過ごさせてやりたいだろ? 人がいなきゃ長が出るしかないのさ」
「ふーん。あ、グレッダさん、この後宴会まで何か予定は?」
「いや、着替えるくらいだが?」
「じゃあ終わったら少し時間ちょうだい。すぐ終わるから」
私はグレッダさんの部屋の前に行き、待たせてもらうことにした。
執事さんが持ってきてくれた椅子にかけ、夕飯に何が出るか楽しみにしていると、さほど間を開けずにグレッダさんが呼び入れてくれる。
この時は気軽な質問のつもりだったんだけどね。
「それで、どうした?」
「うん、グレッダさんって結婚は?」
「まだだな。こんな仕事をしてると、なかなか理解をしてくれる女性がいないのさ」
まあ、冒険者なんてピンキリ揃っていて、この前私に絡んできた冒険者みたいなのもいる。
そう考えると貴族の女性が理解しようにも、世界が違いすぎるだろう。
「じゃあさ、セレスさんは?」
「セレス? あいつとは親子近くも歳が離れてる。さすがにないな」
「嫌いではないでしょ? それとも魔力的な問題?」
「それもあるが、そこは正直気にしとらん。例えばだが、レオンのような剣の弟子の中で、有望なやつを養子にするという手もあるからな。」
あー、これが貴族の家の繋ぎ方ってやつか。
でも考えてみたらうちもそうか。
人の家からもらうか、森で拾うかの違いくらいだし。
「それなら、セレスさんでいこう!」
「おいおい、話聞いてねぇのか。セレスは……」
「聞きゃいいじゃん。それとも嫌い? 結婚相手には考えられない?」
「違う、そうじゃない。アイツに悪すぎるだろう? 雇い主から言われたら断れない命令になっちまう」
「雇われてる方が雇い主に結婚申し込むのもありえないと思うけど?」
そう言うとグレッダさんは少し苦しそうな顔になる。
そして、沈黙の箱を取り出し、机の上に置いて起動した。
「セレナ嬢を信じて話す。確かに彼女と長く仕事をしている中で、俺は少しずつあの明るさと強さに惹かれていった。もし彼女さえ良ければ……そう思うのは本当だ」
そして声を落とし、苦しそうに言葉を紡ぐ。
「だがな、家督のために養子を迎えざるを得ないとなると、庶民の感覚としてはどうだ?」
「あー、素直に言えば嫌かな」
「だろう? そうなればセレスに申し込んで傷つけることなど出来ん。俺は庶民的な感覚は好きだが、やはり貴族なのだから」
んー、ちょっと重い話だったなぁ。
「セレスさんどう?」くらいの感覚だったんだけど。
まさか本当に好きで、こんなに真面目に考えてるとは思わなかった。
「ごめん、グレッダさん。私もうちょっと軽く考えてた。そんなに真剣だとは思わなくて……」
「ははっ、いいさ。俺のことを気にかけてくれたんだろう? その気持ちだけで十分だよ。そろそろ時間だろう? 行こうか」
「うん……」
グレッダさんの後に続く私の足取りは重く、グレッダさんだけ先に行ってもらうことにした。
私は会場との間、誰もいないし、誰からも見えない廊下で座り込む。
すると、よりによってそんなところにセレスさんが通りかかった。
「あれ、セレナ。どしたの、そんなところに座り込んじゃって。お腹でも痛くなった?」
「ううん。ちょっと……ね」
私の言葉と態度に、さすがに違和感を感じたのだろう。
セレスさんは私の前にしゃがみこみ、
「立てる?」
と聞いてきた。
うなずき返すと、私の体をそのまま持ち上げて、どこかへ連れて行こうとする。
「ちょっ、立てるってば!」
「いいの、いいの。こういう時くらいお姉さんの言うこと聞きなさい」
「歩けるってばー!」
私の反論は一切聞き入れてもらえず、セレスさんはとある部屋へと私を連れ込んだ。
部屋の真ん中に置かれたソファセットに私を座らせ、セレスさんは隣にかけた。
「ここ、私の部屋ー。で、どったの? どうせあの位置ってことは、グレッダ様にでも私のこと聞きに行ったんでしょ?」
「なんでっ!?」
「このセレスさんをなめないでよね。人にグレッダ様を勧めておいて、それでおしまいなセレナのわけないじゃん」
悔しいけど言うとおりだ。
全ての情報を集めて、その上で判断を下す。
魔導具師としてのやり方を、人間関係にまで当てはめるなとは、マリーナに何回か注意されたことだ。
またそれをやってしまった……。
「ごめん……」
「いいよ。で、どうだった? しょせんビジネスパートナーだし、関係ないって言われたでしょ?」
「……」
どうしたらいいんだろう。
グレッダさんは「セレナ嬢を信じて」と言ってくれた。
でも、グレッダさんの好意を伝えたら、二人がうまくいきそうな気もする。
けど……。
「……まぁ、そうだよね。しょせん庶民と貴族で歳も離れてるもんね。いいの、気にしなくて……いいんだ、よ」
セレスさんの肩が震えてる。
さっきまでの自信満々な、明るいお姉さんキャラはすでに消えて、涙をこらえる健気な女性がそこにはいた。
二人の誠実のはざまで、私は……。
「セレスさんさ、貴族って高い魔力を維持しなきゃダメでしょ? 私もレオンもそんなに高くないんだけどさ、そういう時って貴族は養子とるのが普通なの?」
「えっ、うん。そうだね。普通はそうするって聞くけど」
「でもさ、嫌じゃない? そういうのって」
「うーん、私は別に。ただ、自分の子どもは欲しいかな。跡継ぎにならなくてもいいけど、結婚する人との繋がり? みたいなのがほしいというか」
……どーしよう。
これでセレスさんも同意してくれたら諦めついたのに、ますます迷路に入り込んだ気がする。
「うーん……」
「セレナ?」
「うーん…………あー、やめたっ! らしくないっ、私らしくないっ!」
「セ、セレナッ!?」
私はセレスさんの両肩を掴み、目を見据える。
セレスさんは何を勘違いしたのか、目を閉じて上を向くが、そうじゃないっ!
「セレスさんっ!」
「はっ、はい!」
「グレッダさんは養子のことでセレスさんに嫌な思いをさせることだけを心配してた。でもセレスさんは気にしない。本当ね?」
「う、うん。いい子だといいなくらい」
「ならっ、行くよ!」
セレスさんの手を引き、私は会場へと急ぐ。
「まっ、待って、セレナ。どういうこと?」
セレスさんの質問も振り切り、ただ急ぐ。
会場ではグレッダさんが挨拶を終えて、ちょうど乾杯に移るところだった。
「グレッダさん!」
私の叫びに会場にいた全員が振り返る。
「セレナ嬢と……セレス? セレナ嬢、まさか?」
「ごめん! でも大丈夫って知って、私には我慢できなかった。本当は黙ってるつもりだったけど、でも……」
誰かが急いで会場を出ていくのが見えた。
私はそれには目をくれず、グッと唇を噛み、拳を握る。
「お世話になった二人には、幸せになってほしいの! セレスさん、行け!」
セレスさんの後ろに回り込み、背中をドンと押す。
何が何やらわかっていないセレスさんは、勢いのままに、グレッダさんのそばに歩み寄り、こちらを向きながら立ち止まった。
「お願い、グレッダさん!」
私の言葉に迷いを見せたグレッダさんだったが、すぐに顔を整えた。
「皆さん申し訳ない。私事で少しだけ時間を頂戴できないだろうか?」
その言葉にいち早くカイル様が拍手を送り、周りのみんなもそれに合わせて次々と拍手が巻き起こる。
それに対して深く礼をしたグレッダさんは、セレスさんと向き合う。
その時、執事さんが息を切らせて会場に入ってきた。
そう言えばさっき誰か出ていったけど、あれは執事さんだったのかな?
「グ、グレッダ様、ハァ、ハァ……こ、これを」
彼が差し出したのは、グレッダさんの拳よりも大きそうな石? 岩?
所々に綺麗な青いキラキラが見える。
「お前……」
「貴方様を幼少より見てきた私です。この意味がわからないようでは執事失格ですぞ?」
「……済まぬ」
その石を受け取り、グレッダさんは再びセレスさんに向き直る。
「セレスティン・ブラン、今までフォルティウス家のギルド事業を支えるものとして、またメイドとして尽くしてくれたこと、心より感謝する」
「ありがたき御言葉にございます」
セレスさんはカーテシーをしながら答えた。
「本日を持って、その任を解く」
「なっ!」
突然の解雇宣言。
グレッダさん、何を考えて。
あまりのことに前に出ようとした私を、マリーナの手が制してきた。
「慌てない。見てなさい、大切なのはこの後だから」
静かな声で、しかし強い視線で私を止めるマリーナに従い、私はしぶしぶ動きを止めた。
それを見てグレッダさんが少し微笑んだ気がした。
そして先程の石を差し出した。
「これは、今日取ってきた、サファイアの原石だ」
そう言ってグレッダさんはひざまずく。
「セレス、伯爵家などお前にとっては重荷かもしれん。しかし冒険の時と同じように、俺が必ず守り抜く。どうか、俺の妻となってくれぬか?」
「グレッダ……様」
口を手で覆ったセレスさんは、ハラハラと涙を流す。
その姿を見てテレージア様や、リディアやティミナたちももらい泣きをしていた。
もちろん、私も。
ポン、と肩に手が置かれ、そちらを向くとレオンが立っていた。
「結局無理やりまとめちまったな、お前は。無茶すんじゃねぇよ、このバカ」
「うるさい、まとまったんだからいいじゃない」
そっと彼に寄り添うと、肩を抱かれる。
安心する、この温かさ。
レオンがいてくれて、本当に良かった。
「あんたたち、人の目の前でよくそういうこと出来るわね」
マリーナの冷たい一言に、思わず飛び退く。
二人でマリーナを向き、苦笑いだ。
「まったく。ほら、最後まで見届けなさい、あなたが仕掛けたことでしょ」
「そ、そうだね」
見ると、セレスさんが今まさにグレッダさんの手から原石を受け取ったところだった。
その姿に私は誰よりも先に拍手を送った。
「グレッダさん、セレスさん、おめでとー!」
私の声に照れながら手を上げるグレッダさんとセレスさん。
すると、カイル様が立ち上がり、二人の前に進み出た。
「二人ともおめでとう。心から祝福させてもらうよ。ところで、後出しになってしまって申し訳ないのだが……テレージア」
テレージア様がスッと立ち上がり、カイル様の隣に並ぶ。
「私とここにいるテレージアも、来月式を挙げる運びとなった。来月の十日から、彼女はテレージア・アドルフォスとして、アドルフォス家の支えとなってもらう。まあ、そういうことでよろしく頼むよ」
再び湧き起こる拍手。
テレージア様も幸せそうで良かった。
……しかし、私の考えが甘かったことを知らされるのは、次の瞬間。
カイル様が私を見てないニヤッと笑った。
ゾクッという寒気が背中を走る。
これは、逃げるが勝ち!
私が振り返って走り出そうと一歩を踏み出したその時、
「あぁ、そういえばセレナ嬢。お付き合いを始めたとか? しかも相手が我が弟、レオンとは。兄として喜ばしいよ。弟のこと、よろしく頼むよ」
やられたぁっ!
走り出しの二歩目で私はそのまま床に崩れ落ちる。
くっそー、結婚と並べることでもないし、人の許可なくバラしやがってぇ。
こうなったら……。
私はカイル様に背中を向けてるのをいいことに、そのままハンカチを取り出し、マリーナに軽く視線を送った。
彼女は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐ意図を読み取ったようで、私の隣にしゃがみ込んだ。
「うっ、うっ、ヒドイ、カイル様。レオンとのことはゆっくりと育てていくつもりだったのに、こんなみんなの前で……」
「セレナ、もう少し声を詰まらせて」
マリーナの演技指導が飛ぶが、どうやら必要なさそうだ。
「カイル様、私も今のはどうかと思いますよ。宴会前に少しお話しましょうか。あ、皆様はどうぞ始めていてくださいね」
笑顔満面のテレージア様に引っ張られ、カイル様は連れられていった。
あの感じだと三十分は戻ってこれなそうだ。
二人が去る中、カイル様だけに笑顔で手を振っておいた。
「グレッダさん、乾杯はオーギュスト様?」
「もういい、お前がやれ」
グレッダさんがやけに疲れてるけど、どうしたんだろ?
ま、いっか。
「じゃあ、カイル様とテレージア様のご結婚、並びにグレッダさん、プロポーズ成功おめでとう、あとはみんな一年お疲れ様ってことで……カンパーイ!」
私の声にみんなも声を上げ、グラスを上げて応える。
さあ、ようやく宴会のはじまりだっ!
セレナの強制仲人が発動し、めでたく結んだカップル二組目となりました(笑)
そしてカイルは見事なカウンターパンチくらいましたね。
次回、第204話「宴の人々」
いよいよ宴も始まり、セレナはさっそくグレッダに呼ばれます。強制仲人へのお叱りを覚悟する時ですね(笑)




