第201話 芽生える祝意
昼過ぎ、私がベッドの上に寝っ転がりながら素材図鑑を眺め、サイドテーブルのココアに手をかける。
部屋の真ん中にはなぜかセレスさんが居座り、日中から堂々と仕事をサボってる。
「ねぇセレスさん、仕事しなくて怒られないの?」
「んあっ? あぁ、だいじょぶだよ」
テーブルの上に置かれたクッキーをつまみながら、なんとも呑気な返事が返ってきた。
クッキーは、アミーカに顔を見せに行った時に、料理長さんがお裾分けしてくれたものだ。
あまり普段接点はないけど、どうも初等学校時代の健闘を見て以来、私たち、というかアミーカのファンらしい。
かなり甘い対応をしてくれる。
……クッキーだけにね。
「私、去年からグレッダさんの冒険者のお付きとして正式採用されたから。ほんとはこんなメイド服着なくていいんだけど、まあなんか慣れでね……」
「へー、すごいじゃん! じゃあレオンよりも強いの?」
「場合によってはね。剣で戦ったら逆立ちしても勝てないけど、障害物の多いところでお互いに無手なら、私が勝てるかもね」
はぁ……やっぱりこっちの世界はすごいや。
私からするとカリウスの強さは相当なものだったけど、そのカリウスよりも数段強いキアネアちゃん。
カリウスを寄せ付けもしなかったレオンに、そのレオンに条件次第では勝てるというセレスさん。
その二人よりも強いグレッダさん……。
カイル様たちももしかしたら凄いのかなぁ。
そこへドアをノックする音が。
セレスさんが猫を被ってドアを開けると、
「やっと追いついたわよ、お騒がせ娘。ちったぁマシな人間になったかしら?」
「まぁ、ママよりはね」
「セレナ、元気そうだな。お? ルーカスくんとやらはどこだ? もしかしてフラレたか?」
「飲み過ぎで馬車に乗り遅れるパパほど元気じゃないわよ。レオニス先生怒ってたよ? ちなみにフラレてないから」
「ははっ、バルドのやつ、いつも店ばかりで街の外でなかなか飲めないだろ? だからだよ」
呑兵衛たちが、ゆったりご到着だ。
すると遠くから「お父さん、だらしなさすぎっ!」と、たぶんバルドさんを一喝するアミーカの声が通ってきた。
あーあー、アミーカ怒らせると長いぞ。
しばらく私もご機嫌取りモードに徹することにしよう。
パパとママをを迎え入れると同時に、セレスさんがしれっと出ていった。
二人がいたとてサボることに抵抗はないだろうから、たぶんお茶を用意しに行ってくれたに違いない。
後はきっと、今のアミーカの声を聞いて何か思うことがあったんだろう。
後でアミーカと二人で責めようっと。
「そうかぁ、噂のルーカスくんを一目見たかったんだが。じゃあ夕方まで待つとしようかな」
「二人は夕方までどうするの?」
「別に今さらどこ行くでもないしねぇ。私はとりあえず師匠のところに顔出すくらいかな」
「あっ! そういえば私、春からベーネさんのところで働くことになったからよろしく」
私の報告にママが少しだけイヤな顔をしてきた。
「えー、あんたも師匠のところ? なんか親子二代にわたってお世話になるとか、ちょっとカッコ悪いわね。他のところにしなさいよ」
「何言ってんの。もう決まったから。……あ、あとパパ。この前パステルさんに会ってさ、もし良かったら自分の技術を伝えさせてくれないか?って聞かれたんだけど、どう思う?」
「パステルが? ……そうだな、継ぐやつがいなくて寂しんだろうさ。セレナ次第だが、受けてもいいんじゃないか? 薬剤作りにも役立つし、もしポーションが作れたらルーカスくんのためにもなるんじゃないか?」
おっと、その視点はなかった。
そうか、ポーション作れたら魔導具とポーションの両面からレオンのサポートが出来るのか。
それ……いいねっ!
よし、後でパステルさん来たらお願いしに行こうっと。
「あれ、でもパパは後継者いなくて寂しくないの?」
「俺は、なんていうか、自分がやりたいからやってるだけだからな。誰かが学びたいってんなら教えるのはやぶさかじゃないが、こっちから教えさせろーとはならんさ」
男と女の違いなのか、王都と田舎の違いなのか。
私ならせっかくのものを途切れさすよりは継いで欲しいと思うから、意外と男女での違いなのかもしれない。
「ところでグレッダはどこだ? 今のうちに前祝いをやろうと思ってたんだが」
「あのね、最初から酔っぱらった状態で料理食べたらアミーカがめっちゃ怒ると思うよ。あと、ウルヴィスのみんなもいるんだから、少しはちゃんとしてよね」
「ははっ、セレナも女の子らしくなっちまったな。お前からちゃんとしろなんて言葉が出るとは思いもしなかったぞ」
とはいえ私もグレッダさんの行く先は知らない。
ギルドにでも行ってるんだろうか?
すると、外で馬車が近づき、停車する音が聞こえた。
もう私たち再度のメンバーは揃ってるはず。
っていうことは、この馬車がグレッダさんかな?
部屋の窓を開けて外を見てみると、フォルティウス伯爵家のものとは違う馬車だった。
馬車の側面に描かれている紋章は、開かれた本から飛び出てきている狼。
……よし、逃げるか。
パパとママを置いて逃げようとドアを開けると、目の前にレオンがちょうど到着したところだった。
「はぁ……やっぱりな。お前のことだから逃げようとすると思ってたぜ。兄上が会いたがってる。付いてきてもらうぞ?」
「えー、やだ。そっちで話進めといてよ」
「へぇ、いいのか? キアネアの話もあるんだが?」
「えっ、何それ。行くっ!」
……後から思えばいいように餌でつられた気がしないでもなかったが、まあキアネアちゃんの名前出されたら仕方ないよね。
「セレナ、そちらの方はどなただ?」
レオンの背中を押してさっさと行こうとしたところに、パパから質問される。
おっと、そういえば紹介してなかった。
私はレオンの腕を引っ張って部屋の中に入れて、ドアを閉める。
「えーと、これがルーカスで、実はレオンっていうアドルフォス家の三男。昔ちょこっとだけ見かけたことあるよ、パパもママも」
二人は首をひねってうーんと考え込んでしまっている。
それはそうだ。
直接握手して挨拶した私だって忘れてたんだから、二人が覚えてるわけがない。
「初めまして、レオン・アドルフォスと申します。先日よりセレナさんとお付き合いさせていただいております。どうかよろしくお願いいたします」
レオンはそう言うと二人に対して深々と頭を下げる。
こういうことをスマートに出来るあたりが貴族っぽいなぁと思う。
……いや、庶民でも普通かも。
私が経験ないだけかもしれない。
「えーとね、蒸気のゆりかごをグレッダさんに売るっていう契約するのに『蒼玉の輝き』って超高級レストラン行ったじゃない? あの時の話の終わりに飛び込んできたちっちゃい子がこれ」
「あぁ、あの子ね。そういえばセレナとアミーカちゃんと挨拶交わしてたわ。ようやく思い出せた」
「……すまん、俺は全然覚えてない」
「一応冒険者稼業をしてるから、ルーカスって偽名で活動してるんだって。だから二人もあまりみんなの前では……」
私がそう言うと、レオンがその先を手で遮った。
「いや、いい。どうせ兄上もいるんだ、今日の参加者には言っても構わないさ」
「あ、そう? じゃあ今日はレオン呼びでいいや」
するとパパが頭を抑えながら、確認をしてくる。
「あー、アドルフォス家って言えば、たしかカイル様のところだよな? つまりはセレナの彼氏は侯爵家の貴族様ってことか?」
「そうそう。それでOK」
「軽いわねぇ、あんた。普通貴族と庶民が付き合うとかあり得ないんだけど」
「それはこいつが悪いもん。私が告白した後にバラすんだよ、ヒドイでしょ?」
キィ、と音を立ててドアが開く。
「そうそう、その話を詳しく聞きたくてセレナ嬢を呼んだんだが、まだ紹介中だったかい?」
「……あのさ、カイル様。貴族だからってノックくらいしようよ。着替え中のところを開けられたとかウソくっつけて、テレージア様にいいつけるよ?」
「っ……! し、失礼したね。次回からは気をつけよう」
まったく、女性の部屋をノックなしで開けるとかどういう神経してんだか。
腕を組んでカイル様を軽く睨みつけていると、三人が少し引き気味の視線を送ってきていた。
「セレナ、お前兄上になんて口を……」
「おいおい、侯爵家の次期当主さまだぞ。口のきき方ってもんが」
「生ぬるいわね~、私なら黙っておく代わりに対価を要求して、もらった上で告げ口するわよ?」
うん、ごめん。
人間としておかしい人がいるのを忘れてた。
「私はママほど非常識じゃないの。で、カイル様、告白の件が何ですって?」
「あ、あぁ。いや、付き合いの件だが、セレナ嬢から告白されたとレオンから聞いたんだが、本当かね?」
「あー、まあそうですね。レオンが告白してきそうだったから、話奪い取ってこっちからしちゃいました」
ブフッ!
たぶん私とレオンを除いた三人がいっせいに噴き出した音だろう。
「な、兄上。俺がセレナの告白を待ってたわけじゃないって、これで分かってくれたろ?」
あぁ、そういう話だったんだ。
女からの告白を待つなんて男のくせに……みたいなことを言われてたんだろう。
「あー、なんかごめんね、レオン。でも、何をどう言い繕っても、あなたは私から言われちゃったわけだから、もうどうしようもないね」
「ちょうどいいんじゃない? うちらも私から告白してるしね。シルヴァーノ家は女性が強いってことで諦めてちょーだい」
「……なぁ、血繋がってないんだよな?」
「ん? うん、そうだよ」
「なんでそんなに息合ってんだ? 俺にはそこが信じられん」
「一緒に暮らしてればこんなもんじゃない?」
みんな血縁を意識しすぎじゃないかと思う。
そりゃ顔が似てるとか似てないとかはあるのかもしれないけど、性格とか考え方なんて生まれた後に、一緒に過ごす中で勝手に学ぶもんだと思うんだけどな。
「まぁ、シルヴァーノ家だからってことで」
「は、はは。これ以上何も言えないね、そんなことを言われてしまっては」
カイル様のこめかみに冷や汗が浮かんでるような気がする。
珍しく焦ってる感じのその顔が見れたことで、ひとまず私は満足だ。
「ねぇ、カイル様。テレージア様も来るんでしょ?」
「あぁ。実は彼女との結婚の日取りが決まってね。非常に残念ながら君たちを招けないんだが、せめて知らせるくらいはしないとと思ったのさ。それもあって呼んであるよ」
「別に庶民にそこまで気遣う必要なくない?」
「レオンの想い人、アドルフォス家に財をもたらしてくれた恩人。もちろん対価を払いもしたが、もうそれだけという付き合いでもないだろう?水臭いことを言ってくれるな、セレナ嬢」
思った以上にカイル様がこちらに踏み込んだ姿勢をとってくれた。
その突然の心変わりにも見える展開に、一瞬怪しもうかと思ったけど、やめた。
さっきのマリーナのご両親の件もある。
少しは素直に好意を受け取りたい。
そう、思った。
「ありがと、カイル様。ちょっとレオン借りていいですか?」
「ん? ああ、もちろん構わないが、宴までデートかい?」
「んふふー、そんなとこ。じゃあ、また後で!」
私はレオンの腕を引っ張って、ドアを開けて飛び出した。
「お、おいっ、どこに行くんだよ! 俺にはまだやることが……」
「そんなことより私を優先! 彼氏なんでしょ!」
まあというか本当にレオンに手伝ってもらわないと分からないことだから、この場合彼氏とか関係ないんだけどね。
ただ、ああして歩み寄ってくれたカイル様へ、何か贈り物をしたいと思った。
貴族のようなお金のかかったものは無理、時間をかけるようなものは無理。
でも、せめて何か……ね。
セレナがカイルを早々に脅してますが、テレージアが結婚して立場変わったら、セレナ一気に窮地ですね。そうしてみようかな?(笑)
次回、第202話「未来の可能性」
カイルへの結婚祝いを見繕いに街へ出たセレナとレオン。さっそくレオンにカイルの好みを聞き出しますが……。




