第200話 自覚すべき価値
私たちがグレッダさんの屋敷に着くと、先に言っていたレオニス先生たちが荷物を置いて出かけるところに鉢合わせた。
「マリーナとカリウスはどうした?」
「さあ? なんか追い払われた」
「どうせお前がまたいらんことを言ったんだろう? ところで、そちらのお二人は?」
「あ、こちらマリーナのお父さんとお母さん。えーと……フィデラ子爵、でしたっけ?」
すると当人たちの目の前で頭をゴツンとやられた。
「紹介が遅すぎる! ……えー、私の生徒が大変失礼をいたしました。教育の行き届かぬ私の責任にございます」
「いえいえ、伯爵様のお屋敷に招いていただいて、子爵ごときが威張れるものではありません。どうか今回だけは、ただのマリーナの親としてお付き合いいただければ、嬉しく思います」
「そ、そうですか」
「ほれ見なさいよ。あのマリーナのご両親なんだから、大丈夫に決まってるじゃない」
再び頭に落ちる衝撃に、私はうずくまる。
レオンが頭を撫でてくれながらも、「自業自得だ」と言うのには非常に納得いかないけど。
「で? レオニス先生たちはどこに?」
「あぁ、昔の馴染みのところに挨拶だな。妻もそこで働いてた……と、そういえばお前らは初めてだったな。ローザ、これが、あのセレナだ」
……ほぅ、家庭での私の話は相当に問題児扱いしてくれてるわけね?
なら――!
「初めまして、セレナ・シルヴァーノです。先生にはいっつもたくさんお世話してもらっててぇ。この間も出張って嘘ついて二人で温泉にね……」
バンッ!
後頭部に広い衝撃を受け、思わず前につんのめる。
「誰よっ!」
後頭部を押さえつつ、振り向いたその先には、不敵な笑みを浮かべるマリーナが。
いつ抜いたのか、私のカバンにさしてあったハリセンを持っていた。
「そんな演技で人が騙せるわけないでしょ、この大根役者!」
「責めるところそこか?」
思わず素でツッコんでるレオン。
マリーナの後ろではカリウスが、痛そうな顔を浮かべている。
カリウスにもくらわしたことあったからなぁ。
よく分かるんだろう、この痛みが。
「こら、マリーナ。お友達にそのようなことをしてはいけないよ」
とても優しそうなマリーナのお父さんの声が飛ぶと、マリーナの顔がサァッと青くなり、慌ててハリセンをすぐ隣にいたカリウスに渡して、
「ごめんなさい、お父様」
と、お父さんの前に行って頭を下げる。
残された私とカリウスは互いに顔を見合わせると、
「あ、あー、この大根役者?」
と、律儀に続けようとしてきたカリウスの手から、私はハリセンをひったくり、彼を後ろに向かせ、
「何で続けんのよっ、このバカリウス!」
スパーンッ!
とカリウスの後頭部にいい音を響かせた。
続けざまお父さんの前で頭を下げるマリーナの後ろに立ち、そのまま後頭部めがけてハリセンを振り下ろすと、
バゴッ!
……な、なんかイヤな音が。
マリーナは私に叩かれた衝撃そのままに顔から床にダイブしていた。
急ぎ私はハリセンをバキバキに折ってカバンに放り込み、レオンの後ろに隠れる。
あぁ、また作り直さないと。
さよなら、ハリセン三号。
マリーナはゆっくりと立ち上がり、ハンカチで顔を拭き、膝のホコリをはらうかのような仕草をした。
「セレナ? ちょーっと女同士の大切な話をしましょうか?」
「や、やだっ! またキスさせられるもん!」
「あんたっ、あれは自分からしてきたんでしょうが」
「マリーナが仕組んだんじゃないっ、私は……ほら、ノーマルだし」
ずいっとレオンを前に出すと、マリーナがあろうことか、
「ルーカスくん、気をつけた方がいいわよ。その子、男も女もイケるから」
と、とんでもないことを!
「マリーナ……そうね、女同士の大切な話が必要そうね?」
「でしょ? ふふっ、どうしてくれようかしら」
おでこをゴリゴリこすり合わせんばかりに睨み合う私たちの首根っこを、レオンが掴み上げる。
「あのな、グレッダさんの屋敷でこれ以上変なことをしてくれるな。俺が説明求められるんだぞ」
「セレナ取った罰よねー。っていうか、別に流血沙汰にしようなんて思ってないし。ちょっと泣かせようと思ったくらいで」
「まあ融雪装置が完成した時に、泣いて人のことを押し倒してきたのはマリーナの方が先だからね」
「あんたなんて一年生の時に人のこと信用出来なかったとか言って、神妙な顔して私の胸借りてたわよね。あの時の貸し賃まだもらってないわよ」
「ふふっ、ふふふ……」
突然マリーナのお母さんが口元を押さえて笑った。
「マリーナがそこまで素の表情を出せるようになってるなんてね。セレナさん、マリーナと付き合ってくれてありがとう。聞けば融雪装置もあなたにほとんど手伝ってもらったとか?」
「そうか! マリーナ、彼女がそうなのか?」
「……ま、まあ。そうです、お父様」
マリーナのお父さんは私の前に来て、膝をついて頭を下げた。
マリーナのお母さんもそれにならう。
「ちょ、ちょっと、子爵……様?」
「あなたのおかげでボレリアスの未来が、何よりマリーナの未来が明るく照らされることとなりました。この恩は何にも代えがたく、私、ウルザス・フィデラはセレナ・シルヴァーノ嬢に、今後何があったとてお力になることを誓わせていただく」
胸に手を当てて、私を見上げるウルザスさんの目から、スゥッとひとすじの涙が伝った。
役に立てたのなら良かった。
良かったけど、ちょっと重いなぁ……。
「マ、マリーナぁ……」
「諦めなさい。あなたが自分のしたことの大きさに目を向ける、ちょうどいい機会だとも思ったの。だから今回お父様たちにも来てもらったんだから」
「だからそーいうの苦手なんだってばぁ! 楽になったから良かったねでいいじゃん!」
「ダーメ! そういうのしっかりしないと。これから働いて稼いでいくんでしょ。もっと自分の実力が市場でどのくらいの価値があるのか、しっかり把握しなさい」
ハッキリと言われてしまった……。
ママからも昔その辺の話は聞いてるんだけど、どうも苦手なんだよなぁ。
工房建てるお金も卒業してから考えればいいと思ってたから、そんなに気にしてなかったし。
「セレナ、その辺は卒業したら俺からもギルド側の価値観や、ベーネさんからは魔導具師としての価値観を伝えてもらうようにするから安心しとけ。まだまだたっぷり勉強の日々だな」
レオンが嬉しそうに話しかけてくる。
どうやらこの場に私の味方は誰もいないようだ。
キョロキョロと見回してみると、この騒ぎの隙にレオニス先生たちはいつの間にか消えてるし。
これは、パパ案件だな。
しっかりと酔いつぶれてもらおう。
私たちも割り当ての部屋へ案内される。
その道すがら、グレッダさんの冒険のパートナー兼、普段は偽メイドのセレスさんに話しかけられた。
「ねぇねぇ、セレナ。いい男捕まえたじゃない。どうやったのよ?」
「あの、セレスさん。あなた俺のこと知ってますよね? 本人の前でそれ聞きますか?」
そうか、セレスさんは普通にレオンとして知ってるんだ。
今回の宴会、ずっとルーカス呼びだと思ってたけど、案外レオン呼びをするシーンもあるのかもしれないな。
「んーとね、水筒あげたら出来た」
「何よそれ。そんなんでいいの?」
「いいわけないでしょう! セレナ、適当なこと言うんじゃねぇ。お前が涙ながらに告白してくるからだな……」
「こいつね、自分から告白する寸前に私に言われてんだよ? 情けないよねー、男のくせに」
私たちのやり取りを聞き、つまらなそうに頭の後ろで手を組むセレスさん。
「はいはい、お熱いわね二人とも。あーあ、私もどっかに水筒あげたら転がってくるいい男いないかなぁ」
「グレッダさんと結婚すればいいじゃん」
その言葉にセレスさんは勢いよく咳きこみ、涙目でこちらを睨んできた。
「あ、あんたねぇ。伯爵様相手に一般人が結婚なんか出来るわけないでしょ。貴族は魔力の高いもの同士で結ばれて家を繋ぐんだから、お相手も自動的に貴族――例外があるとしたら魔力の高い一般人はあるかもしれないけど――くらいなんだからね!」
「ってことはグレッダさん自身は別に嫌いじゃないんだ?」
「あんたはグレッダさんとの冒険行ったことないから分からないかもね。あれほど強くて、頼りになる人はそうそういないわよ。身分の貴賤ない付き合いはあなたも知ってるでしょ? 誰かいい人来てくれるといいんだけど」
よし、じゃあ後で本人に聞いてみようか。
後ろから私の企みを察知したレオンが軽く小突いてきたが、満面の笑みだけを返す。
こんな楽しそうなお話、聞かずにいられますかっての。
◇◆◇
部屋でいったんくつろいでいると、ドアがノックされた。
ドアを開けるとレオンがいたので、部屋に迎え入れた。
「セレナ、俺はいったんギルドに顔だけ出して、その足で今度は実家に戻って兄上と一緒に来るが、お前はどうする?」
「えっ、カイル様来るの?」
「そりゃ、グレッダさんが話したからな」
「何してくれてんのよ、グレッダさん!」
頭を抱えて床を転げまわる。
今回はグレッダさんだけでも緊張する人がいるので、カイル様は省いていたのだ。
それにテレージア様との結婚も近いと聞いていたので、遠慮したこともある。
……ホントだよ?
「そういえば、お前今度実家に遊びに来るか? まだ真ん中の兄上とは会ったことないよな?」
「別に行ってもいいけど、その流れって、普通結婚する前とかにやることじゃないの?」
「そんなもんか? 俺は庶民の付き合いがよく分かんねぇからな。貴族だと付き合ってたらもうお互いの家族を知ってるもんなんだ。まぁ、たしかに結婚が前提だからっていうのはあるけどな」
じゃあやっぱり結婚前提じゃんか。
一回行ったこともあるし、真ん中のお兄さんも会ってみたいけど、なんかそういう話と周りから見られたり、勘ぐられたりはなぁ……。
「んー、まあそのうちでいいよ。ゆっくりでいいんでしょ?」
「もちろんだ。じゃあまた夕方に」
私の頬に軽くキスを置いて、レオンは部屋を出て行った。
……あれ?
キスってこんな感じで軽くするものなの?
よく分からなかったけど、なんかドキッとして、ふわっと香るレオンの香りに、とても心があたたかくなった。
セレナはそろそろ自分の仕事の価値をしっかり把握しなきゃですね。じゃないとベーネさんに毎日お尻叩かれることになりますから(笑)
次回、第201話「芽生える祝意」
何故か冒頭からサボりセレスさん。ちょっと昔と立ち位置が変わったそうです。そこにようやくセレナの両親もやってきます。




