第199話 隠れていた想い
十二月三十一日。
この日私とレオンは、朝から乗合馬車の到着を待っていた。
グレッダさんの家での年越し宴会。
最初こそ苦い顔をされたが、パパやレオニス先生という、勝手知ったるメンバーの名前に頬が緩んだ隙を逃さず、了承を取り付けた。
セレスさんと手を組んで、今回の食費を始めとする費用は一部持たせてもらってる。
「黙っててあげるけど、もしグレッダ様が知ったら悲しむわよ? 全部じゃなくて一部にしといたら?」
そんなアドバイスを受けたからだ。
ちなみにアミーカは朝から夜のための仕込みに奔走している。
しかもオーギュスト様からの指示に沿って。
年明けに粉末料理のアドバイスを受けられるとあって、この上なく張り切っていた
たしかに去年の黎明祭で、協力して構わないとは言ったけど、ちょっと反則級の協力だね、これは。
私のためにもなるから見ぬふりをするけどさ。
「しかし、何人来るんだこの馬車で」
隣に立つレオンが少しうんざりした顔で聞いてきた。
まあ私の送った速達の量を見た時と同じ顔だから問題ないだろう。
「えーと、ウルヴィスから九人でしょ、ヴェルダから四人、あとこっちじゃないけど、少し遅れてボレリアスから二人かな。」
そう、今回マリーナには秘密で、マリーナのご両親も呼ばせてもらった。
レオンからアドバイスをもらったからだ。
マリーナの元婚約者の問題をカイル様が『どうにか』片付けたらしいので、その御礼を言う機会を作ったほうがいいとのことだ。
マリーナに秘密にしてるのは、普段やられっぱなしの私からのちょっとした仕返しだ。
「お前も性格悪いよな」
「なによっ! あの子には相当やられたんだから、これくらいならカワイイもんでしょ」
「だがな、俺のヨミではボレリアスから来る気がするぞ」
「まっさかぁ、手紙届いてからボレリアスは無理よ」
そんなやり取りをしていると、乗合馬車がやって来た。
次々と降りてくる乗客の中に、レオニス先生とその家族、ティミナとクーラ、それに三年の仲間た……ち?
「あれ、レオニス先生、マリーナは?」
「お前は人を無理やり呼び付けて、第一声がそれか? あいつなら融雪装置を試したいと、ボレリアスに帰郷してるぞ?」
「ほらな?」
耳元で楽しげに囁くレオンの声。
「なんでよーーーー!」
という私の叫びが、冬の王都の空に響き渡った。
◇◆◇
「あれ、パパたちもいないの?」
程なくしてショックから立ち直った私は、ある意味一番のゲストが来てないことに気付いた。
「あいつはな、一緒に来ていた友人と飲み過ぎて遅刻だ。次の便で来るだろう」
……パパとバルドさん、何してくれてんのよ。
アミーカに報告しておこう。
すると、私を横からツンツンとつつくティミナが。
見ると笑みを隠せないような顔で質問してくる。
「先輩、その人がルーカスさんですか?」
あぁ、それか。
私は努めて冷静な顔を作り、隣りにいたクーラへも一緒に伝えることにした。
「ええ、私の彼氏のルーカスよ。あなたたちのせいで、今年も黎明祭に出ざるを得なくなった被害者のね」
前半の言葉にみるみる顔を赤くしていった二人だが、あっという間に真っ青な顔へと変わっていく。
こういうのなんて言うんだっけ?
(ジェットコースターみたいな?)
あぁ、そうそう、ジェットコースターみたい……
(って、澪! また声出しそうだから、話しかける前になんかちょーだい! 今喉元まで声出そうになったよ!)
(はいはい。彼氏が出来たら途端にワガママなんだから)
絶対に近い内に泣かしに行く!
心にそう決めて、ティミナたちを見ると、青い顔にさらに怯えが混じっている。
まあせっかくの王都だ。
怖がらせるのはここまでにしようかな。
「まあ彼は知ってて出るって決めたからいいんだけどね。あ、帰ったらルーカスの辞退申請破っといてね」
「は、はいっ! 分かりました」
「必ず、すぐに対応します!」
「ちなみに本気で巻き込まれた、調理師部門の私の親友には、ちゃんと謝るのよ?」
「すいません……」と項垂れる二人の頭に手を置いて、
「はい、説教はここまで。せっかくの王都なんだから、あなたたちも楽しみなさい」
と言った後に、肩を叩いて送り出す。
グレッダさんの屋敷を知ってるレオニス先生に引率をお願いする。
レオニス先生の奥さんとお子さん――プラシナちゃんは、楽しそうに話している。
結婚は王都にいた頃にしてると聞いたことがあるので、奥さんもおそらくグレッダさんとは顔見知りなんだろうな。
その後に続くティミナとクーラ、リディアとマルクスを手を振って送り出し、私とレオンは残る一人と向かい合った。
カリウス……。
彼には伝えておかないといけないことがある。
私の視線に気付き、カリウスもこの場にとどまってくれる。
マルクスが去る前にカリウスの肩をポンと叩いていたのは、これを察してのことだったのだろうか?
だとしたら、さすがは幼い頃からの親友だなと思った。
ペタッと、口の中に乾きを感じる。
つばを飲み込む音の大きさに少し驚きながら、私はカリウスに向けて口を開いた。
「カリウス……」
私は彼の名前だけを呼び、そこで止まった。
ティミナたちにルーカスを彼氏と紹介した時、彼の動きが止まったのを私は見逃さなかった。
別に誰が悪いことをしたわけでもない。
けど、彼には誤解してほしくなかった。
私がカリウスへの想いを忘れてから、レオンを好きになったこと。
あの期間は、間違いなく全力でカリウスのことを好きだったこと。
こんなの私の自分勝手な想いでしかない。
もしかしたら、またカリウスを傷つけるだけかもしれない。
それでもきちんと伝えたかった。
「あのね、あなたに一つだけ伝えたくて……」
「セレナ。俺は二年以上お前を含めて、仲間を見てきた。誰もが事情を抱えながらも、常に誠実であろうとしてきた。だから俺はお前らが好きなんだ」
「カリウス……」
「お前のことだ。俺への想いとルーカスへの想いを、同時に持ってたわけじゃないと言いたい。そんなところだろう?」
彼の指摘に心臓が跳ねる。
なんで分かるの?
「だから俺も誠実に答えよう。そんなことは分かってる。それでも俺はルーカスが妬ましかった。今の俺にルーカスと同じ力があれば、お前を拒まなくても済んだのに……とな」
顔を歪めて、拳を握るカリウスの顔は、本当に悔しそうで、その顔を見ていると鼻の奥がツンとしてきた。
しかし彼はふっと力を抜くと力ない笑顔を向けてきた。
「だがな、それもまた俺の選択だ。残念なことだがな。今でもお前と俺の夢、どちらを選ぶかと聞かれたら、俺はきっと夢を選ぶ。だから……気にするな」
そう言うとカリウスはルーカスの前に立つ。
「ルーカス。お前なら、俺は安心してセレナを任せられる。俺の勝手でセレナを傷つけた。そんな俺から言えることは何もない。だが……」
そう言ってカリウスは拳を握ると、レオンの頬に当たる直前で止めた。
「セレナを理不尽に泣かせたら、俺が許さんからな」
すると、レオンは笑ってカリウスの拳を手でどけた。
「誰に向かって言ってる? そういうセリフはもっと強くなってから言え。……だが、約束しよう。決して泣かさないと」
そう言って右手を差し出す。
カリウスはそれを握り返し、お互い笑いあってるんだけど……
「ねぇ、私の言おうとしたこと全部取られたんだけど?」
「む? すまん。お前が言いたいことなどそのくらいしかないと思ってな」
「そーいうところ、直しておきなさいよ! 先読みすりゃいいってもんじゃないんだからね」
ふっと、いつもの雰囲気が戻ったように思えた。
私が少し胸を撫で下ろそうとしたその時、王都の北に続く道から、足音が聞こえてきた。
思わず振り返ると、身なりの良さそうな男性と女性の間に、緑色の髪をした悪魔が!
いつもと違う、つばの広い帽子を頭に乗せ、ヒラヒラしたフリルの付いた服を着ている。
彼女は頬に手を当てて、とても朗らかな笑顔を向けてくる。
「あら、セレナさん。こんなところでお会いするなんて奇遇ですわね」
「マ、マリーナ、今度はどういうイジメよ?」
「イジメだなんて。いつも通りの私じゃないですか」
「いや、いつもならとっくに自分をハメようとしたことに怒って、笑顔でくすぐってくるくせに」
すると、頬に当てていた手を外し、帽子をお母さんだろう人に預けると、こちらに向かって勢いよく駆けてきた。
あっという間に距離を詰められ、私の襟を掴む。
「だから、お父様たちの前で猫かぶってんのよ、分かりなさいよ!」
「こんなことしたらバレるでしょうが!」
「とっくにバレてるからいいのよっ!」
えー……じゃあさっきの演技、何の意味あんのよ。
するとそのまま耳元で、
「カリウスくんは見とくから、あなたはお父様たち連れて、先に向かってなさい。勝者がいつもでも敗者に構うもんじゃないわよ?」
「敗者って、そんなこと私は!」
「あなたが何言ってもそうなの! 悪いようにはしないから任せときなさい」
彼女の言葉にしぶしぶ従って、グレッダさんの屋敷へと向かうことにした。
大丈夫かなぁ、ホントに。
◇◆◇
セレナたちを見送り、私は後ろに立つカリウスを見上げるように振り返る。
「今度は逃げないでよ? セレナの気持ち落ち着けるの面倒なんだから」
「あぁ、済まないな。それと、ありがとう」
「へぇ、カリウスくんもお礼言えるようになったんだ?」
そう言うと、彼は苦笑いを返してきた。
それを見て、私はあらためて彼へと振り返り、正面に立つ。
「まったく。まさか二年越しの想いとは。よく誰も気づかずに終わったわね」
「俺があまり話さんからな。あとはお前の口の固さに救われた」
「ええ、感謝してほしいわね。相当気遣ったんだから、この話に関しては」
一年生の終わり頃。
彼からセレナへの好意を聞かされた時は、何の冗談かと思った。
気になる程度から始まった、淡い恋。
正直話を聞いた時は、親友の恋愛事情に絡めると、ウキウキしていたものだ。
しかし一点計算外だったのは、セレナから恋愛という思考がすっぽりと抜け落ちてたこと。
だから私も彼女に恋愛へ目を向けさせるため、色々と試していた。
さすがに男の子を使うわけにはいかなかったから、私が頑張るしかなかったけどね。
おかげで変な道に行かないかとハラハラしていたが、幸いそうはならなかった。
むしろ私のほうが……っと、これは関係ないわね。
「まあ、よく頑張ったんじゃない? とっくに終わった話をセレナのためにまた蒸し返して。……辛かったでしょう?」
「まあな。だがこれで完全に吹っ切れた気がする。意外だな、もっと悔しいものだとおもっていたが」
「そう? 私には泣くのを我慢してるようにしか見えないけど?」
私がそう言うと、カリウスの目が潤み始めていた。
ほら、これだ。
なんで素直に認めないんだろう?
私は自分の胸を見つめた。
「はぁ……男子用には貸し出してないんだけどなぁ。ほら、今日だけ特別よ」
私はカリウスの頭を、自分の胸へと抱え込んだ。
それを合図としたかのように、カリウスの押し殺した鳴き声が、私の胸に響いてくる。
「うん、お疲れ様。よく頑張ったよ」
カリウスの頭を撫でながら、こうして気持ち一つで本気の恋愛が出来るセレナやカリウスを羨ましく思ってしまう。
私は……家のことも考えなきゃいけないからなぁ。
お父様たちは気にするなと言ってくれるけど、やっぱり貴族としての地位は残してあげたい。
それが、ボレリアスを支え続けてくれた、二人への感謝の印でもあると思うから。
王城魔導具部門に入ってから考えようかな?
親友と仲間たち。
みんなの恋を見つめてきたけど、彼女たちは彼女たちなりに、一生懸命恋の地図を埋めていった。
私だけが、恋の地図は真っ白のままだった。
このマリーナとカリウスの組み合わせ、気付いた方いますかね?いたとしたらあなたは預言者です。何せこの話書きながら出来た設定ですから(笑)
次回、第200話「自覚すべき価値」
屋敷に到着したセレナたち。ちょうど出かけるレオニスたちと鉢合わせ、初めて奥さんを紹介されます。




