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笑顔を創る魔導具師セレナは、今日も世界をつないでいる  作者: 八坂 葵
第10章 学ぶ時間の終わり

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第198話 引き受ける覚悟

 ん、んんっ……。

 お腹のあたりに妙な重さを感じて、私は目を覚ました。

 あれ、宴会いつ終わったのかな?


 目を開けてお腹のあたりを確認する。

 すると鎧を脱いで身軽な格好になったレオンが、ベッドの脇に座り、私のお腹に頭を乗せて眠っていた。

 ……なんだ、レオンか。

 私は再び布団をかぶって目を閉じた。



「……レナ、セレナ。そろそろ起きろ。もう朝飯の時間だぞ」


 体をゆすられ、私は目をこすり伸びをする。

 あー、なんか変な夢見たなぁ。

 レオンが私のお腹の上で寝てるとか。

 ゆっくりと目を開けると、なぜか私の顔の近くにレオンの顔があった。


「うわあっ! あんた、人の部屋で何してんのよ」


 私は顔をどかして、一気に跳ね起きた。

 レオンも驚いたように体を戻す。


「バカ野郎、昨日お前が間違えて酒飲んでぶっ倒れたから、ここまで運んでやったんだろうが!」


 あれ、そうだっけ?

 んー……、んー……ダメだ。

 思い出せない。


「どうでもいいが、早くなんか着ろ。さすがに目に毒だ」


 レオンが少し顔を背けながら、どこから取り出したのか、広めのタオルを差し出してきた。

 体を見下ろすと、下着だけ……。

 バッとタオルを奪い取って胸を隠す。


「酔いに任せて何したの! 正直に言いなさい!」

「お前な、そろそろ本気で怒るぞ? ベッドに寝かそうとしたら意識を取り戻して、暑いだなんだと脱ぎだして、しまいには下着にまで手をかけてたんだからな?」


 ひいいぃぃっっ!!

 まったく記憶にない!


「なんとかそれだけは止めて、そのままベッドに入れたのはいいが、最後に暴れた手が俺の顎にいい角度で入ってな。俺はそのまま気絶だよ!」


 そう言ってレオンは不機嫌そうに椅子にかけた。

 お、おぉ。

 レオンに勝った唯一の女ってことでいいかな?

 とは言え、さすがに迷惑をかけすぎた。

 私は布団を体に巻き付けて、レオンの前の床に座り、頭を下げる。


「ごめんね、レオン。迷惑かけちゃって」

「いいさ。それに……は、ハックション! うー、さすがにさみぃ。早く飯行くぞ。何か飲んで温まりてぇ」

「わ、分かった。ごめんね。……ちょっと後ろ向いてて、すぐ着替えるから」


 素直に後ろを向いたレオンの後ろから、私は体に巻き付けていた掛け布団を被せて、手早く着替えて、髪だけすいて準備を整えた。


「お待たせ、行こう」

「おお、行くか」


 なんか足取りの重いレオンの手を引きながら、私たちはゆっくりと工房へと降りていった。


 ◇◆◇


「おはよーございまーす!」

「おお、セレナ。避妊はちゃんとしたかい?」


 ……ここに勤めるのやめてやろうか。

 朝からなんてこと言うかな、この師匠は。


「あのね、ぶっ倒れたらしいじゃないですか。そのまま朝までぐっすりですよ、こっちは」

「ヒヒッ。だろうと思ってたよ。そりゃあんなもの飲めば、一発で倒れるだろうさ」

「私、何飲んだんです?」


 すると師匠は棚から白い陶器の瓶を取り出して私の前に置いた。


「こいつはね、アルコールが強すぎて、しばらく開けたままでアルコールを飛ばさないと、とても飲めたもんじゃない酒さ。とは言え保存のために、飲む分だけを飛ばさなくちゃダメでね」


 そう言うとクラリスさんが持ってきたグラスにほんの少しだけ注いだ。


「香りだけ試してごらん」


 言われるがまま、少しだけ直接嗅いでみると、鼻の奥をグンッと押し上げられるような、強い刺激。

 すぐに顔を離すが、鼻腔に残ったアルコールの刺激に、思わず咳が出てしまった。


「ハハハ、そういう時はこう嗅ぐもんだよ」


 師匠はグラスの上に手をかざして、自分に風を送るように動かす。


「うん、やっぱりこのままはキツイね。クラリス、台所に置いて後で料理にでも使っちまいな。あぁ、窓を開けとくんだよ」

「心得てますよ、師匠」


 締め切ったところに置いておくと、アルコールが空気に溜まって、少しの火で火事になりかねないらしい。

 ふたりともそういうことを当たり前に知ってるのに、私は知らない。

 そう思うと、悔しくて手が震えた。


「セレナ、恥じることはないさ。本当に恥ずべきなのは、知らないと気付いた時に、そのままにすることだよ。これから知ろうとすればいいのさ」


 すると師匠はレオンに向けて、


「ところでえらい寒そうだが、布団でも蹴り飛ばして寝たのかい?」


 と質問してきた。

 レオンは私に恨みがましい目を向けてきて、


「下着姿のセレナに殴られて、気絶して一晩過ごしました」


 と、とんでもないことを言い放つ。

 なので、スナップを効かせた、ママ直伝のビンタを頭の後ろにお見舞いしてやった。


「ぐほっ! ……セレナ、てめぇっ!」

「あんたが師匠の前で変なこと言うからでしょうがっ! 下着姿、絶対にいらなかったよね?」

「事実は事実だ。それに勝手に脱いでったのはお前だからな? 俺は止めようと必死に……」

「でも、ちょっとは手がにぶったろ? あんたも男だからねぇ。……レオン様」


 気が付けばテーブルの上で沈黙の箱(ピクシスムータ)がいつの間にか光っていた。

 師匠のニヤリとした笑みが私たち……というか、レオンを捉えていた。


「さすがに王都が長い奴らはある程度知ってるさ。だからこれからもルーカスとして接するが、一つだけ」


 師匠はいったい何をしようというのか。

 そもそもレオンのことを知ってたとして、直接本人に言う必要なんかなかったじゃないか。


「セレナはもううちの娘の一人だ。貴族の遊びで手を出す気なら、ここで引いときな。アドルフォス家に勝とうなんざ出来ないがね、庶民なりの意地は見せてやるよ?」


 その言葉に、寒さでブルブル震えていたレオンは、本気を感じ取ったのだろう。

 一度体に力を入れて、震えを止め、まっすぐに師匠を見据えて答えた。


「ありがとうございます。けど、俺に貴族の遊びなんてありえません。うちは兄上からして、そういうものを忌避しています。尊敬する兄上の顔に泥を塗るような真似を、俺がするはずがない」


 その言葉に師匠は呆れたように、大きくため息をついた。


「そういう時は、本気でセレナを愛してるからとか言うもんだよ、色男」

「まだ付き合いたてでその言葉は軽すぎるでしょう? 俺なら信用しませんよ」

「そうだね。まあその言葉を信じようか。かわいい娘だ。よろしく頼むよ」


 師匠……。

 ママが働いていたとは言え、私とはたかだか数回程度の付き合い。

 働くのだってこれからなのに。

 高位貴族家にケンカ売るなんて……。

 私が席を立ち上がった瞬間、師匠は手を上げて私を制した。


「おっと、抱きつくとかやめなよ。お前の体でのしかかられたらギックリ腰になっちまうからね」

「んー……やだっ!」

「おっ、おい、セレナ、こらっ!」


 師匠の抗議の声も聞かず、私はその小さい体を優しく抱きしめた。

 今みたいな性格だ。

 きっと色んな苦労を重ねてここまできたんだろう。

 私も師匠みたいに、当たり前に誰かを守れるような存在になりたい。

 そして、ここで働けることを、あらためて嬉しく思った。


「あの……そろそろスープだけでも……」


 レオンの弱々しい声に、私たちは顔を見合わせ、つい笑い声をあげる。

 太陽がいつもよりほんの少し高い中、その分笑い声も増えたような朝食の時間に、私の心は満たされていった。


 セレナもレオンもどっちも被害者。悪いのは変なところにお酒ついで忘れてた、工房の誰かです(笑)

 

次回、第199話「隠れていた想い」


 宴会から宴会ですね。セレナはレオンとともに馬車で来る仲間を待ちます。

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