第197話 呆れる契約
うん、とりあえずハンバーグはとっても美味しかった。
なんかどっかで食べたことがあるようなソースの感じでもあったけど。
「旨かったろ? ここのソースは東国の味噌って調味料を使ってるんだぜ。なかなか食べられないからな、あれは」
「味噌っ!? ああっ、だから懐かしい感じがしたんだ」
「? セレナ、お前どっかで味噌食べたことあるのか?」
「カイル様と初めて会った時よ。アミーカと一緒にグレッダさんに料理勝負挑んだ時のロックボアにかけたソースが蜂蜜ヨーグルトと、蜂蜜味噌ソースだったの」
私が自慢げに話すと、レオンは呆れたような表情を浮かべた。
「お前は本当にわけわからんことばかりしてるな。その分だと醤油も知ってるな?」
「もちろん! っていうか、実家にわざわざ仕入れたの私だからね」
「お前は調理師かっ!?」
「いやぁ、美味しかったから、つい」
まぁ、今となっては澪の味覚的なものに影響を受けたからと分かるんだけど。
(レオンくんも日本の味好きなのかもね。セレナ、料理覚えて彼の胃袋を掴まないと)
「でも料理苦手だしなぁ」
「セレナ、お前誰と話してるんだ?」
おわっ!!
つい口に出てた。
この前部屋で話しながら会話してたからだ。
澪と話す時は声出さないようにしなきゃ。
「いや、一人言よ。味噌や醤油知ってても、自分でうまく使えるわけじゃないからさ」
「今からでも覚えりゃいい。少しなら俺も教えられるぞ?」
「ええー! ルーカス、料理出来んの?」
「外で出来る簡単な煮炊きと焼くくらいならな。……しかし、ちゃんと守ってくれてるんだな、呼び方」
そう言ってレオンは私の頭を撫でてきた。
んー、嫌じゃないんだけど、子ども扱いされてるようでちょっと微妙だな、これ。
まぁ、いっか。
「ん? 一応ね。もしかしたらポロっと漏らしちゃうかもだけど、出来るだけ気をつけるようにはするよ」
「わりぃ、助かるよ」
◇◆◇
私たちはベーネ工房へと移動し、落華摘粉の製作に入っ……。
「お前は先に就職について聞け!」
と、レオンに首根っこを掴まれてベーネさんの前に差し出された。
私は猫かっ!
「ってことで、ベーネさん。春から働くけどいい?」
「じゃあ春からは師匠って呼びな。部屋は、勝手知ったるだろ? 給料は……まあ入って腕を見てから決めるかね」
「よろしくー!」
「ちょっと待てーっ!」
私とベーネさんのやり取りに、レオンが頭を抱えて叫びを上げた。
「ベーネさん、いくら何でも適当すぎやしないですか?」
「どうしてだい? 初等学校からたびたび付き合いがある、実力も知ってる、何なら働いたことだってある。他にもあるけど、言うかい?」
「……いや、いいです。こんなに早いものですか、魔導具工房の就職っていうのは?」
「さすがに見ず知らずの相手が来たらもう少し詳しく調べるなり、面接するさ。それに……この子が何か問題を起こしたら、即座にマリーに連絡をする。その恐ろしさを誰より知ってるのはこの子だからね。大丈夫だよ」
まあ確かにママの恐ろしさはよく知ってる。
きっとここで何かしでかしたら、工房と関係ない過去の私の恥ずかしい情報を、王都中にバラまいてくれるに違いない。
「ってことで、春からは工房で働いて、ルーカスの専属魔導具師の仕事もやらなきゃね」
「専属魔導具師? セレナ、お前そんな契約したのかい?」
「んっ? いや、口約束だけだけど……ダメ?」
「別に構わないよ。ルーカス、例えばお前用に作った魔導具をセレナが量産するとなったら、どこに頼むつもりだい?」
「それは……この流れじゃこことしか言えないじゃないですか」
レオンの困り果てた顔と、ベーネさんのしてやったりという顔。
どちらにも困ってほしくないからなぁ。
「ねぇ、例えばこんなのは? 私がここにいる限り、量産の最優先権はベーネ工房。で、ルーカスがどうしても他にお願いしなきゃいけない時は、他の工房にお願いしてもいい。ただし、売り上げの一部をベーネ工房に納めること。みたいな」
「なるほどねぇ。それならうちが余裕のある時はどんどん外に回せば、何もしなくても売り上げが入ってくる。うん、気に入った。私はそれでいいよ」
「まあ俺も道を絶たれるよりは……。これ、黎明祭のシステムか?」
「そうそう。薄型魔導回路を使いたければ、使用料を払えみたいなやつ」
するとベーネさんがため息をついた。
「今度の新入りは、入る前から使用料だの面倒だね。ちょっと、春までにその辺まとめて、私のところに持ってきな」
「はいっ、師匠!」
私の調子の良い返事に、ベーネさんは再びため息を付くのだった。
そして私はベーネ工房の片隅を借りて、落華摘粉の製作に取り掛かる。
隣にはレオンとベーネ……師匠がいるので、手の空いた工房のみんなも、何ごとかと次第に集まってきた。
もはやここが中心みたいな気がするけど。
いつもならこの状況に怒り出す師匠が怒らないということは、みんなに『学べ』ということだろう。
私もそれなりのものを見せないと。
形としては、縦にサイクロン式の風を吹かせて粉を取り出す筒、その筒の上部に、横向きに取り付けた、氷を削り落とすための筒。
この二つで完成する。
最初は横向きの筒に飲み物を入れて凍らせる。
凍ったのを確認したらスイッチを入れると、縦の筒側に氷が少しずつ押し出され、薄く削られていく。
かき氷機の横向きタイプと考えてもらえればいいと思う。
そこから縦の筒に落ちてきた氷の破片にサイクロンの風を当てて氷を昇華。
残った粉をフィルター越しの底に集めて横から取り出す仕組みだ。
なお、説明はほぼ澪の説明の流用だけど。
「凍らせて粉にする……一見遠回りにしか見えないがな」
「紅茶から直接粉にもしてみたの。でもそうすると溶けにくかったり、味が落ちちゃったりしてね。苦労したのよ、これ」
レオンの言葉に、過去の挑戦について語った。
彼のためにかなり無理したよなぁ。
今までなら文句を発していた私の口からは何も生まれず、代わりに声にならない笑いだけが漏れた。
「ふふっ、セレナちゃん、なんかいい顔ね。マリーには悪いけど、お母さんになった気持ちが分かるわぁ」
「お母さん? なんでですか?」
「恋する娘の顔が、嬉しいような、寂しいようなね。そんな気持ちね」
そういやクラリスさんには、レオンのことについて何故かよく話している。
たまたまベーネさんがいないタイミングが続いたからだけど、さすがに偶然だよね?
ママの関係者は、下手したらカイル様以上に油断がならない。
「さてと、ここからは金型の成型もやらなきゃだから、時間かかりますよ。仕事ある人は戻っちゃってください」
私の言葉に誰ひとり動こうとしない。
そういえば昨日はヒマとか言ってたから、今日もヒマなのかもしれない。
……私の未来の職場、大丈夫かな?
そこからなんだかんだと二時間近くかけて、ようやく完成する。
さすがに何人かは見学から去っていたが、残った見学者たちからは、盛大な拍手をもらった。
「いやぁ、成型の迷いのない手つきは、高等学校生とは思えなかったな」
「同時制御なんて、うちでも何人出来るか……」
「それよりあの風の通し方だ。螺旋を描くことで、中心から風を昇らせるなんて発想、誰が出来る?」
次々と上がる賛辞の声。
これで春からの仕事も少しは役立てそうなのが分かって、胸をなでおろした。
落華摘粉が出来上がると、みんなして『飲んでみたい!』とのリクエストを出される。
さすがに紅茶を相当量作って、凍らせるのは時間がかかるので、お試しにみんなで一口ずつ飲める程度で勘弁してもらったけど。
紅茶を作って凍らせてると、レオンがまだ残ってくれているのに気付いた。
「ルーカス、もう帰っても大丈夫だよ? ごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって」
「いや、ここで働くセレナに専属魔導具師をしてもらうなら、俺も顔を繋いでおいたほうがいいからな。終わるまで付き合うさ」
「そう? 悪いね」
すると、クラリスさんがやってきて、私の肩に腕を回してきた。
「セレナちゃん、気づいてあげなさいよ、離れたくない男心ってやつを」
「えっ! そうなの?」
「そんなこと聞いてくるなっ! かっ、顔繋ぎのためだ」
「ほら、手プルプルしてるでしょ? あれが我慢してる証拠よ」
「ほー、なるほどぉ」
私たちのこんなやり取りに、周りのみんなも声をあげて笑い出す。
そして、そのまま試飲会から、夕食、宴会となだれ込んだ。
うちのママはかなり適当な性格してると思ってたけど、どうやらベーネさんがそういう性格なのも影響してる気がしてきた。
普通、仕事放り出して宴会やるかね?
とは言え、未来の職場の楽しそうな雰囲気と、落華摘粉の飲み物に喜んでくれたみんなの笑顔に、私もこの日は完全に浮かれまくっていた。
しかし、私はもう少ししっかりしておくべきだったと、翌朝猛省することになる。
私は目の前に座った相手に、土下座をするしかなかった。
この前部屋の中で話しながら澪と喋ってた影響で、つい口に出してましたね。うかつなセレナ、再びでした。
そして就職こんなに簡単に決まったら羨ましすぎます!
次回、第198話「引き受ける覚悟」
宴会後の翌朝、セレナはとんでもないものを見たはずですが、一度は夢と流してしまいます。そして、おかしな人に起こされます。




