第192話 料理との連携
イブニングドレスから、普通の格好に戻り、私はベーネさんの下宿で一人ぼーっとしていた。
レオンと別れたのはついさっきのこと。
あの後、『蒼玉の輝き』の特製フルコースを堪能しながら、お互いの生い立ちや、色んなことを話した。
まあ色々あったが、何よりショックだったのは、彼が第二夫人の息子で、そのお母さんがすでに亡くなってしまっていたということ。
てっきり怖い奥さんと聞いていた、カイル様のお母さんと同じなのだろうと思ってたから、まさか亡くなってるとは思わなかった。
『だから、ハニーミルクは大切な思い出の味なのさ』
寂しそうにそう笑った、レオンの顔が頭から離れない。
幸いというか、第一夫人のリヴィア様は、分け隔てなくレオンも愛してくれてるそうなので、それだけが救いといえば救いだった。
兄弟とも仲が良いので、ひとまず家の居づらさみたいなものはないそうだ。
でも、ママが死んじゃったら。
私はどうなるんだろう?
あんなに強く生きられるのかな?
それに澪だって、いつ消えちゃうか分からないし。
私の心に黒いもやが広がりそうになった、その時、空気を読まない声が聞こえてきた。
(ちょっと、まだ大丈夫って言ったでしょ! 人を勝手に消さないでよねっ!)
「ふぅ……どうなるのかなぁ?」
(へぇ、そういう態度に出るなら、こっちにも考えがあるわよ?)
すると、頭の中で『カチリ』という音が聞こえたかと思うと、ついさっき聞いた……いや、言った言葉が流れてきた。
『あなたが好きなの、ルーカス。私の出来る限り、最高の技術と想いをこの水筒には込めてある。……受け取って、くれるかな?』
「澪ぉぉぉぉっっ! あんた何してくれてんのよっ!」
(へへっ、まいったか)
こ、こいつぅ……。
はぁ、もういいや。
たらればを考えだしたらキリがないし。
(そうそう。せっかく想いが通じ合ったんだから、今日のところは素直に喜んでおきなさいよ)
「本当に澪は単純なんだから……ねぇ、参考までに聞いておきたいんだけど、私とレオンがキスしてる時って、あなた何してたのよ」
(いやー、ドラマの名シーンを特等席で見られるなんて、案外この体も悪かないわよね)
……ちょっと今から、澪を懲らしめに行ったほうがいいかもしれない。
(い、いいじゃない、それくらい。聞かれなきゃ言うつもりもなかったんだし。ときめきに飢えてるのよ、私は!)
「はぁ、初等学校の時からそれ言ってたもんね。まあ澪の元気になるならいっか」
(それよりセレナさ、黎明祭頑張らなくて大丈夫なの?)
ん?
突然黎明祭とは、澪らしくない。
私が乗り気でないのなんか、分かってるはずなのに。
(あのさ、レオンくんと付き合うってことは、カイル様との繋がりがまた強くなるわけよね? しかも弟の専属魔導具師に就く以上、半端な成果では認めないとか言い出さないかな?)
…………
「いっ、言いかねない、あのニッコリ笑って人を刺しそうな、あの人なら」
(あのさ、一応レオンくんが慕ってるお兄さんよ?)
「そんなの関係ないよ! あー、どうしよう。そんなにポンポンと技術革新なんて出来るわけないじゃん!」
私が頭を抱えてベッドに倒れ込むと、澪が自信なさげに聞いてきた。
(……例えばなんだけどさ、他分野の技術を革新する魔導具としての売り込みはどうなの?)
「他分野?」
(うん。セレナ、粉末使って新しい料理のスタイルみたいなの、アミーカちゃんと話してなかった?)
「話してた。……そうか、そう言う視点なら落華摘粉は、価値が跳ね上がるんだ」
そうなると、アミーカとの連携が必要になるけど、まだ王都にいるかな?
彼女がどこまで何を思いついたか聞いておきたい。
(まだまだ王都に残ることになりそうね)
「アミーカがいればの話だけどね」
高等学校の場所はこの間行ったからなんとなく分かる。
あとは寮がどこにあるかだけど……。
(ふふっ、いつものセレナに戻ったのはいいけど、焦りすぎよ。明日工房の誰かに聞いてみればいいじゃない)
「そうだね、それじゃ今の私に出来ること。それは……寝よう!」
頭の中で澪がコケた音が聞こえた気がした。
◇◆◇
翌朝、まずは朝ごはんの時にベーネさんとクラリスさんに場所を聞いてみた。
するとクラリスさんが知っているとのこと。
「っていうか、マリーが通ってたから知ってるのよ。あの子、王都に家あるけど、ほら、仲良くなかったじゃない? だから寮に入ったんだって」
「ええっ? よく親がお金出してくれましたね」
「特待生……だっけ? なんか勉強は出来たみたいだからね」
「特待生? 何ですか、それ?」
どうやら入学前の初等学校の成績と素行、入試の成績が良ければ、学費が全て無料になる仕組みらしい。
寮の場合は半分負担をしてくれるそうなので、ママはこの工房でバイトをして稼いでたそうだ。
「そんな仕組みが。なんでうちの学校にはないんだ……あぁ、寄付金で運営してたせいか」
もらったお金で運営して、それでも苦しかったのだ。
特待生なんて制度を作って、儲けを削るわけがない。
「じゃあ師匠、ご飯が終わったら、セレナちゃん案内してきますね」
「ああいいよ。今日は余裕があるからね。クラリスものんびりしてくるといい」
「ふふっ、私の楽しみを取らないでください。すぐに帰りますよ」
こうして私はクラリスさんに案内されて、女子寮へとやって来た。
クラリスさんへお礼を伝えて、ここで別れる。
受付にいた寮母さんらしき人に、名前と用件を告げて、アミーカを呼んでもらうよう伝えた。
すると、寮母さんは、手元に並んだボタンのようなものをポチッと押す。
程なくしてルームウェア姿のアミーカが降りてきた。
「セレナっ? どうして王都に?」
「ちょっとアミーカに聞きたいことがあってね。時間ある?」
「うん、大丈夫だけど……あぁ、ちょうど良かった。私もセレナに聞きたいことがあるの。ちょっと準備してくるから待ってて」
「分かった」
アミーカを待つ間、私はさっきのボタンについて聞いてみた。
ボタンと部屋のベルが魔導回路で結ばれており、ボタンを押すとベルが鳴る仕組みらしい。
へぇ、初めて見たけど、たしかにこういう大勢がいる場所では便利かも。
……ちょっと帰ったら考えてみよう。
トントンと階段を降りる音が聞こえてきて、アミーカが私服に着替えて降りてきた。
もう一人、初めて見る子を連れている。
銀色の髪をした、すごく大人しそうな子だ。
アミーカの袖を掴んで、下を向いて歩いている。
「お待たせ、この子はフローラちゃんね。魔導具科の二年生で、去年のセレナの活躍を見て、ファンになっちゃったんだって」
「ア、アミーカ先輩、ご本人の前でやめてください。……恥ずかしいです」
ぞわっ。
私のイタズラしたい心が疼いたが、さすがにアミーカの後輩相手にはまずいだろう。
グッと我慢する。
しかし、自分の母親と同じ名前の後輩とは、複雑じゃないんだろうか?
「分かった。よろしくね、フローラ。で、どっかいいお店ある?」
「セレナ……人に用事があるなら、あなたが探しておきなさいよ、まったくもう」
そう言いながらもメモ帳を取り出し、お店を探してくれるアミーカは、本当に頼りになる。
「ベーネさんのところにお世話になってるなら、朝ごはんは食べてるわよね? じゃあこのお店にしましょう。個室もあるカフェだから、ちょうどいいわ」
「何て名前?」
「『至福の甘み』よ」
……系列店か?
まぁいいや。
こうして私たちはカフェに向かって歩き出した。
今回の話し合いで、また一つ楽しい魔導具が生み出されることになる。
レオン……というか、冒険者たちが喜びそうだ。
私の水筒もますます活躍の場を広げてくれそうな気がしてきた。
「レオンと付き合うなら、連覇くらいはしてもらわないとねぇ」
カイル様がニヤニヤしながら言ってくる顔が目に浮かびます。きっと優勝しなくても気にしないくせに(笑)
次回、第193話「先輩としての責任」
アミーカとのお話。まずは確認から。セレナが渡した黎明祭のチラシに、アミーカの顔が固まります。




