第190話 いつまでも共に 前編
私は赤のイブニングドレスに身を包み、ベーネ工房の前で馬車を待っていた。
何でこんなことになってるんだか……。
遡ること三日前。
私は王都に着くなり冒険者ギルドへと駆け込んだ。
一刻も早く水筒を渡したかったからだ。
しかし、
「済まないねぇ、ルーカスのやつ、今ちょうど依頼に出てて、明日戻ってくるんだ。戻ってきたら連絡入れさせるけど、どこに連絡したらいい?」
と、タブラさんに告げられてしまった。
私はベーネ工房へ連絡をお願いし、一度引き返す。
その後、クラリスさんにルーカスに贈る水筒を説明していたら、
「贈り物なのに、そんな裸のまま渡すなんてダメよ!」
と怒られ、水筒と粉末飲料の小瓶を納める箱、包装、高級そうな袋に入れてもらい、形を整えられた。
こういうところがマリーナたちにも怒られるところなんだろう。
そして工房の仕事を手伝いながら連絡を待っていると、大きな包みと手紙、それに知らない女性が届いた。
ベーネさん、クラリスさんと一緒に包みを開いてみると、見事な赤いイブニングドレスが広がった。
「はあっ? 何これ?」
添えられた手紙を見ると、明日の夜に『蒼玉の輝き』に席を予約したので来て欲しいと。
添えたドレスは、カイル様から預かった、以前作ると言っていたものが出来上がったので、渡してほしいと頼まれたとのこと。
そういえばかなり前にそんな話をしていたような……。
「セレナ、あんたもだいぶ見込まれたねぇ。こんなの私でも見たことないほどの高級なドレスだよ。寒くならないよう温熱付与に、この布留めの飾りを見てごらん。こんな大きな紅玉、いったいいくらになるのやら……」
よく分からないけどすごいらしい。
とりあえず一緒に届けられた女性は服飾師さんらしいので、一度着せてもらった。
ベーネさん、クラリスさんから、ため息が漏れた。
姿見で私も見てみる。
深紅のイブニングドレスは、無駄を削いだ上品な仕立てに、繊細なレースと柔らかなドレープを重ねられている。
控えめな装飾と透け感が、幼さを残しながらも大人びた気配を静かに引き立てていた。
「え、これ着て来いってこと?」
「バカタレ、『蒼玉の輝き』だろ? それくらい着ていくのは当たり前だよ」
と、ベーネさんに怒られた。
明日の夕方にまた服飾師さんと、迎えの馬車が来るので、待っていて欲しいということで、一度ドレスを脱ぎ、服飾師さんにお礼と明日のお願いをして別れた。
「ええ〜、なんか水筒渡すのが、すごく大ごとになってる気がするんだけど」
「確かに冒険者かお礼に用意する店としては不釣り合いだね。いったい何者なんだい、そのルーカスってのは?」
「グレッダさんに師事してるっていうから、もしかしたらグレッダさんに出してもらったのかも?」
「あぁ、そういうことなら分かるね。冒険者のための魔導具の一つ目だから、そういうこともあるかもしれないね」
そして三日目の夕方。
冒頭に戻り、私は馬車を待ってるというわけだ。
不安になり、一緒に待ってくれてるキアネアちゃんに、声をかける。
「キアネアちゃん、私これ、変じゃないかな? なんか怖いよ、こんなの」
「セレナ、とてもキレイ。大丈夫」
ぽんぽんと、背中を叩いてくれる。
キアネアちゃんの言うことなら大丈夫なのだろう。
私はキアネアちゃんを抱きしめた。
すると、馬車の走る音が近づいてきた。
何度もよく見る、グレッダさんのフォルティウス家の馬車だ。
いよいよだ。
私はゴクリとつばを飲み込んだ。
馬車が止まると、中からグレッダさんが降りてきた。
「おおっ、セレナちゃんよく似合ってるぞ。昔とは違って、大人の雰囲気も出てきたな」
そう言うと、いつものニカッという笑顔を向けてくれた。
「あれ、グレッダさん、ルーカスは?」
「あいつなら先に行って待ってるぞ。俺はお迎え役だ」
「ええっ? 伯爵を迎えに寄越すとか、あいつ何様よ」
「セレナちゃんがそれを言うのはどうかと思うけどな」
まあ、確かに私もたいがいだった。
とは言え、あいつはそういう事をしなさそうに思えたんだけど……。
「まあ行けば分かる。俺だって今日は特別に引き受けてやったんだ」
そう言って私をエスコートするグレッダさん。
な、慣れないな、こういうの。
馬車に乗り込むと、扉が閉められ、ゆっくりと馬車が動き出した。
やがて、『蒼玉の輝き』に着くと、再びグレッダさんのエスコートで馬車を降り、中へと入る。
なんか緊張してしまって、ここまで動かされてるような感じだ。
グレッダさんがいなかったら、まだベーネ工房の前に立ちっぱなしだったかもしれない。
「セレナちゃん、そう緊張するな。一度来たことのある場所だし、ルーカスもセレナちゃんへのお礼ってことで、精一杯頑張ったんだ。あいつの男気をどうか受け取ってやってくれ」
とても穏やかな表情でそう語るグレッダさんに、私はパパに似た雰囲気を感じた。
係の人に一度別の部屋に通され、私は一緒に来ていた服飾師さんにドレスの調整をしてもらう。
裾やウエストが一つずつ直されるたび、その時間が近づいてくる気がして、胸が痛くなってくる。
調整が終わり、私は服飾師さんに軽く会釈だけして、再び部屋へと案内される。
いよいよ、か……。
レストランの人に案内された個室は、昔私が入ったことのある個室。
ここってそこそこ広い部屋だった気がするけど、二人なのに?
それとも他に誰かいるんだろうか?
扉を開けようとする係の人をグレッダさんが制した。
「済まん。ここからは俺にさせてくれないか?」
にこやかに「かしこまりました」とお辞儀をして、係の人は去っていく。
そのとてもスマートな姿に、さすが一流のレストランだなと感じ入った。
「セレナちゃん、俺はここまでだ。後は二人で話すといい」
「えっ! グレッダさん帰っちゃうの?」
「いや、別の部屋で会食の予定がある。今日はそのついででもあったのさ。大丈夫だ、あいつはそんな悪いやつじゃない。セレナちゃんも知ってるだろう?」
「うん、知ってるけど……少し、怖いの」
グレッダさんの大きな手の平が、私の頭に置かれる。
その温かさに安心してしまい、つい涙しそうになる。
「怖がることなんかないさ。いつものセレナちゃんで接してやってくれ。その方があいつも喜ぶ」
そう言うと、ドアノブに手を掛けた。
私はその手を上から止める。
「ちょっと待って。深呼吸だけさせて」
数回深呼吸をすると、次第に腹が座ってきた。
頬を叩き、気合を入れる。
その姿をグレッダさんが、優しく見つめてくれていた。
「開けるぞ?」
「お願いします」
キュイッという音を立ててノブが回り、ドアが開いた。
やはり昔と同じ大きなテーブル。
しかし椅子は二つだけ。
一番奥の一つ。
そして、手前の一つにルーカスがタキシード姿で座っていた。
「セレナ、よく来てくれた。グレッダさん、すみませんでした、こんなことをお願いしてしまって」
「なぁに、ついでだ。気にするな。あとはゆっくりと、料理と話を楽しむといい」
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をするルーカス。
それを見たグレッダさんは、別の部屋へと去っていった。
「さあ、セレナ、掛けてくれ」
そう言ってルーカスは奥の席へ行き、椅子を引いて私を待った。
私はドレスの裾を踏んで転ばないよう気をつけながら、ゆっくりと足を進めた。
そして、椅子の前に立つと、椅子が押されて私の膝裏に当たる。
それに合わせてゆっくりと腰を下ろした。
ど、ど、どうしよう。
さっき深呼吸したのなんか全部吹き飛んだ。
胸を打つ音が聞こえてきそうだ。
手先もなんか冷たくなってきてる気がする。
私は目を大きく開いて、真っ直ぐ前を見るしかなかった。
すると、その視界にルーカスの姿が写り、ドクンッと胸が跳ねた。
落ち着け、落ち着いて。
ドレスなんか着てるけど、いつもの私たち。
『蒼玉の輝き』なんかにいるけど、いつもの私たち。
何も変わりはしないんだ。
ルーカスが席につくと、私の様子に気付いたのか、声をかけようと口を開いた。
「……」
赤いイブニングドレス姿のセレナのイラストは、またXとかでアップしますね。
いよいよルーカスとの二人きりの時間です。
次回、第191話「いつまでも共に 後編」
ルーカスの口から発せられた言葉に、セレナはようやく自分を取り戻し、いつものように話を始めていきます。




