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第五章 空っぽの天国⑤ Empty Heaven

ウゴォォォォォォォァァァァァァァァァァ


 それはもはや声ではなかった。

 咆哮。

 そう呼んで差し支えないものだった。

 バグワーンによって本能を解放され性衝動を攻撃衝動へと変換された彩は、まさに狂戦士(バーサーカー)と呼ぶに相応しい(ケダモノ)へと変貌した。

「いいですわよ。いいですわよ。本能の、魂の叫びのままに!」

 彩だったそれは身を包んでいたものを掴むと、自ら剥ぎ棄てた。

 その背後に立ち、バグワーンは彼女の両肩に手を添える。

「生まれたままの姿というのもなんですから、今のあなたに相応しいお召し物を差し上げましょう。マッヘンパゾラ!」

 彩は光の中に消え、次に姿を現した時には黒いギャノンスーツに身を包んでいた。

「デギールの…スーツ…」

「このお召し物に相応しい得物も添えなければいけませんね」

 彩の右手から棒が伸長し、さらにその先に渡り2mほどの巨大な赤い刃が生えた。

 命を刈り取る禍々しきその姿、大鎌(デスサイズ)

「準備は整いました。夏本サン。あなたの使命は目の前にいる不埒な侵入者にお仕置きすることです。さぁ、我らシューニャデーヴァの、永遠に続く安寧のため。この男、叩き斬ってしまいなさいッ!」


ウガァゴォォォォォォォ


 再び雄叫びを上げた。

「ああ、本当に素晴らしい。これほどの穢れた魂を持つ者、なかなかおりませんわ」

「クソッ! 何が穢れた魂だ! オマエたちが! 周りの穢れた人間たちが! キレイだったものを汚して! 利用して! 食い物にしてるだけじゃないかッ!」

「綺麗事などいくらでも言えましょう。人は皆、欲しいのです。富も。名誉も。快楽も。誰もが欲望を抱えておるのです。その欲望が満たされぬ時、人は皆、絶望するのです。絶望しても、それでも満たされたいと思う時、人は皆、周囲を攻撃するのです。ある者は盗み、ある者は欺き、またある者は(かん)する。犯罪とは、そうして起こるものなのですよ。しかしこの娘、どれだけの欲望を抱えていたのでしょう。これほどまでの、目に見えんばかりの攻撃衝動。全身を駆け抜ける、己に近づくもの皆傷付けたい衝動は、もはや誰にも止められません。いえ、いずれ止まりますか。無限に増幅され続ける性的衝動が脳を焼き尽くせば」

「…なんだって?」

「その時…彼女は全ての欲望から解き放たれるのです。もっとも、人はそれを廃人になった、と申すでしょうが」

「な…何だとォォォッ!」

 タケシが叫んだ、その時。


ドゴォッ


「ゥゴ」


ドォォォォン


 バグワーンがくの字に曲がって吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 頭から行ったのであろう、首があり得ぬ方向に曲がっている。

 生きてはいまい。


ガフゥゥゥゥゥ


 ヤったのは、彩、だった。

 彼女はバグワーンの方へ振り向き、大鎌を振り翳し、横に薙いだ。

 そして結果は先の通りだ。

「タミ…ちゃん…?」

 タケシの声に反応したのか、ゆっくり振り向く。

「ガァァ!」

「グァァァ!」

 彼女の近くにいたゾンビやバグワーンの従者たちが次々と薙ぎ飛ばされる。

 そして、ゆっくりとタケシの方へ歩み進む。

 一方、タケシを押さえていたゾンビたちは、命令の主を失ったせいなのか、動かない。

「クソッ! 放せ! オマエらも彼女にブッ飛ばされるぞッ⁈」

 彼らが動かないせいで、タケシもまた動けないままだ。むしろ生き物的手応えがない分、無機物に固定されているのに等しい。十字架に架けられたままうつ伏せにされた、そんな感じだ。

「放せッ! 死にたいのかッ⁈」

 踠くタケシ、その耳に届いた音。


ドフッ


 野太い発砲音。


ドフッ ドフッ


 一つ、また一つと発砲音が聞こえるたびに、タケシの身体が軽くなる。

「この音。まさか…」

 タケシが振り返る。

 暗がりに現れた、黄橙色に輝くメタルのボディが3つ。

「大丈夫っ⁈ タケシくんっ!」

 ルミ。

「探しましたよ、タケシさん!」

 小百合。

「なぁんかーだぁりんにヒドイことしてなーい? このヒトたちぃ」

 麗美。

 ギャノンスーツを身に纏い、銃を構えるルミを先頭に、3人がタケシの元へ歩み進んでくる。

「ルミさん…小百合ちゃんに麗美さんも…どうしてここへ?」

「あなたが出た後、やっぱり自分で言わなくちゃって編集部へ電話したの! そしたらニュー


ドフッ


スで私が帰った後、尾辺の家が爆発したって聞いて! だから心配になってタケシくんがどこ


ドフッ


へ取材に行ったのか聞いて…追いかけて来てみればこの有り様で…とにかく、間に合って良か


ドフッ


った!」

 状況を説明しながら弾を放ち、周囲のゾンビを次々と仕留め、前進する。

「ルミさん! 体調はどうなんですか⁈」

「絶好調とは言えないから、2人に連絡して応援に来てもらったの。でもスーツ着てる方が楽に動けるのね! なんなら日常でもこのままでいいくらい!」


ドフッ


「そんな格好で編集部行ったらみんな驚きですよ!」

「渡辺君なんか私の新しい魅力にきっとタジタジよ⁈」


ドフッ


「良かった…調子出て来ましたね」

「まぁね。…でもあなたのおかげよ、タケシくん」

 撃ち進みながら、ゾンビさんの拘束から逃れ立ち上がったタケシの眼前まで来た。

「ありがとう」

「オレは何もしてませんよ」

「まぁいいわ。今のうちに! あなたも! スーツを!」

「はい! フェイザーッ!」

 頭上高く左手を掲げ

「相着!」

 その手を胸元へ引き下ろし

「ギャノン!」

 緑色のギャノンが現れた。

「うわぁ。ギャノンさんだぁ!」

 小百合が嬉しそうに小躍りして喜ぶ。

「一体どうなってるの?」

「詳しいことはともかく、あの黒いデギールのスーツ、中はタミちゃん…夏本彩です」

「お知り合い?」

「そのような…そうでないような…」

「ふぅん…」

「ふぅんって、ルミちゃん知らないの? 夏本彩ってアイドルよ? あなたのトコの雑誌にだってグラビアで出てたじゃない!」

「そう…だっけ?」

「衣装、着たことあるでしょ⁈」

「ん? あーあーあー!」

 同意の声は聞こえたものの、おそらく不服そうな顔をしているのであろう、スーツのマスク越しで見えないがその気配をタケシは察知した。

「それがなんでこんなアッ!」

 急に足元を取られ、よろめく。

「何ッ? ダメだ! みんな! やめろ!」

 ぶちのめしたはずのゾンビたちがタケシたちの足にまとわりついてきた。ガテーヌの弾を生身で喰らったからにはタダでは済まないはずなのだが、少々骨を折られた程度ではまだまだ動けるらしい。

「キャーッ⁈ 何なんですかーッ⁈ この人たちーッ⁈」

 小百合がその薄気味悪さに大声を上げる。

「ヒィヤァァァッ⁈ 何なの〜?ゾンビっぽい〜!」

「ゾンビとは言われてますが生きた生身の人間です! おでこのヤツに操られているみたいで!」

「おでこ?」

 実はすでに異変が起きていた。それまで青や緑だったゾンビたちの額の六角形が、次々と赤へ色を変えていったのだ。

「あれっ? みんな赤い…? さっきまで青とか緑だったのに! さっきぶちのめされたそこの教祖が言うに、赤いのはヤバいそうです! バーサーカーだって!」

 そこの、と言われ目を向ければ白眼を剥いて口から血を流しているバグワーンだったモノが在った。

「ヒィィィィ…」

「うはぁ…」

 小百合と麗美はソレを見て言葉を失うがさすがにそこはプロ、ルミは落ち着いている。

「バーサーカー?」

「狂戦士! 戦うことに特化した、不死身の戦士です!」

「それこそゾンビじゃない!」

「そういうことですよ!」

 タケシは蹴り剥がそうとするが常人を超えた馬鹿力で何体ものゾンビに絡まれては思うようにいかない。

「あなた、ブレイドは⁈ 使いなさいよ!」

「だってこの人たち、生身の人間ですよッ? それも生きているッ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないじゃないッ! あっちの子が参戦したら本気でマズいわよッ?」

「分かってますが…!」


ゴアァァァァァァァァァ


 雄叫び。様子を見ていた彩が動き出した。

「ほら! 言わんこっちゃないっ! 分かった、生は私たちが相手するから、あなたはあっちをやりなさいっ! スーツ相手ならやれるでしょ⁈」

「しかし…」

「しかしもおかしもないッ! やりなさいッ!」

「クッ…分かりましたよッ!」

「麗美さん! 小百合ちゃん! まずはこれ剥がしたらタケシくんの援護!」


ドフッ ドフッ ドフッ…


 ルミはタケシの足元のものから優先的に撃っていく。怯んだところをタケシは蹴り剥がし、なんとかゾンビの群れから抜け出せた。

「了解よぉ〜!」

「了解ですッ!」

 まずは麗美が足首を掴んで放さない1体。

「はーなーしーなーしなさいって!」

 その襟首を掴んで持ち上げた。それはあまりにも軽々、ヒョイっと持ち上がった。

「うわぁ、何これ、すんごい力ぁ! これあったら変な男ドモに絡まれても大丈夫だったのにぃ」

 持ち上げられたゾンビさんはどうにかして麗美を掴もうとジタバタ暴れる。

「もう! 大人しくして!」

 と、麗美はゾンビさんの腹にパンチを一発。ボキッと鈍い音。

「あーらー、なーんかイヤーな音〜」

「麗美さん! スーツで力が増幅されてるんだから加減して! ただでさえバカ(ぢから)なんだから!」

 ルミに叱られた

「バカ(ぢから)ってヒドくなーい?」

 ときに麗美と小百合にスーツは与えられたものの武器の類に予備はなかったので、麗美は素手だ。小百合にはルミの護身用のブレイドが貸し出されたのだが…

「えいっ! えいっ!」

 フィットネスの他にボクササイズなども嗜む麗美はともかく、元より何の戦闘経験もない小百合、飛び回る虫をハエ叩きで追いかけるような動作しかできない。

「小百合ちゃん! しっかり狙って!」

「えぇッ⁈ でもーッ」

「オデコのそれが原因だというなら!」

 ルミはガテーヌを3点バーストモードへ切り替えた。

「この威力なら頭蓋や脳までは影響ないハズ…!」

 トリガーを引き込めば3連射のところをいわゆる『指切り』で単発で撃つ。


ドヒュ ドヒュ

 ドヒュ パーン…


 3発目が額に命中、六角形が砕けて散り、今まで猛々しく動いていたゾンビが、力無くその場へへたり込んだ。コツを掴んだルミは次々とゾンビを無力化していく。

「小百合ちゃんも! おでこの六角形狙って!」

「えぇっ⁉︎ はい! やってみます! えいっ! えいっ!」

 相変わらずハエ叩き状態なのだが下手なブレイドも数振り回せば当たるもの。


パーン


 小百合を襲おうと伸ばすゾンビさんの両腕を掻い潜り、真っ正面から入ったブレイドがおでこに炸裂、赤い六角形が弾け飛んだ。

「やった! やった! やりましたよ、ルミさんッ!」

 ピョンピョンと喜び跳ねる小百合の背後から忍び寄る1体。

「どぉっせぇいッ!」

 掛け声と共に麗美がショルダータックルでそれを跳ね飛ばした。

「キャッ⁉︎」

「さゆちゃーん、油断しちゃダーメよぉ〜」

「あ、ありがとうございます、麗美さん」

「いいってことよぉ。さぁて」

 麗美は跳ね飛ばしたゾンビさんの上に馬乗りのマウントポジション、ゾンビさんは麗美を押し除けようと暴れているが

「大人しくしなさいね〜。喰らえ! ショーヘードッグ(デコピン)!」

 弾いた中指が六角形の真ん中へ命中、六角形が割れ弾けるとゾンビさんは電池でも切れたかのようにパタっと動きを止めた。

「さぁさぁかかってきなさーい。ショーヘードッグがおでこに噛み付くわよぉ!」

 中指をセットした腕をグイッと迫り出し、麗美はゾンビさんの群れへ突っ込んでいった。



 一方のタケシ。

「ブレイド!」


ブォン


 右手にブレイドを呼び出す。が…ブレイドを構えず、両腕を広げて彩の前に立ち塞がるのみ。

「止めよう、タミちゃん。君がこんなことする子じゃないって、オレ、知ってるよ。だから


グガァァァァァァァァ


ヴォンフッ


「うわっ!」

 雄叫びと共に大鎌が横薙ぎに走った。タケシは反射でそれを避けたものの、デスサイズの赤い刃は振られると同時に青へと色を変えた。すなわちそれは待機中よりも振った時の方が威力が増すことを意味している。

 もちろんタケシはその変化を見逃さなかった。

「この刃渡りで青…これ絶対ヤバいヤツ…タミちゃんッ⁉︎」


グワァァァァ


ヴォンフッ

 ドゴォアッ


 タケシの呼び掛けに応じることなく、高々と振りかぶられた大鎌が振り下ろされた。タケシは後ろへ飛び退く。刃先は床の畳に突き刺さり、さらにその下の床板ごと爆ぜ飛ばす。


ガァァァァァ


 彩が突進し


ヴォン

 ガキィィィィ


「グォゥッ!」

 振り薙がれた大鎌の刃を、タケシはブレイドで受け止めた。

「グッ…なんて力だッ…ぐっ…タミ…ちゃん…」


ギ ギギギ ギギ…


 大鎌とブレイド、二つの刃が押し合いへし合い、軋みを上げる。

「うぐっ…タミちゃん…どうして…タミ…ちゃん…」

 タケシが押し切られそうになった、その時。


ドフッ


 いつの間にか彩の背後に回っていたルミが彼女の背を撃つ。


ドフッ ドフッ ドフッ


 何発も。何発も。

 3点バーストではない、本来の高出力のままのガテーヌの弾が、彩が振り返るスキを与えず、次々と。


  ボフォッ ボフォッ ボフォッ


 至近距離でそれを受けた場所は中和爆発を起こし、中身、すなわち彩の肌が露出した。


ドフッ ドフッ ドフッ

  ボフォッ ボフォッ ボフォ ボ ボボボ ボボボボボボボボボ…


 中和爆発の連鎖が始まる。


ドゴォォォ


 そうして彩のスーツは爆散した。

 だがこれで終わりではない。


グウォォォォォォォォォォォォォ…


ブンッ


 スーツが消え去り生まれたままの姿の彩。しかしバーサーカー状態が終わったわけではない。

 エネルギーが供給されずただの棒になった『大鎌だったもの』を、振り返り、攻撃の主であるルミ目掛けて振り下ろした。ルミはこれを飛び退いて躱し、単発モードだったガテーヌを3点バーストに切り替える。

「悪く思わないでね」


ドヒュ

     パーン…


 額の赤い六角形が砕け散る。

 生ける『操り人形』は、膝から落ち、そしてうつ伏せに倒れた。



「…フェイズアウト…」

 タケシのスーツが虚空に消える。

 彩のそばへ歩み寄るとタケシは膝から倒れ落ちた。

 そして

「う…うぅ…ウワァァァァァァァァ!」

 叫び、号泣する。ルミの目も憚らず。

「ウグッ…またこれだ! いつもこれだ! 悲しい出来事はオレの手の届かない遠くで起こって、オレは結果だけを見せつけられる! オレは…こんな力を持っているのに…ひと一人、女の子一人すら守れないのかぁぁぁッ…」

「…フェイズアウト」

 ルミも相着を解きタケシのそばへ歩み寄る。

「戦うって、こういうことなのよ」

 そしてそのそばへ座ると、泣き咽ぶその背中にそっと手を差し伸べた。

「彼女を撃ったのは私。彼女を倒したのも私。あなたは…何もしなかった。私は、この子とあなたの関係を知らないけど…安心して。トドメを刺したのは私。だから…恨まれるのは私。それでも…私はあなたを助けたかった…」

「分かってます! 分かっています! ルミさんのせいなんかじゃない。そんなこと…分かっていても…グゥッ…ウワァァァァァァァァ…」

 タケシはルミの膝に顔を埋め、泣き続けた。まるで子供のように。

「だぁりん…」

「タケシさん…」

 相着を解いた麗美と小百合も集まった。

「泣いて…泣いて…涙枯れるまで泣いて…そしたら、立ち上がりなさい。再び立ち上がった時、あなたは前よりもずっとずっと、強くなっているのだから…」

 ルミは泣きじゃくるタケシの頭を優しく撫でる。

「ウウッ…ルミさん…」

「ごめんね。私たちには感傷に浸っている時間さえないの。私たちは表に現れてはいけない存在なのだから…」

「…はい…」

「立てる?」

「…はい…」

「ああ、その前に…フェイザー。バイタルチェック」

 ブレスレットから浮かび上がるディスプレイをチェックするルミ。

「大丈夫。彼女も、他の人たちも、みんな心拍呼吸とも問題なし。後のことは警察に任せましょう。きっと彼らが保護してくれる」

「はい…」

「さぁ、行くわよ」

 タケシはルミに手を引かれ、二人はシューニャデーヴァを後にした。その後に麗美と小百合も続くが、2人とも無言だった。

エンディング『Empty Heavenー白いフォトグラフ82-』


https://x.com/HanashioKikei/status/2047219996171116855?s=20

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