第五章 空っぽの天国④ Living Dead Lives③
「う…うぅ…」
「お目覚めですかな?」
「う…ここは…」
「シューニャデーヴァへ、ようこそ」
甲高いがドロっとした、気怠そうな男の声。
タケシはゆっくりと瞼を開ける。電球色の薄暗い明かりの中に、だんだんと人の姿が確認できるようになってきた。両腕の自由は効かず、背中にも圧を感じる。ゆっくりと見回せば、額に六角形の『ゾンビさん』たちに両腕を掴まれ、背中も押されて拘束されているのだと理解できた。
先ほど、林に電話を掛けている時、電話に注意を取られゾンビに囲まれていることに気が付くのが遅れ、鳩尾をしたたか殴られ気絶、そして現在に至る。
「君は何者かな?」
声の主は正面にいる。ゆっくり顔を上げて行くと、今タケシがいる位置より微かに高い場所でくつろぐ者が見えた。
「アンタは…?」
「おや。こういう時は自分から名乗るものですが…まぁいいでしょう。私の名はバグワーン。シューニャデーヴァの最高神です」
(なんだこの風景。なんか見たことが…バカ殿とかがいる、一段高い座敷だ…)
このバグワーンと名乗る男。タケシの言う一段高い座敷に寝そべっている。黄金のガウン、とでも言えばいいだろうか、着ているのはそのようなもので、慇懃な丁寧語で話す。
「バグワーン? …ホントの名は?」
「そんなもの、俗世との交わりを絶った時に捨てましたよ。さてあなたは…何をしにここへ? 何を見て、何を知りましたか?」
(…なんか同じ質問を前もされたような…横浜か…)
「おや。お返事がないようですね」
「バグワーン、って言ったな。アンタ、デギール、か?」
「デギール。聞いたことがあります。しかし我らシューニャデーヴァは俗世との繋がりを全て絶った者の集い。そのような俗物とは交わりませぬ」
「石廊崎事件を知っているか?」
「存じません。今も申した通り、我ら俗世間の道理とは交わりませぬゆえ」
「ここでエンプティヘブンを作っているのか?」
「いかにも。それは我々が作っているものですよ。原料や製造方法は企業秘密ですがね。おっと、我々は宗教法人でしたな。フホホホ」
「一体、何のために…」
「我らシューニャデーヴァの教えは現世での救済。苦しいからと言って、生まれ変わって来世で救われろというのは死ねと言っているようなもの。現世で苦しみ続けるくらいならば、せめて安らかな心と体で在れば、人は苦しみから救われるというもの」
「だがヘブンは危険だ。廃人になるぞ」
「それは使い方を誤っておるのです。濫用すれば危険なクスリですがね。適量を与えておけば一週間ほどで勝手に起きますよ。食事も何も、一週間単位で与えれば済みます。断食の修行のようなものですよ。実際、ダイエット目的で入信される方も大勢いらっしゃいますからね。もっとも、我らシューニャデーヴァにやって来る大部分はいわば『諦められた人たち』」
「諦められた…?」
「彼らには居る場所もなく、行く場所もないのです。そして生きる目的もなく、死ぬ意味もない。そんな、周囲からも諦められた人々が我らを訪ね、現世での救いに身も心も預けておるのです。死ぬまでは生きていていただきます。殺人ではありませんよ。死んではおりませんからね。社会的には『使い道』のない彼らですがね、『目的』を与えれば、彼らとて役に立ちます。エンプティヘブンと一緒にいただいた物があります。それが今彼らの額にある印。名前が何やらあるらしいですが、はて、忘れてしまいましたので、ジャトコーンと呼んでおりますが。ジャトコーンには行動の道理が刻まれ、それに沿って動くそうです。今あなたの周りにいる方々がそうですよ。」
「そんな…自分の意思で動いているんじゃないのか…」
「そうそう。近頃、我らシューニャデーヴァに魅力的な娘さんが入信したのですよ。お客人のおもてなしです。ご紹介しましょう。夏本サン。いらっしゃいなさい」
「夏本…? あ、ああっ!?」
「世間では先日までアイドルとやらをやっていたそうですが、晴れて我らシューニャデーヴァに入信なさいました」
座敷の袖から入ってきた娘…それは夏本彩、タケシ知るところのタミコだった。
「タミちゃんっ?!」
「タミ…そのようなお名前でしたかね? まぁいいです。今では我が教団の広告塔ですよ。彼女のファンだという男性も次々と入信されて、なかなかに盛況なのですよ」
彼女はバグワーンの傍らに立つ。他のゾンビもそうなのだが、病院で検査を受ける時のような、丈の短い浴衣のようなものを皆着ている。そして何より、彼女の額には赤い六角形がある。周りを見ても青か緑なのだが、彼女だけが赤い。
「気が付きましたかな? ご覧のとおり、夏本サンだけはスペシャルな赤いジャトコーンを与えました。ヒトの生殖欲求というのは簡単に攻撃衝動へ変換できるのだそうですよ。性欲が高まれば高まるほど攻撃性は高まる、とか。譲り受け物の受け売りなので詳しいことは分かりませんがね。どれ、ひとつ試してみましょうか。この娘、どれほどの欲望を秘めていることやら」
「何の…話だ…?」
バグワーンは起き上がると彩に命じた。
「夏本さん。ここへ来て足を開き、膝立ちになりなさい」
言葉もなく彩はバグワーンの前に来ると、タケシに背を向け、言われるがままの行動をとった。
「裾を、上げなさい」
言われるままに、両手で裾をたくし上げる。うっすらと透けて見える裸体に下着は着いていない。
「では…」
バグワーンの右手が、彩の下腹部に伸びる。
「何を…する気だ…」
バグワーンの手が動いたのであろう、彩の身体が微かに揺れる。
「あ…ン」
彩の口から甘い声が漏れた。刺激に身体を支えきれなくなったか、両手をバグワーンの腕に添えた。
「ほほう。これはこれは…」
クチッ クチッ …
粘り気のある水音が聞こえてきた。
「あ、あン、あ、ア、あン…」
弄ぶ指先の動きに同調して嬌声が高まっていく。
「やめろぉぉぉ…やめて…くれ…」
「この娘、この身体にどれほどの業を宿していたのでしょう。こんな刺激ですら」
クチュッ
「あアッ…あン…!」
ビクンビクンと彩の身体が弓形に反る。両手はバグワーンの右腕を離れ、下へだらりと垂れ下がった。頬を紅潮させ、口をだらりと開く。天を仰ぐ目は焦点が合わず、虚ろだ。
「素晴らしい身体です。素晴らしい反応です。さぁ、曝け出すのです。秘めたる欲望を。吐き出すのです。醜き心の内を!」
バグワーンの手の動きが激しくなっていく
グチュッ グチュッ グチュッ…
「あっあっあっあっああああああああああああああああ」
嬌声がやがて唸り声に
「あああああああアアアアアアアアアアガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァッ」
彩はガクン、ガクンと大きく震えた後、動きも、声も、止まった。
「来ましたよ。来ましたよ。これは素晴らしい。さながら狂戦士。バーサーカーですよ」
そしてゆっくり立ち上がり、ゆっくりタケシの方へ振り返る。
額の六角形は紅く燃え盛っていた。
「タミ…ちゃん…」
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