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第五章 空っぽの天国① 追う者たち

オープニング『【Friends of Fate】宇宙記者ギャノン』


https://x.com/HanashioKikei/status/2034890114317656129?s=20

「あーったく! 林さん外しちまったらイチからやり直しじゃねぇか! なーんでそんな簡単なことも分からんかね、ウチの上の方は!」


ギッシィ


 大声でボヤきながらイスに身を投げ出し軋ませたのは県警捜査一課の梅木。先日、一連のEH(エンプティヘブン)関連の事件を統括するポジションに就任した。すなわち林の後釜である。

「警視庁と繋ぎ取るだけで一体何日掛かるっつぅんだよ、全く!」

 エラく不満げだが実際不満なのだ。自分がそのポジに来たことではなく、林が外されたということが。

 言うなれば梅木は林門下生。新人の時から目をかけられ、刑事のイロハを叩き込まれて一人前になったわけで、林は大恩師に当たるのだ。さらに言えば、梅木は小細工が効かないタイプ。猪突猛進ぶりを林に嗜められたこともあるが、林はそんな梅木の真っ直ぐな気質を気に入っていたので、ダメなものはダメとしながらもその成長を目を細めて見守ってきたのだった。

「梅木さん、本部長がお呼びだって」

「あぁん? 本部長が? ちょうどいい、本部長にガツンと言ってきてやらぁ。林さんいないと話にならんでしょ、ってな。ちと行ってくんわ」

「はいはーい、いってらっしゃーい」

 現在のEH対策班は梅木の部下で構成されているため梅木の扱いには慣れっこだ。



コンコン


「一課の梅木です」

「入りたまえ」

「失礼しま…あぁん?」

 ドアをくぐった梅木、驚きの顔。「本部長にガツン」の件はすっかり頭から飛んでしまった。

「よ。梅木。久しぶり」

「林さん? それにおやっさんも…」

 本部長のオフィスを訪ねてみれば、林と小谷が顔を連ねていた。

「ご苦労さま、梅木警部補」

 声の主は先の不祥事で懲戒免職となった三屋木に代わり本部長となった姫野。

「あ、お疲れ様です」

 慌ててピッと敬礼をする。

「まぁ固くならんでもいいよ。楽にしてもらっていい。さて、三屋木前本部長が残念なことになり、その内容からも県警に対する市民からの不信感は強い。こうした不信感を払拭するのは並大抵ではないが、仕方ない、一つ一つの信頼を積み重ねていくしかあるまい。みんな、心してかかってくれ」

「はっ」

「まぁったく、不祥事で捕まる警官なんざ、一審で死刑確定でいいってぇのに。ねぇ?」

「言い過ぎだぞ、梅木」

「あ、すんません…」

 軽口を叩く梅木を林が嗜めた。その様子を見て小谷が笑っている。

 林もそうだが梅木も小谷のお気に入りでよくかわいがっていた。先ほど梅木が「おやっさん」と言っていたのもその証左だ。

 姫野が続ける。

「さて、この面子に集まってもらったのは他でもない、EH案件に関する人事、とでもいうのかな、その辺の打ち合わせだ。梅木にはつい先日EH対策班の班長になってもらったわけだが」

「お? もうお役目ごめんってことですかい?」

 揉み手をしながら嬉しそうに梅木が言う。林がここにいるということは班長に林が戻り、自分は別案件か林の元で動く、そう梅木は考えたようだが。

「いや、君にはそのまま今のポジションにいてもらう」

「へ? でも林さんが」

「本部長、俺の方から説明します」

「よろしく頼む」

「梅木。俺もEH対に戻るんだが、表立っての指揮は梅木、お前にとって欲しい。俺は言ってみれば裏方に回るってことなんだが、俺とお前では追うものに違いがある。お前はこれまで通りEHを追ってもらうが、俺は追うのは…デギールだ」

 林の言葉に梅木の表情が引き締まる。

「デギール…聞いてます。得体の知れない犯罪組織、とか」

「そう、それだ。だがそんな組織、まるで子供向けの特撮番組みたいだろ? それで班を一つ構成してくれって、上は首を縦には振らんだろう。そこで内密に、俺と、以前一緒にEHで動いていた奴らをまとめて、形式上お前の下に入って、実質的には別々なものを追う、という算段だ」

「なるほど…」

「だが今言った通り内密に、ということだから上には真のところは話していない。なので」

 林はちらりと小谷へ目配せ。小谷は軽く頷く。

「わしが後見人ということで勝手にやらせてもらう、ということじゃよ。上は頭が硬いからのう。ふぉっほっほ。何かあってもこのおいぼれの首を飛ばすだけで済むっちゅうことじゃ」

「させませんよ、そんなこと!」

 梅木は目玉が落ちそうなばかりに目を見開き怒声を上げた。

「相変わらず血の気が多いのう。嬉しい限りじゃが…」

「梅木。この人事にはもう一つ理由がある。というのが…残念なことだが、うちの組織にもデギールが紛れ込んでいる可能性がある、ということなんだ」

「…マジですか…」

 警察の正義を信じる真っ直ぐな梅木にとって、林の報告はショックだった。

「俺の任務の目的上、ヤツらに悟られず動けるようにしたい。表立っては言えないが、不祥事の三屋木前本部長、覚醒剤(シャブ)の取引をしていたんだが、アレがデギールだったそうだ」

「なぜそれを…?」

「うーん、民間の協力者からのタレコミ、ってとこだな。名は明かせんが。そして俺はその協力者と連携してデギールを追うつもりだ。場合によってはお前のとこも借りることになるかも知れん。EH絡みなら出しやすいだろう。ああ、もちろん姫野本部長をはじめ、ここにいる全員が『シロ』だ」

「なるほど、ねぇ。分かりました。梅木一夫、林警部の補佐、しっかりと務めます!」

 胸を張って敬礼する梅木。

「お前、話を聞いてたか? どっちかと言えば補佐するのは俺の方だぞ?」

「え? そうなんですか? てっきり林さんの下に入るもんだと」

「ふぉっほっほ」

 教え子とも言える二人を見て小谷は目を細めた。

「さて、事情は伝わったということで、以降、林警部の関わる案件は単にDとだけ呼称し、班もD班と呼ぶこととする。ことD班については私から指示や命令が出ることはない。独立した捜査隊と言ったところだ。EH班と連携してことに当たっていただきたい」

「了解しました」

「了解です」

「あぁ、それでじゃ二人とも。このあとは手が空いてるかいの?」

「大丈夫です」

「あ、俺は班の方に戻って伝えてくれば問題ないです」

「分かった。二人とも鑑識課で待っておるぞ」



 林と会ったあと、帰宅したタケシが廊下で見たのは

「ルミさんっ⁉︎」

 倒れていたルミだった。

 抱え起こそうとタケシが触れた瞬間。

「イヤっ! 触らないでッ!

  弱々しい声、しかしハッキリとした強い拒絶の言葉だった。

「あ…ごめん…なさい…そういうつもりじゃ…なかったんだけど…」

 ルミは動かない。弱々しく、言葉を発するだけだった。

 タケシは困惑した。どうしていいのか分からない。抱き起こそうと出した両手は宙に彷徨う。

「あ、違う、違うの…ご、ごめんなさい。とにかく、落ち着いたら話す。話すから…今はそっとしておいて欲しいの…お願い…」

 放っておけと言われるならそうするしかないのだが

「…大丈夫ですか? …ルミさん…」

 気に掛けずにはいられない。

「大丈夫…大丈夫…だから…」

 ルミは弱々しく応えると同時にズルズルと這い始めた。

「タケシくん…お願い…ドアを…開けて…」

「…はい…」

 ドアが開くとズルズルと部屋の中へ入っていく。

「私が入り切ったら…ドア、閉めてくれるかな…ごめんなさい…」

 右足の爪先がドア枠を越えたのを見計らい、タケシはドアをそっと閉め

「ルミさん。体調が悪いようなら、声、掛けてくださいね」

 ドア越しに言ったものの、返事は無かった。



「遅くなりました」

 鑑識課に梅木がやって来た。

「これで全員じゃな」

 小谷が見回す。

 小谷によって集められたのは、林、梅木の班長二人以外に、鑑識課の野口、入間の二人。逆に言えば、彼ら以外の人はいない。というのも小谷によって人払いされたからだ。

「昨日の尾辺梨紗宅の爆発事故、とされる件についてじゃ」

「『される』?」

 林が聞き返す。

「そうじゃ。怪しい点があるので君らに集まってもらったわけじゃが、この二人昨日ワシと一緒に現場検証に立ち会った者じゃ。もちろん、シロじゃがの」

 野口と入間が軽く頭を下げて挨拶した。

「話を急ごう。野口君、昨日の現場をモニターに出しとくれ」

「はい」

 鑑識課には細部確認用に大型のモニターが置かれており、それに幾つものサムネイルが入るフォルダが表示された。

「では、一つずつ見てまいります

  野口が左上のサムネイルをダブルクリックすると画面いっぱいに写真が広がる。

「これは昨日検証に行った時に撮った写真じゃな」

「ごっそりと…無くなってますね」

 それは現場状況を遠くから取った写真。本家屋から突き出るように建てられた離れとも言うべき部屋の半分ほどが、屋根から床、いや地面まで、真っ直ぐごっそりと消えてなくなっている。梅木は驚嘆するが隣の林は無言でじっと見つめていた。

「そうなんじゃが、まずは一通り見ていくかの」

 何枚かの外観を撮影したものを過ぎると膝下がない女性が横たわる画像が出てきた。

「うわぁ…」

「こりゃひでぇ…」

「家主の尾辺梨紗じゃ。残念ながら彼女はこの時点で死体(ホトケサマ)じゃった。死因は両足からの失血死、じゃな」

 林、梅木共に写真に手を合わせた。

「さて、もう少し先まで見てもらうが…何かおかしいことに気付かんかの?」

「これ、爆発、ですよね? 原因は分かっているんですか?」

 林が尋ねる。

「これだけ派手に消えていれば爆発と思うじゃろが、おかしいこととは正にその点じゃ」

「ん? 爆発じゃないんか?」

 梅木が両腕を組んで考える。

「…梅木はもうちっと現場の勉強をした方がいいの」

「おやっさんの元でなら、いつでも」

「バカ言うでない。林はどうじゃ?」

「…野口君、少し前の写真、見せてもらえるかな。3枚くらい前、かな?」

「はい…これでしょうか?」

「いや、もう一つ前の…これだ。ありがとう。小谷さん、これ、破片はどこにあるんですか? もう片付けた後、とか?」

 現場を引きで撮った写真だ。部屋の『開口部』とも言える部分と庭が映し出されている。

「さすが林じゃ。梅木はちゃんと見習えよ?」

「はい! もちろんです!」

 嬉しそうに答える梅木。どうしても林や小谷の元で働きたいようだ。

「やれやれ。それで、おかしな点というのは林の指摘の通りで、これだけの規模の爆発じゃったら破片も相当量出るはずじゃ。それに、尾辺梨紗の脚、これまたどこを探しても出てこん。肉片すらのう」

「爆破した後で脚だけお持ち帰り、というのもおかしい…」

「他にも、ガスにせよ爆発物を使ったにせよ、爆風は普通球体状に広がるもんじゃ。なのにこの現場奥には爆風が来た形跡がない」

「ふーむ…」

 林は小さく唸った。写真で見るところの部屋奥にあたる壁には依然としてイルカとウミガメの絵画が掛かっている。多少傾いているにしても、これだけの規模の消失、爆発なら絵画もただでは済まないはず。

「この屋敷では家政婦を雇っているそうじゃが、事件当日だけ休みを言い渡されたそうじゃ。理由は分からんがの。それと、家政婦の証言では、この消えてなくなっているところには、元々小さなキッチン、大きめの事務机、上がガラスで下が横引き戸の書庫があったそうじゃ。ほれ、ちょうどそこにあるようなよく見るタイプじゃな」

 小谷は鑑識室にあるグレーの書類棚を指さした。

「それらが…ないと?」

「破片が出てこんだけでなく、これらも無くなっておる。破片共々、消えて無くなった、と言わざるを得ん」

「原因が掴めなければ、自殺、他殺、どちらとも絞れないですね…」

「じゃがのう、林。お前を呼んだのは他でもない、この現場、何かに似てると思わんか?」

「似てる…? 消えた… …あ! 石廊崎!」

「そうじゃ。あれも『消えた』としか言えん現場じゃったからの」

「だとすれば…仮に犯人がいるとして、それは尾辺梨紗の隠滅を図った…? そしてそれは石廊崎の件と同一犯…」

「あくまで可能性じゃが、そういうことじゃ。それともう一つ、ご近所さんの証言では上から細い光が落ちてくるのを見かけたそうじゃ。カーテンを閉めようと窓の外を見たら、スッと降りてきてズドン、だそうじゃ」

「その証言、石廊崎でもありました、よね」

「雷という可能性は?」

 梅木が問うが

「当時現場上空に雷雲は発生しておらんかった。気象庁にも確認をとってある」

「むぅぅ…」

 やはり腕組して頭を悩ますことになった。

「現場は以上じゃ。林よ。これは人智を超えた何かに因るものやもしれんぞ」

「…D、ですか?」

「断定はできんが、尾辺梨紗が何らかの形でDと繋がりを持っていて消すつもり、しかしやり損なった、のかもしれん」

「ふーむ…」

「そして梅木」

「は、はい」

「尾辺梨紗の検死の結果、彼女の体内からEHが検出された。しかも大量にな」

「それでこっちの出番が…待ってください。体内、ですか? 鼻とか口じゃなく?」

「そうなんじゃ。血液中から大量に、な」

「あの白いのは鼻からとか口からの粘膜接種が普通で、血液中から大量って、ありえないですよね?」

「そうじゃ。彼女の首に注射針で打ったような痕があったが、おそらくそれじゃろ」

「EHの、液体?」

「粉末とは別の生成法かもしれんの。生理食塩水で溶いたには濃度が高すぎる」

「なるほど、ねぇ」

「林。梅木。これはちと厄介なヤマになりそうじゃぞ。今のところ別班で捜査をしておるが、EHなりDなりに関わるような事実が分かり次第、お主らに引き渡すつもりじゃ。心しておってくれ」

「分かりました」

「よろしくお願いします」

「それじゃ解散じゃ。野口君と入間君は、今ここで話したことは他言無用じゃ。よろしく頼むぞよ」

「分かっています」「心得ました」

「さすが小谷門下生、しっかりしてますね」

 野口と入間のハキハキした返答に林は微笑む。

「当たり前じゃ。ワシを誰だと思っちょる?」

 林は小谷を見て、一言。

「おやっさん、でしょ?」



 編集部へ向かおうとしていたタケシ、ヘルメットを被ろうとしたタイミングで携帯が鳴った。

「ん? 林さん?」

〈やぁタケシ君。久しぶり…でもないかな? 調子はどうだい?〉

「うーん、まぁ、ぼちぼちってところです」

〈それは何よりだ〉

「何の用です?」

〈実はな、急な話だが俺もEH対に戻ることになってな。詳しくは言えんが、裏で動く別動隊みたいな感じでやることになった〉

「へぇ、それはおめでとうございます…なのかな?」

〈別に昇進したわけでもないからな。めでたくはないか。まぁそんなわけで、EHそれからD、あ、デギールのことだが、それに関しても、俺も動けるようになった〉

「デギールも? ですか?」

〈ああ。まぁ守秘気味ってヤツもあって言えないことも多いんで、こちらからもできる範囲で情報は流すが、タケシ君、君にも協力して欲しい。無論、君の名前や立場は明かさない。それは約束する

「分かりました。こちらもできる範囲で協力していきます」

〈ああ。 …なぁタケシ君。なんか、こう…元気無くないか?〉

「え? そう、ですかね?」

〈声のテンションというか、な。もちろんEHやDの情報を貰えればありがたいが、俺は…君自身の力になりたいとも思ってるんだ。赤の他人ではあるが、警察として、あるいは人として協力できることがあれば、なんでも言って欲しい〉

 ここまで言われて何も言わないのは心が痛い。実際、ルミのことが心配でもある。

「…実は…詳しくは言えませんが、仲間が、傷付いています。デギール絡みだと聞きました」

〈本当か? 詳しくは…言えないって言ったか、そうか、でも話せないのは分かるがこちらも様子がおかしいことに気付いていて何もできないというのは心苦しい。今すぐ全てを吐けとは言わないが、話せることがあるなら言って欲しい。そうだな…今度こそは君の力になってあげたいんだ。あの時、何もできなかった、せめてもの罪滅ぼしに。欺瞞かも知れないが、力になれることがあったら、いつでも言ってくれ〉

「はい…ありがとうございます。では」

〈ああ。忙しいところ、済まなかった〉

「いえ…お気遣い、ありがとございます」


ピッ


 誰かにこれほど気遣われるのは…編集部以外では初めてだった。ましてや相手は警察だ。そして、ふと思った。

「…親父が生きていれば、こんな感じだったのかな?」


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