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第四章 ちょっとでも麻薬②

 どれほどの時間が経過したのだろうか?

 明らかに自分のものとは違う体温を肌に感じ、ルミは目を覚ました。

 重い瞼をゆっくりこじ開けると、次第に目前の景色に焦点が合い始める。

「お目覚めかしら?」

 その景色の衝撃にルミの目は完全に見開いた。

 そこには下着姿で、肌を重ねる尾辺の姿があったのだ。

「よく眠っていたわ。日頃の疲れが溜まっていたのね。ちょっとの()()()()でぐっすりですもの」

 そればかりではない。肌に伝わるこの感触。ルミ自身恐らく下着以外は全て身に纏っていないことを、文字通り『肌で』感じ取った。

(エエエェッ?)

 驚愕に声を出そうとしたが、声が出ない。そればかりか全身が怠くて動かない。逆に感覚だけは研ぎ澄まされ、触れるもの全てが身体の奥へと染み込んでいくように感じられる。まるで悪夢に(うな)されている時のように、もどかしい。

「ステキね…んンっ…」

 耳元を熱い吐息で囁かれ、耳たぶを舐られ甘噛みされる。顎の骨がカコっと鳴る音が、骨伝導で頭蓋に響き渡る。熱を帯びた柔らかいモノが首筋に水音を立てて貼り付く。

「男ドモは加減も知らずにコレで使いモノにならなくしちゃうバカばっかだけど、使い方次第でちょっとだけなら媚薬になるよの。フフフ…」

(…エンプティヘブンを使われた…?)

 花柄の刺繍が施されたローズピンクの下着の上を、白く細い指がナメクジのように這い回る。赤いマニキュアで頭頂部を彩られたナメクジは、山頂を時折り刺激しては麓へ降り、カサカサと衣擦れの音を立てながら幾度も幾度もそれを繰り返す。

「全身敏感になっちゃって…ちょっと触られるだけでも全身が蕩けるほどの快感が駆け回っている、ハ、ズ」

(イヤだ…何この女…どういうつもりなのよ…)

「地声でも分かるわ。きっとステキな声で鳴いてくれるって。さぁ…聴かせてちょうだい。脳の髄まで痺れるような、甘く酔わせるファルセット。んンっ…」

 小高い丘を征服し満足した手はゆっくりと脇腹を摩り抜け、腰、そして太股へ辿り着く。そして内腿をたっぷりと味わった次に目指すトコロはルミにも分かった。

(イヤだ…イヤっ…キモチワルイっ…!)

 クレバスを探り当てた中指がそれに沿って奥へ侵入しようとする。

(イヤぁぁぁぁぁッ!)

 ルミは在らん限り全身に指令を送る。ようやくその命令に従うことを思い出した両手が、尾辺の身体を拒絶すべく動き出した。

「抵抗するの? 悪い子ね」

 クレバスを探る左手はそのままに、空いていた右手がルミの左手首を掴み、自由を奪う。

(クッソ! 思い通りにされてたまるかッ!)


チャラ…


 ルミの視界に自分の右腕そしてブレスレットが入った。

(フェイザーは外されてない? やれるか…!?)

 右腕を重なり合う胸と胸の間に捩じ込ませ、弱いながらも出せるだけ出せる声で、ルミは叫んだ。

「ふェィ ざァ!」


ドオッ


「ギャッ⁈」

 右腕をから発したフェイズヘイローが尾辺を弾き飛ばす。剥ぎ飛ばされた尾辺は応接用のローテーブルの上に転げ落ち、上にあった灰皿も花瓶も書類もみんな押し落とした。

(動けっ!)

 ゆっくりと動く右手に付従(ふじゅう)してフェイズヘイローの光も移動する。

(もう少し!)

 そして右手が本来あるべき位置まで戻った時、ルミは黄橙色のギャノンスーツへと相着を終えていた。

(動けるか?)

 ゆっくり起き上がってみる。もとよりギャノンスーツは思考ともシンクロしている。脳で考えるだけでもスーツのパワーサポートが働くので、思いの外身体の自由が利く。

「オマエ…ギャノンかッ⁈」

 尾辺が立ち上がり、問う。

「頭に『宇宙記者』が付かない、ワステロフィの方のねッ! ガテーヌ!」


ヴンッ


 ルミは右手に愛用の銃、ガテーヌを呼び出した。

「アナタ、一体何者なのっ? デギールか?」

 尾辺を問いただすが銃口を向けられている割に尾辺に慌てる様子はない。

「『上』からアンタを始末するよう指示が出たんだけどね」

「『上』って…何? 誰?」

「知らないわよ、そんなの。亡き者にするくらいならちょっと味見でもしてみようかと思ったらこのザマさ!」

「ヤメてよ! 気持ち悪い!」

「あ〜ら、いいのかしらそんなこと言っちゃって。SNSに放流したらデモ隊が突っ込んで来ちゃうわよ?」

「やれるもんならやってみなさい!」

「全く、カワイく無いわねぇ。いいわ、それならそれで、力で捩じ伏せてから味わうとするわ」

 尾辺は首のチョーカーへ手を当て、叫ぶ。

「パゾル!」

 光の幕が現れ、消えるとそこには黒いギャノンスーツ、すなわちアンザグ姿の尾辺が立っていた。

「やはり…デギール!」

 ボディキャリブレーションをしていないのか、胸・腹・腰とボンッキュッボンッとグラマラスな曲線を描く。見せつけるが如く。相当な自信家、あるいは自意識過剰なのか。


ジャリッ


 その尾辺が手に持ち構えるもの。鎖鎌だ。柄の尻からは鎖が伸び、その反対側ではギャノンブレイドと同様の光の刃が青く輝く。

(あんな武器…見たことない…けど)


ジャッ

ヒュンヒュンヒュン…


 尾辺は50cmばかり引っ張り鎖を伸ばすと錘を振り回し始めた。

「こんなものよりクスリの方が専門なんだけど、ねッ!」


ヒュッ


 尾辺の手から錘が放たれ


ドフッ


 同時にルミの銃口からエネルギー弾が放たれる。

 右肩を狙ったが尾辺は錘の投擲と同時に姿勢を変えたので、弾は尾辺を虚しく通り過ぎ


ドゴォッ


 壁に穴を開けるだけであった。

 一方の放たれた錘は精度良く投げられルミを目指す。

「チイッ!」

 上体を右に逸らし躱したルミだが、錘を除けようと祓った左腕に鎖が絡みつく。


ギシッ


 引くことで鎖はルミの左腕でさらに引き締まり、その拘束は完成した。尾辺は鎖を手繰り寄せようとするが、もちろんルミはそれに抵抗する。

「…これで動きを封じたつもり?」

「そうよ」

「愚かな…」

 ルミはガテーヌを構え尾辺を狙った。

「愚か者はそっちよ!」

 尾辺がグイッと鎖が引き寄せる。ルミは左腕を持っていかれるのをなすがままにし、鎖の拘束を解こうとした、そのとき。


バンッ


 破裂音に似た大きな音。同時にガテーヌのエネルギー弾と同じ性質のものが鎖伝いに走ってくる。

「な⁈ しまっ」

 慌てて鎖を振り解こうとするが間に合わず


ドォッ


 ルミの左手元でギャノンスーツと中和爆発。幸いにもエネルギー弾の威力は弱く、スーツ左前腕を軽く飛ばされた程度で済んだが、左手に痺れが残った。

(くっふぅぅ…この狭い屋内じゃガテーヌは扱いづらい…もう! だからターレア寄越せって言ったのにぃっ! …とにかく何か打開策…懐に入って至近距離で撃てれば…)

 ルミが問う。

「アナタ、それ、ヒト相手に使ったことあるの?」

「いいえ。これが初めてよ。ステキね。とっても刺激的だわ。鎖で絡め取って、このカマで切り刻んで、ア ゲ ル」

「…そう…じゃ、遠慮なく!」


ダッ


 ルミは右手にガテーヌを構えたまま突進。


ジャッ


 尾辺は再び錘を投げた。鎖を靡かせ錘が飛ぶ。

(引っ掛かった!)

「ブレイド!」

 ルミの左腰からギャノンブレイドが出現。それをルミは逆手に持ち、前方へ翳すと


ガシャッ


 鎖はブレイドに絡み付く。ルミは鎖がブレイドにしっかり絡まったのを確認するとブレイドを投げ捨てた。

「なにっ⁈」

 尾辺は慌てて鎖を引き寄せる。ルミはさらに突進。尾辺は鎌を振り回すがルミはそれを屈んで躱し


ドンッ


 伸び上がったルミ、その左手が尾辺の胸を突き上げ壁に叩きつけた。そのまま肘を上げ、前腕で尾辺の首を吊るし、極める。

「うゴォッ」

「知らなかったんでしょうけど、アンチギャニオンで人を殺すことはできないのよ。もっともその刃物が金属製だとしたら、なおさらギャノンスーツ相手じゃ文字通り『歯が立たない』んだけど、ねッ!」

 ルミはグイと肘をさらに捻り上げる。

「うグォ」

「使い方を教えてあげるわ」


チャキッ


 一度チラと銃を尾辺の顔に寄せ見せつけると、下ろした銃口を尾辺の脇腹に押し当る。

「こうするのよッ!」

ドフッ 「うゴォ!」

ドフッ 「グハァッ!」

ドフッ 「ォゥ…」

 3発目にはすでに意識が飛んでいたか、ほとんど声も出なかった。

 尾辺はズルズルと滑るように壁から床へ崩れた。



「ハァッ…ハァッ…ハァッ…フェイズアウト…」


フォンッ…


 スーツが虚空に飲み込まれた。肩で息をするルミ。

「…あ、そうか…剥かれちゃってたんだ…」

 資料棚の割れたガラスに映る己の姿を見て、今自分は下着姿の半裸状態だということを思い出した。

「はぁぁ…だるい…」

 ぺたんと床に座り込む。

「スーツのサポート切れるとホントしんどい…でもこのままってわけには…」

 今し方の戦闘で入り乱れた衣類の中から自分のものを一つ一つ引き集める。自分の服と尾辺の服が絡まるようにゴチャグチャになっているのを見て、ルミは先ほどのことを思い出した。

「危なかった…怖かった…」

 ルミは白いブラウスを胸元に握りしめ、微かに震え、涙ぐむ。

 ロンメルド本星にいた頃は過酷な現場でブレイドやエネルギー弾が飛び交う中を戦ってきた。怖いとは思わなかったが、それもギャノンスーツあっての話。裸に剥かれてしまっては、いくら鍛えているとは言え、ルミはむしろ非力な方なのだ。こんな恐怖は初めてのことだった。

 意外にもストッキングが伝線もせず無事だった。尾辺に剥ぎ取られたのは間違い無いが同じ女性、そこら辺には気遣いがあったのかと、不思議な気持ちになる。

「あ…エンプティヘブンの証拠を…」

 と思ったのだが、部屋の中を見回せば荒らされた形跡だらけ。これで警察を呼んだところで重要参考人として呼ばれる()()()()()を喰うのは間違いない。

「…この場から消えるのが最優先、か…」

 カップ。テーブル。ソファー。身元バレを嫌って自分が居た痕跡を消す。ワステロフィの力を持ってすれば証拠を隠滅することはいくらでも可能だ。しかし今のルミはそれよりも、この場にいたこと自体を消してしまいたかった。

「何よ、もう…まるで私が犯人みたいじゃない…」

 ブツブツと不満を漏らしながら証拠を消すと、そそくさと尾辺の事務所を後にした。



 それから何時間が経過したか。夕刻を過ぎ、照明を点けぬ尾辺の事務所内はすっかり暗闇に支配されていた。机の上に置かれた電話機の液晶パネルだけが青くポツンと光る。

 下着姿で床上にノビていた尾辺が目を覚まし、起き上がった。

「わ…たし…あの子は…?」

 見回すが、もちろんルミの姿はない。

「惜しいことを…グォォ…い、痛い…」

 尾辺は脇腹を抑える。至近距離でガテーヌの弾を喰らったのだ、肋の何本かは折れているだろう。

「あの娘ェ…次会った時は必ず…」

 歯軋りしたその時。

【りさちゃんお目覚めー? もー、りさちゃん使えなーい!】

 尾辺の脳内に声が響く。

「な…んですって?」

【役立たずだと言ってるのねー】

「もう少しで…上手く…」

【役に立たずは用済みだよねー】

「何を…するつもり…?」

【りさちゃんにあげたもの、ぜーんぶ返してもらうねー。でもそーのーまーえーにー】


キンッ


 チョーカーの赤い宝石が光ると

「ウッ⁉︎ これ…待って⁈ コレはヤバい⁉︎ こんな量、あ、あン、アガガガァァァ」

 断末魔のごとき叫びだったものはやがて艶っぽい甘い呻きに変わり、そして物音立てぬ『モノ』と化した。

【いい夢見てねー。もう起きらんないけどー。にっしっしー】


フッ


 尾辺の首からチョーカーが消える。赤い宝石があった辺りには小さな赤い斑点が見えた。

 そして間も無く


カッ

ズドォォォォ…


 尾辺の事務所が微かに光った後、爆音を上げ、建物の半分ほどが『消滅』した。

【もー。この星のおサルさんたちはちょーっと知恵があるからって勝手なことばかりするのねー。困っちゃうなー。もっと野生な人のがいいのかなー。そうだ、あのおじちゃんに頼もーっと。にっしっしー】


エンディング『ちょっとでも麻薬』

https://x.com/HanashioKikei/status/2032295524003721445?s=20

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