第四章 ちょっとでも麻薬①
オープニング『【Gm】宇宙記者ギャノン』
https://x.com/HanashioKikei/status/2029759150906118476?s=20
時は少し戻り、タケシが林と接触した日の朝。
「守人クン。ちょっといいかい?」
出社早々ルミは岩竹に呼ばれ、デスクへ赴く。
「はい、なんでしょう?」
パサっと机の上に出された書類。見覚えの無い企画書だ。いつの間に編集会議が?とルミは訝しんだ。
「キミがこれ、行って来てくれ」
書類には『俺たちの地球に未来はあるか⁈ 女性活動家に訊く!』とある。
「私が? 取材を?」
「ああ。校正でという契約の仕事だというは重々承知だが、まぁ先方が女性だ。同じ女性同士なら話し易かろうと思ってな。行ってくれるか?」
「まぁ、そういうことでしたら。日時の方は?」
「キミの方で都合付けて先方とアポ取ってくれ。秋山」
「はい」
「守人クンの分、回してもらってくれ」
「了解です。それじゃルミさん、俺のフォルダに校正未処理の分、入れてください。こっちで処理しきれなかった分を、帰って来てからルミさん方で」
「分かりました」
(そうか、話しはついているのか…)
何か仲間外れにでも遭ったような違和感を覚えつつも、ルミは指定された取材先へ向かうことにした。
◆
午後2時。
ピンポーン
《はーい》
「あ、私、週刊マンスリーという雑誌の者で」
《伺っております。今、開けます》
インターフォンから女性の声。カシャンとロックが外れる金属的な音と共に門が開いた。
「…おじゃましまーす…」
まだ家主は姿を見せてないにも関わらず、門構えに圧倒されたルミは小声で挨拶をする。
低木がいくつか植えられた手入れのよく行き届いた庭を抜け、玄関に達すると、目標の家主はドアを開け待っていた。
「こんにちは。お待ちしておりましたわ」
尾辺梨紗。薬剤師の資格を持つが薬学大在籍時からその天才ぶりが評判で国内外数多の大手薬品メーカーからラブコールを受けた。その内の一社に就職するも5年を待たずに退職、その知見と持ち前のバイタリティでドラッグストア『サルスドラッグ』を興し、現在では31歳の若さながらいくつもの支店を持つ社長となっている。
だがルミが知る尾辺はこの顔ではない。彼女は本業の傍ら『気高き薔薇の会』という団体を主宰している。それは、端的に言えばフェミニスト集団。女性の自立と権利獲得を主張するのは他のフェミニストとそう変わりはないが、ノブリス・ロズィスは些かその言動に過激さが見られ、SNS界隈ではノブリスというだけで煙たがれるのだが当の本人たちは一向に気にしない。
ルミはそんな尾辺のことを、麗美が編集する『ミスティ』の記事で知っていた。尾辺のインタビューが載る号は売り上げが良いと聞いて読んだのだが、彼女の提唱する『コドモ不要論』を読んだ時には「それって、女を捨ててるってことじゃない?」と絶句したものだ。インタビュー相手が尾辺と聞いて麗美から事前情報でもと思いミスティ編集部へ顔を出したがあいにく不在、電話してまでも、と思いその足でここへ来たのだった。
「どうぞこちらに。ああ、こちらは靴履いたままでも結構ですのよ」
玄関を入るとすぐ左にドアがある。
「こちらは私の事務所となっていまして、来客時にはこちらを使いますの」
屋内のもう一つの玄関を抜けた先は20畳ほどの結構な広さの部屋だった。部屋中央にはローテーブルがあり、アイボリーの本革ソファーが一人掛け2つと三人掛けでそれを挟む。壁紙はソファーと色調を合わせたような薄いアイボリー、床はウォルナットのフローリング。左手の、遮光ロールスクリーンが下がる窓側にはデスク、右手の壁にはイルカとウミガメのファンタジーな絵画が掛けられていた。
「どうぞ。お入りになって。そちら、ソファーにお掛けください」
「はい」
促されるままにルミは部屋奥に進み、ソファーに掛ける。編集部のものと違い、クッショニングが硬めだ。てっきりお尻が沈み込むものと思っていたルミはその硬さに少々驚いた。
「今お茶を淹れますので、お掛けになってお待ちくださいな」
柔らかく尾辺は言うと、デスク脇の小さなキッチンへ向かう。
「あ、いえ、お構いなく」
ルミは応えながら取材の準備にかかる。必要書類、筆記用具、ボイスレコーダーなどなどをカバンから出しては次々とテーブルへと並べた。
「お待たせしました。こちらどうぞ」
尾辺はルミの対面へ座り、ティーカップをルミの前へ給う。
「お砂糖はこちら。レモンかミルクはお好みでお使いください」
「ありがとうございます。さて、お時間取らせてもいけないので、始めてもよろしいでしょうか?」
「構いませんわ」
「では…」
カチッ
「一〇月一七日 尾辺邸にて インタビュアー 守人ルミ」
ボイスレコーダーの録音ボタンを押し、ファイル管理用のボイスヘッダを入れる。
「では始めさせていただきます。週間マンスリー編集部の守人ルミと申します。本日はよろしくお願いします」
「サルスドラッグの社長をしております、尾辺梨紗と申します。こちらこそよろしくお願いします。御社出版の週刊誌にて掲載されておられるエンプティヘブンの記事に興味を惹かれて取材を申し出ました。一人の薬剤師としてとても興味がありますわ」
(タケシくんの記事ね…)
自分が関わる雑誌を褒められるのはもちろん嬉しいが、ましてそれがタケシの書いた記事ともなると我が事のように誇らしい。
「あの、不躾で失礼かとは思うのですが、私、尾辺さんが活動家と聞いて今と全然違うお姿を想像していまして」
「と、おっしゃいますと?」
「あの…こう、TシャツGパンに白いヘルメット、角材握って、みたいな…」
「フフッ、あははは。それは二〇世紀の学生運動の姿ですわ。まぁ実際に外で活動するときはそれに近い格好もしますが、私も女ですので、普段からそうそう粗暴な格好はしませんことよ」
「そうなんですか」
「ええ」
その、ルミが驚いたと言う尾辺の姿というのが、上は黒のカットソー、その肩口から薄紫の肩紐がチラ見えしている。下はベージュのマーメイドスカートで、靴はエナメルの白いパンプス。金髪のワンレンミディアムは脱色と染色を繰り返して毛先が痛んでいる。濃い目のメイクでワインレッドの口紅が印象的だ。色を揃えているのか、首には留め具に大きな赤い石の入ったチョーカーをしているのだが、ルミには『あれってフェイザー仕込むのにちょうど良さそうだなぁ』という目の留まり方だった。
全体的な印象としては非常にフェミニンな、をやや通り越した『女』を主張するような感じを、ルミは持った。それゆえに学生運動時代の活動家を想像していては落差も大きかろう。
「もう一つ失礼ながら、本日のインタビューの件、上から指示されたのが今朝でして、まったく不勉強なまま来てしまって」
ルミはこう言うが、事実である一方、作戦でもあった。
◆
今から一年ほど前の編集部で。
「タケちゃん、インタビュー初めてだっけ?」
「そうなんですよ、小林さん。もう緊張しちゃって」
「初めてなら誰だって何だって緊張はするもんさ。よーし、パパ、インタビューの極意、教えちゃうぞー!」
「マジですか! お願いします、小林パパ!」
「いいかタケ坊、インタビューするときはな、バカになるんだ」
「…バカ…ですか?」
「ああそうだ。人ってモンは相手が知らないと思えば教えたくなるもんさ。間違ったことを言えば訂正だってしたくなる。インタビューなら、その分相手が喋ってくれるってスンポーよ。こちらが先回りしちゃうと相手はYESかNOでしか答えなくなっちゃうからな。あとで記事に起こすの、大変だぞぉ?」
「なるほどー!」
「ただ、あまりに不勉強過ぎると相手も喋るのが億劫になって機嫌を損ねるからね。まぁその辺の匙加減は、経験を積んで覚えていくしかないかな」
「なるほど。勉強になりました!」
「今回の相手はウチと付き合い長い人だし、ウチの若いのを送るって伝えてあるから、ドンとやってきなよ」
「ハイ! ありがとうございます!」
◆
手持ち無沙汰に聞き耳を立てていたルミは「なるほど」とタケシ同様に感心したものだ。もっとも自分がインタビュアーになるとは思っておらず、まさか実践するハメになるとは。
「よろしくてよ。こちらも急遽取材を申し出た訳ですし、女性記者を指定したのもこちらですから」
そう言って尾辺はローテーブルの下から一冊の本を出し、説明を始めた。先日出版となった自分の著書だそうだ。
(なるほど。小林君の言ってた通りだわ。さすがね…でも…)
先ほどの尾辺のセリフに引っ掛かるところがある。
(今『女性記者を指定した』って… …編集長の配慮じゃなかったのかしら?)
尾辺は自著の説明をしているようだが、今の引っ掛かりのおかげでルミは話半分だ。それゆえに集中も欠いていて
カッ
「あっ⁈ ぶなー!」
うっかり地が出る。
書類バッグの端でテーブルの上にあった花瓶を突いてしまった。が、おかげで『それ』の存在に気付く。
「あら、大丈夫?」
「ごめんなさい、うっかり… …綺麗なお花、ですね」
「季節的にうちの庭では採れないので取り寄せていますのよ」
花瓶には真っ赤な薔薇が2本生けられていた。この部屋に満ちる芳香はこれか。
「…いい香り…」
「お気に召したらもっと近くで嗅いでもよろしくてよ」
「すぅぅぅぅ…いいかお」
言いかけたところで鼻がムズムズ。
「ッくしゅんッ! あ、ごめんなさい」
慌ててバッグからハンカチを取り出す。
「急に強い匂いを嗅いだから。刺激が強すぎたのね。ヒトの生理反応としては自然だわ」
「そうですか、すみません」
「謝ることないわ。それでね、私、人類は増えすぎた、と思いますの」
「え?」
人の話をよく聞いてなかったルミが悪いのだが
「環境のため、自然のため、減らすあるいは絶滅させるべきだと思いますのよ」
尾辺は穏やかに微笑みながらとんでもないことを言い始めた。
「絶滅って…殺すってことですか?」
ルミは呻くように聞き返す。
「ホホホホ。殺すって、随分と物騒なことをおっしゃいますのね。別に殺さずとも出生人口を減らしていけば、いずれ種としての維持が困難なくらいまではなりますのよ? あまねく動物は、子孫を残すかどうかの決定権をメスが有しています。しかしメスに出産・育児以外の仕事、地位、名誉を与えたらどうなるでしょう? それらを守るために生きることでしょうね。教育レベルが高くなればなるほどプライドも高くなって、周囲のメスばかりでなく男たちにすら勝つことが生涯の目標になります。さらに性行為に対する嫌悪感と子孫を残すことの不利益、自ら最期まで一人で生き抜くことを良しとする価値観を植え付ければ彼女たちは喜んでそう生きますわ。よしんば性行為に価値を見出す者がいても、快楽のみを享受できる術を与えてやればいくらでも『生産調整』が可能。一方で教育レベルが低い人たちは本能の赴くままに媾いますから全く生まれないということはないでしょう。でも必ずしも生活水準が高いわけでもなく自分たちが楽しむことを優先しますから、そのシワ寄せは子供たちへ。真夏の車の中にでも置いておけば、人口が1人分減りますから。何の手を下さずとも、ね」
表情を変えることなく笑顔で語る尾辺。なんとも気味の悪いことを、とルミは思うのだが正面切って明確に反論することができなかった。というのも今の尾辺の言葉はそのまんま母星であるロンメルドの現状だったからだ。違いがあるとすれば、尾辺の言より酷いという程度。ロンメルドでは星全体で有産階級中心に出生率が低下、急速な少子高齢化が進んだ。一方で無産階級はその日その時の快楽に溺れるが、生まれ出いずる子供を育てられない者が多数、子供たちは街角に捨て置かれた。その子供たち、施設へ預けられるでもなければいつの間にやら姿を消す。死んだのか…? しかしその亡骸が発見される事はない。こうした事態に政府は無策だ。生きていれば殺すわけにもいかず育てる義務が生じるが、いなくなるのだ。これ幸いと事態を見て見ぬフリをする。
「大量殺人って現実的じゃないんですのよ? 死体を処分するにも環境への負荷はあるわけですし」
「でもそれって…あ、ごめんなさい」
気のせいか? 頭がフラフラする。眠いような怠いような。
ガダッ
テーブルへ頭から突っ込みそうになるのを辛うじて止めた。が。
「すみま…ごめ…」
自分の意志ではコントロールできないほどの眠気がルミを襲う。そして。
ダンッ
遂にはテーブルに突っ伏してしまった。
◆




