その後
トリスの師匠を倒した。
この事実に至るのに、それなりの準備を要した。
まず前提として、オレが戦場に立てば間違いなく足手纏いであること。
いくらあの不吉に耐え切れたところで、戦力としては期待はできない。
だから一策を講じた。
トリスの靴底に、強力な魔石(起動していない)を仕込んだのだ。
とはいえ、これは攻撃のためのものではない。
ちょっとした仕掛けの為のものである。
オレが土魔術で、戦場の舞台である崖を増量し、その増やした地中の中にオレ一人が丁度入れるような部屋を作った。
その中でオレは、トリスと同じ種類の魔石、つまり焔と水属性の魔石(起動済み)を持って待機する。
この状況を作ったその上で、戦場にいるトリスが靴底の魔石を起動させると、魔石の「同じ種類の起動してる魔石同士は磁石のように惹かれ合う」という性質上、地中にいる僕の魔石が、トリスの靴底の魔石の方向へと引き寄せられるのだ。
そうすれば地中にいる僕にもトリスのいる方向がわかって、彼女のみに魔術を行使できると、そういう訳だ。
ちなみに焔の魔石は「回復魔術をかけて欲しい」という合図である。
だから彼女が、焔の魔石の起動用詠唱をしたら、どれだけピンチでもいつでも回復ができるという訳だ。
そして、わざわざ強力な魔石を選んだのは、普通の魔石では、ある程度距離があれば反応しなくなるからだ。
今回はそれどころか地中の中にある魔石だ。
最上級でなくてはならなかったのだ。
おっと、水属性の魔石は何の合図か言ってなかったな。
むしろこれこそ、この作戦で一番の肝だというのに。
水属性の魔石は、オレが待機している地中の箱状の部屋と、その支柱以外の増量した崖を、土魔術を解除して崩壊させるという合図なのだ。
まあここまでいえば大体わかると思うが、使い途はこうだ。
トリスに僕が新たに増量した崖のゾーンまで師匠を追い詰めてもらった後、彼女の水魔石の合図と共に崖を崩壊させて、彼を海へと落とす。と、こんな感じだ。
だけどここまでの作戦を提案した際、トリスはそれに苦言を呈した。
「師匠はその程度では死なない。
どころか完全な崩壊が始まる前の微震で事態を察知し、風魔術を駆使して空へと逃げることすら可能だ」
と。
恐ろしい話である。
人ができていい領域の話じゃないぐらいだ。
だから彼女もまた、一策を講じた。
彼女曰く、師匠はまだトリスが風魔術での飛行ができないと思っているらしいのだ。
正確にはできる方法もあるのだが、あまりに無様なので教えないと言っていた。
まあそれはそれとして、ともかく彼女は、その先入観を利用した。
あの決戦までの期間で、自力で風魔術飛行をモノにして、そのことを知らない彼の目の前で飛んでみせるのだ。
そうすることにより、彼は周囲の些細な事を置き去りにして、彼女が飛べたというただ一点のみに意識を向けてしまう。
そして、それは当然命取りになる。
彼女は「水魔石を起動させてから飛ぶ」という手順を踏む。
こうすると、完全なる崩壊の予兆である微震は起きてしまうが、その微震自体には気づきつつも、目の前の「トリスが飛べる」という事実で、一瞬の思考停止が起こる。 そんな状態の彼には、微震が意味する危機にまでは考えが及ばない。完全な崩壊から逃れられない、ということだ。
逆に、「飛んでから水魔石起動」。
これは悪手だ。
彼は優れた殺し屋、一瞬意識が撹乱されても、少し経てば冷静さを取り戻す。
冷静さを取り戻した彼が、足元の崩壊の予兆に気づかないわけがないのだ。
故に、「水魔石を起動させてから飛ぶ」。
この手順が正解だ。
だけどこの策ですら前座でしかない。
彼は、結局崖から落ちたところで飛べるのだ。ある程度初動は遅れるだろうが、それでも海に落ちる前に対処はするだろう。
では何が必要なのか。
簡単だ。
それは、必ず殺す技、必殺技だ。
崖が崩壊したと同時に、彼の遅れた初動を狙って、オレの必殺技を叩き込むのだ。
最初から彼目掛けて必殺技を撃てばいいと思うかもしれないが、それは崩壊の時と同じく、土を必殺技が抉る振動で、容易に察知されてしまう為、やはりあの手順は必要なのだ。
出来るだけ不可避に不可避を重ね、重ねに重ね。
重箱の隅をつつくような弱点を作り出さなければ、あの必殺技は当たらなかった。
つまりは、そういう事だ。
ああ、言い忘れていたが、無論トリスには事前に必殺技がカバーする範囲を伝えてあるので、巻き込まれることはまずない。
ちゃんと、「オレが増量した崖の範囲まで」に絞り込んで必殺技を撃ったので、彼が避けられる事もないしな。
「・・・さて、独り言終わりっと」
オレは、必殺技でぶち抜かれた土魔術製の部屋の天井からよじ登り、外に出た。
そしてその部屋から、残っている崖に目がけて土魔術で橋をかけ、やっと地上に生還した。
「はああ〜・・・おわった・・・」
お前地下にいてちょっと魔術使っただけじゃん。
とお思いの方、いっらっしゃるだろう。
わかるよ、うん。
そう思うだろうね。
まあ事実としてオレはそれしかやっていない、認めるよ。
いや、だけどね、トリスの師匠、アイツすげーんだわ。
地中にいるっつーのに、存在すら認識されてねーっつーのに、アイツの不吉、超届くんですわ。
やべーわトリス、あの不吉に貫かれながら戦ってた訳だろ? ちょっとおかしいって。
・・・まあでも、地中にいたとはいえあの不吉に耐えれたのだから、あのトリスの試練は無駄じゃなかったんだな。
確かにあの試練越えられないやつは、あの不吉には耐えられないだろうから・・・。
よかった無駄じゃなくて。
腕千切られた甲斐もあったってもんだ。
空を仰ぐと、そこにトリスはいないようだった。
もう地上に降りてるのか。
「ここだ」
「はわっ!」
めちゃくちゃ情けない声が出た。
なんだ「はわっ!」て。
「トリスさん・・・おどかさないでくださいよ」
「そんなつもりはない」
「まあそうでしょうけど・・・」
見ると、トリスはひどく陰惨な表情を浮かべていた。
そうか、彼女にとってはあの人は、娘を殺そうとする殺し屋であると同時に、今までお世話になってきた師匠なのだもんな。
そりゃあ、悲しくもなるか。
「やりま・・・ご愁傷様でし・・・えと・・・」
「・・・気を遣わなくていい。危機は去り、問題は解決した。ハッピーエンドだろうが」
「いや、まあ・・・」
「・・・・」
いやいや、当事者である彼女が前を向いているんだ。
上でも下でもない前を見ている。
これ以上に大事なことはあるまい。
「・・・・そうですね。これで、いいんですよね、きっと」
「そうだ、そうにきまってる。これでいいんだ。」
「そう、ですよね」
彼女は、どうにも自分に言い聞かせているようだった。
そうでもしないと、悲しすぎるからだろうが。
どうにも少し、虚しさが残る。
「さあ、帰るか」
「・・・そうですね、かえりましょう」
「土にか?」
「怖い事言わないでくださいよトリ────」
刹那、オレの胸部が穿たれた。
「かはっ!」
口腔内に血反吐が満ち、容量を超え体外へ散った。
「な・・・! なんで!? 」
虚な意識の最中、トリスが驚いているのがわかった。
一体どうしたというんだ。
だってもう、危機は去っていったはずなのに。
なのに、なのにどうして、オレの胸から、貫手が生えている。
一体どうして、どうして───・・・
思考が、回らなくなった。
視界が昏くなる頃には、オレは眠たくなっていた。
ああ────眠い。
※
全身を黒色の血に染め、師匠はそこに立っていた。
「先刻ぶりだね」




