暗澹
「先刻ぶりだね」
「・・・」
「いや、なかなかやるじゃないか。
賢しらというか、何というか」
「・・・」
「おい、何か言ってくれない───・・・」
「───何故生きているッ!! 」
がなる殺意を轟かせ、私は生きていた恩師に睥睨した。
「アンタはあそこで命を落とした! 絶対だ! それだけは確実に!」
「落とし物は拾う主義でね」
言い終わるのとほぼ同刻に、私の刃は、師匠の首筋を舐めていた。
追撃する様に、私もまた師匠を睨めつけた。
「あまりふざけるな!さっさと言え!!」
「・・・怒るな、直ぐ教えてやる」
すると師匠は、天を仰いで、眼を閉じ口を開いた。
「あの怪光線に呑まれた時、やはりお前の言うように死にかけた。
だが、私は咄嗟に土魔術で、向かってくる光を受け流すように斜めの防壁を作った。
あの光線に対して垂直でに壁を作れば、まともに衝撃を受けて、防壁の体をなさんだろうから。
そして目論見通り、最初光は受け流すことに成功していた。
だが恐ろしいことにな、最上級の硬さで具現させた岩壁ですら、そう長くは持たなかった。
じりと、じりじりと、次第に光輝に呑まれて行った。
そして、光線も途切れるかというような時に盾は朽ち、今のような手傷を負ったと、そういう訳だ」
滔々と、或いは淡々と師は語った。
その表情から、色彩が失われた状態のまま。
「・・・なるほど、ちょうど途切れ目の時だけ喰らっていたから、その程度で済んだ訳か」
「そうだ」
その肯定に苛立ち、喉元の刃を、そのまま押し出し疾く裂いた。
つもり、だった。
鮮血を浴び損ねた白刃が、宙空でバツが悪そうに居所を失っている。
「鈍い」
「・・・チッ!」
師匠は、そのまま背後に飛翔し距離を取り、再び私と相対した。
「・・・何故アイツを殺めた。いい加減殺すぞ」
「私を殺そうとしておいて、殺されたら文句を言うのか。 いささか都合が良すぎでは無いか?」
「都合が良い? 私がアンタを殺したいこの気持ちが、都合が良いってのかよ。
『誰かを殺す』と言うことは、怨嗟の渦へ身投げする事、つまりは『自分を殺す』と言うことだ。・・・アンタの教えだぜ」
「その『自殺行為』によって『生き』続けているのが私とお前だ。ならば、『生き』ようとする奴が『死ん』だところで、今更何も不思議は無かろうに」
「・・・ッ! 詭弁が過ぎるぞ!」
畜生、口論ですら勝てんらしい。
喋ってるだけで、だんだん体力が奪われていく気すらする。
いや、昔っからのことなのだが、本当にこの人は私から、何から何まで奪ってきやがった。
不自由だったり、時間だったり、辛さだったり、挙げ句の果てにはエマやアイツのことだって。
とても許せることじゃ無い。
そして私もまた、そんな彼に習うようにして、誰かの何かを奪い続けた。
それこそ命だったり、時間だったり、自由だったり、幸せだったり。
同じような事を、ずっと。
いい加減、私は親離れをするべきだ。
卒業するべきだ。
成長するべきだ。
ならば、何をすればいい。
何を『奪え』ばいい?
否。
きっと、そういう事では無い。
違うんだ。
今こそ、エマに、夫に、ついぞできなかったあの事を。
どれだけ願おうと叶わなかった、過去の夢を────。
「アンタに死を────『与えて』やる」
「おまえの命を────『奪って』やる」
誰かに何かを『与える』。
それが、私の贖罪だ。
※
次の瞬きには、死は濃度を格段に上げ、飽和していた。
師匠が此方に肉薄し、白刃を振りかざしていた。
既にそれは、眼前を塞ぐほどに切迫している。
これは避けきれない─────わけではなかった。
此方も、刃を上に振りかぶって一閃し、殆ど急死に一生を得ていた。
そして今、凶刃を防がれた師匠と同様、私自身も大きく軀の重心を崩している。
眼前にまで迫る危機をとっぱらうためだ。
多少重心を崩してでも防ぎに行くのは当然と言える。
が、此処で如何に疾く攻めに転換できるか、それが肝要なことに違いはないのだ。
故に、今の体勢はかなりの命取り。
早々に対処せねばなるまい。
だが、このまま素直に体勢を戻そうとすれば、出遅れるのは明白である。
相手が師匠だからな。
ので、私は体勢を、戻さないことにした。
私は崩れた体勢のまま、右の蹴りを繰り出した。
「はっ!」
すると師匠の方も同様に、右脚で蹴り返して来た。
「・・・ッ! よし!」
どうやらこの対処で正解だったらしいな。
同じ条件で同じ行動をしたという事は、そういう事だ。
嬉しさの前に、少し、虚しいが。
お互いの蹴りが反発して吹き飛び、後方にてアクロバティックな着地を決めた。
そして間髪入れずに、師匠は此方にナイフを投擲して来た。
それを、左に飛んで軽く避けた。
何泊か間を置いて、右の方にナイフが空を切り、地べたに刺さった。
「・・・!」
普段の私なら、右に避けていた事だろう。
危なかったな。
なんて、流石に意図的にやっているがな。
そう、師匠は私と戦う時、どうしても経験、つまり先入観
を頼りにしているきらいがあるのだ。
長く戦い続けた相手というのは、癖がわかってしまうだけあって、戦い易いのだ。
その場に応じて思考する必要がないからな。
ノータイムで反応できる。
だからこそ、揚げ足も取りやすい。
相手が頼りにしきっている先入観を、俯瞰し、客観的に判断すれば、どれだけだけだって利用できるものなのだ。
「うおおおおおおああ!!!」
今度は、私の方が駆け出した。
師匠もまた、呼応するように足を回す。
私は足を止めずに、右を大きく振りかぶった。
そしていつかと同じように、師匠はその伸ばし切った腕の側面を目掛け、一撃を入れようとして来た。
前回判断を間違えたのは、此処であえて一撃を受け入れるとだ。
その後左でも殴りかかって、もう片手を使って防がせる事で両手を完封し、頭突きを仕掛けたのだ。
が、師匠は頭に鉢金を仕込んでいた。
このまま踏むのは、きっと同じ轍だ。
ならば───!
「!?」
師匠は目を剥いて、驚きのリアクションを取った。
此方に走ってくる師匠の足元に、土魔術で凸を作りそれにつまずかせ、挙句彼の鉢金を火魔術で急速に熱したのだ。
驚きもするだろう。
「・・・・」
「・・・・」
今のところ、わたしが何をするにも一歩リードってところか。
師匠が見ているであろう私の幻影と、あらゆる乖離を果たす事での成功だ。
これはなかなか、めでたい事であると同時に、恐ろしい難度を私に突きつけている。
それは、成長する事。
私に少し、荷が重い。
※
白刃が一閃すれば、確実にどちらかが消耗した。
あちらが右腕を斬られたら、こちらが左腕を穿たれていた。
彼が激しく攻めた分だけ、私はそれ以上に盛り返した。
本来なら、まず有り得ない光景だろう。
アイツの必殺技が無ければ、確実に私が不利だった。
だが今はどうだ。
対等のレベルで戦えている。
それどころか、少し上回ってすらいる。
差し違えれば、私は確実に勝てるだろう。
「だああああああ!!」
火魔術を右手に溜め、掌底を幾度が打ち込んだ。
魔術が云々とか以前に、有機物で構成された人間は火に弱い。
人類が進化できたのは扱いに長けていたからであって、依然炎は天敵のままだ。
アイツと違って直ぐに対処ぐらい出来るだろうが、隙が生じるのは不可避の事だ。
そして今、師匠は刹那の混乱状態である。
これは絶好のチャンスだ。
絶好というにはあまりに泡沫だが。
私には今 最大級の水魔石と、最上級の焔魔石がある。
これを一度後方に下がり、師匠目掛けて投げる。
なんて、ことはしない。
そんな事をすれば彼はとっくに対処を終えて、次の攻勢へと出て来てしまうだろう。
ならば、ならばどうすればいいのか、簡単だ。
差し違えてでもこの近距離で、私自身も逃れられない様な爆炎をこの場に上げる。
先程言ったとうり最上級の魔石だ。
わざわざ距離を取って後方から投げでもしない限り、爆炎は生命を駆逐する。
私も師匠も、絶対に生き残れはしない。
「はああああああっ!!」
戦場に光輝が放逐され、眩い白が視界を潰した。
そしてその光の中に、私と師匠がいた。
それで、充分だ。




