親子
トリスと俺の左腕と右腕を、遅まきながら治癒魔術で再生させた後、もはや第二の故郷とも言える宿に帰ってきた。
まあ、俺の場合故郷の記憶はないので第一の故郷だが、ほぼ実家だ。
しかし実家か、実家ってほど馴染んでるわけではないので、そう言う辺り、やはり所詮は比喩なのだな。
どうでもいいことだが。
「おかえり、お母さん、お兄ちゃん!」
可憐さを振りまいて、エマは出迎えてくれた。
正直溺愛したい。
すごくかわいい。
ねえトリス?
と、横を見ると、なんだかトリスの表情には、苦々しげなものがある。
なんだ・・・?
うちのエマの可愛さに不満でもあるのか?
もしそうだって言うんなら流石のトリスでも許さないよ?
まあ、冗談はさておき、何か、思い詰めたかのような暗さを抱えていた。
どうしたと言うのだろう。
この太陽の様な可憐さの前に、そんな陰のある表情ができものなのか。
少しは照らされろよ。
いや、照れているのか?
なら許すこともやぶさかではないといったところだが。
うーん、不安材料だ。
まあだからと言って、なにができるかと言えばなにもできないのだが。
「ねえ、二人で何やってたの?」
そんな思考をよそに、エマはそう尋ねてきた。
まあ、気になるだろうな、彼女には何も言わずに出てきたわけだし。
「ん、ああ、ちょっとね」
「ちょっとってなにさー?」
「んー、いやー・・・なんて言うかな、ねえトリスさん?」
「─────────」
え、あれ?
反応してもらえないぞ?
割と無視って傷つくんだよ? トリスさん。
「────エマ」
深呼吸の様な溜めの後、物憂げに名を呼んだ。
「なぁに?」
気づいていてか、それともいないのか、異変には触れずエマは応えた。
トリスは、エマの目を見据え、何かを覚悟したかの様に佇んでいる。
やはり、様子がおかしい。
いったいなんなのだ。
まあ、そんなに重く捉える必要もないのか。
エマとトリスは和解できていたのだ。
これに必要だったエマの意思だって、既に俺は確認済みだ。
トリスだって、あんなに楽しそうに釣りをしていた。
いや、釣りを楽しんでたわけじゃないのか。
帰り道はとても楽しげではあったから、やはり俺の醜態が効いたのだろう。
ふはは、どうだ。
俺にだってできる事はあるのだよ。
・・・。
まあ、あほくささは否めないが。
あんなに楽しげな帰り道をしておいて、まだ和解してないなんて、そんな事はあるまい。
そこまで行けばもはやただのいじっぱりだ。
だって、あの時のトリスとエマは、間違いなく親子だったのだから。
そうだよな?トリスさん。
答えを求める様に、トリスの顔を見た。
彼女は、少しの沈黙の後、もう幾度か思索を繰り返している様子だった。
そして───切り出した。
「お前、もう、私と関わるな」
※
な・・・っ
「なんで?!」
先に声を発したのは、エマだった。
その声はうわずっている。
そりゃあそうだ。
意味不明すぎる。
流れもなにも、脈絡すらも皆無といえる。
訳がわからないよ。
「なんで、なんで今更になってそんなこと言うの!?」
エマは続けた。
しがみつく様に、縋り付く様に。
助けを、求める様に。
「そうですよトリスさん、なんでそんな結論にまで至るですか・・・」
同調して、追い討ちをした。
いや、本当にわからないのだ。
聞きたくもなる。
「─────────」
問いかけへの返答はなく、必然、沈黙が場を制した。
胃が、痛い。
俺の事ではないのに、どうしてこんなに締め付けられるんだ。
「エマ、お前は、お前の父親が死んだ原因を知らない」
唐突に、不意をつく発言だった。
だが。トリスの澄まし顔からは、なにも読み取れない。
「・・・? ど、どう言うこと・・・?」
「し、知ってますよエマは、周囲からの迫害で精神を病んで、そのまま・・・だよな?エマ」
答えとして、こくこく、と相槌が返ってきた。
やはりそうじゃないか。
突然なにを言い出すんだこの人は。
意図が、わからない。
「それは、お前が見ている範囲での出来事だよ、エマ」
「な、なにを言って・・・!」
「世の中はね、お前の視界に映るものだけでできちゃいない。お前と、お前以外の全てで成り立っている。構成されている。そしてお前は、その構成員の中の端役に過ぎない。
おまえの視界になにが写ろうと、絶え間なく未知は蠢いているのさ」
─そして端役は、物語に介入はできないんだ。
そう、付け足した。
「な、なにを言ってるのかわからないよ・・・」
「だろうな」
「ねえ、お母さんどうしたの・・・?エマ何かした?」
「してない」
「じゃあどこが駄目なの? お父さんの事を責めに来たこと・・・?」
「違う」
「なら、なら一緒にいたって───!」
「──────駄目だと言っている!!!!」
金切声が、空を裂いた。
金ではなく縁を切るこの状況で、それは余りに空虚に響いた。
エマは、力なくへたり込んでしまった。
目に涙を浮かべて。
彼女はもう、とうにキャパシティを超えている。
ダメだろ、これは、あってはならない光景だろ。
「──────────いいかげんにしろよ!!トリス!」
気がつけば、叫んでいた。
もう、訳がわからない。
「アンタ・・・なにがしたいんだ!なにを言いたいんだよ!」
すると、喚く食用豚を見下ろす様に、冷徹に睨め付けた。
煩わしいものを見るような、三白眼で。
─教えてやろう。
「・・・は?」
「ならば、教えてやろう」
絶対零度の呼気を漏らし、射止めるように宣言した。
「エマの父親、つまり私の夫は─────私が殺した」
※
トリスは、その後宿を出て行き、どこかへ去っていった。
行方は不明だ。
どうすればいいのだろう。
俺のすぐそばには、未だえずいているエマがいる。
この子をこんな目に合わせたのだから、当然トリスを問い詰めねばならない。
だけどしかし、現状彼女をさがしうる手段は、俺の手持ちにはない。
彼女は殺し屋。
隠密行動には、きっと長けている。
俺のような素人に見つけられるわけはない。
だが、だからといって諦めていいということでもない。
・・・。
それにしたって、エマの父親を、トリスが殺した?
彼女も言っていたが、それはつまり自分の夫を殺めたという事。
あり得るのだろうか。
あの、家族愛しさ故に傷ついて、家族愛しさ故に頑固な、あのトリスが、自分の家族を手にかけられるのだろうか。
否。
断じて否だ。
彼女と関わった期間が長いわけではないが、それでも、密度は高かったように思える。
人となりぐらいなら掌握済みだ。
そしてその掌握した人となりから察するに、彼女は決して家族を殺せはしないのだ。
いわば、神域。
断じて侵されるべきではない、不可侵の間。
それ故、彼女は己が師匠と対峙した。
それ故、俺は彼女と共に戦うと決めた。
そう、共に戦う約束をしたのだ。
・・・。
・・・・・・ん?
というか、一緒に戦うのだから、それについての話し合いぐらいは当然行うよな。
と、いう事は、俺がわざわざ動かなくても、時が来たら彼女から訪ねてくるだろう。
恐らく、エマがいない時を見計らって。
ならば、その時に話し合うとしよう。
きっと彼女にも考えがあるはずだ。
それが納得できるものなら、エマに謝らせて無理やりにでも幸せになってもらう。
これは決定事項だ。
絶対に譲ってやらない。
しかし、そうでなかった時は?
彼女の意見が、納得できるものでなかった時は?
決まっている。
どれだけ死に瀕しようとも、ぶん殴ってからエマに謝らせて幸せになってもらう。
乱暴だし、痛いだろうし、辛いだろうが、
だがそれでも、そうであろうとも、これもまた、決定事項なのだ。




