決着
─トリス視点
アイツから引火した炎が、か細くも図太く燃え残ったが、なんとか水魔術で消火して、窮地を脱した。
いや、そんなことはいい。
妙なのだ。
ほんの少しだが、奴の雰囲気が変わった。
覚悟の様な、決意の様な。
そんな様相を僅かに感じ取らせる。
だが、多少上記を逸するならば、見たところ精神は落ち着いている様子だ。
解らない。
解せない。
理解の外に位置するものというのは、いつでも天敵足りうる。
私の人生は常に闘争の最中にあった。
そういう機微には聡い。
そしてその機微が、コイツが、私の天敵足りうると警鐘を鳴らしている。
ならば、
全身全霊を、
この体躯を遍く総ての全身全霊を以って、アイツを迎撃してやろう。
来い。
この命は─────
「────数多の『暴』を統べている」
刹那、奴が構えた右手から光柱が発せられた。
万物を灰塵に帰すような、圧倒的な死。
それが、地を抉りながら、淡々と対照をつけ狙う。
相対し、肉薄し、追い縋る。
闘争の権化の様なその光輝は、粉塵を巻き起こし、一帯を煉獄に変えた。
≪ドガアアアアァァァァン!!≫
─名無し視点
手応え、はあった。
眼前は光で塞がっていたから、正直よくは見えなかったが、当たっていた様には見えた。
どうだ。
流石に、流石にダメージくらいは入っただろう。
これでトリスもきっと認めてくれる。
これで俺だって────戦えると認めざるを得ないだろ!
本来なら考えるまでもないことだったんだ。
そもそも論として、化け物とは言っても人間なのだ。
化け物じみた人間なのだ。
心配はしていたが、やはりあんな怪光線、避けられるはずがあるまい!
───────いける。
いけるいけるいける!
「はっ・・・」
「はははは・・・!」
「ははははははははははは───────は!?」
俺の眼には、映っていた。
黒煙を纏った死神が、宙を悠然と飛翔する姿が。
地を這う爆煙から、抜け出してきたであろうトリスの姿が。
「安易に視界を技で塞ぐから、死角を容易くつかれるのだ」
死神の言う死角は、どうやら説得力が違うらしい。
眼前の光で視界は塞がり、全くもって気がつきはしなかった。
完全なる意識外に、死神は鎌を忍ばせていた。
「くっ!!」
慌てて、構えた右手を上方修正する。
そして心を落ち着けつつ、荒く狙いを定め、
撃っ─────
「一撃」
刹那、
何か、何かが、一閃された。
それだけがわかった。
あまりに疾く、遥か遠くの領域のそれが、
何かを斬っていた事が。
「あ"あ"っ"! ・・・ゃああああああああああ!!!」
斬れていたのは、
千切れていたのは、
不吉の六角を刻む、俺の右腕だった。
脳を焼く激痛が走る。
キャパシティを遥かに超えたその痛みは、容易く思考を鈍くした。
頭が、回らない。
俺は何をすればいい?
「二撃」
続いてそれは、俺の肩から左腕を切り離した。
「ぐぎッ"ッ"ッ"!!!」
両腕が無くなった。
双方の鋭利な切り口からは、紅色の鮮血が噴き出した。
地に着いたものから順に、血の池を着々と形成していった。
それでも、それでもなんとか気を保ち、再びトリスと相対した。
今まであった物を突然失ったので、バランスが取り辛く、とてとてと、体勢を少し崩しながら。
そうしている間に、
トリスはまたも、
刃を天に掲げていた。
「三撃─────!!」
そして最後の、最期の惨劇は、頸動脈を軽く撫でた。
其処を飛び出した鮮血が、
笛のように、チープな音色を奏でていた。
血溜まりの中へと悪趣味な滝が降り落ちた。
先刻からの出血は、余りに甚大だった。
もう、意識も朦朧だ。
所詮はただの人間。
覚悟も決意も、泡沫の如く脆弱だ。
駄目だ。
無理だ。
終わりだ。
もう治癒魔術をかける気力もない。
きっとこのままじゃ、助けたい人も助けられず、のうのうと死にゆくだけなのだろう。
あれだけ言い張っておいて、すぐにこれじゃあざまあない。
情けない。
仕方ないけど、情けない。
結局下を這いつくばるだけ、何もできちゃあいない現状。
死にたくなる。
まあ、俺の意思とは無関係に、今まさに死んでいくところだが。
はっ、馬鹿馬鹿しい。
どうせ死ぬのなら、エマとトリスをすくって死にたかった。
わかってる、こんな情けない強さでそんなことを言うのは、傲慢だと言うことくらい。
でも、俺だって、俺みたいな奴だって、人を救えるって言いたいじゃないか。
胸を張って、大手を振って。
・・・もう、諦めよう。
どうせ無理だ。
死ぬのだから。
なんともなしに、トリスを見る。
勝者らしく、天を仰いでいた。
それを見て、俺は下を向いた。
本当に、情けない。
・・・。
・・・・・・。
・・・いや、待て、
天を仰いでいた?
つまり彼女は今、上を向いている。
下を向いて足元が見えている俺と違って、上を向いている。
それはつまり、足を掬えるという事。
ならば、
ならば─────────!
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」
俺は気力を振り絞り、治癒魔術を自身にかけ、全快する。
客観的な光景としては、トカゲの再生を見ている気分なのだろうな。
左右同時に腕が生えてきた。
圧力がかかるからなのか再生時に血が吹き出してしまい、断面だったところからそれ以降は、紅く濡れていた。
その瞬きの間に、瞬く間に、トリスは攻撃体制を整えていた。
だけど今回は俺も同じく、右手をトリスに向け切っていた。
≪俺の右の手のひらが仄かに光る≫
≪それに呼応する様に刃がぐんと振り下ろされる≫
≪光は次第に姿を球体へと変貌させる≫
≪刃は腕を切り落とすまでの間合いを三寸に詰めている≫
≪閃光を経て光は光柱と化している≫
≪刃は肌に触れて表面細胞を潰している≫
刹那─────腕が吹き飛んだ。
鮮血を撒き散らし、空の青とコントラストを作り出しながら。
それは誰のか、左右のどちらか、
答えは、見るまでもない。
俺とトリスの───────右腕と左腕だ。
※
「これで俺だって戦えるって認めてくれますね?」
「は? 認めないが? 」
「なんでだよ!」
俺はさっきの戦いで認められて喜んでいたのだが、
確認を取ると、どうやら認識に差があったらしい。
どういう事だ・・・。
あれだけ死力を尽くして尚認めてもらえんのか。
めちゃくちゃ頑張ったんだけどな・・・。
「私が認めると言ったのは、師匠との戦いに参加する事であって、戦える事じゃあ無い」
・・・?
同じことでは?
「断じて違う」
また思考を読まれた!
いやほんと、どんな技術だよ。
「師匠はな、いつもとてつもない不吉を撒き散らしている
今は抑え方を理解したらしく、基本そんな事はないが」
「そ、それが?」
「撒き散らしている、とさっき言ったろう?
実はこの時点で、かなり不吉を抑えているんだ。
威力が分散されるからな」
「な、成る程」
わかったような、分からないような
「『水』が蒸発しても、つまり水蒸気が周りにあったところで湿っぽいだけだが、
個体になるまで凝固した氷を投げられたら痛いだろう?」
「はい」
「師匠はそれを、『不吉』で再現できる人なんだ」
・・・成る程。
つまり分散されてる不吉を一点に集中させる事で、技にまで昇華しているという事か、
「要するに、その一点集中された不吉に耐えられるだけの気合いがある、そう認められたわけですか?」
「そういう事だ」
マジか・・・。
という事はその不吉に耐えながら、サポートに回れということか。
戦いにはお呼びではないと。
どんだけ強いんだ、師匠とかいう人。
気が滅入るなぁ、だけど、まあ、頑張るしかないのだろう。
ならば、頑張ろうじゃないか。




