3-1
1-1同様、形式を修正+内容を微修正(したような気がする)
Ⅲ
「……なるほど。結局、三井さんの考える靴磨きの極意っていうのは、お客さんを読み取って、その読み取った情報を元に、お客さんの靴の光沢を決めるってことですか?」
私は完全に酔っぱらった頭で必死に考え、しどろもどろになりながら言った。
「お前の言うことは難しい。まぁ、でも大体合ってると思うな。多分」
「最高の光沢よりは、最適な光沢、ですか。……なるほど。勉強になります」
「一々小難しい言い方をするな。若いんだからな、小賢しく考えるより、もっと体当たりで行かなきゃ駄目だぞ。体当たりで」
覚えておきますと、私は言った。
終電の時間はもうとっくに過ぎていて、私は夜通し三井さんの話を聞き続けた。確かに長時間の座談ではあった。しかし師匠と三井さんの物語は聞いている分に楽しく、私は退屈しなかった。南風の吹く暖かい夜だったことも幸いした。酒の火照りも手伝い、寒さを感じることはなかった。
夜明けが迫っていた。空が藍色に染まり始める。
「体当たり、なぁ……。でも、体当たりもな、あんまり真っ正直過ぎるのは、いけないのかもしれないな」
「……どういう意味ですか?」
「師匠の言ったとおりな、時代はな、やっぱり変わってしまったんだよ。世間は立ち回りの上手い奴らばかりが生き残って、俺のような世渡りの下手な人間は、こんなふうに外に追いやられてしまう」
私は返事をしなかった。どう言ったらいいか分からなかった。
「俺のことはな、別にいいんだ。俺の人生は、もう終わったようなものだからな。……でもな、若い世代のことを考えるとな、やっぱりなぁ……。俺のように一つのことばかりやってきて、時代がそれを必要としなくなっても、それでもそれにこだわり続ける奴なんか、若い奴らの中にも一杯いるだろ? そういう奴は、これからどうやって生きてったらいいんだろうな? 義理にこだわったり、時代に合わせて上手く立ち回ったりできない不器用な人間は、一体これからどうやって生きていったらいいんだろうな?」
私はこの質問の答えを既に持っていた。会社を辞める決断をする時に、散々悩んだことだった。明日を不安に思い、怯えて暮らすことになる前に、どうしても乗り越えておかねばならない試練だった。
「僕も不器用な人間ですが」と前置きした後に続けて、私は言った。
「具体的にどうすれば安心の中で生きていけるのか、それは分かりません。でも、僕は明日を信じます。そして今日を戦います。今日を戦い、明日を信じること。この二つが重要なんだと、僕は思っています」
三井さんは驚いたような顔をして私を見た。三井さんは私の肩を叩きながら、生意気なこというじゃねぇかと言って笑った。私も、どうもと言って笑顔を返した。
話は済み、私達は別れた。
あれから数ヶ月が経った。
会社を辞める前より生活はかなり苦しくなったが、時間に追われながらも、精神的には充足した毎日を送れている。演劇はやはり辛く厳しく、だからこそ楽しいし、アルバイトも始め、作業にも、もう慣れた。職場の人達にも良くしてもらっている。
会社勤めをしていた頃に着ていたスーツやらワイシャツやらは、クリーニングに出した後それっきりで、クローゼットの中で静かに眠っている。もう着ることは無いかもしれない。
靴も、三井さんに磨いてもらった靴も、下駄箱の中に当時のまま、保管されている。
三井さんは元気にしているだろうか。
私はそう思って下駄箱から靴を取り出してみる。
黒革でできた靴は、一人の職人の手によって磨かれた当時のまま、ぼんやりと微かにくすみ、しかし、確かに強く、今も輝いている。




