異変
祠は特に大きなものじゃなかった。高さは私と同じくらいで、子ども一人が入れそうな大きさしかない。
周囲には立入禁止を示す札が立てられている。
私は所長から鍵を受け取り、観音開きの扉を開いた。そこには、結界核らしき大きな球状の石があった。全体は黒く、その奥にほんのりと赤色が残っている。
「なぜ……⁉︎」
後ろから所長の声が聞こえた。その声の大きさに驚いて後ろをみると、所長が手を口元に寄せて、目を見開いて結界核を見ていた。
「所長?」
「……っ⁈夕顔さん、急いで準備を。私も手伝います」
「は、はい!」
予定では私一人で作業するはずだったが、声をかけた所長は我に返ると自分もやるといった。つまり、何か予期せぬことが起こっているに違いない。
とにかく、急いでいるのはわかる。鞄を引き寄せ、急いで紐を取り出す。
すると、その様子を後ろから見ていた討伐隊長が事態を飲み込めず、声をかけてくる。
「なあ。何かあったのか?」
「……結界核の魔力が異常なほど減っています。このままでは、結界が消えてもおかしくありません」
「なっ⁈」
隊長に続き、私も驚いて手を止めそうになったが、なんとか立て直す。確かに、あの結界核は最高品質にしては色がない。中級素材でも鮮やかな赤色をしているのに。目の前の結界核は、それこそ粗悪品のような色だ。
「いつ結界が消えるんだ⁈」
「わかりません。今かもしれないし、半日後かもしれません」
「半日……?とてもじゃないが応援を呼ぶ時間がないぞ!」
「はい。そのために急いで魔力補充を始めます」
「それよりも応援を頼む方が先だろう!」
「隊長さん!落ち着いてください!」
焦る隊長のおかげで、ある程度落ち着いて様子を見ていたが、隊長が所長に詰め寄ろうとしたので、二人の間へ割って入る。怯んだ隊長が、キッとこちらに目を向けた。
こ、怖い。でも、言わなきゃ。私も第2研だ!
「まずは補充優先です!応援はお任せします!」
「うっ」
怯まずに言えた。逆に隊長は狼狽したが、すぐに立て直す。
「承知した。おい!大急ぎで……」
「隊長!隊長ーー!!」
突然、遠くから声が聞こえたため、声のした方を隊長と私が振り向く。蛍火街灯に照らされて誰かが凄い速さで走って来ていた。
「お前は、見回りに行っていた……何処に行っていたん……」
「報告!結界の端を見回り中、西部側に異常あり!魔物が結界の外でこちらを威嚇していました。その数、約三十!」
「魔物⁈三十だと!なぜ結界の近くに来ているんだ!」
私も魔物が来ているという言葉に、口に手を当てて驚く。
すると後ろで黙々と準備をしていた所長が口を開く。
「おそらく結界が弱まっているからです。強い結界には近寄りませんが、弱くなったことで近寄ることができたのでしょう」
話しながらも素材に糸を巻き終え、所長は立ち上がり、その素材を結界核に触れるように置いた。
すると、触れている場所が少しだけ赤くなる。
「私たちは少しでも早く結界を強くするために作業を進めます。ここはいいので隊長殿は万が一に備えて魔物の方へ」
所長はこちらを見ることなく次の素材と糸を手に取り、元の場所に座ると作業を再開する。
私も続けて作業を再開すると、隊長が所長へ向き直る。
「結界核がここまで弱った原因については、事が済んだ後で説明を頼む。しかし、今は木蓮殿の言う通りだ。魔物の対処にあたらせてもらう。おい、まだ走れるな。案内しろ!お前は宿に戻り待機!おれの合図があった場所に全員を連れてこい!いくぞ!」
「「はっ!」」
「待ってください!あなた!水を飲んでいってください!汗が凄いです」
私は先ほど走って来た隊員に水の魔道具を投げる。隊員は受け取ると魔道具を起動し、出てきた水を一気に飲み干す。
「助かる。よし、では向かうぞ!」
「「は!」」
今度こそ、一人は宿の方向へ、隊長と見回りの隊員は西へ向かって走り出した。その様子を見送るやいなや、作業に戻る。
所長と黙々と作業を進め、持って来た素材は全て結界核の周りに置いた。素材と核の接触部分が淡く光っているが、全体の色合いは変わらない。
「やはり速度が遅いのですぐには貯まらないですね。夕顔さん、あの街灯の先端の紐を外してこちらへ持ってきてください」
「え?はい!」
急いで言われた通り蛍火街灯の紐を外して持っていく。
「持って来ました!」
「それを結界核に触れさせてください」
「はい!」
紐が結界核に触れるように固定すると、紐の触れた箇所が淡く光る。他の素材よりも光が強い。
「そうか……蛍火街灯は火属性だからこれでも補充できるんだ」
「そうですね。うまくいきましたが、これでもやはり遅いですね。間に合えばいいのですが」
今できることは終わった。私と所長は座ったまま結界核を見つめていた。
「夕顔さん。先ほどは素晴らしい働きでした」
「え?」
「隊員のために水をあげたでしょう。今は一刻も早く魔物の対処をしてもらうためにも、万全な態勢で討伐隊にはいてもらわないと困る。あなたの気遣いは完璧でした」
「いえ、あれは……汗だくの隊員を見て咄嗟に……」
「ふふふ。その冷静に状況が見えていたのが素晴らしいのですよ。私なんて、原因の説明を求められて、責任を追及されることばかり考えてしまいました。私も冷静ではありませんでしたね」
所長でも、腹の立つことがあるのかと、意外な一面を見た気がして、少し気が緩んだその時。
結界核が目に見えて色を失った。
「あ!」
「これは……もうもたなさそうですね……一度宿に戻って対策を……」
「まだです!街灯の紐がまだあるはず……!取って来ます!」
「夕顔さん!」
このままでは、町に魔物が入ってくる。まだ広場には人がいるはずだ。
さっきゴヘイモチを売ってくれた人も、野菜汁をオススメしてくれたあの女の子もいるかもしれない。
魔物に襲われる人を想像して、泣きそうになる。
いやだ!ぜったいにいやだ!なんとかしないと!
他の街灯からも紐を取ろうと走り出した瞬間、目の前に人がいることに気づいた。
「あなたは……素材買取屋の……」
その素材買取屋は、真剣な面持ちで、汗だくになりながら袋を抱えてこちらを見ていた。




